王都のゴーレム事情
王都に入るのに許可は別にいらなかった。
本来、王都に入ろうとするなら、それなりに厳しい取り調べがある――
王都の入り口の門にはいつも衛兵と重装ゴーレム兵が詰めていて、出入りする人間をチェックしている。
ああ、ゴーレムというのは、石や土で作った人形に精霊を宿らせて作る魔導人形の事だ。別称『意志ある人形』――地方ではあまり見ないが、王都では時々見かける。
作った人間が定期的にメンテナンスをしなければいけない上に、造形が気に入らなければ精霊はすぐに抜けてしまう、さらには精霊が術者によって命令されたこと以外の行動をしようとしてしまうため、実用性ははっきり言って少ない――
王都の門に配置されているのも、威圧感を与える以外の役割は無い。
チェックをやっているのは間違いなく人間の衛兵だ。
そのチェックはやっぱり厳しく、もしも地方を治める貴族などの紹介状がある――というのならば、その貴族に連絡を取りさらに入ろうとする人間と照らし合わせて本人確認すると言う徹底ぶり。
これは、ほんの一年前までジュッテング王国を滅亡させその他の周辺諸国と戦争やっていたというこの王国では当たり前のことなんだろう――
でも俺達はノーチェックで王都に入れた――
俺の体がレグリーム伯爵の娘の体だからというわけではない、ただ単にクイエト王子本人がいたからなのだろう。
王の次男であるクイエト王子が率いている騎士たち、つれてきてるのは地方貴族でも高名なレグリーム伯爵の夫人とその娘、そしてその使用人と友人たち……とりあえず、ここまではノーチェックだ。
若干一名、思いっきり怪しい女がいたはずなんだが……
ちなみに、ジュッテングの名将と言われたドリチ公爵やジュッテングの旧兵は騎士兵団に引き取られ、医療施設に預けられた――ルーンレイス被害者の貴重なサンプルになると、そう言っていた……
あと、下品男の奴隷たちだが、あんな最低人間の元に戻る気はさらさらないらしく、犯罪奴隷としての刑期が終わっていないのならば再び王家が犯罪奴隷としてオークションにかけると言っていた――何人か、逃げ出してしまった罪人もいたらしいが――
「さて、メタリオムを探さないとね……」
ヴェルは王都に着くなり、一枚の呪符を取り出す――
「あれは、人探しの呪符か――」
知識が、溢れる――あらかじめ仲間から体の一部――髪の毛やつめなどの物をもらっておき、それを組み込んだ呪符は、本人の居場所を指し示すマジックアイテムとなる。
しかし、あまり遠くにいると居場所が分からなくなるらしい――その効果範囲は大体一つのダンジョンくらいと言われている。本来はダンジョン探索に仲間とはぐれたさい、使う魔法だ――
俺も、トウカにカシム、ムヴエの呪符を持っている――
……あ、そうか……トウカたちが持っていた俺を呪符を使えば俺の体の居場所はわかるんだよな……それは必然的に、ハピレアの居場所もわかるってことだ――
「見つけた、そこね!!」
ヴェルがいきなりどこかへ走り出す――!!
「あいつ、どこへ行くつもりなのかしら?」
後ろからアーニャが言ってくる。
……彼女は、ルーンレイスに襲われてから、完全に正気に戻っている――
正確には、魔女ハピレアの洗脳が解けている、といったところか――
なぜそうなったのかはわからない――アーニャ本人も分かっていないらしい――
彼女が言うには、アーニャ本人の心は、ずっとハピレアによって生み出されたもう一つのハピレアに従う人格によって体の奥底に封じ込められていたらしい――
それが、ルーンレイスに襲われた際、そのハピレアによって生み出された人格が消え去り本来の心が表に復活することができたというのだ――
「とりあえず、追いかけよう――!!」
「ちょっと、ニナの体をどこに持っていくつもり!?」
俺はヴェルを追いかけることにする――アーニャもそれについてくる。
「あらあら、女の子同士の友情は美しいものね。さっそく仲良くなっているわ。私たちは先に王都にあるレグリーム伯爵の別荘に行きましょか――」
後ろでレグリーム伯爵夫人の声が聞こえる。
「あ、あなた。3人が迷子にならないように私の髪の毛から作った呪符を持っていてください」
『ダメだよ~~、君たちみたいな子供がここに来ちゃ!』
ごついゴーレムが、俺たちの行く手を阻む――
『お酒は大人になってからじゃないといけないよ』
ゴーレムの中に入っている精霊は幼い子供のような喋り方をするようなものなのだろう。それを、こんなごついゴーレムの中に入れて酒場の守番にする必要はないと思う。
まあ、ゴーレムは中に入っている精霊がやりたくない仕事は絶対にやらないというし、精霊が飽きたら機能停止してしまうから、このゴーレムにとって酒場の守番というのは天職なのだろう――
「あ、今入っていったヴェルって女に用があるだけなんだ――」
『誰かを迎えに来たのかな?』
与えられた命令を、ただ与えられただけこなすというのはゴーレムにはあり得ない特性だ。柔軟性があるといえば聞こえはいいが、はっきり言って精霊は気まぐれなのだ。
ドガン!
酒場の中からそんな音が聞こえてきた。
『何? トラブル? トラブル!?』
対応しようとしたゴーレムを押しのけて俺は酒場に入る――
「ヴェル! 一体全体こんなところで何をしてるんだ?」
俺は、そこで倒れた一人の女生とそこに立つヴェルを目撃する――
「見て、これが私の見つけた魔王候補、ニナちゃんよ!」
「へ……?」
ヴェルは俺をそこにいた人間に紹介する――って、
「――あ、エルライア師匠!!」
王都の魔法学院にいたときと同じようにキセルから煙を吐きながら、強力な魔法の使い手である俺の師匠、エルライアは、
「うん、なんだ? 俺の知ってる奴か?」
と言う。
ああ、そうか……俺のことがわからないのか……この、ニナの体じゃ……
「エルライア師匠!!」
俺もう一度師匠の名を呼ぶ。
「エルライア師匠!! 俺です! エルトです!!」
わかってほしい、魔女ハピレアを倒すために師匠の力を借りるのが一番いいはずだ!
「エルト?」
エルライア師匠は、キョトンとした顔で俺を見る。
「そうです、魔女ハピレアの手にかかりこのような体にされてしまいましたけど、俺はエルトです!!」
目から涙があふれる――今ここで、この人の力を借りることができなければ、魔女ハピレアを倒し、体を取り戻すのが困難になる――仲間たちも、元に戻せなくなるかもしれない――
「ヴェルバーン……先ほど言ったお前の魔王候補というのはこの娘のことか?」
エルライア師匠はヴェルに対してそう聞く。
「……ヴェルバーン?」
「ああ、それは私の本名だよ。あまり可愛くないんで普段はヴェルって略称を使っているの」
「ふ~~ん……エルト、か……確かにあいつは優秀な奴だった。が、心が幼かった。しかし、体まで幼くなるとは傑作だな――」
そう言って笑い出すエルライア師匠……怒っちゃいけない、師匠は元々そういう人間だ。
「魔法騎士と言う職業につかせ、心の成長さえうまくいけば、俺の魔王候補としてイリュー様に推薦してもいいと思ったいたが……」
「こんな可愛い女の子になってくれたんだから、私の方からイリュー様に推薦するよ」
「……何を言ってるんだ? 意味がわからない……!!」
「ちょっと、何をやっているの? ニナの体をこんなお酒臭いところに連れてこないでよ!」
ゴーレムをうまくかわせたのだろうか、アーニャが酒場に入ってきた――
「うん? 珍しいな、人魔同列体か……可能性としてはあると知っていたが、見るのは初めてだな」
「は?」
エルライア師匠は、アーニャを見て言う――
「……もしかして、王都のマジックマスターって言われているエルライア様!?」
アーニャは驚いた声をだす!
「すごい、こんなところで出会えるなんて!! あ、私エルライア様のマジックカードを集めてるんです!!」
マジックカードというのは、子供の間で流行っている有名な魔法使いや騎士をイラスト化したカードのことだ。
簡単なバトルゲームができるというのも魅力の一つだが、大抵はコレクション用として使われている。
「あ、サインください!!」
アーニャが俺を押しのけてエルライア師匠にそういう!
「そんなことよりも、力を貸してください――魔女ハピレアを倒すために!!」
俺だってエルライア師匠に用はある! 子供の児戯に付き合ってはいられない!!
それに、マジックカードには俺、魔法騎士エルトのカードもあるから欲しければ俺のサインもくれてやる!! 魔女ハピレアを倒した後に!!
「あの~~……」
その時、後ろから声がかかった。
「とりあえず自分を、手当てしてください……」
後ろで、傷だらけの女性がそう言っていた……




