お胸が残念な女の子-アーニャ視点
アーニャ・エレクトラ。
現在、十二歳。レグリーム伯爵領の領都に住む、女の子……
お母さんは昼間、戦士派遣協会の事務というものをしており、お父さんは兵士としてイマト・ユゥ・レグリーム伯爵と言う人のところで兵士として働いている。
その関係か、レグリーム伯爵の館が家の近所にあり、同い年のレグリーム伯爵令嬢、ニナ・メゥ・レグリームとも仲が良かった。
親友といってもいい関係だった。
私はニナのことニナと呼び、ニナは私のことをアーニャと呼んだ。
私たちはよく一緒に遊んでいた――
時々、同い年のウイスという悪ガキがちょっかいをかけてくることもあったが特に気にすることはないと思っていた。
これから先も同じような毎日が続く――そういう風に思っていた日もあった。
でも、世界はあの夜一変した――
「アーニャ、アミア、来なさい。ハピレア様がお待ちだ!!」
「なあに、お父さん?」
「いいから、広場に行きなさい!!」
夜中に私とお母さんを叩き起こしたのはお父さんだった。
お父さんに言われて訳も分からず街の広場に向かう私とお母さん。
お父さんは、他の人たちも起こすために別の場所へ行ってしまった――
そこで私は……私たちはとんでもないことになってしまう――
「はっあ~~い! みんな~~! 今日はこのハピレアのために集まってくれてあっりが~~とぉ!!」
広場にはど派手な格好したお姉さんがいた。
「なんだあいつは?」
「魔女ハピレア?」
「何をやっているんだ?」
「派手な格好……あんな若い娘が……どんな教育をされているんだ?」
皆口々に言っている。中には……
「エロい……」
「いいぞ姉ちゃん!」
「もっとやれ~~!!」
なんて言っているおじさんもいた。
だけど……
「みんな~~! ハピレアのお願い、聞いてね~~!!」
ビカッ!
その瞬間、私の中に、別の自分が産まれてしまった――
『ハピレア様、私を生み出してくれてありがとうございます。あなた様のお願いは全部聞きます!!』
別の私がそういう風に考えた時……私本人は体の奥に閉じ込められてしまった――
「この魂と同じ色の魂を探してるの~~協力し・て・ね♪」
魔女ハピレアが手に持った魂を示してそう言う――
そして、街の住人は次々と魂を抜かれていた。
そんな中でも魔女に操られた、または騒ぎを聞きつけて街の人たちが広場に集まってくる。
「何をやっているんだ!? 兵士たちまで集まってこんな夜中になんの騒ぎをやっている!?」
レグリーム伯爵がやってくる――
「あ~~ら、なんか偉そうなオッサン! この人達の魂を抜くのに忙しいから~~、まだこの広場に来てない人間を集めてきてくれな~~い!」
ビカッ!
「う……!」
光を浴びたレグリーム伯爵は、一瞬虚ろな表情になると――
「わかりましたハピレア様。私の妻や娘、他にもまだこの場にいない全員連れてきましょう――いくぞ、我が領兵たちよ」
「「「ハイ!」」」
私のお父さんを含めたレグリーム伯爵の兵隊たちが伯爵につき従う――
私は、私の体を勝手に使うもう一人の私の奥でそれを見ているしかなかった――
「あら~~、あなたもお胸、残念ね~~」
「残念、ですか? ハピレア様……」
私の魂を抜こうとしたハピレアはそう言った――それが、もう一人の私をどのように変えたのかわからない――が、私はその後すぐにハピレアの手によって魂を体から抜かれてしまった――
「ああ~~ん、またハズレぇ~~私のダーリンと同じ魂の色を持つ人間はいないの~~?」
私の魂は体に戻ったけれど、私はもう一人の私の裏で表に出られず、体を動かすことや声を発することができない状況になっていた。そんな状況でも、私の目が見た風景、聞いた音、触った感触なども情報は入ってくる――
やがて……
「見つけたわ~~!!」
ハピレアが喜びの声を上げる――
「この娘の魂、この魂と同じ色、同じ色じゃない! やった~~!!」
ハピレアが両手に持った二つの魂は、まったく同じ色をしていた。
その魂は……
『ニナ!? あれって、ニナの魂なの!?』
私は私の中で叫ぶ――ハピレアの足元に倒れているのは親友のニナ。そしてハピレアの手の中にあるのは……………親友の魂!!
周りにいた街の住人たちは、口々に魔女に祝いの言葉を投げかける――
「こうして、同じ色の魂が見つかった以上、これはもういらないわね~~エイッ!」
ハピレアが投げ出した魂は、ハピレアは最初から持っていた魂。そしてそれはニナの魂じゃない。
そしてハピレアは、かっこいい男の人の体をもってこさせ、そこにニナの魂を流し込んだ――!!
「あれ……? あたし……?」
その顔と声の感覚は男の物だったけど、その口調や表情にニナの面影が見える――
「ああ~~ん、だめょ~~ぅ、あたしなんて言葉遣いしちゃ。あなたの一人称は『俺』! あなたはかっこいい『私の恋人』なんだからぁ~~」
ビカッ!
男の表情からニナの面影が消える――
「あたし……おれ? こいびと……」
男はそう言い――やがて、ハピレアといちゃつき始めた……
私は理解した、それは魔女ハピレアによって操られたニナの魂が、男の体を使わされてハピレアといちゃついていると…………
そして、魔女の持っていた魂――あれは……もともとあの男の魂だったのだろう。
『あ――――!?』
魂はしばらくふらふらと飛んでいたが、
「仕方ないわね~~あんたが死んじゃったら、私の恋人が死んじゃうじゃない」
そういったハピレアが、その魂をつかんで――
「私に逆らうあんたは許すことができないけど~~私の恋人の命に関わることだからねぇ~~そこに入ってなさい!!」
ズボッ!!
ニナの体に放り込んでしまったのだ。
「あ……う……」
ニナの体は苦しげにうめくと……
「エルトだぁ!!」
そう叫んで飛び起きた――
「お胸が残念、お胸が残念か……」
魔女ハピレアが男を共に街から消えた後も、私はもう一人の私が操る私の奥で何もできずにいた――
「ハピレア様が呼んでいるよ」
「わかりました行きます!!」
『何しているの!? なんでこんな怪しい男について行っちゃうの!?』
私が何を叫んでも私の体は私の自由にならない――
それは、他の街の人たちも同じことだった。
そこに付け込まれて、他の国にさらった子供たちを奴隷として売る盗賊たちに誘拐されしまった――
さらわれた子供たち――その中にはニナも……ちがう、ニナの、ニナの体だけがいた――
ニナの姿で、ニナの声で、ニナなら絶対しない行動を、ニナなら絶対に言わない言葉を、ニナなら絶対にしない服装を――やるニナじゃないニナ――
あれは、ニナじゃない――
その時は、盗賊たちを倒すことができた。
なぜかもう一人の私は魔法を使うことができた。
もう一人の私は、私の魔力が、ハピレアによって人間の心と同じ形に作り変えられたものらしい――
だから本来私が使えない魔法を使うことができる。
――人魔逆転体――
人間の魂の中にある、人間の心と魔力――その魔力が人間の心のような形を持つことによって、人間の心を封じ込め魔力が人間の体を支配する――
もう一人の私が私にそう教えてくれた――
「だから諦めて。アーニャの人生は私がちゃんと生きてあげる!」
一度だけ、誰もいないときに暇だからと言う理由で私と会話したもう一人の私はそう言っていた――
私は、ニナと……違う、ニナじゃないあれは。
ニナの体をした男と一緒に王都に行くことになった。
王家の王子様やそれに従う騎士たち、そしてウイス。
そして、ニナのお母さんやメイドの男女(?)、そして謎の女性、ヴェルも一緒に……
そこで私たちは、旧ジュッテング兵、そして王都を襲ったという謎の存在ルーンレイスの襲撃を受けた……
その時だった……
「きゃああああああああああ!!」
私が、悲鳴を上げる――!!
私は感じた。私の体から、魔力が――私の体を操っていたもう一人の私が――ごっそりとなくなるのを!!
『マリョク……マリョクヲ……』
私を襲ったのはルーンレイス――
それに襲われたとき、魔力が私の中からほとんどなくなった……
「……」
私は私の意志で手を動かす――もう一人の私がいた時はできなかった――
「だいじょぶか!?」
倒れていた私の体を、ニナじゃないニナが起こそうとする――
その顔を見た時、私にはどうしようもない感情が溢れ出してきた。
だって、これは私の親友ニナじゃないんだから!!
パン……!
私の意志で動く事が出来るようになった私は、ニナじゃないニナの頬を叩いてしまっていた。
「え?」
ニナじゃないニナは、驚いたような顔で私を見る――
親友の顔で、そんな表情はしないで!!
「あなたはニナじゃない! あなた一体、だれ!?」
私はそう、叫んでいた――目から、涙が流れるのを感じながら――




