06.すきなものが、できました。
シヅキという薄い紫色の髪をしたキツい目をした私よりも少し年上の男の人が、
私のセワガカリというやつになったらしい。
子どもたちの部屋から私を連れ出してくれたのもこの人だったから名前は覚えていた。
シヅキ、と呼んだら嬉しそうな顔をしたからこれからも何回も呼ぼうと思った。
シヅキとはずっと一緒にいた。もちろん眠る部屋も一緒。
「お前名前書けるか?」
紙とペンを差し出された。
ペンのキャップを外して、白い紙いっぱいいっぱいの大きな字でとおと書いた。
それを見てシヅキは、ははっと軽く笑って、私の頭を撫でた。
「そっかあ。お前学校行ってないんだもんなあ」
「ちがうよ。二年生まで行ってたよ」
「そうかそうか」
また、頭を撫でられた。
「まず、自分の名前書けるようにしねえとなあ」
シヅキはポケットから煙草とライターを取り出して、煙草を吸い始めた。
私はその姿をぼうっと見つめていた。ら、シヅキが慌てて煙草の火を消した。
「うわ、ごめん。つい癖で吸っちまった。煙たかったよな」
違う。見ていたのはそういう意味でじゃないの。そういう意味を込めて首を横に振った。
「いいよ。すって、いいよ」
「ありがとな。それじゃあ、名前の練習始めるか!」
シヅキは胸ポケットから一本ペンを取り出して、白紙に鮫島透と書いた。
その文字は昔学校で先生がお手本に書いてくれたような綺麗に整った字ではなかった。
「ほら、書いてみ」
さっき私がとおと書いた紙を裏返して、そこを指でとんとんと二回叩いた。
ペンをしっかりと握りしめて、書こうとしたら止められた。
「ちょ、まてまて。お前持ち方もできてねえな。ほら、見とけペンはこうやって持つんだ」
と言って正しいペンの持ち方を教えることから、私に勉強を教える、という長い長いシヅキの任務が始まった。
名前や簡単な漢字は三日もすればすぐ書けるようになった。
シヅキはお前賢いなあ、と笑いながら頭を撫でてくれた。
私はそれが嬉しくてもっといろんなことを教えてと強請った。
それ以来私はずっとシヅキの後を付いて回るようになり、ときにはシヅキのお仕事について行ったりするようにもなった。
久しぶりに会ったボスさんにはよく喋るようになったな、と言われた。
私は、シヅキもボスも廊下ですれ違うたびに声をかけてくれる他のダンインさんもみんなみんなだいすきになった。
I came to like them.
すきなものが、できました。