36.太陽はまた昇る
「透!」
いきなり名を呼ばれたせいか、身体が大きく跳ねた。
錆びた金属製品の繋ぎ目ようにぎこちない動きで振り向くと息を上げたルーナが手に書類を持って立っていた。
「これ、最上階で見つけたんだ」
ルーナのもとへ行って書類を受け取って目を通したが、それらはやはり私には読めない。
ルーナに突っ返して読んで、と催促した。
「これはな。レガーロとここで行われていたプロジェクトと実験の内容についての書類みてぇだ。この研究所は八年前、原因不明の爆発によって一度廃業になってる。だけど、数年前にまた建て直して研究や実験が行われていたらしい。
まず、レガーロってのは、古代ヨーロッパで生活していた不思議な力を持った民族のことを指す言葉で、今でもレガーロの血を継ぐ人間がいるらしい。人によって力の内容は違うみたいでだけど、だいたいは自己治癒力の大幅なアップ。自分の心の中に思い描いたものの具現化。あと、戦闘能力の向上……ってところ、か。まあ、知る人ぞ知る、超魅力的な能力ってわけだな」
ぐっと爪が掌に食い込むぐらいに強く、左手を握りしめた。
青い光、あれがレガーロ。
偶然私がレガーロを持っていたせいであんな目に遭ったんだ。
「んで、ここで行われてたプロジェクトの名前は、TO.Projectっつーらしい」
プロジェクトの名前に自分の名前が含まれていたことを聞き、嫌な予感が頭を過った。
風邪を引いた時のように目や喉の奥が熱を持つ。
「透。冷静になって聞けよ。八年前、鮫島透って少女がここで研究サンプルになっていたらしい。その子はレガーロっていう珍しい力をもった子らしくて、レガーロを使える子どもを量産して権力を得るつもりだったか……。とにかく、鮫島透の細胞を他の子どもに移植したりなんだりとレガーロを生み出すための研究や実験を行っていたらしい。
でもほとんどの子どもは失敗して、……死んだっぽいな。一人を除いて、な」
知らず知らずのうちに下げていた顔を上げ、ルーナを凝視した。
「鮫島透と同い年の女の子、名前は」
もう予想がついて、聞きたくないと思った。
「エリィ・キャルロット。髪の毛の色はオレンジ。目は赤、らしい。エリィの身体だけはレガーロを受け入れ、第二の鮫島透になった。だけど研究員たちはそれだけでは満足しなかったらしい。エリィの容姿を、鮫島透そっくりに作り替えたらしい。ただ、どうがんばっても目の色だけは変わらなかったらしいけどな。…………透、苗字は?」
今さらながら聞かれて、だけど口籠ることなく答えた。
どれだけ現実を否定したくとも、変えることなんてできないのだから。
「鮫島――、鮫島透」
自分でも苗字なんて忘れていた。
だけど書類に載っているらしい名前は確かに私のものだった。
「オマエ、此処に居たことあったのか?」
「うん、エリィも……知ってる」
ルーナがマジか、と吐き捨てるように言って舌打ちをした。
実験によってレガーロという奇妙な力を受け付けられたエリィは容姿までも、鮫島透のものへと変えられた。
たった一つ、目の色の違いだけを残して――。
ルーナがはっとした顔で私の目を見た。
恐らくルーナも書類に記載されていたことをもとに推理し、そして一つの結果へと結びつけたのだろう。
「ま、まさか…………、そのエリィって……」
震えるルーナの声を掻き消すように階下で何かが崩れるすさまじい音と、悲鳴が木霊した。
私は弾かれたように駆け出した。
下には置いてきた部下がいる。
それに、やっと会えるのだから。
私の、太陽に。
激しい音を立てて雨が降り始めた。
まるで悲劇を泣き叫び、再会を祝うかのように。
The sun rises again in the rain.
雨の中で太陽はまた昇る。




