01.太陽が消えた日
真っ暗。音は聞こえないけど、でも聴こえる。それは世界の音じゃなくて、私のなかで発生する音。
ほら、また聞こえる。どこかを引き裂く音。削る音。注入する音。軽く叩く音。くっつけられる音。
奇怪で奇妙で聞いていると吐き気を催すような音たち。ときどき、痛みが全身を駆け抜ける。
それは縫い針を誤って指に刺してしまった時のような小さな痛みであったり、
声を上げてしまいそうになるほど耐えがたい痛みだったりする。
だけど声をあげてはならない。
声をあげたり、痛みに身を捩ったりなどすれば痛みが倍以上に増幅して返ってくるのだから。
それはどのくらいかは忘れたけど、ずいぶん長い間ここにいて自らの体で体験してきた私だから言えることだ。
真っ暗で何も見えないのは、いつもこれが行われるときに必ずつけられる黒い眼隠しのせい。
手足が動かせられないのは、同じく必ずつけられる鉄の重い枷のせい。
まだしばらく続くであろう、このお世辞にも心地よいとは到底思えない身体のなかを弄くられるこの行為を白衣の男たちは、ケンキュウやジッケンと呼ぶ。
ジッケンを黙って耐える。無知で無力な私にはそれしかできない。
ここへ来てもう何年過ぎたのかわからない。
家族と引き離されたときは、私は八才だったけど、今私は何才なのだろう。
カレンダーも時計も無いこの場所ではそれすらわからなかった。
数分か数時間か、正確にはわからないけれど時間が過ぎ、手足首に感じていた冷たく重い感覚が取り払われ、
それに気付いたと同時に真っ暗な世界から解放された。毎日、これのくり返し。そんな中で時々思う。
――私はなんで生きているの? なんて。
真っ白な天井から無数に伸びている管やさまざまな器具が見えた。
私の周りにいて、今まで私の身体を弄くりまわしていたのであろう、白衣を着た男たちは一心不乱に手にした紙に何かを書き留めつつ、短く言葉を交わしている。
この調子でいけば壊れることなく完成するだろう、とか。
これからはもう少し量を増やすか、とか。その男たちの会話は私にはどうでもよくて理解しようとさえ思わなかった。
ただ、言葉を望んでいた。
「さあ、透。お部屋に戻ろうか」
白衣の男が紙を他の男に渡し、私の頭を撫でた。
触らないで、って思ったけど口にはしなかった。
だってそんなことをしたら、あそこへ戻れなくなっちゃう。
「はい」
男に手を引かれて、部屋を出た。
向かう先は大きな窓が付いていて、廊下からでも充分中を覗ける広い部屋。
そのなかには透と同じぐらいの幼い子どもたちがたくさん、正確には十七人の子どもたちが寝食を共にしている。
でも、現時点で十七人というだけで子どもたちは減ったり、増えたりする。
男の手を離して部屋へ駆け込むと皆が一斉に私を見た。その中で一人だけ、
「透!」
と私の名前を叫んで駆け寄ってくる少女がいた。
「エリイ、ただいま」
「おかえり、透。無事に帰ってきてくれて安心したぜ」
少女――エリイは橙色の髪と丸く大きな目。瞳の色は燃えるさかる炎のような赤。
そして少し男っぽい言葉使いなのは、兄弟が男ばかりだったかららしい。
彼女がここへ連れてこられるときに、その兄弟は目の前で殺されたって言っていたっけ。
ここへ連れてこられる子どもたちは皆、大抵家族が殺される場面を目撃している。それは透にとっても同じことだ。
ぼんやりそんなことを考えていると、気づかないうちに伏せていた目の前に黒い猫のぬいぐるみが差し出された。
「預かってやってたんだからな」
顔を上げると、エリイが笑った。
「ありがとう」
このぬいぐるみは透がここへ連れてこられた当初、
両親が殺される場面を見たことのショックのあまり一日中何も口にせず、
無口で無表情で感情というものが全く感じられなかった透にエリイがくれたものだった。
お前の目は猫みたいだから。透の釣り上がり気味の漆黒の目を見てそう言いながら。
それから透とエリイは一緒にいた。
さっきみたいに身体を弄くられて自分の身体に対してなんとも言えない嫌悪感を抱いても、エリイに名前を呼ばれたら安堵した。
子どもたちが白衣に連れて行かれたきり帰ってこなくなってもエリイに抱きしめられたら、その得体のしれない恐怖はどこかへ消えていった。
外に出ることは許されない、このまるで牢獄な様なところでエリイだけは陰ることを知らない太陽のようだと思った。
私に生きている意味があるとしたら、それはこの太陽のためだけだ。
「ったく、髪グシャグシャになってるぞ!」
「しょうがないよ。ジッケンに行ってたんだもん」
「はいはい。直してやるよ」
エリイがため息交じりにそう言って、私の頭に手を伸ばした。そして、
「ぐしゃぐしゃぐしゃっ!」
まさしくその言葉通りの行動をした。両手で私の髪を掻きまわしたのだ。
「ちょっと、エリイ! 直してくれるんじゃないの?」
「騙されたな」
余りにも私の髪型がひどかったのか、エリイは手を放して腹を抱えて豪快に笑った。
私もそれにつられて、頬を膨らませながらも笑った。
その時、ドアが開く音がして反射的に振り向くと、白衣が居た。
そして平坦な声でこう言った。
「エリイ。おいで」
目の前にいるエリイがびくりと小さく肩を上下させたのがわかった。
「エリイ……」
「行ってくるからな。透、またな」
わざとらしい明るい声でそう言い残して、エリイは白衣について部屋を出て行った。
そしてそれきり、エリイが戻ってくることはなかった。
The day when the sun disappeared.
それは、太陽が消えた日。