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仏像の中のわたし ー千里梓の善行日記ー  作者: 絹親
序章 さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける
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 朝のHRホームルームでは塩澤君が予想したように、私が事故で入院していることが担任の先生から伝えられた。その時、ついでに交通事故への注意喚起もなされたのだけど。

 鞄の中で私は、注意していても、どうしょうもないときもあるんですけどねー、なんてやさぐれた気分でそれを聞いていた。

 ……自分から言い出したことだけれど、こんな暗くて狭い所に長時間いると心が荒んでくるのがわかるわ。

 塩澤君は学食派らしいので、鞄の中( こ こ )がお弁当の匂いで充満していないだけ、まだましなのかもしれないけど……やなり私の心の健康のためにも、学習環境に対する改善要求は出すべきだよね。

 よし、手始めに鞄のファスナーは五センチほど開けてままにしてほしいと、夢で塩澤君に告げよう。そうすれば、暗闇の解消と視界の確保が可能に! うん、一石二鳥で、我ながらよい改善案だ。こんなことに夢告の力を使うのはあれだけど……




 さて、勉学目的で学校へ連れてきてもらったのはいいけれど、残念ながら今日は各科目の担当教諭が自己紹介したり、成績の付け方の説明をしたりとガイダンス的な内容のみで、本格的な授業は執り行われなかった。

 帰りのHRホームルームでも、まだ入学したての外部生がいるということもあり、学校生活における諸注意と説明がこれでもかとなされ、私は暗闇の中で退屈きわまりない時間を過ごすはめになった。

 そして、やっとHRホームルームが終わると。

 塩澤君が担任の先生に、私のお見舞いに行きたいからと入院先の病院名を尋ねていた。

 えっ、そんなの悪いからいいですよ! 昨日まで知人以下の存在だった女に、気なんて使わなくていいですからっ。

 あー、先生も変に思ってるよ。見えないけど、不思議そうな声の調子からそれがよくわかる。

 それでも、彼は話を上手いこともっていって、私の地元にあるA大学病院の名前を聞き出すことに成功。

 どうやら私は、自分の身体に会いに行くことになったらしい。


 そして、小一時間後。

 塩澤君(と私)は、只今、A大学病院の最寄り駅であるS駅にいます。

 駅構内の花屋で、お見舞い用の花もすでに購入済みだ。

 電車賃どころか花束代まで……塩澤君の貴重なお小遣いが……。ほんと、すみません! まったく、花束ってなんだってこんなに高いのか。

 

 それから、駅から外に出ると意外なことに迷ってしまったのか、ロータリー周辺をうろうろしたり、どこかの場所でしばらく立ち止まったりとスムーズとは言い難い道行きを辿っている塩澤君。

 鞄の中で状況がわからない私は少しイライラしたけれど、わかってもナビなんてできない自分の状態を自覚すると今度はちょっぴり落ち込んだ。

 うーん、これは精神衛生上よくない傾向だ。

 私は頭を切り替えて、もっと自分にとって前向きで建設的なことを考えることにした。

 そう、例えば、楽して仏像のレベルを上げ、徳を積むことが出来る方法などを。

 正直、難題だ。でも、活路はきっとある! なんたって私には、地蔵菩薩の加護(うっすら)がついてるんだもの! ……ちょっと余計なものもついてる気がするけど。

 

 しばらくの間、ああでもないこうでもないと無い知恵を絞っていると、ふと雑踏の喧騒に混じってカラーン、カラーンという鐘の音が聞こえて来た。

 この鐘の音はA大学病院の近くに建っている教会のものだな。そろそろ到着——ッ!!

 閃いたっ! 私、閃きましたよ!!

 教会というばマリア像、マリア像というば血の涙の奇跡!

 聞いた話によると、血の涙を流したマリア像のもとには、たくさんの信者が祈りを捧げるために集まるらしい。特別に教会が建てられたところもあるだとか。

 つまり、私が憑依しているこの仏像もマリア像のように、血の涙を流せば!

 うふふ、どこかのお寺で秘仏扱いされちゃったりなんかして!

 そうなると、御開帳の際には大勢の参拝客に拝まれまくることになるわけだから、仏像のレベルもガンガン上がる!

 完璧だわ。

 問題はどうすれは血の涙を流せるようになるかだけど……いや、この際、ただの涙でも……


 ガッガァァー


 ん? 自動ドアの音が……それに、この消毒薬の臭い……。

 どうやら、ようやく病院に着いたようだ。マリア像計画の構想は一時中断か。

 それにしても塩澤君、ここまで来るのに三十分くらいかかったんじゃないだろうか。徒歩十分くらいの距離なのに。

 まあ、とりあえず無事に目的地に辿り着いたんだからいいか。

 

 しかし、せっかく塩澤君が花束まで購入して来院したというのに、私たちは私の身体と対面することはできなかった。

 家族以外の面会は許可できないと断られたのだ。

 すっかり忘れていたけれど、そういえば私の身体は集中治療室にあるとあの眩しい方から教えてもらっていたんだった。


 塩澤君が花束の処遇について思案でもしているのか、ナースステーションらしき場所の前で立ち止まっていると、なんと家の母の声がした。


「あの、清琳学園の方よね? もしかして梓の……?」


 娘と同じ学校の制服を着た子がうろうろしているのを見て、私のお見舞いに来たのかもしれないと声をかけたらしい。そこから彼が母と少し話をすると、頭を強く打っているので意識がまだ戻っていないこと、容態は安定しているのでこのままいけば遠からず一般病棟に移れることなどがわかった。

 話を聞いていて気づいたんだけど、どうやら母は塩澤君のことをクラス代表の見舞い客だと認識しているようだ。まぁ、そうだよね。二日しか通っていないのに、同じ学校の生徒が個人的にお見舞いに来るなんて普通に考えれば変だもの。

 それから彼は、花屋にお任せで作ってもらった花束を母に託して病院を後にした。


 自分の身体を見ることはかなわなかったけれど、どういう状態か知ることができたので私は少しホッとした。塩澤君には感謝しなくちゃね。ただ、両親のことを考えると気が重くなってくる。視界が塞がれていたからよくわかったけれど、お母さん、すごく疲れた声だったんだよね。

 父と母の夢枕に立って、「意識回復のためにがんばって善行を積んでいるから待っていてほしい」と伝えてみようかな。ただの夢だと気にもとめない可能性もある。でも、二人ともが同じ日に同じ内容の夢を見たことがわかれば、ちょっとは心の慰めになるかもしれない。

 そんなことを駅に向かう道すがら、つらつらと考えていると。

 どこからか、女性の叫び声が。


「ドロボー!! 誰か捕まえてぇぇぇーー!」 


 どうやら引ったくりが出たらしい。

 両親のことで少し感傷的な気持ちになっていた私は気分を切り替えようと、ことさら明るく、

 『塩澤君! ここは若さあふれる男子高校生の出番ではないですかね! 私の住処すみかが多少、揺れることになったとしてもかまいませんことよ!』

 なんてことを心の中で無責任に(どうせ聞こえないし)煽っていたら。

 ——罰が当たったようだ。

 突然明るい光が差し込んだかと思うと体(仏像)を鷲掴みにされ、外へと引っ張り出される。それから勢い良く持ち上げられると、二、三歩助走をつけた塩澤君によって、私は高速で前方に突き出されると同時に宙へと解き放たれた。

 つまり、早い話が塩澤君にぶん投げられたのだ!


 これが、音速の向こう側——ッ!なんて思う暇もなく、私は誰かの膝裏に直撃。クリティカルヒットだったようで、その誰かは見事に転倒した。そして、駆け寄って来た塩澤君や周りにいた人たちによって、すぐさまその人物は確保された。

 そうだろうとは思ったけど、スカッド梓(ZB-z)の犠牲者は引ったくりの犯人だったようだ。

 周囲の人たちが塩澤君をおおいに讃えている中、私は、「触覚はあるけれど、痛覚はほとんどない」などと塩澤君に告げてしまったことをおおいに後悔していた。


 犯人捕獲後、被害者の中年女性—藤本さんという—は塩澤君のことを、若いのに立派な子だと微妙に言い方を変えながら何度も話し。周囲もその度に同意。それが十回ほど繰り返された頃になってやっと警察が到着した。

 犯人が周囲の大人達によって引き渡されると、塩澤君と藤本さんは警察に詳しい事情を尋ねられた。

 その過程で、犯人の捕獲手段が仏像の投擲によるものだと知れると、警察官らはそろって微妙な顔をした。

 うん、そりゃそうだよね。なんか言ってやってちゃうだいよ、この罰当たりな小坊主に。

 しかし、私の思いとは裏腹に。

 捕獲手段についてはやはり注意を受けたが、別の警察官と話をしていた藤本さんがそれを聞くやいなや猛烈に擁護というか、抗議をしたので、塩澤君は早々にお小言から解放される結果となった。ぐぬぬっ。

 絶対に今夜、夢の中で文句(という名の罵倒)を言ってやる。


 My罵詈雑言リストから言うべき言葉をピックアップするのに熱中ていると、ふいに自分の体(仏像)がおかしいことに気がついた。

 き、金色に光っているよ!

 警察に検分されたあと、再び暗い鞄の中に収容されたのでよくわかるのだ。

 こ、この感じはもしかして——!

 私はすぐさまお地蔵様に祈りを捧げ、法力がどうなっているか調べた。すると、

 

 ・加護(うっすら)

 ・利益(ほんのり)

 ・夢告

 ・念話(半径一メートル以内 対象者一名のみ)


 キタ——————!! キマしたよ! 犯人逮捕に貢献した(強制的にどけれど)からレベルアップしたのね! もうレベル1なんて言わせないぞっ。

 相変わらず加護と利益の効力はアレだけど、そんなことは新たに加わった力の前では些末なことだ。

 なんたって念話が可能になったということは、お一人様限定だけどリアルタイムで意思疎通がはかれるわけで。

 これで塩澤君に苦情を言うのを夜まで待たなくてすむ! もちろん、彼のおかげでレベルアップできたことを考慮して、多少は控えめ(一割減)にするつもりだ。 それと、鞄のファスナー五センチ開けのことも忘れずに言わなくちゃね。“ああぁぁー、光がー!”なんて言って吸血鬼少女の真似をしていたのは、遠い昔のことなのだから。

 あ、ちなみに、体の発光は一分ほどで収まってしまった。ずっと、金色に輝き続けてくれてたら、すごくありがたがられて拝まれ三昧だったのに。

 まあ、そんな都合のいい話はないか。


 事件の収拾が大方ついて塩澤君が帰宅の途につくと、早速、私は念話を使ってみた。


『塩澤君、塩澤君、聞こえますかー? 千里梓です』

 

 彼はピタッと立ち止まると、すぐに鞄の中を覗き込んできた。


「千里さん? 話せたの? ……いや、話せるようになったのか。さっきので」

『そうなのよ。すごく限定的だけどね』


 彼はすごく小さな声でしゃべっていたが、辺りを見回すと、


「これ以上は家に帰ってからにしよう。危ない人だと勘違いされても困るし」

 

 と言って会話を打ち切った。

 言われて気づいたけど、鞄の中に向かってしゃべりかている男がいたら怪しい人以外の何者でもないよね。

 うわー。塩澤君に悪いことしちゃったな。いや、でも、彼が私にしたことに比べれば……。

 よし、苦情は五割引くらいで言うことにしよう。もちろん、今すぐじゃなくて、塩澤君宅に帰ってから。あいづちも反省の言葉も返ってこない状況で、文句を言うくらいなら、壁に向かって円周率を暗唱した方がましだ。(クラスに一人はいたよね。小数点以下二桁まででいいのに無駄に多く覚えている人。それは私だ。)

 ただ、さすがに暗黒部屋のままは嫌だったので、隙間五センチのことだけは、今、訴えておいた。

 彼は無言で鞄のファスナーを五センチ開けてくれた。



 塩澤君の家に帰ってから。

 鞄から出され、閉所からの開放感に浸っていると、塩澤君が私(仏像)の顔をまじまじと見つめて呟いた。


「間抜けっぽさが少し緩和された……?」


 ちょっと、それ、どういう意味よ! 事と次第によっちゃー、今夜は悪夢を見ることになるよ!


『それって私に喧嘩売ってるわけ?』

「いやいや、誤解だよ。むしろ、逆だよ逆」


 語気荒い私とは対照的に、彼は穏やかな口調で弁解してくるが、あれが挑発以外のなんだっていうのさ。

 怒りを解かないでいると、「見た方が早い」と彼は私の目前に鏡を持ってきた。そこには一日ぶりに見る私の仮の姿が映っていたわけなんだけど。

 あれ? ちょっと印象が違う?

 佳代ちゃんから貰ったときはもっと、こう、彫りが甘い感じで価格も千五百円くらいのイメージだったど、今は三千円くらいはしそう。

 それに、顔が! 塩澤君が言った通り、知的な雰囲気がほんのちょびっと加味されたような……。

 あっ、そうか! レベルアップすると外見もバージョンアップするってことか!

 なるほどなるほど。これはこれからが楽しみだわー。最終的には橋寺放生院はしでらほうじょういんの地蔵菩薩立像みたいになったりして。うへへへ。


「わかってくれた? それよりさ、僕でよければ協力するよ。千里さんが元の身体に戻れるように。色々と楽しそうだし」


 た、楽しそう? 

 ま、まあ、力を貸してくれるなら、細かいことは言うまい。


『ありがとう、塩澤君! ご迷惑をおかけしますが、ひとつよろしくお願いします』


 こうして、私は塩澤君という心強い?協力者を得て、徳積みに励むこととなったのである。


 あ、そういえばまだ、投擲武器扱いされたことの文句を言ってない。

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