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仏像の中のわたし ー千里梓の善行日記ー  作者: 絹親
序章 さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける
3/40

 そんなこんなで仏像の中にいる私は現在、クラスメイトの一人である塩澤和臣かずおみ君のお宅にお邪魔しております。

 すごいピンポイントで送り届けてくれたみたいで、彼の枕元に転がっている状態だけどね……。しかも時刻は深夜。

 ち、違うの! 痴女なんかじゃないからっ。これには深い理由わけがあるのっ! 私だって女の子の方がよかったけど、あのクラスには塩澤君しか私の安全が保証される人がいなかったんだから、仕方ないのよっ。

 誰に対してか、ふと気がつくと他人様ひとさまのお家で一生懸命、いい訳を重ねている私。……滑稽だわ。

 これはもう、開き直って早々にミッションを実行してしまう方がいいな。

 私はお地蔵様の夢告の力を借りるため、祈りはじめる。

 

 ——三分ほど経過して。

 突然、ふわっとした浮遊感に包まれる。

 うわっ、落ちる——!?

 驚いて目を開けると、自分がいる場所は明らかに現実とは異なる空間だった。壁面すべてが寒色系の色が混ざり合って出来たマーブル模様になっていて、時折それに流れ星のよな銀色の筋が走っては消えていく。

 ここってもしかしなくても、夢の中……なんだよね。

 ふへー、夢の中ってこんな感じなんだ。もっと極彩色でレインボーな感じを想像していたんだけど。

 周囲の情景をきょろきょろ見回しているうちに重大なことに気がついた。

 私、容姿が人間になっているっ! なぜか制服着用で。濃紺と水色のタータンチェック柄プリーツスカートに濃紺のベストとブレザー。リボンは水色でブレザーの襟縁には白いラインが走っている。学校の近隣住民には、まあまあかわいいとの評価を受けているらしい。

 制服姿なのは、彼との関係性が学校繋がりのものだと私が認識しているからかな。真っ裸やきわどいコスチュームでないならどうだっていいと思っていたけど、制服でよかったかも。私服だと「君、誰?」とか言われちゃいそうだし。


 えーと、とりあえず、ここの何処かにいるはずの塩澤君を探さないと。

 ………いや、探す必要はないか。

 夢の中だと地蔵菩薩の力が強まるのか、何もせずとも自然とわかることがいろいろあり、そのおかげで塩澤君の居所もなんとなく把握することができた。

 現実世界でも、これくらいイージーモードだったらなー。

 そんな罰当たりなことを考えながら、彼がいるであろう方角に向かって歩いていると、途中、機体の後ろからシャボン玉を噴射しながら編隊飛行を行う、五機の紙飛行機を目撃する。

 ふおぉー、かっけー! でも、かわいいー! でも、かっけー!


 紙飛行機を目で追いかけつつ、さらに奥へ進むと今度はお蕎麦で出来た滝が視界に入ってきた。その滝では、時折かき揚げが流れ落ちていくのだけど、他の具はいっさい流れないのが面白い。

 きっと、塩澤君の好物はかき揚げ蕎麦に違いない。

 それからも、歩を進めるごとに様々なものが現れ、周囲がだんだんと賑やかになっていく。初めに何もなかったのが嘘のようだ。


 そうして、しばらく周りの景色を観賞しながら歩いていくと、一面に広がる本の海に寝ころんでいる人を発見。

 彼は頭の後ろで両手を組み、足を組んだ状態で宙に浮いている本を読んでいた。ちなみに服装はポロシャツにチノパンという普段着で、学校の制服ではなかった。

 私は小走りになって彼のもとへと向かう。

 あ、彼もこちらに気がついたようだ。

 ちょっと驚いた顔をしたあと、起き上がって会釈をしてくれた。それを受けて私も声をかける。


『こんばんは。私のこと、誰だかわかります?』


 第一声は緊張から、少し震えていたかも。


『えーと、確か……僕の後の席の千里梓さん、だよね』


 あー、よかったー。塩澤君、覚えててくれたんだ。


『あの、じつはお願いがあって塩澤君の夢にお邪魔したんだ』

『夢? ……ああ、そうか。これは夢の中か』


 彼は知っていたはずのことを思い出したかのように一つ頷くと、


『それでお願いというのは?』


 すんなり話の先を促してくれた。

 えっ、なんかあっさり納得しすぎじゃない!? こっちは助かるけど、いいのかそれでっ? 

 色々と考えていただけになんだか拍子抜けした感じはあるけれど、スムーズに事が運ぶならそれに越したことはないので、私はその場で正座をし、口を開いた。

 

『じつは今日の放課後——————』


 初めに自分の身に起こったことを順を追って語っていき、最後にドロップアウト回避のための協力を塩澤君にお願いしたところで話を結ぶ。前置きの説明がちょっと長くなったけれど、塩澤君は途中、いくつか質問を挟む以外は静かに耳を傾けてくれた。

 そして、話を聞き終えた後の彼の第一声は非常にシンプルだった。


『うーん、千里さん、すごい体験をしたねぇ』

 

 えっ!? あの、もうちょっと、何かないわけ? もしや、夢の中の話だと思っているから?

 ああぁぁー、それじゃあ、困るのよ!


『塩澤君、信じられないだろうけど、全部本当のことなの!』

『まあまあ、ちょっと落ち着いてよ、千里さん。これがただの夢かそうでないかの判断は、明日、いやもう今日か、の午前中まで待ってよ』


 塩澤君は興奮気味に言い募ろうとする私を宥めるように、両手を上下するジェスチャーをしながら、よくわからない時間指定の提案をしてきた。


『今日の午前中? 何か意味があるの?』

『千里さんのいうことが真実なら、目が覚めた時にそこら辺に転がっている仏像があるはずだよね。それに君が事故に遭っているなら、担任の教師からなんらかのアナウンスがあるはずだ』

『ああ、それで午前中なのね』

『そういうこと』

 

 なるほど。

 塩澤君、すごく冷静で的確な対応だわ。こっちは人生がかかっている分、つい熱くなってしまうから、その方が助かるといえばそうなんだけど、もうちょっと、こう、労りだとか共感性をですね……。

 いや、待てよ。某元テニスプレーヤーばりに熱くなられるよりはいいか。今の状態の私が、“ドントウォーリー!ビーハッピー!”とか“気にすんなよ!くよくよすんなよ!”とか言われたら、きっと殺意しか湧かないだろうから。

 

『ところで、勉強のためにクラスメイトに協力してほしいというのはわかるけれど、なんで僕? 千里さんは外部生だから知り合いが少ないのはわかるけど、昨日の朝、西園さんや江口さんと楽しそうに話してたよね? それにひきかえ、僕とは挨拶を交わしたくらいで接点がほとんどないのに』


 あー、やっぱり訊かれたか。

 すごく単純なことだし、塩澤君はすでに答えを予想してそうだけど、協力者候補の質問には誠意を持って回答しないとね。


『う〜ん、すごく失礼な話かもしれないけど——。楽しくおしゃべりしていたといってもまだ表面的なものだから、どういう家庭のかまではわからないでしょ。助けを求めにいったら、宗教的理由から本人もしくはその家族によって火あぶりになんかされたらたまらないよ。火刑は言い過ぎかもしれないけど、廃棄ぐらいなら可能性としてありえるでしょ。で、これは一人を除いた、クラス全員に言えることだよね』

『一人を除いた——確かにそうだね。それで、その一人というのが僕だったわけだ』


 そうです。おの息子なら、私の体がそういった危険にさらされることはないだろうと思ったわけです。あの時、クラスの自己紹介を真面目に聞いてた自分を褒めてあげたいよ。

 さらに言えば、お寺にいればお経や鐘の音をすぐ近くで聞くことができるから、ちょっとは徳を積めるかもというセコい考えもあったりなかったり。

 動けない仏像の体では、能動的に善行を成すこともなかなか難しいから大変なのよ。

 それにお寺の息子が仏像を持っていたって、さほど不自然じゃないでしょ。お寺の息子と仏像の親和性は、ヴィジュアル系ロッカーと十字架クロスの親和性と同じくらい高いと個人的に思っている。

 だから、仮に学校に持ってきたのがバレたとしても、他の人のように火傷やけどしたりしないから大丈夫。(他の人だったら、「ブツゾーラー」とか変なあだ名で呼ばれちゃう危険性がある)




 一通りのことを説明し終え、一息ついていると。

 ん? いつの間にか、周りの景色がぼやけ、歪んできている。それに、この場から追い出すような圧力が周囲からじわじわと。

 塩澤君の覚醒が近いのかもしれない。


『私の人生がかかっているので、どうか協力をお願いします、塩澤君! 返事はいつでもいいからね。それではまた現実世界で会いましょう!(仏像だけど)』


 と、私がやや早口で別れの挨拶を言うやいなや。

 外側に向かって吸い出されるような感覚が——ッ! あー、引っ張られるー!

 あ〜れ〜…………

 私は腰元悲鳴を上げながら思った。この吸引力はダイ◯ン以上だと。


 そして気がつくと、私は転がった仏像の中にいて天井を見上げていた。

 うっ、朝日が眩しい……ああ、もう夜が明けたのか。

 太陽の光の下で、改めて塩澤君の部屋を見てみると蔵書の数がすごいっ! 畳とフローリング部分に分割された室内には、壁一面に作り付けの本棚があり、上から下までぎっしりと書物が詰まっていた。そればかりでなく、本来なら花器などが飾られているはずの床の間にまでそれは浸食し、数基の不格好なブックタワーを作り上げていた。


 私が室内の観察をしているうちに、どうやら塩澤君も目が覚めたようだ。でも、低血圧なのか、彼は上半身を起こすと額に手を当てて、少しの間そのまま身動きせずにいた。

 数十秒後、ようやく布団から出て立ち上がった塩澤君は、すぐに私(仏像)を発見。ちょっと驚いた表情を浮かべて私(仏像)を手に取った。

 まあ、彼の枕元付近に転がっていたんだから、探すまでもないよね。

 それから、塩澤君はしばらく無言で私(仏像)を眺めたあと机の上におき、

 

「……ずいぶん個性的な顔だな」


 とはなはだ失礼なコメントを呟いて、部屋から出て行った。

 ……ここは自分の美的感覚が正しかったことに、ホッとすべきところなんだろうけど、なんかムカッときてしまった。

 おかめのお面をかぶった人ってこんな気持ちなんだろうか……?


 その後、朝食を食べ終えたのか、また部屋に戻ってきた塩澤君は制服に着替え始めた。

 男子の制服は、女子のリボンとスカートがネクタイとパンツに換わっただけで、ほとんど一緒のデザイン——って、そんなことはどうだっていい!

 ここには花も恥じらう乙女がいるんですけどっ。いくら自分の部屋だからって、ちょっとは気を使ってくださいよ!


 私は心を「空」にするため、般若心境を唱え始めた。(途中までしか覚えてないけど)

 

 そして、彼は身支度を終えると無造作に私(仏像)を学生鞄に入れ、学校へと向かった。


 あ、ちょっと、閉め切られると中が真っ暗で、何も見えないんですがー!!

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