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仏像の中のわたし ー千里梓の善行日記ー  作者: 絹親
序章 さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける
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 意識が戻ると私の視界には、大変おめでたく、そして美しい光景が広がっていた。

 澄みきった青い空には五色ごしきの瑞雲がたなびき、その切れ間からは光り輝く二つの天体が顔を覗かせ、金色をした大地にはキラキラと瞬く砂金が見渡す限りに広がり、金塊らしきものがただの石のごとくごろごろと転がっているのだ。

 私はこの感動的な景色をもっと堪能しようと、半ば無意識に身体を動かそうとし——

 えっ、えっ、なにこれ、どういうこと!?

 私の意に反し、身体は微動だにしない。

 ここで初めて自分の置かれている異常な状態に気がついた。

 それを切っ掛けに、直前までの記憶—バイク、衝撃、頭部への強烈な痛みなど—をいっきに思い出す。

 

『私、いったいどうなって……もしや、これはジョニー状態ってやつ!? いやあぁぁー!』 


 事故の記憶と全く動かない身体から導きだされる最悪な事態を想像して、私は酷い混乱状態に。


『どうしてっ! 私、戦場になんて行ってないのに。イッテナイノニッ!』


 ひたすら支離滅裂な叫び声をあげ続ける私。

 そこに突如、強烈な光がっ!

 ま、眩しい——っ!

 あまりの眩しさに視界が白く霞んで見える。


 ………あれ、なんだかこの光に照らされていると、気持ちが落ち着いてくるような……。

 よくわからないけど、この不思議な光には乱れた心を沈静化させる作用があるみたいだ。

 でも、正気に返ったせいで、今現在、強力な重圧プレッシャーが自分の身に降りかかっているのに気がついてしまった。

 うぐぐっ、何なの、これは!?

 例えるなら、歴史のある荘厳な建造物の中に一人で立ち入ったときに感じる、威厳に満ちたあの重たい空気。あれが何十倍にもなってのしかかってきたような——ッ!


 ああぁぁ、光が、光が強くなって!

 私の前に、今、ナニかはわからないがとてつもなく強大で偉大な存在が降臨している! 

 生命いのちあるものの本能で、それがわかった。

 卑小なこの身でできることといえば、ただ伏すような気持ちでその来臨を待つことのみ。



千里梓せんりあずささん、心は静まりましたか』


 それは光の中から発せられているようにも、頭に直接話しかけられているようにも感じられるもので。

 その声が聞こえた瞬間、あれほどあった重圧プレッシャーがきれいさっぱり消え失せた。嘘のように心が軽い。

 重苦しい空気から解放された私は距離感もあやふやで、ついでに言うと性別も不確かなその声に、全神経を集中させた。

 

『大丈夫なようですね。ではこれから、あなたが陥っている状況を説明したいと思います。ですが、その前にまず、あなたはその目でしっかりと今のご自分の姿を確認してください』

 

 ああ、とうとう……。

 今まで私が敢えて目を反らしていた事実に、ついに向き合うべき時が来たのね。

 恐い。でも、この光を浴びている以上、精神的には大丈夫だろうという妙な安心感もあって、思い切って眼下に視線をやる。


『——ヒッ、こ、あっ、わっ——』


 目ん玉が飛び出そうな事態になっていて、思わず変な声が出た。

 私の身体がぁ、私の身体が、仏像になってるぅぅぅぅ——!!

 しかも、佳代ちゃんから貰ったおとぼけ地蔵にっ!

 オオオオオオーマイガッ、オーマイガッ!


 不思議な光のおかげか発狂こそしてないが、してないがッ!


『落ち着いてください。あなたは、今、魂が仏像に入り込んでしまっている状態なのです。道祖神に対して成した小さな功徳の報いとして、縁ある地蔵菩薩により、あなたは死の淵より救済されました。しかし、彼らの現世でなせる力では、今のあなたの状態が限界だったのです』

 

 それを聞くと私の脳裏には、事故の衝撃で身体から抜け出た魂が仏像へ押し込まれているヴィジョンが。


『ええ。だいたいそのような事が起こったわけです。もう少し詳しく言いますと、現在、あなたの本来の身体は集中治療室の病床にあります。よって、魂と肉体は乖離した状態になっています。普通なら意識も五感も希薄になるところですが、地蔵菩薩像の力によって、あなたには今もはっきりとした意識と五感が存在しています。ただ、その体では身を守るための自衛手段がないに等しいので、痛覚はほとんどなくしています。それから、仏像なわけですから、動くことや話すことはできません』

 

 そ、そんなぁ……私はこれから、どうすれば……。

 あれ? でも、今、普通に意思疎通できているような……。


『会話が成立しているのは、あなたが心で強く思ったことや伝えたいと意識したことを私が読み取っているからです。あなた自身から何を発信することはまだ出来ません』


 ————まだ?


『今後のことにも関係してきますが、徳を積めば話すことも出来るようになります』


 そうなのか。でも、それよりも元に戻ることはできないのだろうか?

 いや、別に、このお地蔵様がいやだっていうわけではないのよ? 味があって、なかなかイイ感じだと思うしっ! ただ、やっぱり自分の身体が一番だと思うしっ。

 ——死ぬところを助けてもらっといて我が侭だと思うけれど……。


『徳を積めば積むほど出来ることは多くなり、最終的には元の身体に戻ることも可能です。この因果律はあなたの未来の一つとして存在しています』


 ほ、本当に!? うわーん、よかったよー!! 

 今、人生で一番うれしいかもしれない!

 金メダルを獲ったオリンピック選手のような感想だけど、彼ら並みにがんばるよ、私は!

 ん? でも、冷静になってよく考えてみると、身体動きません、話せませんってハンデあり過ぎじゃない!?

 いったい、どーすりゃいいのよ……。


『あなたの器となっている地蔵菩薩像の力を使うことができますから、心配ありません』


 ええっ、仏さまの力を!? 

 ……なんだか恐れ多いけど、これでなんとかやっていけるかもしれない。

 えっと、それで具体的にはどんな力なんでしょうか。他人の心を読む力とか千里眼とか?


『地蔵菩薩に祈ってください。あなたにもたらされる慈悲が示されるでしょう』


 うっ、改めて祈りなさいって言われると、なんちゃってブッディストの私にはハードルが高いです。どうやって祈ればいいの? 使うのは般若心境?真言?南無妙法蓮華経?(あっ、家は日蓮宗じゃないからこれは違うかな) ——どちらにしてもまともに覚えていない。


『雑念を払い、ただ願いを奉じればよいのです』


 な、なるほど。では、言われた通り、『お地蔵様、どうかお貸しいただけるお力をお教えください』と一心に祈ってみる。

 するとぼんやりと脳裏に浮かび上がってくる言葉があった。


 ・加護(うっすら)

 ・利益(ほんのり)

 ・夢告


 ……………………えっ? 

 これだけでどうにかするのはさすがに難しいのではないでしょうか、お地蔵様。


『徳の高い仏師が彫ったものでもなく、一度も祈られたことのない仏像——あなた方の言葉でわかりやすくいうと“レベル1の仏像”ですから。多くを期待してはいけません。ですが、精進して善行を成せばレベルもあがり、法力も増します。ただ、やはり最初は困難なことも多いでしょうから、あなたには協力者を得ることを勧めます』


 ……レベル1。

 いやいや、それはがんばればいい話だから置いておいて。

 協力者かぁ。普通なら両親にお願いするのが一番なんだろうけど。

 それがベストチョイスではないと私のおでこが囁いているのよね。気のせいなんかじゃないから。額の白毫がまるで「梓ちゃん、その選択はどうかな?」と言うかのように、むずむずしてしょうがないのよ。


 それに自分の身の上としては、助力を乞うならクラスメイトの誰かに頼みたい気持ちがかなりあったりする。

 だって高校生なんだよ! なったばかりとはいえ、いや、なったばかりだからこそ、授業を休みまくったらどんな恐ろしいことになるか。

 徳を溜めてめでたく社会復帰できたとしても今浦島状態で、きっと勉強なんてチンプンカンプンになってるに違いない。もうね、早々にドロップアウトする可能性、大だよ。

 そして、私の場合、学校の窓ガラスを割ったり、ナイフみたいにとんがって周囲を傷つけたりするようなアクティブな不良にはならないだろうから……


 大人の階段を上りそこねたら、ひきこもり一直線だな!


 うん、やはりこれは是が非でもクラスメイトによる学業バックアップが必要だと思う。

 鞄に私(仏像)を入れて登校してくれれば授業を受けられるし、わからないところがあれば相談(意思疎通が出来るようになっていればだけど)もできる。放課後は善行に勤しめばいい。

 いい計画だ。これで悲惨な未来は回避できる。

 ただ、これには一つ大きな問題が。私には、あのクラスに助けを求められるほど親しい友人がまだいないという。

 私は熟慮に熟慮を重ねた結果、あるクラスメイトに白羽の矢を立てた。

 

 塩澤君の夢枕に立って、協力をお願いしにいく!


 これは大きな賭けだ。なんたって相手のことを、私はほとんど知らないのだから。でも、人間、時には思い切りも大事だというし。

 私にはお地蔵様のご加護がついてるから、きっと大丈夫!

 ……(うっすら)だけど、(うっすら)だけど——ッ。


『決心がついたようですね。それでは、協力者とがんばって徳を積んでください。ああ、そうそう、最後にあなたは今までに、人間として六十九回転生しています。まあ、これは今回のこととは全く関係ない話ですが』


 そうか、六十九回も転生——って、え、関係ない!?

 なら、なぜそんなことを?


『特別な意味はありません。言わば、サービスです』

 

 サービス!? 

 ま、まぁ、損したわけじゃないからいいのか。

 それより六十九回って多いの?少ないの? ちょっと気になる。


『そうですね。多くもなく少なくもなく、平均的な回数と言えるでしょう。何事も要領がよく、世渡り上手で人生を上手に生きている人。こういった方は人間転生回数が多く、だいたい三桁を超えています。反対に、何事にも要領が悪く、人間関係や社会生活に不器用で生きることに精一杯な人は、だいたい一桁です。もちろん、魂の持つ元からの性質にも依りますから、すべての人間に当てはまるわけではありませんが』


 えー、そういうことだったの!? っていうことはもしかして、リヤ充って、人間界の大先輩だったり? 

 うわー、今度見かけたら、心の中で起爆の呪文を唱えるより、「お疲れさまです、先輩!」とか言った方がいいのだろうか。


『さて、冗談はここら辺にしておいて』


 はっ!? じょ、冗談!? って何が? どこから? 


『さあ、どこからでしょう。——それでは、頃合いもいいようですし、あなたにとって都合の合う時間と場所に送りましょう』


 えっ、ちょ、待っ——!

 何か意味のある言葉を言う間もなく、周りの景色が急速に薄れ、霞んでいく。

 慌てて、眩しさゆえに直視するのを避けていた光源に目をやると、光の中にうすぼんやりした影が。

 んん? なんか、どこかで見たような……既視感?

 でも、そのことについて私が記憶の底を引っ掻き回すより早く、私の視界から脳裏までが白く染められる。

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