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灰被りのお嬢様

作者: 音葉

高校時代に文芸同好会の部誌用に書いたアレンジシンデレラです。

魔法使いがもし、男性だったら。

シンデレラが純粋にお嬢様だった時代、王家と親交があったなら。

そんな感じで書きました。

昔々……そこまで昔じゃなかったかも知れませんが、とあるところに灰被り(シンデレラ)と呼ばれる若い、15くらいの娘が居ました。

シンデレラはそれはたいそう美しかったのですが、父が病死してからは毎日の様に継母や二人の義姉達に使用人の様に扱われ、イジメられていました。完璧虐待です。現代なら児童養護施設の保護対象です。いつも栄養失調気味で手足は細く、胸も同い年の娘達に比べればぺったんこでした。貧乳がステータスになるのは健康な娘だけですよ。

それでもシンデレラは適度にサボりつつ家事やなんかをこなしていました。

その日もいつものように継母がシンデレラを呼びつけて言いました。

「シンデレラ。東の森のキノコを採ってきてちょうだいな」

「え?お義母様、今からですか?」

もう日は西に沈んで辺りは真っ暗なのです。

「えぇ、今からよ。かごいっぱいになるまで帰ってくるんじゃないからね」

「分かりました」

くすくす笑う義姉達を尻目に、シンデレラは籠を手に取って外へと出て行きました。


「……毒キノコ採ってきてやる」

とぼとぼと森へ向かいながらシンデレラは呟きます。

こんなに暗いんだもの。普通のキノコと間違えたって言えばバレやしないわ——計画犯罪です。シンデレラ、したたかすぎる。

東の森へ着きました。

ホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえます。

季節は晩秋、薄いボロの服を着ただけのシンデレラは寒さにぶるりと身を震わせます。

ちゃっちゃと採って帰ろう。この森には狼も出ることだし。あぁ、こんなことなら猟銃の一つでも持ってくるんだったわ。そんなことを考えながら、森の奥へ奥へと入っていきます。

森の奥へと入り込んだシンデレラは手近なキノコを適当に採っていきます。

本気で毒キノコも食用キノコも一緒くたにして採っています。

夢中になって——ぶっちゃけて言うと現実逃避ですが——採っている内に、斜面に気がつかず、シンデレラは転がり落ちてしまいました。

「あいたたた……。ついてない……」

足首を捻ったらしく、立ち上がることは出来ても長いこと歩くことは無理そうです。さてどうしようかと思案していると、さくさくと落ち葉を踏む足音が近づいてきました。

「……人?」

声を上げようかとも考えましたが、狼だったりするともうどうしようもなくなるので、黙っておくことにします。

「お前、そんなところで何をしている」

ふいに頭上から声をかけられ、顔をあげました。

そこにはカンテラを下げて呆れた顔をしている、一人の青年が立っていました。

「え?私?」

「他に誰が居る」

「あぁ、いや、お義母様クソババァにキノコ採ってこいって言われましてね」

「こんな時間にか?」

「ですよねー。しかも足滑らせて挫くし」

その言葉を聞いて、青年が降りてきます。

「腫れているな…立てるか?」

「立つくらいなら」

「すぐそこに俺の家がある。そこまでならなんとか歩けるか?」

見ると確かに一軒の家があります。

「そこ……。まぁ、なんとかなるんじゃないかな」

「じゃあ、ついてこい」

そう言い放つと青年はくるりとシンデレラに背を向け歩いていきます。

シンデレラも片足を引きずりながらひょこひょことついていきました。ちったぁ疑えや。

扉を開けて待っていた青年はシンデレラを部屋に招き入れると、近くにあった椅子を引いて座らせました。

「貸せ」

短く言うとシンデレラの足元にひざまづき、腫れている方の足を持ち上げます。

「軽い捻挫だな」

言い放ち、立ち上がると近くの棚の引き出しから小さな貼り薬を取り出し患部に貼り付けました。

「何、これ」

「湿布薬だ。明日には腫れも引くだろう」

「そう。ありがとう」

言って、それからシンデレラは青年の顔をまじまじと見つめました。

明るいところでよく見ると、青年は綺麗な黒髪に切れ長の目で整った顔立ちをしています。いわゆるイケメンです。年の頃は20前後でしょうか。

「何だ?」

不愉快そうな表情を隠すこともなく青年は尋ねます。

「あなた……森の魔法使い?」

「そうだが、何か問題があるのか?」

「いいえ。でももっとおじいさんだと思っていたわ」

シンデレラが素直に言います。

「そりゃ先代だ。ちょっと前にぽっくり逝ったよ」

あのじいさん昼寝してる間に死んじまったんだ。しばらく気づかなかったな。などと青年は言います。

「ふぅん、そうだったの」

でも弟子が居たなんて初耳だわ。シンデレラは心の中で呟きました。

「お前はアレだな。町で噂になっている、義理の母親とその連れ子にいじめられているとかいう貴族の娘だろう」

魔法使いがお茶をれながら言います。しゃべり方は無愛想ですが、この魔法使い意外と親切。

「うん?そうだけど――噂になっているの?」

「俺の耳にも届くほどに、な」

熱いから気をつけろ。と言いながら魔法使いがお茶を差し出します。

「ありがとう。――噂ねぇ。ふん。人の不幸は蜜の味ってことね」

皆見て見ぬフリするくせに。ぶつぶつ言いながらシンデレラはふぅふぅとお茶を冷まします。

「はっ、同感だな。自分にとばっちりが来なきゃ他人のことなんかどうでもいいんだろう」

「それは気が合うわねぇ」

お茶を啜りつつシンデレラが上目遣いに言うと頬杖をついた魔法使いがニヤリと笑いました。

「どんな悲劇のヒロインぶった女かと思ってたけどな。事実は小説より奇なり――とは少し違うが、なかなかしたたかな女みたいだな」

「え?」

何故分かったのかしら?と不思議そうな表情かおをするシンデレラ。

「それ」

と魔法使いはシンデレラの持っていた籠を指差します。

「食用のキノコに紛れて毒キノコが。しかも素人には見分けがつかないような物だ」

「……バレちゃった」

ペロリとシンデレラは舌を出します。

「周りの連中にバレたらどうするつもりだったんだ?」

「そんなの簡単よ。涙を瞳いっぱいに貯めてこう言うの。『私……私そんなつもりじゃ!暗くて手元が見えなかったから間違えてしまったんです!あの日私はお義母様に明かりも渡してもらえなかったから……』噂をしている人たちは後ろめたいはずだからきっと情状酌量の余地があるってことで見逃してくれるわ」

「金さえ出せば、それより確実で絶対バレないような薬も売れるぞ」

おい魔法使い、犯罪示唆してんじゃねぇ。

「あら、本当?でもやめておくわ。そんなお金、手元には無いもの」

「それもそうだろうな」

納得した様子で魔法使いは頷きます。

「とりあえず、その毒キノコは捨てておけ」

「はぁい」

渋々とシンデレラは足を引きずりながら戸外へと毒キノコを捨てにいきました。

「でも、どうしようかしら。籠いっぱいになるまで帰ってくるなと言われているのよ。あれの言うことに従うのはしゃくだけれど、そうしないとまた追い出されるし」

はぁ。とため息をついてシンデレラは嘆きました。

「そこに代金がわりに大量に押し付けられたキノコがあるから持っていくなら持っていっていいぞ」

「いいの!?」

シンデレラが顔を輝かせます。

「誰も”タダで”とは言っていない」

「ちっ」

舌打ちしました。仮にも貴族の娘が舌打ちすんな。

「カモ……カモ一羽でどうかしら」

金の代替案がカモかよ。

「あぁ、もうそれでいい。別にお前に支払能力を期待はしていないしな」

期待してないのにタダではダメだとは一体何を請求するつもりだったんだこいつ。

「とりあえず、今夜はもう遅いから泊まっていけ」

さらりと魔法使いが言い、シンデレラが身構えました。いわゆるファイティングポーズ。

「おい、何今更警戒してやがる」

ですよねー。警戒するなら最初からしておけと。

「誰もお前なんぞ襲わん。大体襲うなら見つけたときにするだろう」

うん。まぁ、そうだろうね。

ゆるゆるとシンデレラは警戒を解きます。

「な、なんかしたら殴るからね!?」

「肝に銘じておく。ほら、こっちの部屋のベッド使え」

シンデレラを寝室へと案内し、魔法使いは言います。

「トイレならそっちの廊下のつきあたりだ……っておい、聞いてるか」

「ふかふかベッドひっさしぶりーーー!!!」

シンデレラ、聞いちゃいねぇ。あたたかそうなベッドにダイブしました。

「あぁああぁあぁ!毛布もふもふもふもふもふもふもふもふもふふもふももふもふもふもふもふもふ!あったかーい!!」

きゃっきゃきゃっきゃと子供のようにはしゃぎます。ちょっと落ち着けよ。つーかもふもふって一体何回言った。絶対ふもふもって紛れ込んでるだろ。暇な人は探してみてください。

「あー……喜んでもらえたようで何よりだ」

さすがの魔法使いもドン引きです。顔がひきつっています。想像してみてください、美少女が、ふっつーのベッドに大興奮。かなりシュールな光景だろ。

「こーんなふかふかであったかいベッド、何年ぶりかしら!」

シンデレラの日頃の苦労がしのばれます。こんなテンション高くてしたたかな娘ですが、虐げられているんですよ。忘れてたでしょう?私は忘れそうになっていた。

「うにゅぅ。眠くなってきた……」

あまりのふかふかさ&あたたかさ加減に疲れがどっと押し寄せてきたようです。うとうとし始めました。

「おやしゅみなしゃい……」

それでも挨拶はしっかりと。腐っても良家の子女です。舌回ってないけど。

「あぁ、おやす…「すー」

魔法使いが返答しますがシンデレラはもう夢の世界へと旅立っていました。おやすみ三秒ってレベルじゃねーぞ。

「……おやすみ、×××××」

小さく笑い、シンデレラの髪を一撫ですると魔法使いは部屋から出ていきました。


その夜シンデレラは幼い頃の、まだ実父と実母が生きていた頃の夢を見ました。

その夢で、小さなシンデレラはぐすぐすと泣いていました。

[どうして泣いているの?]

幼いシンデレラより少しばかり年上の少年が尋ねます。顔はよく見えません。

[だって……だって……もうあえないなんて……]

言うとシンデレラは本格的に泣き出してしまいました。

少年は泣き出したシンデレラを前におろおろしてしまいます。

[泣かないで×××××。いつかむかえにいくから]

少年がシンデレラの頭を撫でながら言うとシンデレラが顔をあげました。

[……ほんとう?]

[うん。あぁ、でも大きくなったら君はぼくのことが分からないかもしれない]

その言葉にシンデレラはまた泣きそうになりました。

[分かった!×××××、君がだいているその人形をあずけてくれないかい?]

[おにんぎょう……?]

シンデレラは抱えていた人形をまじまじと見つめました。

[これを、どうするの?]

[いつか、ぼくがむかえに行ったときにこれを君に返すよ。そうすれば、君はぼくがわかるだろう?]

パァとシンデレラは顔を輝かせ、抱いていた人形を少年に手渡しました。

[必ず、迎えに来るからね]

言いながら、少年は小指を差し出します。

[うん!]

シンデレラもその指に自分の小指をからめて、指きりを――――と、そこで目が覚めました。

『バカみたい……』

ぼんやりとした頭でシンデレラは考えました。

「迎えになんて……誰も来るはずないのに……」

そう言って、掛け布団を顔の上まで持ち上げ潜り込んでしまいました。


シンデレラがキノコを採りにいかされた日から一週間後――え?展開早いって?こまけぇこたぁいいんだよ!――今度は上の義姉がシンデレラを呼びつけました。

「シンデレラ!シンデレラ!」

「なんですか?ナターシャお義姉様」

そんな大声で呼ばなくても聞こえてるわよ。とシンデレラは内心で毒づきながら、でもそうと気取られないようにこやかに答えます。

「あんた、森に大きな湖があるのは知っているわね?」

「えぇ。もちろん」

「その湖に満月の晩に現れるという魚が食べたいのよ。なんでも美容にいいんですって」

そんな魚食ったところであんたはもう手遅れだよ!ていうかあんたら森大好きだな!と叫びだしたいのをぐっとこらえてシンデレラは言います。

「――それを捕まえてくればいいんですね?」

「えぇ、そうよ。あぁ、一匹や二匹じゃダメよ。お母様やドリスの分も捕ってくるの。そうねぇ、バケツ一杯分も捕ってくればいいわ」

「分かりました」

にこやかに答えた後、掃除・洗濯・夕食の準備を大急ぎですませてシンデレラは釣竿とバケツ。それから今度こそ猟銃を持って出かけていきました。

今回も灯りを貰えませんでしたが、幸いにも今夜は満月。足元はしっかりと見えるので問題ありません。一番良い装備じゃなくても大丈夫です。それにまだ夕方ですしね。

「さて、と」

湖のほとりについたシンデレラはとりあえず猟銃を肩からおろし、弾を詰めます。湖には一羽のカモが。シンデレラはそのカモに照準を合わせ、息を詰めてゆっくりと引き金を引き――一発でカモを仕留めました。猟で使われる銃は散弾銃らしいが、あんた本当に貴族の娘か。

「よっしゃ!」

小さくガッツポーズをするとシンデレラは仕留めたカモを回収します。頭の上には鷹が。ちょっとでも気を抜くと持っていかれそうです。が、猟銃を抱えたままであることが分かるのか降りてはきません。

カモを下げているバケツに入れてシンデレラは上機嫌で魔法使いの家へと歩みを進めました。


「魔法使い!カモ持ってきたわよ!カモ!」

ドーンと扉を開けて開口一番に言います。

「ノックくらいしろ」

正論です。何度も言いますがシンデレラ、一応きちんとした血統の貴族の娘。

「両手が塞がってるんだからしょうがないじゃない?」

確かにシンデレラは両手に猟銃やら釣竿やらバケツやらを持っています。

「じゃあ聞くが、どうやって開けた」

魔法使いが痛いところを突いてきます。

「ん!」

シンデレラ、こう足をあげます。つまり、なんだ。この娘、スカートはいてるくせに蹴っ飛ばして扉を開けた……と。しかもどうだ!と言わんばかりにドヤ顔です。開き直ってやがる。

「お前……本当に貴族……?」

拾うんじゃなかった。と後悔しつつ魔法使いが疑いの眼差しを向けます。私も向けたい。

「なーによぅ!もういいわよ。キノコのお礼のカモ捕まえてきたけど、あげないから。自分で食べる!」

「おい、それ代金の代わりだろう。よこせ」

つーんとそっぽを向いたシンデレラからカモを取り上げます。

「あ!あ!返せ返せ!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねて取り返そうとしますが、魔法使いとは身長差が激しい上に――因みにシンデレラの身長は150cm前後、魔法使いは180cm前後です――頭の上に持ち上げられているので届きません。

『……ねこじゃらしにじゃれつく猫みてぇ』

なんか魔法使い楽しんでいるみたいです。こいつSだ!

「うー。いいわ。あげるわよ。その代わり、羽は頂戴!」

ビシッとカモに向かって指を突きつけて言います。

「あ?別にいいが……」

魔法使いが包丁を取り出しながら答えました。

「袋!袋貸して!!」

「はいはい」

袋をシンデレラに手渡すと魔法使いは羽をむしりはじめました。むしられた羽は次から次へとシンデレラの持つ袋に入れられていきます。

丸裸になったカモはまな板の上に載せられ、首のところを一刀両断にされました。以下割愛。鳥の捌き方なんか私は知らん!

「そんなもんどうするんだ」

「ふっふっふ、何を隠そう「いや、別に隠しちゃいないだろう」

即座に魔法使いがツッコミを入れました。

「羽根布団作ろうと思ってね。布きれ同然の毛布じゃさすがに寒いし。あと少しで掛け布団できそうなの」

シンデレラが事も無げに言います。知ってますか?羽根布団は羽毛布団と同じく水鳥の羽を使うんですけどその質は羽毛布団より劣っているんですよ。ウィキ○ディアに書いてあった。

「あー……その、なんだ。じじいが前に使ってたやつでよけりゃ毛布ぐらいやるが……?」

「いいの!?」

あまりの不憫さに魔法使いも気を遣います。毛布一枚で喜ぶ娘なんて、世界中探してもシンデレラ一人だよ。

わーいわーいと喜んだのもつかの間、シンデレラは本来の目的を思い出しました。

辺りはいい感じに真っ暗です。空にはぽっかりと月が浮かんでいます。

「じゃ、行ってくる!」

シンデレラが釣竿とバケツを手にして扉に手をかけました。

「あぁ、行け行け」

魔法使いはしっしっと追い払っているようにも、バイバイとしているようにもとれるようにヒラヒラと手を振りました。こやつツンデレか?


さてさてまたもや湖にやってきたシンデレラは服が汚れるのも構わずに――ていうかもうほこりまみれなんですけどね――座り込んで釣り糸を垂らしました。エサはその辺掘って捕まえたミミズです。ミミズは土を耕してくれるんですよ。あれ、ダンゴムシだったかな。

「そういやどんな魚なのか聞いてない……」

痛恨のミスです。でもシンデレラは気を取り直しました。満月の夜に現れるっていうくらいなら、かかった魚がそうでしょ。違ったとしても向こうの落ち度だしねー。そんなノリで。

30分が経ちようやく一匹の魚が釣りにかかりました。

意外と引きが強く、シンデレラは引きずられますがそこはお転婆娘――ってレベルじゃないと思いますが――踏ん張り、見事釣り上げました。

「……え、これが美容に良いの……?」

釣り上げた魚はなんかグロテスクでした。シンデレラは首をかしげますが、まぁどんなんか聞いてないしこれでいっかー。と水を張ったバケツに突っ込みました。

その一匹を皮切りに、同じ魚が何匹も何匹も釣れました。入れ食い状態ってこういうことを言うんだろうか。

バケツいっぱいに捕まえたところでシンデレラは釣りをやめ、じっと湖面に映る自分の姿を見つめました。

「うっわ、ボロボロ……」

魚との格闘で自慢の亜麻色の髪はぐしゃぐしゃ。スカートも泥だらけです。汗もかいています。あとカモの血も若干ですが付いています。

「うーむ」

シンデレラは思案して、そして結論に至ります。

「よし、誰もいないし水浴びしよう」

そう決めるとおもむろに服を脱ぎ、静かに湖に入りました。

「冷たっ!」

当たり前です。晩秋なのですから。ですが背に腹は替えられません。ぐしゃぐしゃになった髪を水に濡らして丁寧にいていたときのことでした。

背後からガサリと草をかき分ける音がしました。鹿か何かかしら?とシンデレラが何の気もなしに振り向くと、そこには身なりのいい青年が立っていました。

しばし硬直して見つめ合う二人。青年の方はシンデレラの姿に見とれているようにも見えます。先に硬直が解けたのはシンデレラの方でした。ひっ。と小さな声を上げると続けて

「ぎにゃぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

と色気のカケラもない叫び声を上げました。木に止まって寝ていた鳥がその声に驚いてバサバサと飛び立ちます。鳥大迷惑。

「うわぁぁ!すみません!すみません!そんなつもりじゃ!」

青年は平謝りしますが、顔を赤らめてキャーキャー言ってるシンデレラの耳には届きません。一応乙女らしい羞恥心はあったようです。

ここにいるからダメなのだと青年は思い立ち、即座に回れ右。元きた道を戻って、シンデレラの見えないところにまで移動しました。青年、その判断は正しいぞ。

なんとかパニック状態から回復したシンデレラは慌てて服を身につけます。

「ご、ごめんなさい……!もう服着ましたから!」

シンデレラが茂みに向かって声をかけると青年が出てきました。

「本当にすみませんでした……」

「いやっ!こっちも人が来ないと高をくくってたのが悪かったですし」

謝罪大会です。以下10行ぐらい謝罪のしあいが続きそうなので割愛です。

「あの、でもどうしてこんな時間に……見たところいい所のボンボンじゃなかった、貴族の方のようですけど」

「あぁ、いえ。人探しをしていてこの森に来て……迷ってしまいまして」

照れたように青年が頭をかきます。あ、かわいいな。とシンデレラは思いました。大の男に向かってかわいいもへったくれもありませんが。

「あなたは知りませんか?この森に住んでいると噂に聞いたのですが」

「この森に?どんな人です?」

「えぇ、私と同い年くらいの男性なのですが」

この森に住んでいる変わり者の若い男といったらシンデレラには一人しか思いつきません。

「……ちなみに、どんなご関係なんですか?」

「はい。その男性は私の兄なんです」

「お兄さん……」

そう言われると、その変わり者になんとなく似ているような気がします。

少し考えて、シンデレラは口を開きました。

「私が知ってる限りこの森に住んでる変人は一人だけだから、多分その人だと思います……ところで」

「はい?」

「どちらさまですか?」

先に聞けよ。

「え。あ、あぁ!名乗っていませんでしたね。私はセオドアと言います」

「セオドアって……どっかで聞いたことあるような」

「一応、この国の王位第一継承者ってことになっています」

さわやかに重大発言。そんなノリで大丈夫か?

「は?え?王子……?」

町中どころか国中の娘達の憧れの君が目の前にいると分かり、シンデレラまたもや硬直しそうになります。が、瞬時に脳裏によぎったのはうかつなことしたらどうなるか分からん!という危機感でした。相手は王族ですもんね。

「あなたのお名前は?」

「え、あ。シンデレラって呼ばれてます。はい。えっと。とりあえず、その人のところに行きます……か?」

「はい。よろしくおねがいします」

にこにことしている王子に毒気を抜かれ呆然としたまま釣竿とバケツをひっさげてシンデレラは魔法使いのところへ向かおうとします。

「あら……?」

王子の足元に何かが転がっていました。シンデレラが拾い上げたそれはぼろっちい人形でした。

「人形……?」

首をかしげつつしげしげと眺めると王子が慌てたようにしてそれを取り上げました。

「すみません。私の物なんです」

そういうと大事そうにそれを懐に入れました。

一週間前に見た夢が脳裏をよぎります。

もしかして。あの時の?そうシンデレラは思いましたが即座に小さくかぶりを振ってその考えを否定しました。そんな偶然、あるわけない。と――。


「兄上!」

魔法使いを見るなり、王子は抱きつかんばかりの勢いで叫びました。

『何かしら、犬の尻尾のようなものが見える気が』

喜色満面といった様子の王子にシンデレラはそんな感想を抱きます。一方魔法使いの方は――

「お前何だってこんなもん拾ってきたんだ!」

精一杯、弟である王子から距離を取ろうとしていました。

「拾ってきたというか……ついてきたというか」

「捨て猫拾ってきたような子供はみんなそういうこと言うよな!」

一国の王子が捨て猫扱い。不敬罪とか知らんのか。あぁ、弟だからいいのか。

「兄上酷いです!私を置いて出ていってしまわれるなんて!!」

じりじりと王子は魔法使いに詰め寄ります。

「何で……何で出ていってしまわれたんですか!」

「お前がお前であるからだぁっ!!」

『兄×弟……いや弟×兄か?』

シンデレラ、ちょっとお前何考えてやがる。意味がわからない人はそのままのあなたでいてください。作者からのお願いです。

「そこで傍観してないでちったぁ助ける素振りとか見せろ!!」

魔法使いの悲痛な叫びにシンデレラは妄想を中断して助けてやることにしました。

一旦落ち着こうということで三人はリビングのテーブルにつきました。御誕生日席にシンデレラ、シンデレラの右手側に魔法使い、左手側に王子といった席順です。全員の前にはお茶の入ったカップが。シンデレラが勝手に淹れました。

「とりあえず、王子とあんたの関係を詳しく説明なさい。ほら早く!」

バンバンと机を叩きます。あらぬ妄想を繰り広げる気だ、こいつ。

「俺が兄でこいつが弟。以上だ」

眉間にしわを寄せて魔法使いが答えます。

簡潔すぎる。それ説明って言わないよ。

「えっと、じゃあ私から。兄上が側室の子で私が正妻の子なんです。ほとんど同時期に生まれてしまったので、派閥争いが酷くて。兄上が出奔しゅっぽんしたのを機会に正式に私が王位継承者に決まったんです」

「ほぅほぅ」

シンデレラが相づちをうちます。魔法使いは王子と視線を合わせないようにしながら茶を啜っています。

「だけど……だけど、私なんかより兄上の方が王にはふさわしいんです!私なんかよりずっと能力も高いですし。私は王となった兄上を支えることができるならそれで良かったのに!」

ものっそいブラコンです。そりゃ魔法使いも逃げるわ。

「お前が王になった方があとあと面倒じゃないだろう……」

疲れきったように魔法使いがこぼします。

「俺は王位には興味がないから静かに暮らさせてくれ。頼むから」

オブラートに包んでいますが超訳すると「さっさと帰れ、そして二度と来るな」です。

「ですが兄上!」

「今夜は泊めてやる。朝になったら帰れよ。城でも騒ぎになってるはずだから」

一切の反論を許さないように言い放つと王子は二、三口をぱくぱくとさせましたがやがて分かりました。と口をつぐみました。

「で、お前はどうするんだ?」

「ほへ?」

兄弟のやりとりなどそっちのけで妄想モードに入っていたシンデレラが声をかけられてこっちの世界に戻ってきました。

「魚は獲れたんだろう?」

「あんた、か弱い乙女を夜中に一人で帰す気?」

か弱い乙女は扉を蹴破ったりカモを一発で仕留めたりはしませんよ。ですが魔法使い、紳士です。シンデレラの言い分を認め、泊めてやることにしました。

「で、寝場所だが、どっちかが寝室。どっちかがじじいが使ってた部屋でいいな」

「兄上はどうするんです?」

「リビングの床で寝る」

「あら、一緒に寝ちゃえばいいじゃない。王子様と!」

シンデレラ、妄想を膨らませようと必死です。

「リビングの床で寝る」

「背中とか痛めちゃいますよ?」

「リビングの床で寝る」

「じゃあ私が床で寝る。寒いのとか慣れてるし」

「「それはダメだ」です」

結局押し問答の末、魔法使いが折れてシンデレラが寝室、魔法使いと王子が先代の使っていた部屋ということになりました。

「じゃあおやすみなさーい」

またふかふかベッドで寝られる上にいい萌えの材料を見つけたシンデレラは上機嫌です。

そうそう、捕まえた魚は死なないように魔法使いからタライを借りて水とともにぶちこんでおきました。

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」

男性陣もシンデレラの挨拶に答えた後先代の使っていたという部屋に入りました。

「で?」

「何です?」

「とぼけるな。俺が城を出たのは5年も前だぞ。今更探しにきたなんておかしいだろ」

お。おぉ。なんだか急にシリアスな展開。

「いえね、三日後に城で舞踏会が開かれるんですよ」

「舞踏会?」

魔法使いが怪訝な顔をします。

「えぇ。未婚の若い娘を集めての、嫁取りの為の舞踏会ですよ」

「そうか。つまりお前は嫁をとったら完全に王位継承者として逃れられなくなる。その直前に俺が城に戻ればその話も流れる、と考えたわけだな?」

「お察しの通りです」

「ふざけんな。誰が戻るか、あんなところ」

魔法使いが吐き捨てます。

「えぇ。そうでしょうね。ところで話は変わるんですけど」

「なんだ」

「彼女……シンデレラは兄上の恋人ですか?」

話が突飛な方向に。王子。空気読むって知ってますか?

「はぁ?」

「いえ、その。とても美しい方だな……と」

どうやら王子シンデレラに一目惚れのようです。どこで惚れた。あれか。水浴びのとこか。

「あいつは美しいというより可愛いというタイプだろう」

さらっと魔法使い爆弾発言。え。何、あんたもそうなのか。

しばし無言で相手の出方を伺う兄弟。その時王子の懐からころりとあの人形が転がり落ちました。

「おっと」

王子が拾い上げるよりも先に魔法使いが掴みました。

「ちっ。何処に行ったかと思っていたらお前が持っていたのか……」

人形を見つめ、渋い顔で言います。

「それ、やっぱり兄上の物だったんですね」

「あぁ、預かり物だ」

適当に返事をしつつ人形を王子に押し付けます。

「え?あれ?預かり物なんでしょう?」

?マークをいっぱい浮かべて王子が言いました。

「いい。お前が持っておけ。どうせ返せやしない」

ふいと顔を背けて魔法使いは寝る支度を始めます。

「さっさと寝ろ。朝になったら叩き出すからな」

「そういえば、さっき彼女がこれを見て何か言いたそうにしていたような……」

王子の言葉にぴくりと小さく肩を揺らしましたが、振り返る事はせずに床に毛布を敷いて、掛け布団を被ってしまいました。

「あれ、結局床で寝るんですか?」

「大の男が二人並んで寝られるとでも?」

そりゃそうですね。一人用のベッドに女の子ならまだしも、野郎が二人なんて狭い上に見たくもありません。シンデレラは喜ぶでしょうけどね。

とりあえず王子も納得して、この夜は何事もなく過ぎ去りました。良かった。ごね押しするブラコンじゃなくて。


翌朝、いつもの癖で早くに目覚めたシンデレラは音を立てないようにしてベッドから抜け出しました。

『一言挨拶した方がいいわよね?でもまだ寝ていたら起こすのも迷惑だろうし』

寝室でうろうろしながら考えて、結局リビングへと向かうことにしました。

そっと扉を開けると何やら香ばしい匂いがします。何故朝にこのような香りがするのか疑問に思いますが――現代では一日三食は当たり前ですが、朝食をとるのは農民や行商人などだけでしたから――その香りは記憶の中にある幸せだった幼い頃にかいだ香りとよく似ていて。

「……っ!」

思わず涙腺がゆるみそうになって、慌ててシンデレラは目元をぬぐいました。つとめて明るく振舞おうと顔を叩いて気合を入れリビングへと入りました。

「おはよう!」

「あぁ。おはよう」

にっこり笑いながらシンデレラが言うとテーブルについて本を読んでいた魔法使いがこちらを向き、ふわりと微笑んで挨拶を返しました。低血圧気味なのかどことなくぼーっとした様子です。微笑んだ顔が思いのほか格好良かったのでシンデレラは柄にもなくうっかりときめいて赤面してしまいました。

「えぇっと、王子様は?」

「あいつなら水汲みに行かせたよ」

あくびをかみ殺しつつ魔法使いが言います。一晩泊めてやったんだからそれくらい当然だろうと言わんばかりです。王子をこき使うな。

「あぁ、そうなんだ」

まだどきまぎしていると魔法使いが近づいてきてシンデレラの髪に手を伸ばしました。

「え!?ちょ、ちょっと何!?」

「寝癖が……」

くすりと笑いながらシンデレラの髪を撫でつけます。

「悪いな。ここにはくしなんてないから、手ぐしで我慢してくれ」

朝の魔法使いは気持ち悪いほど優しいですね。寝癖を指摘されたのと幼い子のように頭を撫でられているのが恥ずかしくてシンデレラはうつむいてしまいました。

ゆったりとした穏やかな空気が二人の間に流れます。

「兄上、ただいま戻りました!」

しかしそんな空気も読むことができない王子の為にぶちこわされてしまいました。さすがボンボン。読める空気って伝説だと思ってない?

はっとしてシンデレラは後ずさりました。行き場のなくなった魔法使いの手は宙に浮いたままで、少し不満そうに眉を寄せています。

「あ……あの、私、私もう帰るわね!」

身を翻して手早くたらいの魚をバケツに詰め替え、釣竿と猟銃を担ぎました。

「王子様、お元気で」

誰が見ても完璧な笑顔でシンデレラが挨拶をします。

「えぇ。貴女もお元気で。いつかまた会えるといいですね」

王子の方も爽やか笑顔で答えました。

「じゃあ、泊めてくれてありがとう。さよなら」

「待て」

玄関の扉に手をかけようとしたシンデレラを魔法使いが引き止めました。

「何?」

振り返って尋ねると、魔法使いが一つの包みを手渡してきます。

シンデレラが受け取って包みを開けると中には肉と野菜の入った焼きたてのパイが一切れ入っていました。

「え……?これ……何で……?」

戸惑いながらシンデレラはパイを見つめ尋ねます。

「食べろ」

「え。でも……」

「昼飯用に作ったが余ったんだ」

勿体無いから食べろ。すでにいつもどおりの魔法使いはそう言うのです。

「私……」

「別に今ここで食べなくてもいい。家に帰るまでに食べてしまえ」

「あり……がとう…………ごめん、なさい」

今にも泣き出しそうな声でそれだけ伝えると今度こそシンデレラは帰っていきました。


「ここで食べさせてあげれば良かったのに」

王子が汲んできた水をかめに注ぎながら非難の声をあげます。

「あいつは人前じゃ食べんだろう」

何やらあやしげな薬のびんを手に取りながら魔法使いが答えました。

「どういう意味です?」

驚いて王子が振り返って聞きました。

「どうもこうもない。あいつの見た目から分かるだろう、15の娘にしてはやたらと細い手足、召使いの様にこき使われているという事実。そこから考えると多分あいつは普段ろくなもん食ってない」

あぁ、これじゃ全然足りやしない。とびんの中を覗き込んで呟きます。

「古くなって固いパンを一日に一個食えればマシみたいな生活を送ってるはずだ。もちろん見つかれば殴られもするだろうよ」

現代でもありますね。ネグレクト(育児放棄)とか。

「そんな人間がどうして人前で食事ができる」

「そんな……」

王子が目を見開きます。

「それが現実だ。アイツに惚れたなら目を背けるな」

あといい加減帰れ。そう言い残すと魔法使いは部屋から出ていきました。


シンデレラは魔法使いの家から出て、ちょうど森の出口との中間地点まで来ていました。

小走りに来たので少し息が上がっています。

木陰にへたりこむとこらえていた涙がいくつもこぼれおちて、頬を伝いました。

「あった……かい……」

辛くて、苦しくて、それでも意地をはって笑って。そんな風に生きていくしかなかった。

誰にも助けを求められないまま耐えて耐えてそうしていつか力尽きて息絶えるのだろうと思っていたシンデレラにたった一切れのパイを与えてくれた。それだけでたまらなく嬉しくて。

泣きじゃくりながら、貪るように、でも一口一口大切に噛み締めて、シンデレラはパイを食べました。


さぁ、シリアスモードは終了です!作者のライフポイントはもう0だ!(※作者は疲れすぎて混乱しています)

パイを食べて一息ついたシンデレラは家路を急ぎます。魚が死んでしまいそうだったのです。早く気づけ。

ヤバいヤバいと駆け足で帰るその姿はまるでアリスに出てくる時計うさぎのようです。遅れたからといって流石に殺されはしませんがネチネチと嫌味を言われるのは目に見えていますから。

途中広場に朝早くから公示人を中心として人々が集まっていましたが、シンデレラは素通りしました。

そっと玄関の扉を押すと、鍵は掛かっていませんでした。

『なんて不用心な……ま、泥棒が入ったとしても私の物はほとんど無いし、痛い目に合うのはあの人たちだものね』

静かに滑り込むと台所へと向かいました。何故だか家には人の気配がしませんでしたが、別段気にすることもなくどうにか生きていた魚をさばきはじめました。

15分ほど経ったでしょうか。継母と義姉達がぴーちくぱーちくとかしましく話ながらどこかから帰ってきました。

「あら、シンデレラ、帰っていたの」

シンデレラの姿に気づいた継母がとげのある口調で言います。

「えぇ、お義母様」

捕まえてきた魚を調理しながらシンデレラが返事をしました。

「ねぇ、ナターシャお姉さま?もし明日の舞踏会で王子様に見初められたらどうします?」

下の義姉であるドリスがわざと大きな声で言いました。

「舞踏会?」

シンデレラが首をかしげつつ反復します。

「えぇ、そうよ。明日王子様の花嫁を決める舞踏会があるの。でもアンタは行けないわねぇ。だってドレスがないんだから」

ふふんと勝ち誇ったように鼻で笑いながらナターシャが言いました。

ですがシンデレラは聞いていません。

『王子ってあの人だよねぇ。あの、重度のブラコンの……。どっちもOKな人だったのか……。それはそれで良し!』

良し!じゃねぇよ。何考えてんだよ!あんたヒロインだろう!

「あぁ、でも国中の未婚の若い娘は全員来るようにというお達しだったわねぇ」

継母が不満げに言います。シンデレラにかけらでもチャンスがあるのが嫌なのでしょう。

「そうね、シンデレラ。明日用事が全部済んだなら、連れていってあげてもいいわ」

なんと恩着せがましい言い方なんでしょう。

「はぁ。ありがとうございます……?」

別に行きたいとか一言も言ってないんだけどなー。などと考えながらとりあえず感謝の言葉を口にします。

「ほら、早くその魚を料理してしまいなさい。そしたら掃除と洗濯をするのよ!」

継母はシンデレラに命じると義姉2人と共に出ていきました。

「うぅむ」

一体この魚をどう料理してくれようかと頭をひねるシンデレラ。余りに見かけがグロいので焼いたものを出すのは無理そうです。

「よし」

ポンと手を叩いてシンデレラは魚をすり潰し始めました。どうやらつみれ(つみれは日本料理じゃんとか言わないお約束だよ)にするようです。

ぐりぐりとつみれを作りながらシンデレラは考えました。

『そういやあの王子様が持ってた人形って私が誰かに預けたアレと似ていたけれど――まさかねぇ。でも、一応確認しておくべき?いや、でもなぁ……』

団子状になったつみれをスープの鍋に入れて煮込み始めるとシンデレラは掃除にとりかかりました。一応貴族の家なので一部屋一部屋がだだっ広いです。床にひざまづいてブラシでゴシゴシとこすりますが何せ石で出来ているもので冷えが体中をむしばんでいきます。

『寒いにもほどがあるでしょう。毛布かなんか巻きたい……あっ』

シンデレラが何かを思い出しました。

『あぁあぁあああ、魔法使いから毛布もらうの忘れた……。ふかふか毛布……』

どんだけ毛布に未練があるんだ。むしろもう魔法使い=毛布の人になってやしないか。

廊下を掃除し終わり、残すは継母の部屋のみとなりました。部屋からはきゃっきゃと義姉達のはしゃぐ声とぱちぱちと暖炉の薪がはぜる音が聞こえます。

『今は無理そうだなぁ』

シンデレラ、空気を読む能力には長けています。必須スキルですし。

よいしょと水の張ったバケツを持ち上げて洗濯場へと向かいました。

その後は昼食に魚のスープを出してまぁまぁとの評価をもらったり、つくろい物をしたりして慌しく一日がすぎ、夜中になってやっと自室として与えられた屋根裏のベッドへ潜り込むことができました。

「もふもふ毛布……」

まだ言ってたこいつ!

「寒い。お腹空いた。というかお腹空いてるから余計に寒い?」

自己判断をしつつ少しでも熱を逃さないように毛布のなかで子猫のように丸まります。

「そういや、明日舞踏会だったっけか……」

もそりと顔だけ毛布のなかから出して衣装箱の方を見つめます。

「母さまの形見のドレス……着れるかなぁ?」

その中には継母達に取られないように奥底に隠した実母の遺したドレスが入っているのです。

母によく似合っていたクリーム色のそのドレスに思いを馳せながらシンデレラはストンと眠りにつきました。相変わらず寝つきいいな。

『おぉう。そこまでしてこの人らは私を舞踏会へ行かせたくないのか……』

翌朝目覚めたシンデレラを待っていたのは大量の仕事でした。もはや呆れを通り越して感心してしまうほどです。

掃除、洗濯、買出し。ここまでは普段と同じような仕事で、昼過ぎには終わりましたが大変だったのはその後です。

「シンデレラ!髪をとかしてちょうだい!」

「シンデレラ!首飾りが見当たらないわ、探して!」

シンデレラ、シンデレラ、シンデレラ……それくらい自分でやれよ!と思いながらも次々と処理していきます。

ようやく全ての用事が終わってシンデレラが自室へ戻り衣装箱から母の形見のドレスを取り出しました。

『髪飾りも、首飾りも何もないけれど……別に見初められようとかそんなこと思ってもないし、大丈夫だよね』

シンデレラがドレスを身に当てつつそう考えていた時でした。

「あら、そのドレス」

背後から継母に声をかけられたのです。

「え……?」

シンデレラが振り返ると継母はにやりと笑って言いました。

「ナターシャに似合いそうだねぇ。シンデレラ、そのドレスをお寄越し」

「え、でもこれは……」

ドレスを隠すように抱きしめ、シンデレラが言いよどみます。

「私の言うことが聞けないのかい?」

継母が冷ややかな声でそう言いました。

「分かり……ました」

渋々とシンデレラはドレスを差し出します。

「それでいいんだよ。ナターシャ!ナターシャ!ちょっとおいで!」

「なぁに?お母様」

継母が呼ぶと飾り立てたナターシャとそれについてきたドリスが屋根裏へと上がってきました。

「ほら、ナターシャ。お前に似合いそうなドレスだろう」

「あら、素敵」

ぱぁ。と顔を輝かせたナターシャがドレスを受けとって、ドレスを着はじめました。

シンデレラはその様子をただ見てることしかできません。

「あら、背中の部分がきついみたいですわね」

「少し無理をしたら着れるんじゃないかい?」

「えぇ。そうするわ」

コルセットを着けているというのにナターシャにそのドレスはきつすぎました。それでも無理やりに着ようとするのです。

「ほら、入った」

継母が満足そうにナターシャを見つめます。するとパツパツだった背中の部分がビリッと大きな音を立てて裂けてしまいました。

「あら、破れちゃったわ」

悪びれもせずにナターシャは呟きます。

「おや、やっぱりきつかったみたいだねぇ。さっきのドレスも悪くはなかったからそっちにしておきなさい」

「そうね。一番似合うドレスを来て行きたかったけど、破れてしまったのじゃしょうがないもの」

ナターシャは破れてしまったドレスを放り投げて元のドレスを着なおしました。

「さぁさぁ、ナターシャ、ドリス。もう出発する時間だよ」

「あら、もう?ねぇ、お母様。私変じゃないかしら?」

「何が変なものか。きっとお前が王子様に見初められるだろうさ」

「そうよ。お姉様はとてもお綺麗だもの」

「うふふ。そうだといいわねぇ」

そんな風に言い合いながら三人は屋根裏を出ていこうとします。扉のところで継母が振り返りました。

「そうそう、シンデレラ。お前はドレスがないからね、留守番しておくんだよ」

そう言い残すと扉をばたんと閉めて階下へと降りていきました。

「え……?なんで……?母さまのドレス……」

屋根裏に一人残されたシンデレラは破れてしまったドレスを拾い上げて呆然とします。

生前、母が気に入っていたクリーム色のドレス。優しくて、大好きだった。父の形見も、母の形見も、全部とられたり売られたりした中で唯一残っていた品。それが見るも無残な姿になっています。

「ははっ……あはは……あはははははははははははは!!」

泣くことも、怒ることもできなくて、シンデレラは狂ったように笑いました。

「もう、いいや。出ていこう。こんな家」

優しい父母との記憶に執着して、家から出られなかった。けれど最後のその品も無くなった。ならばもう未練などない。そんな思いからシンデレラは言いました。

継母たちは城へ向かいました。家を出るなら今がチャンスです。ドレスを持ったままふらりと立ち上がりシンデレラは階下へと向かいます。ひんやりと夕暮れの石造りの屋敷は冷えます。ぼろい服と申し訳程度の布の靴を履くシンデレラにはこたえるはずですが、何も感じないかの様にふらふらと廊下を歩きます。玄関ホールまで来て、ぴたりと足を止めました。とんとんとノッカーを叩く音がするのです。

「誰?こんな時間に」

いぶかしみながら扉を開けるとそこには何故か魔法使いが立っていました。いつもの服装とは違って、今日は白っぽいローブを着ています。

「よぉ」

「何よ。何しにきたのよ」

問いただすシンデレラの声は刺々しさに満ちあふれています。

「荒れているな」

「うるっさい!アンタには関係ないでしょう!?」

魔法使いをにらみつけながらシンデレラが怒鳴りました。

「それ、継母達にやられたのか」

握りしめたドレスを指差して言われ、シンデレラはしおしおとその勢いを失くしました。

「そうよ」

「ふぅん」

しげしげとドレスとぼろぼろのシンデレラを見つめ魔法使いが何事か思案します。

「お前、舞踏会に行きたくはないか」

魔法使いの突然の発言にシンデレラは驚きます。

「……別にそんなのどうだっていいわ」

投げやりな口調です。

「そうか。では継母たちに一泡吹かせてやりたくは?」

「何が言いたいの?」

シンデレラには魔法使いの言いたいことがさっぱり分かりません。

「そのドレスを貸してみろ」

「はぁ?」

別にいいけど。とドレスを手渡します。

パチンッ!――魔法使いが指を鳴らすと破れてしまったクリーム色のドレスは鮮やかな赤色の美しいドレスに変わりました。ついでにシンデレラの履いていた布の靴もガラスの靴に。

「ほら」

魔法使いはなんでもないことのようにドレスをシンデレラに投げ渡します。

「え?え?え?」

わたわたとキャッチしながらシンデレラは頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべます。

「アンタが魔法使うところ、初めて見たわ」

「そりゃ普段は薬売ったりしてるだけだからな」

着ないのか?そう問われて、シンデレラははっとしました。

「せっかくだし……着てみようかな」

そう言うとおもむろに服に手をかけ――――

「バカかお前!!ここで脱ぐやつがあるか!!」

魔法使いにしこたま怒られました。当たり前だ。

「いや、もう別にいっかなて。王子様にも水浴びしてるところ見られたし」

悪びれもせずにあっけらかんとシンデレラは言います。

「それは不可抗力なんだろう……」

こめかみを押さえながら魔法使いは言いました。

「分かった。どっかの部屋で着替えてくる」

くるりときびすを返すと魔法使いをホールに残してシンデレラは行ってしまいました。

数分後、ドレスを着たシンデレラが戻ってきました。

「なんか……変じゃない?」

「どこがだ?似合ってると思うぞ」

さらりと魔法使いが言います。ツンデレっていうか、素直クール?

「馬車がいるな……カボチャか何か、あるか」

「カボチャなら、庭の畑に収穫してそのままのがあるけれど」

「あぁ、それでいい」

「じゃ、こっち」

扉を開き、シンデレラが魔法使いを庭へと案内します。

「これくらいでいいの?でもカボチャと馬車になんの関係があるのよ」

「ん」

パチン!――魔法使いがまた指を鳴らすと目の前にあった大きなカボチャが馬車に変わりました。

「…………」

シンデレラは言葉もありません。目を丸くして驚いていると魔法使いが庭の隅を駆けたネズミを素早く捕まえてもう一度、パチン!今度は二匹のネズミが馬二頭に変わりました。

「御者……は、こいつでいいか」

馬になってしまったネズミを馬車に繋ぐと魔法使いは畑にさしてあったカカシに向かってパチン!カカシは品のいい御者へと変わりました。

「これでいいだろう」

ほら、乗れ。と馬車の扉を開いて魔法使いが促します。

「何でここまでしてくれるのよ」

私とアンタは他人でしょう?純粋な疑問をぶつけるシンデレラに魔法使いは微笑んで言いました。

「人形を返してもらわなければいけないんだろう?」

え?と聞き返す前にシンデレラを馬車に押し込み、魔法使いは御者に命じます。

「王城までだ。事故るなよ」

そうしてシンデレラに向かって忠告します。

「魔法の期限は12時までだ。12時の鐘がなるとそのドレスは元の破けたものに戻るからな」

行け。と短く御者に合図すると馬車が走り出しました。

「姫と幸せになるのは魔法使いじゃなくて王子だろう?」

小さくなっていく馬車を見送りながら呟いた言葉は誰の耳にも届くことはありませんでした。


城に着いたシンデレラは真っ青でした。

「無理、無理無理無理無理無理。絶対無理。こんなきらびやかな所とか私めちゃくちゃ場違いだし」

ぐいぐいと無言で御者が背を押して城のホールへとシンデレラをぶちこみました。

ホールには色取り取りのドレスを着て楽しげに談笑する女性達と流石に女性ばかりではということで参加することになった貴族の男性達がいました。

『あぁぁあぁぁ、壁!隅っこ!私は壁と同化する!!』

心の中で叫びながらこそこそと壁際へ移動します。

一方その頃の王子様。

「王子ー。真面目に参加してくださいよー」

側近――仮に側近Aとします――が困った顔で王子の横に立っています。

「兄上さえ帰ってきてくだされば……」

「いい加減諦めてくださいよ、それ。帰ってきたら帰ってきたで色々面倒でしょう」

「兄上が帰ってきてくれたら私は廃嫡されてもいい」

「だーっ!!誰かこのブラコンどうにかしてくれっ!!」

とうとう側近は頭を抱えてしまいました。

「ほらほら、美人ばっかり……とは言いませんけど、結構可愛い娘たくさん来てますよ。選び放題ですよ、王子」

もう一人の側近――こっちを側近Bとします――がにこやかに促します。

「あぁ、本当だ。ほら王子、あそこの壁際の亜麻色の髪に真っ赤なドレスの娘なんてどうです?質素ですけど逆に際立ってますねぇ」

立ち直った側近Aがホールを見下ろして言います。

「壁際?」

だらだらとしていた王子が釣られたようにホールを見下ろします。

「ほらほら、あの娘ですよ」

側近Aが指をさすと王子ががたんと音を立てて椅子から立ち上がりました。

「お、どうしました?」

「行ってくる」

そう言うと階段の方へ向かいます。

「おぉ、ついに王子が女性を口説きに!」

「ブラコンの上天然で、もしかしたらそっちの人じゃないかと思われていたあの王子が!」

側近二人が何やら感動しています。そうか……王子、家臣からもそっちの道の人だと思われていたのか。


「うぅぅぅぅぅ。帰りたい帰りたい帰りたい。継母ババァ達に見つかったらどうしよう。怖い。無理。いっそ今から逃げ帰って……」

壁に額を押し付けてぶつぶつ呟いているシンデレラの周りには誰もいません。誰でもそうですね。そんな怪しい人に近づこうとする酔狂な人間なんかいませんわな。

いやいや、居ました。王子です。

「シンデレラ?」

呼びかけられてシンデレラは振り返りました。

「来てくださったんですね」

どんな女性でも向けられたら速攻恋に落ちるようなさわやかスマイルで王子が言います。

「あ、あぁ。こんばんは」

シンデレラも笑顔で応えます。

「良ければ踊ってくださいませんか?」

上の方から「王子ガンバレー」という念が漂ってきます。王子は気づいているのでしょうか。シンデレラは気づいていません。家臣必死。

「うえ!?い、いやっ!私ダンスなんて子供の頃以来だから踊れないです!!」

「大丈夫ですよ。私だってダンスは苦手です」

くすりと笑いながら王子が右手を差し出します。

「ダメ……ですか?」

首をかしげながら問う20前後の男子。しかし何故だか可愛らしいです。子犬のようです。

「えぇっと……足、踏んじゃうかもしれませんけどそれでも良ければ」

シンデレラはおずおずと王子の右手に自分の手を重ねました。

王子がシンデレラの手をとって大勢の人が踊るホールの真ん中に連れていきます。

今までどの女性とも踊っていなかった王子が突然一人の娘と踊りだしたので、その場は騒然となり、二人に視線が降り注ぎます。

「ほらほら、足元ばかり見ていると余計にこんがらがってしまいますよ」

「いや……あの、視線が……」

シンデレラは王子の足を踏まないか、継母達にバレやしないかと内心冷や汗だらだらです。

早く曲終われ!と念じながら必死でステップを踏みます。

「そのドレス、よく似合っていますよ」

くるりとターンしながら王子がささやきます。

「えっ、あっ、ありがとうございます」

急にほめられて、シンデレラは真っ赤です。

「あなたは……」

「え?」

「あなたは、私にはいつも敬語を使うんですね」

兄上には使わないのに。と少しすねたような口調で王子が言います。

「や、だってそれは……王子様、ですし」

「兄上だって、『元』とはいえ王子には違いないですよ」

でしょう?と王子は笑いかけます。

「『元』があるか無いかは重要ですよ!!」

シンデレラが大慌てで言いました。

「そうですか?」

「えぇ、そうです!」

シンデレラが力いっぱい答えます。丁度その時、楽団の演奏が終わりました。

「おや、終わってしまいましたね」

気づけば女性達の目は王子を狙っています。我こそは王子の嫁に相応しい!といった気合が手に取るように分かります。

「逃げましょうか」

「へっ?」

王子はいたずらっこのように笑いながら言うと、シンデレラの手をぐいと引っ張ってバルコニーへと連れ出しました。

「大丈夫ですか?」

「いや……びっくりしました」

おっとりした方だと思っていたから、とシンデレラは続けます。

「ふふふ。このくらいしないと城は抜け出せませんよ」

「そういや、そうでしたね」

「あの後側近からみっちり絞られました」

ははは、とシンデレラはひきつった笑いを浮かべることしかできません。他にどうしろと。

「シンデレラ」

ふと王子が真剣な顔になりました。

「何ですか?」

小首をかしげながら、シンデレラが尋ねます。

「私と結婚してくださいませんか?」

「はいっ!?」

シンデレラはとても驚きました。そりゃそうだ。出会いがアレだもんなぁ。

「一目惚れなんです!」

ぐっとシンデレラの手を握りしめて、王子が言います。

「ここまで好きになったのはあなたしかいないんです!」

「あう……あうあうあうあうあうあうあう」

シンデレラが返答に困って口をぱくぱくさせていると空気を読んだかの様に、12時を告げる鐘が鳴りました。

「あっ!あの、えとっ!私、もう帰らなきゃいけないんです!」

神の助けと言わんばかりの勢いでシンデレラが王子に告げます。

「え?でも、今日の舞踏会は朝までやってますよ?」

「いやっ、あの、12時までには帰って来いって言われてるんで!」

「……誰にです?」

いぶかしげな顔で王子が尋ねました。

「魔法使いに……デス」

しまった墓穴だったか!?と内心思いつつシンデレラが答えます。

「兄上が?」

王子が眉根を寄せたまま何やら考え込んでいます。

『あー、もう、今のうちに走るか……?』

シンデレラがそんなことを考えていると、ふいに王子がシンデレラの腕を掴んで引き寄せました。そしてゆっくりと王子の顔がシンデレラに近づき、唇が重なり――――ませんでした。ギリギリのところで何者かがシンデレラの口を手でふさいだからです。

「12時まで、と言ったはずだが」

こうなると思ったから早めの時間を言っておいたんだがな。と不機嫌そうな声がシンデレラの頭上から降ってきます。シンデレラが振り返ろうとしますが、結構な力で口をふさがれているので振り向くことができません。

「兄上」

「悪いが連れて帰る」

「別に連れて帰らなくてもいいじゃないですか」

なんとなく、険悪な雰囲気です。

「ふぐぅっ!!」

バシバシとシンデレラが魔法使いの手を叩きます。

「少し黙っていろ」

「ぐぅっ!!」

魔法使いが冷たく言い放ちますが、シンデレラはなおも手を叩き続けます。

「黙っていろと……あ」

わずらわしげに魔法使いがシンデレラの方を見ると、息が出来ずに真っ赤になっている顔がそこにありました。

「すまん」

慌てて魔法使いが手を放すと、シンデレラはぜーはーと肩で息をしました。手のサイズの問題ですね。

「鼻までふさぐことないでしょう!?死ぬかと思ったわ!」

ようやく息が整ったシンデレラは拳を振り上げて抗議しました。

「あぁあぁ、悪かった。ついでに先に謝っておく」

「?」

「悪い。担ぐ」

そう言うやいなや、魔法使いはシンデレラの腰の辺りに手を回して、丁度俵を担ぐようにシンデレラを抱き上げました。

「ちょっと!?」

シンデレラが足をバタつかせて暴れます。が、魔法使い無視。そのまま階段を降りていきます。

「あっ」

片方のガラスの靴がぽろりとシンデレラの足から転がり落ちてしまいました。

ですがやっぱり魔法使いは無視。階段を降りた所に待機していた馬車にシンデレラと共に乗り込みました。

為す術もなかった王子は、転がり落ちたガラスの靴を拾い上げると側近達の元へと戻りました。


「あれ、王子。さっきの女性は?」

とぼとぼとガラスの靴を抱えて戻ってきた王子に気づいた側近Aが声をかけます。

「帰られてしまったよ」

ドサリと椅子に腰掛けて王子が言いました。

「おやおや、名前はお聞きになったので?」

「いや……」

これだけが手掛かりだよ。とガラスの靴を指し示しました。

「それでは探すのも難しそうですねぇ」

側近Bが困ったように言います。

「あ……、いや。もう一つあったな、手がかり」

「あるんですか?」

側近Aが興味津々といった様子で王子に聞きます。

「これ、だけれども」

王子はあの人形を側近達に見せました。

「あれ、それって……」

「確か……」

「何か知っているのか?」

王子が二人に尋ねます。

側近二人は顔を見合わせると口を開きました。

「確かそれは十年ほど前、よく城に来ていたトレメイン公爵家のお嬢様が持っていたものかと」

「あの頃王妃様が臥せっておられたので、王子は彼女と会ったことはなかったはずですが」

「そういえばあの方とよく遊んでおられたなぁ」

「あぁ、よく木に登っては侍従長に怒られていたようだったな」

このままだと思い出話が始まりそうなので、王子が口を挟みました。

「それで、その娘の名前は?」

「えぇーっと」

「何だったかな」

肝心なところで役に立たないですね。

「セレネ……じゃなかったか?」

「あぁ、そうだった。セレネ様だ」

「セレネ……」

噛み締めるように呟くと、王子は二人に命じます。

「彼女を妃に迎えたい。探し出してくれ」

「かしこまりました」

側近二人は頭を下げると、部下達に指示を出すため下がりました。


「ねぇ、ちょっと!」

魔法が解ける前になんとか家にたどり着いたシンデレラは魔法使いの服を引っ張って自分の方を向かせます。

「何を怒っているのよ?」

「別に怒ってなどいない」

「機嫌悪いじゃない」

違う?と魔法使いを見上げながら言うと、ぐしゃりと頭に手を置かれました。

「え?何?何?」

無言で魔法使いはシンデレラの頭をぐしゃぐしゃとかき乱します。

ぐしゃぐしゃとぐしゃぐしゃと。

魔法使いはひとしきりなでまわして気がすんだのか手を下ろしました。

「うにゅぅ」

乱暴に頭をなでまわされたのでくらくらとします。ふるふると頭を振ってしゃっきりとさせ、文句を言おうとした時には既に魔法使いはその場に居ませんでした。

「何なのよ、一体……」

シンデレラはひとりごちます。

「何で、あんな寂しそうな顔するのよ」

その問いに答えるものはありませんでした。


数日後、シンデレラが水汲みから戻ると家で継母と義姉達が慌しく身支度をしていました。

『一体何かしら?またどこかの貴族の家でお茶会?』

シンデレラは怪しみながら台所へと向かいました。

「あぁ、お母様!まさか王子様の使いの方が我が家にいらっしゃるなんて」

夢のようだわ。とナターシャがうっとりとした声で言います。

「きっと王子様があの時アンタを見初めてくださったんだろうよ。さ、こちらへおいで。髪を結ってやろう」

継母は自分の娘が王妃になれるとほこらしく思いながら世話をしてやります。

「お姉様、もしも王子様と結婚なさることになってお城に住むようになったらきっと手紙をくださいね」

ドリスもきらきらと瞳を輝かせて姉を見つめました。

「えぇ。もちろんよ」

ナターシャが答えたのと同時に、玄関のノッカーを叩く音がしました。

「あぁ、きっと王子様の使いの方だよ!」

継母が飛ぶように玄関へ行き、うやうやしく扉を開きました。

「こちらは、トレメイン公爵家のお屋敷ですか?」

王子の使いとして来た、側近Aが尋ねます。

「えぇ。そうですわ」

継母がにっこりと笑いながら答えました。

「もうお聞き及びだとは思いますが、王子がトレメイン家のご令嬢をお妃として迎えたいとおっしゃっているのです」

その言葉にナターシャは嬉しくなり、けれどそれを気取られないようにツンとすましています。

「はい。もちろん聞いておりますとも。我が家の娘が王子様のお妃になれるなんて夢のようですわ」

「そうですか。それは話が早い。では、今こちらにセレネという名前の娘さんはいらっしゃいますか?」

側近の言葉に継母は顔を強張らせました。ナターシャもドリスも予想もしない名前に驚き、顔が真っ青になります。

「どうなさいました?」

「いえ……よく聞き取れなくて。もう一度おっしゃってもらってもよろしいかしら?」

「おや、そうでしたか。これは失礼。こちらにセレネという娘さんはいらっしゃいますか?」

「いないわ!」

ナターシャが叫ぶように言います。

「セレネなんて娘、知りません!そんな娘うちにはいないわ!」

「お姉様……」

声を荒げる姉にドリスは目を丸くしました。

「えぇ……確かにうちにセレネなんて娘はいません。お名前を間違っていらっしゃるのでは?」

継母が弱々しく言います。

「はぁ……」

記憶違いだったかな。と側近は首をひねりましたが、気を取り直して背後に控える近衛兵に命じてガラスの靴を持ってこさせました。

「セレネという名に覚えが無いのはよく分かりました。ですが、このガラスの靴はどうです?特注品のようなので、サイズが合う方が王子が見初められた女性だと思うのですが」

そう言ってガラスの靴を差し出します。

「ナターシャ、履いてご覧」

継母がナターシャにそう命じました。

「分かりました、お母様」

ナターシャはそっとガラスの靴に足を入れますが、どうしてもつま先がきつくて入りません。

「残念ながらあなたではないようですね」

側近が言うとナターシャはがっかりとして肩を落としてしまいました。

「では、そちらのお嬢さんはどうです?」

今度はドリスの方に差し出します。

「えっ、私!?」

まさか自分にふってくるとは思わなかったドリスは戸惑います。

「履いてご覧」

継母にうながされて、おずおずと靴に足を入れました。けれど、今度はかかとがきつくて入りません。

「ダメだわ……」

ドリスもしょんぼりとしてしまいました。

「他に娘さんはいらっしゃいませんか?」

側近が尋ねます。

「我が家に娘は二人だけですわ」

悔しくてとげとげとした口調で継母が言いました。

「お義母様?お客様ですか?」

掃除をしようとホールに近づいた何も知らないシンデレラが声を掛けました。

側近が声のした方を向きます。

「おや、あなたは!」

幼かった頃のシンデレラを見たことのある側近はすぐに彼女があの時の少女だと気がつきました。

「何だ、いるではないですか」

少し責めるような口調で継母に言います。

「あの娘は使用人のようなもので、舞踏会になど行っておりませんわ!だから王子が探されている娘があの娘なはずがありません!」

ナターシャが叫びます。

「そうでしょうか?この靴を履いていただければすぐに分かることですよ」

「何よ、こんな靴!」

近衛兵の制止も聞かずむんずとガラスの靴を掴み取るとナターシャはそれを叩きつけて割ってしまいました。

「あぁっ!」

側近が嘆きます。

「ふん!これで王子様が探していた娘は分からなくなったわね。もう一度舞踏会をお開きになったら?」

ギラギラと怒りに燃えた目でシンデレラを睨みつけながらナターシャは言い捨てました。

何の騒ぎだかよく分かっていないシンデレラはきょとんとしながら言いました。

「あの、そのガラスの靴の片割れなら私、持ってますけど」

魔法が解けたとき、なぜだか靴だけはそのままだったのです。

「やっぱり!あなたがセレネ様ですね」

「え?何で私の名前を?」

シンデレラの頭の上には?マークがいっぱい飛んでいます。

「王子があなたをお后に迎えたいとのことです。どうぞ城へ来てください」

そう言うやいなや、おい!セレネ様をお連れしろ!と近衛兵に命じあれよあれよという間にシンデレラは城の用意した馬車に乗せられてしまいました。誘拐ダメ絶対。


城に着いたシンデレラは大きな一つの部屋に案内されました。

「まぁまぁ、あの時のお転婆なお嬢様がまさか王子様のお后様になられるなんてねぇ」

「あらあら、埃まみれ。これは先に湯浴みをしていただく必要があるわね」

「ほらあなた、お湯を用意してちょうだい!」

「はいただいま!」

中年の侍女が若い侍女に指示を出しつつシンデレラの服を脱がせます。

バスローブを着せられ、今度は大きな浴場へと案内されました。

ゆっくりと広い浴槽に浸かるとピリリと足の先がしびれましたが、やがてお湯の温度になれるとそのしびれもなくなりました。

その間も侍女が髪を丁寧に梳きます。

『うむむ。どうも察するに王子様は私を探し出して連れてくるように言ったみたいね。でもなんで名前……もしかして、やっぱり、あの時の男の子は王子様だったのかしら?』

されるがままのシンデレラはお湯に浸かりながら考え込みます。

「さ、セレネ様!今度はお着替えをしていただきますからね!」

中年の侍女達は王子のお后が決まったことが嬉しいのでとても張りきっています。

あぁでもない、こうでもないとシンデレラに次々とドレスを着せますがどうもしっくりきません。

「セレネ様、この前の舞踏会では何色のドレスをお召しになったんです?」

とうとう侍女の一人がシンデレラに尋ねました。

「えぇっと、真っ赤なドレスよ」

侍女は膨大な量のドレスの中からシンデレラのサイズに合う真っ赤なドレスを見つけ出して着せました。

「次は髪型とお化粧ですね」

「でも、もう十分お美しいから余計なことはしない方がいいんじゃないかしら?」

一人の発言で髪型も変えず、化粧もしないことに決まりました。

やっと一段落ついてシンデレラがやれやれと椅子に座ろうとすると

「あら、セレネ様。王子様がお見えですわ」

と侍女が告げました。

「セレネ」

ゆっくりと王子がシンデレラに近づいてきます。

「王子様?」

「はい、これ」

王子が人形を手渡します。

「これ……やっぱりあの時の……」

震える声で呟くシンデレラの目にはうっすらと涙が溜まっています。

「それについてなんですが……」

王子が言いづらそうに視線をさまよわせました。

「?」

涙をぬぐいつつシンデレラが王子を見上げます。

「それを預かったのは、私ではなくて兄上なんです」

「え?」

「ですから、10年前にそれをあなたから預かった少年は私ではなくて、兄上で……ちょっとした手違いで私の手元にあるというかなんというか」

どう説明したものか迷いながら言うので語尾が濁ってしまいます。けれど、シンデレラを想っての言葉は、きちんと彼女に伝わりました。けれどもに落ちないことがあります。

「じゃあ……じゃあ、なんで私の名前を?」

「あなたとその人形のことを知っている者がいまして」

「そう……」

ほうけたような顔で言うシンデレラを王子が覗き込んで言います。

「兄上は……多分あなたのことを忘れていませんよ」

「えっ」

目をしばたたかせてもう一度王子を見上げます。

「前に人形を兄上に見せたんです。その時に『どうせ返せやしない』と」

「返せない……?」

何よ、それ。とシンデレラは小さく言いました。

「はい?」

「なっによそれ!ふざけんな!預かったんなら自分で返しにきなさいよ!」

人形を握りしめて怒るシンデレラに王子は目を丸くします。

「ごめんなさい、王子様。私、あなたとは結婚できないわ。あのバカをとっちめなきゃ!」

「そうですか……そうでしょうね。そう言うと思いました。でも、どうやってとっちめるんです?」

王子の問いにしばし考え込みます。

「……名前呼んでやるのはどうかしら?あいつ絶対私が忘れていると思っているのよ」

「名前ですか」

でも覚えているんですか?と王子が更に聞きました。

「えぇっと確か……ユ……で始まったような」

必死に記憶の糸をたぐりよせます。

「ユ……ユ……ユーリ……じゃなかったかしら」

ぱっと顔を輝かせて、違いますか?とシンデレラが尋ねると王子はうなずきました。

「えぇ。兄上の名前はユーリです」

シンデレラを見つめる王子はどことなく悲しげです。

「どうしてそんなに悲しそうなお顔を?」

「思い出させなければ良かった、と思って。そうすれば、あなたは私の隣で笑っていてくれただろうに」

「それは……」

うまく言えないけれど、と前置きしてシンデレラは続けます。

「それは、違うと思うんです」

「違う?」

「えぇ。多分、私はあなたと結婚したらお義母様達から解放されるわ。けれど、きっと心のそこからあなたを愛することはないと思うんです。だってあなたが好きなのは”セレネ”じゃなくて”シンデレラ”だから。それに」

「それに?」

「それに私、幸せって人にしてもらうものじゃなくて、自分でなるものだと思うんです」

だから、そのためにとりあえず最初にあいつをとっちめてきます!と明るく笑うシンデレラを見て、王子もふんわりと笑いました。

「分かりました。さようなら、シンデレラ。大好きでした」

「えぇ、さようなら王子様。どこかの綺麗で優しいお姫様を見つけて、お幸せに」

別れの挨拶を交わすと、シンデレラはするりと扉から出ていきました。


「あ゛ー……また足くじきそう」

慣れないドレス、慣れないヒールで森を小走りに行くシンデレラはぼやきます。

けれどその目は活力に満ちていて、真っ直ぐに魔法使いの家を目指します。

『とりあえず、最初に文句を言って……それからどうしよう?殴る?蹴る?』

猟奇的りょうきてきすぎるだろう。

魔法使いの家にたどり着いたシンデレラはいつぞやと同じようにドアを蹴破ります。

「魔法使い!?居るんでしょう!?」

けれど返事をするものはありません。家はもぬけの殻でした。それどころか、生活臭というのでしょうか、人が居た気配すらありません。

『ここはこんなところだったかしら』

シンデレラが考えます。

ペタリと床に座り込んでシンデレラは魔法使いの名前を呼びました。

「ユーリ……?」

やっぱり、返事はありません。もしかして、もしかして。王子がシンデレラを迎えに行ったという噂を聞いて、もうどこかへ引っ越したのかしら。そんな想像が頭をよぎります。

『そんな、まさか。嫌だ!だって私は……!』

知らず知らずに涙がこぼれます。小さな子供のようにユーリ、ユーリと名前を呼び続けます。

「……何をやってるんだ、お前は」

突然背後から声をかけられて、シンデレラはビクリと肩を震わせて振り向きました。

「ユーリ……?」

「何だ、思い出したのか」

魔法使いが膝をついて、シンデレラと目線を合わせます。

言いたいことが、たくさんあるのに口を開けば嗚咽が漏れそうで、シンデレラは何も言えません。

「あぁ、お前はよく泣くなぁ」

魔法使いがシンデレラの頭を抱えます。

「あん……たのせい……よ!」

ひっくひっくとしゃくりあげながらシンデレラはそう言います。

「私、お父様が亡くなってからは泣かなかったのに……あんたに会ってから……!」

とめどなくあふれる涙のせいで続きを言うことができません。できることはただドンドンと魔法使いの胸を叩くことだけ。

「バカな奴。あいつと結婚すればもう泣かなくて済むのに」

「そんなの分かんないじゃない!」

シンデレラが叫びます。

「ちゃんと返してよ!迎えにくるって言ったじゃない!自分で来てよ!私は……私は自分から来たわ!名前を呼んで!!」

「ただ待っていられなかっただけだろう」

くすくすと笑いながら魔法使いがシンデレラを幼子のように抱き上げました。

「セレネ、遅れて悪かったな。王子じゃなくてただの魔法使いだがそれでもいいか?」

「返すって言ったのは”ユーリ”よ。王子様でもなくて、魔法使いでもなくて、”ユーリ”だったわ」

精一杯に微笑みながらシンデレラが告げます。

「そうかもしれん」

そっとシンデレラを床に下ろすと魔法使いはささやきます。

「俺と結婚してくださいますか?」

「えぇ、もちろん!」

シンデレラは笑いながら応えました。

「あぁ、そうだった。これだけは、絶対しておかなくちゃいけなかったのよ」

シンデレラの言葉に魔法使いは首をひねります。

「何だ?」

「一発殴らせなさい!」

そう言ったシンデレラの顔はプロポーズを受けたときよりもそれはそれはいい笑顔で、思わず魔法使いの顔はひきつりましたとさ。めでたしめでたし……なのか?

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― 新着の感想 ―
[良い点]  たくましいシンデレラとおかしなノリの語り口。読んでいて笑いっぱなしでした。他では見たことのない、個性的な作品。とても面白かったです。
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