刻印
夜の21時。
12歳年上の姉は友達と会うと言って出かけていった。
当時6歳だった私は、こっそり玄関にチェーンをかけて、姉が入ってこれないようにした。
私はよく姉の部屋に入り浸った。
姉が大切に隠しているものを1つづつ引っ張り出して全て壊した。
例えば、恋人との手紙のやり取りや、友達との写真、お気に入りの本などは全部はさみでばらばらにした。父と母にもらったばかりの筆箱は、何度も叩いてへこませたり、油性マジックでぐるぐるに落書きをしたりした。買ったばかりの洋服も、アクセサリーも。姉が気に入って大切にしている物は全て。
私はとにかく元に戻らないように、どれもとても丁寧に壊した。
姉は大切な物であればある程、“奥”へ片付けていた。
大切な物を私の手の届くところへ置かない事は、姉の部屋掃除のテーマとしてとても重要だった。
もちろん私はそれを知っていて、わざと奥にある物を優先的に壊した。
奥から、赤いハンカチのような布が出てきた。
綺麗に畳まれていて、一番奥に不自然な形でしまわれていた。
それだけ大切な物だとすぐにわかって、これは絶対に壊してしまわなければならない、と、私はすぐに取り掛かった。
ただの布を、私は何度もはさみで切り続けた。
本当に“粉々”と呼べる程、バラバラにした。
手紙や本などを、切り刻んでバラバラにすると、私はいつもこれ見よがしに床に撒いた。
その日赤い布は、目立つように一番最後に撒いた。
夜中になって姉が帰って来ると、まず玄関を開けようとする音で母が目覚めた。
姉はすでにそれで怒っていた。
「いつもチェーンをかけるから、ちゃんと見ててって言ったのに!」
そう言って、部屋へ戻っていった。
母も止められなかった。
姉は寝室に大きな声で怒鳴りながら入ってきて、そこらじゅうの布団を私の上に被せていった。被せる物がなくなると、姉は上から何度も私を殴ったり蹴ったりした。
痛くはなかった。蹴飛ばす時に姉が体重を掛けるので、その度に私は息が止まった。
母が姉を叩いて、姉はようやく少しおとなしくなった。でも母が布団をどけて私を引っ張り出すと、顔を見るなり姉は私の顔をげんこつで殴った。
「あれだけは返して!」
姉は叫び声みたいな声で、泣きながら私を睨みつけた。
「返せ! 返せ! 返せぇえ!」
何度もそう言って、黄色い声で泣き叫びながら、姉は私の髪を掴んで布団に押し付けた。
痛くはなかった。鼻血で変な味がしたのは不快だったけれど、別に怖くもなかった。
「あれは中学の制服のスカーフなんだよ! 思い出に取って置こうって約束だったから一番大事にしてたんだよ! あんたアルバムも切ったじゃんか! 写真もノートも教科書も全部切ったじゃんかぁ! なんであれまで切んの?! なんで! なんでぇえ!」
それを聞いて、私はやっと満足した。
そして喜びに心が震えた。
――――――――これでお姉ちゃんは、ずっと私と一緒。
きっと姉は、今日の事を一生忘れない。
記憶から消したくても消す事なんかできない。
赤い布を見る度に、“中学”というキーワードを聞く度に、私を鮮明に思い出す。
いつか姉が私と疎遠になったりしても、記憶は塗り替えてしまうことができない。
一生姉について回る深い傷。
私は大好きな姉を、手に入れた気がした。