全ての者は神の下で歩き回っている
禁忌を犯してまで愛する人を愛して、血に堕ちる。ある人はそれを愚かだと思い、ある人はそれを美しいと思う。私はそれを美しいと思いたい
「わたしはっ.....あなたを.....愛し、てっ.......いま......す」
愛のために自分をささげられるような人になりたい。たとえそれで滅びたとしてそれは”美徳”だと私は思うから
そこにはそう書いてあった。「アーシャ・レノヴァへ」と。手紙が何束も何束も重ねられて机の横に置いてあった。季節は冬。吐く息がすべて白くなり、濡れたタオルが凍ってしまうくらい過酷な環境だ。
彼女は布団をかぶって机に突っ伏して熟睡していた。軍服の腹の部分が皴になり、腕の部分が彼女の頭の支えになっている。
アーシャは夢を見ていた。昔のことだった。少年と出会ったことである。
秘密主義の帝国でノアと出会ったのは一つの奇跡的な事だった。ノアは冷戦がはじまる前は西方の国家と私たちの国のハーフの子供だった。どうやら転勤族らしく、こっちにも引っ越してきた。ただここは都市部じゃないから偏見が強いらしくノアはハーフと知られるとカラスを見るような冷たい目で見られた。
「見て、あの顔。おぞましい。あの碧眼を見るだけで飽き飽きするわ」
「シッだまらっしゃい。あの子はいつ何をしてくるかわからないわ」
「あぁ恐ろしい恐ろしい...」
帰宅中でもそのような感じは続いた。彼は常に誰かの目に入り、誰かの何かに触れる。触れられては熱い物を持ったように扱われ、家には心無い言葉が羅列された手紙が入っていることもある。
そんな彼にとって心の支えは幼馴染の少女のアーシャと反戦主義の神父だけだった。
「ノアーッ!」
元気よく走ってきた少女はノアに飛びついた
「おっはよぉ!今日も学校行くの?」
「君は朝から元気がいいな、アーシャ。よっと」
ノアはアーシャを降ろしながらそう言った
アーシャの目線はノアの服に移って、ノアの家の周りを見る。
「...まーたいじめられてるの?あなたは何も悪くないのに」
「仕方ないんだ。冷戦はこっちでは激化したからね。それに昔から慣れっこさ」
そう言うとノアは家の壁に貼ってあった紙を一枚一枚剥がしていく。
「それだとよくないの!あなたが良くても私が嫌なの!」
「それはこまったなぁ...」
「ねぇ、本当に学校行くの?」
「えっ?仕方ないだろ?今日は平日だぞ?休日じゃないんだ、大人たちは働いてるか農業してるか。子供の役目は勉強することだろ」
「いじめられに行っているみたいなものじゃない!ねーもっとたのしいことしよーよ」
駄々をこねるアーシャを横目にノアはふっと笑う。その笑いの裏にはどこか寂しさの欠片があった
「じゃあ、アーシャ。僕とサボろう」
「えっ」
予想外の返答が来たという顔にアーシャは一瞬なったがすぐにぱぁあーっと明るくなった
「うん!うん!サボろう!一緒にサボろう!どこに行く?教会?それともどっか!広い所にでも行く?」
そう言うとノアは少し悩んで
「じゃあ教会に行こう」
「わかった!」
二人は歩き出した。道中ではノアは白い目で見られた気がするがアーシャが隣にいるだけでノアはそんな気分とは無縁のような感じだった。
ふざけあって、仲良く。永遠とも思える時間を過ごしている。それがどれだけ素晴らしく美しく儚いのか。一人は考え、一人は考えず。
「ふーっ、ついたよ!」
それはいつもの教会だった。玉ねぎのような屋根を乗せ、十字架を掲げている
吐く息が白い
「おっじゃましまーす!」
アーシャが勢いよく扉を開けた。ただ、シーンと静まり返っていた。神父すらいなかった
「あれ、今日は休みなのか」
「休みとかあるのかな教会に」
そのままノアとアーシャは席に座った。異常なまでの静けさだった。
話を切り出したのは意外にもノアだった
「あのさ、アーシャ」
「ねぇノア!ここ誰もいないからさ、どっか行こうよ」
話を遮られてしまった。だがいつものことだ。いつものことだったんだ
「アーシャ!」
その時アーシャは初めて気づいた。今日のノアはなんか変だ。いじめられても学校に行くほど馬鹿真面目な彼が自分から学校をさぼろうと提案するなど
「な、ど...どうしたの?」
「俺、真面目な話があるんだ!」
真剣なまなざしでノアはアーシャを見つめた
「俺、遠くに行っちゃうんだ。引っ越しちゃうんだよね」
針の音がする。時計の針の音がする。時計はないような気がするがアーシャの中では無限とも思えるくらいその音がした
「だから!最後に伝えたいことがあったんだ!」
「えっ」
状況が呑み込めていないような顔だったがそんなのを知らないと言わんばかりにノアは続ける
「アーシャ!」
「僕は君に出会えてよかった!君は優しいし、こんな僕にも平等に接してくれるし、そういうところが好きだ!だから付き合ってください!」
とんでもないことを言い出した。空気がカオスだった。状況が理解できていないアーシャに訴えかけるノア。
「えっ?......えっ?えっ?なんで?い、今?」
「う、うん。今しかないと思ったんだ!」
「でもどっか行っちゃうじゃん」
「そうだけど!そうだけど!お願いします...」
ノアは立ち上がった。両手をアーシャの両肩に置いた
アーシャはどうしようかわかんない結果になった。感情の整理が追い付かない状態になっている。本気で混乱してしまっている。
沈黙がノアの鼓膜を貫く
「....うん、わかった」
「えっ!?えっ!?ほんとぉ!?」
うれしそうなノアとは対照的にアーシャは若干の怒りがあった。
「それはそうと!なんでもっと遠くに行くこと言わなかったの」
「そ、それは」
「しかも遠くってどこよ!具体的に教えなさいよ」
「終わりの大地のほうだから!ね?」
「なにそれ!どこよ!」
「ここより北!国家規模で言うなら北西の位置だよ!」
「遠すぎよ!」
「だから遠くって言ったじゃん」
そんなことを繰り返ししていた。くだらないことを繰り返しては軽く怒り謝り合う。そんな感じで何回も何回も、幾千回もラリーをした。帰りは昼だったがそっからはずっと遊んでいた。正直吹っ切れてノアも遊んだ。そうしているうちに数日が経った。本当にノアは引っ越してしまった。
心の底から「さよなら」をしてしまうと寂しかった。だがそれはそれすらもいい思い出なのかもしれない
遠い、遠い声が聞こえる
「少佐!レノヴァ少佐!起きてください」
ガタっとした。起きると...なんだここは。ここは机?そうだ思い出した、昨日寝落ちして...そっから
「レノヴァ少佐!計画の件について本部から────」
「あ、あぁ。了解した」
伝えられた資料を置いてもらいお茶を出してもらった。
暖かい、12月は本当に嫌いだ。紅茶は本当に救いだ、人の温もりが少ない場所だから本当に救いになる。
「これが...本当にやるのだろうな...」
「えぇ。やっと。この100年以上続く冷戦に終結が見えるのです。アナスタシア様、アレクサンドリア家の伝言です」
時計は昼の12時過ぎを指していた。
「レノヴァ少佐、先ほどうなされていたようでしたが何かありましたか?」
頭が若干痛い。ノイズが走ったように思い出せない
「.........あぁ。なんだったかな。思い出せないが、うなされるという表現は適切ではないことはわかる」
「そ、そうですか。ご健康に気を付けてくださいね、ご計画も近いですし」
「はぁ...私は軍人だぞ?それも仕事の内だということは承知している」
「そ、そうですね!失礼しました」
そう言って部下はドアを閉めてどこかに行った。
「これで、冷戦が、終わる...か」
紅茶の表面が揺れた。
皇帝陛下のために。皇帝のために...愛する帝国のために勝ちに行く。帝国のために勝ちに行かなくてはならないのだ。上官からの命ではない。勝たなくてはいけないのだ。
ただ、思い出せない。なぜ私は勝とうとしているのだ?私は何のために勝ちたいんだ?




