仕掛ける者
北朝鮮からミサイルが飛んできていた時期に即興で書いたものなので、調べが浅いかもしれません。
その辺もご了承の上読んで頂ければ幸いです。
「神取、何やってんだ?」
「バイト」
「……バイト禁止で雇用されてるのにあっさり答えるか」
「冗談だよ。営業から交渉の道具を作ってくれって頼まれてね」
早朝のビルには朝日がさし込んでいた。基本的に整理されていない社内には常にコンピュータの稼動音が響き、プリントアウトされた書類の山が今にも崩れそうにデスクに居座る。
そんな社内に私服のような格好の男性が二人。
一人はぼさぼさ頭に無精ヒゲに眼鏡、とても女性が寄り付きそうにない男――松本彰一。
もう一人はあまりにも真っ直ぐな前髪をヘアピンで止めている中性的な男――神取朝斗。
コンピュータ会社に勤める二人は、別に早朝に出社したわけではない。早朝まで残業していたのだ。
「デモの作成か?」
神取のパソコンの画面を覗き見て、松本が首を捻った。神取は気にした風も見せずにひたすらキーボードに指を躍らせている。
「いんや、本物のプログラム。本物持ってかないと納得しないお客だからね」
その返答に、松本はわからないと顔をしかめながらズボンの左のポケットにあるタバコを一本取り出す。
「そこまでする客なのか? 営業段階にそこまでしたら赤字になるだろ」
松本は右手をズボンのポケットにさまよわせてから、思い出したように上着の胸ポケットからライターを取り出す。その動作にやっと気付いた神取は松本に対して顔をしかめたが、何か言おうと口を開きかけて諦めたように再び画面に目を移した。
「お客がお客だからね。上手くいけば儲けられる――いや、生きていけるね」
「生きていける?」
タバコに火をつけようとした松本だが、ライターの火は中々つかない。四回ほどカチカチとやってやっと火がつくと、松本はタバコの煙を吸い込み、心底安心したように息を吐き出す。その煙が自分の方へと来ないよう、神取は手をパタパタさせ、席を立つ。
「今の時代、生きていくには繋がりは選ばないとね」
席を立った神取は空気清浄機のスイッチをオンにすると、意味深に言葉をにごらせた。その回りくどい表現に、松本は顔をしかめる。
「客って誰の事だ」
「言ったら俺、殺されるかね?」
「トップシークレットか?」
「いや、いずれは皆わかるし、まつもっちゃんは俺の上司じゃん」
――まるで敬ってないがな
と言う言葉を飲み込んで、松本はアゴで先を促した。そしてタバコを口にあて、吸い込む。
お客は意外な所だった。
「軍部」
短く答えられた言葉に、松本が咳き込む。神取は首をかしげた。
「自衛隊って言った方が良かった?」
「んな問題じゃねぇ!」
ゲホゲホとやりながら松本が叫ぶ。
「ま、確かに社長も知恵が回ると言うか、あくどいとは思うけどね」
あっさり言ってのけて、神取は軽やかに自席に座る。それを信じられないと松本は目で語る。
「軍って……お前、そりゃまずい綱渡りだろ」
「北朝鮮と繋がるよりはずっと安全だと思うけど?」
小首をかしげながら神取は松本を見上げる。
「そりゃそうだが……」
複雑そうに顔をしかめ、松本は近くの椅子を引いて座った。
「それに、これからはさらに戦争の市場が儲かるし、技術は加速する。最先端のコンピュータ技術を売るなら、軍だ」
「だが、戦争屋に関わると、一般の客からのイメージが悪くなるだろ」
「そんな事はないね」
断言してのける神取に、松本は気おされたように黙る。
「まつもっちゃんは北朝鮮が怖くない? いや、日本の半数以上は怖いんだよ。そう言う脅威を前にすると、軍部は見事なヒーローになる。悪を倒すヒーローはメディアとしても取り上げがいがある。悲惨な光景とヒーローはとてもオイシイ物なんだよ。そして、ヒーローを助ける道具は億単位の金になる」
そこまですらすら言われて、松本は何か気付いたように視線を神取に向けた。
「イージスか」
「ご名答」
ニコリと楽しげに神取は笑う。
「ミサイル防衛システムではレーダーの性能の高さと、レーダーの持ってきたデータを処理するコンピュータの速度が重要なんだ。確実にミサイルを打ち落とす必要性があるからね。でも、実際そう簡単にミサイルなんて打ち落とせるもんじゃない。それを確実に打ち落とせるようにアップデートするのにだって、桁違いの金が動くんだよ。オイシイビジネスだろ?」
「――だが、戦争には違いないんだろ?」
松本の悲しみをはらんだ声に、神取は困ったように顔をゆがめた。
「じゃあ聞くけど、まつもっちゃんは資本主義を否定したいの?」
「は?」
松本が目を見開いて体を乗り出す。神取は足を組みなおして背もたれにだらりと寄りかかると、息をついてから松本を睨んだ。
「『儲け目的で』戦争を起こさずにいられるのなんて社会主義ぐらいだよ。でもね、社会主義は簡単に腐敗する。そりゃそうだよね、一生懸命働いてもお金は一定なんだから。まつもっちゃんはそう言う社会でもOKだっての? 自分の実力を出し切った人間が馬鹿を見るような社会が」
松本は無言で下を見た。それを気にする風も見せず、神取は背もたれにさらに体重をかける。
「それに、資本主義は物が溢れていると上手くまわらんのよ。戦争が起こると物の値段が急騰する。今まで足りてたものが足りなくなると、金の回りも速くなる。出し渋ってた連中も、金を出さざるを得ない」
人差し指をくるくると回して、神取は何でもない事の様に言った。
「その金はぜーんぶ軍部に入ってくる。いや、軍部と繋がる死の商人にね。その死の商人からちょっくら金をかすめようってだけさ。それに、結局やるかどうかを決めるのは、国民だよ」
体を起こし、くるくるしていた指でエンターを押すと、神取の画面が暗転する。ささっていたフラッシュメモリを抜くと、彼はそれを足元のカバンに入れた。
松本は目を伏せる。
「お前は、戦争が起きてほしいのか?」
神取は少し驚いたように松本を見ると、首を横にふった。
「いんや。戦争がココで起こるならゴメンだね。でも、どこか遠くで起こっている戦争なんて、関係ないだろ?」
そう言うと神取は欠伸を一つしてカバンを肩に引っ掛けて立ち上がる。
「んじゃ、眠いから帰る。今日はもう会社に来ないから」
松本は神取の背を複雑そうに見た。神取の言葉にうすら寒いものを感じて、彼は神取のコンピュータに目を移す。
弾道ミサイルを打ち落とすためのシステムの雛形が、この中にあるのだ。それは確かに道具でしかない。しかし、と松本は思う。
実行する者と実行を容認する者、そして仕掛ける者。仕掛ける者には罪が決してかからない現実が、そこにある。
神取が部屋のドアを閉めると、松本の手にあったタバコの灰が床に落ちた。
某小説投稿所にて戦争物が流行っていた時に、即興で書き上げた代物です。ちょうど北朝鮮からミサイルが飛んで来ていた時期でした……。調べが浅いのはご容赦いただければ。
幼い頃から戦争の悲惨さについて叩きこまれてきた事もあり、何かあると色々考えてしまいます。
松本の考え方が甘いのはわかるのですが、神取の考え方には自分自身否定したい気持ちでいっぱいでした。けれど、否定しきれない。
彼のような存在を止めるには、政治を動かすしかない。政治を動かす方法は、一般市民であれば選挙しかない。
マスコミに踊らされてしまうと言うのは、正直仕方がないと思うのです。人間完璧じゃありません。
けれど、「選挙など意味が無い」と知り合いの口から聞いていると、「ならばお前が政治の文句を口に出すな」と思ってしまう。選んだ人には責任がある。けれど選ばなかった人にだって責任はある――選ばなかった人は選んだ人の文句を言うな……などと心の中で思いつつも、私は今日も同僚に笑って相槌を打っている。
民主主義の国なのだから、選挙権のある人は政治について考えてもらいたいと思っています。次の選挙までに。