第九話:リムパック62
2162年6月22日11時 太平洋ハワイ諸島近海
「誰だよ。3日も乗ってりゃ、船酔いなんかしなくなるって言ったやつは」
横須賀を輸送船で出発して5日が過ぎていた。
予定では明日には目的地到着のはずだ。
護衛艦しなのを旗艦とする第一輸送隊の船団10隻は、一路ハワイ諸島に向けて太平洋を航行中だった。
この航海自体が海上自衛隊の輸送任務の演習であり、出発してから帰るまでが今回の演習任務となっている。
一方、そこに丸ごと乗せられている第一機械兵団は、今回の演習にはあまり関係ないと思われていた。
長期航行に慣れていない隊員たちは船酔いがひどく、士気は下がるところまで下がっていた。
朝に日付変更線を超えるタイミングで時刻合わせをしたときは、隊員たちのテンションも上がったが長くはもたなかった。
小窓から見える外の様子は薄暗く、天候が悪化しているのは明白だ。
はっきり言って、手の打ちようがない。
「中隊長。目的地はまだですか? 小官はもう体がもちません」
様子を見に来た磯谷に、敬礼もそこそこに、本庄二尉が尋ねる。
「予定ではもうじき、だ。ただその前にもう一波乱あると覚悟をしておけ。海が荒れてるようだからな」
「勘弁してください。もう胃袋はひっくり返ってます。これ以上は何も出ません」
「そうか。それなら心配しなくてもいいな」
「そういう意味ではないんですけど…」
隊員には今回の演習の内容は、完全に伏せてある。
ただ、通常、艦艇に乗ることのない隊員たちは、これが遠方での演習であることはすでに気づいている。
日本国内の移動で、これほど長時間船に乗ることはあり得ないからだ。
時期的に日米合同演習に引っ張り出されていることは理解しているようだ。
アメリカ第7艦隊と海上自衛隊が中心となる演習、リムパック62。
「しなのに乗船できただけでも、俺たちはマシだ。一回り小さなおおすみ型に乗ってる連中は、もっと揺れているはずだからな。
ああ、少しネタばらししてやる。我々が向かっているのはハワイ諸島だ」
「ハワイですかぁ。喜べませんよ。上陸は無しってことでしょ?」
近くにいた池田一尉がぼやいた。
そう、隊員はパスポートを所持していない。なので、自分たちは今回の演習において生きた荷物として乗せられていると思っているようだった。
「心配するな。もちろん上陸する。リゾートを満喫とはいかないが、それなりのご褒美はある、といいな」
「磯谷三佐、今の言い方って、明らかに期待するな、ってことですよね?」
「池田。残念ながらこれは仕事だからな」
「夢も希望もない…」
この船室にいた滝本、佐久間の両二尉もがっくり肩を落とした。
磯谷は詳細についてはともかく、今後の演習の概要は知っている。
少しはご褒美をちらつかせてもいいか、と思ってはみたが、訓練を考えるとあまり内容を知らせるわけにもいかない。
結果的に磯谷は自ら地雷を踏んだ形になってしまった。
まあ、これも訓練と思えば。
自分に言い訳をしながら、ふと船室の小窓から外に目を向ける。
哨戒機が艦隊の周辺を旋回しているのが見えた。
「定時飛行にしては低いな」
ポツリと漏らした時に、艦内に警報が鳴り響く。同時に室内の照明が赤い非常灯に変わった。
「非常警戒発令。総員緊急配置。繰り返す。緊急配置」
「三佐!」
滝本が磯谷に呼びかけた。
磯谷は海自側の演習に関しては聞いていないので、これが演習ではない可能性も排除できない。
「各員はこの場にて待機。現時点で俺たちは海自の荷物だ。だが、要請があればすぐに動けるように気合を入れろ!」
そう言い残し、船室を出た。
磯谷は状況を確認すべく、艦橋下のCIC《戦闘指揮所》へと向かう。
移動の途中、艦が大きく右へ左へと動いているのを感じた。
通路の手すりに時折つかまりながらも、CICにたどり着き、入り口に立つ保安隊員に敬礼して中に入る。
開口一番に、どういう状況ですか、と尋ねるつもりだったのだが、入ってすぐに壁際に立っていた人物に腕を掴まれた。
少し驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのは第一機械兵団長の村上一佐だった。
「磯谷三佐、ご苦労。今回我々の出番はない。せっかくなので見学していけ」
村上の言葉で磯谷は状況を理解する。
これは海自の演習なのだ。
CICの中央部に表示されているスクリーンには、全体の状況を表示するものと、その情報が限定的になっている状態のものがあった。
ここは艦隊旗艦しなののCIC。演習をコントロールしている。これが完全な状況表示として画面に表示された片方の正体。
もう一つの限定的な方は、各艦が認識している現状を表示させた画面。
隊員たちはこちらの情報しか知らないことになる。
実際の機器を操作しながら、仮想の状況で物事が推移していく、シミュレーションと実稼働のハイブリッド型演習だ。
これも陸自で行うが、海自で行っているのを見るのは初めてだった。
艦隊という運用になると、その視点や隊員の動きは随分と異なっているように感じる。
「艦隊運動、正常範囲で継続中」
「潜水艦白鯨、魚雷発射。数2。艦隊に向け進行中。命中まで40秒」
「護衛艦矢作が確認。迎撃行動開始」
「魚雷、回避行動確認。いまだ健在」
「哨戒機VS181、SSN-Aを探知。攻撃開始。対潜魚雷投下」
「SSN-A、ロスト」
「魚雷命中、輸送艦さつま、大破判定。動力を落とします。さつまはダメージコントロール演習に移行」
しなののCICと演習をコントロールするCICが同居しているので、飛び交う情報量がとてつもなく多い。
ISYSの画面上の表示がSSN-Aと白鯨が同じ船であり、演習コントロール側では実名が、演習をしている側ではSSN-Aの名称が使われている。
おまけに、白鯨はこの海域に、この艦隊の随伴艦として登録されている。
10隻の輸送艦隊は、実は11隻だった。
潜水艦は行動秘匿性が高い。陸自にも知らされていなかった。その船が攻撃役としてこの演習に参加しているのだ。
「潜水艦一隻で、護衛艦と輸送艦の2隻を…凄いですね」
「通商破壊作戦などは潜水艦は単独行動で、原則先手を取れるからな。本気で沈めるつもりだったら、もう少し被害が大きくなっていたかもしれん」
磯谷の言葉に村上が答えた。
そういうものか。
現状を見る限り、輸送艦隊は潜水艦の位置を特定することができていないようだった。
おそらく白鯨は、最大戦果を求める戦い方でなく、確実に生存する攻撃スタイルを取ったようだ。
地上で演習しているときに、時々思うことがある。
宇宙船が飛び交って、大出力のビーム砲が使われるこの時代に、銃弾を撃つことに意味があるのだろうか、と。
だが今回この演習を見ることで、はっきりと確信したことがある。
この星の上で戦う以上、そこにあるルールは不変だ。何百年も変わっていない。
いずれ変わる日が来るかもしれないが、それを俺が目にすることはないだろう。
その後、救助活動と周辺海域の哨戒行動に演習内容は移行していく。
すべての工程が完了となったのは2時間後。
ちなみに潜水艦白鯨は、護衛艦群の追撃を逃れて生還した。
その後、海自側では反省会が各艦、各部隊ごとに行われる。
第一機械兵団は今日も荷物のままだった。
2162年6月24日5時ちょうど 太平洋ハワイ諸島ニイハウ島沖
昨日目的海域に到着し、護衛艦しなのは停泊していた。
今日から始まる上陸作戦演習に向けての準備が進む。
しなのの甲板上には後発で飛行してきた空自のC-170輸送機が駐機している。戦車が運べるカテゴリーの輸送機としては一番小さい。
揚陸艦などでの運用も考慮された設計で、垂直離着陸はできないが、超短距離での離着陸が可能だ。
機械兵団の60式を空輸しようと思えば、最低このクラスが必要で、さらに揚陸艦から空輸を考えるのであれば唯一の選択肢となる。
「今回の演習の概要は分かっているな。俺たち第一中隊は上陸地点の確保を行う。本来は4台の60式を同時投入する作戦計画であるが、今回は実証実験を兼ねるので手順が異なる。
まず1号車が降下。状況を確認後2、3、4号車を降下させる。要員はヘリにて上陸。60式に搭乗後、作戦を継続する形になる。
上陸地点を確保次第、機械化歩兵中隊、支援火器中隊が上陸艇《LCAC》にて上陸する。60式各車のコードネームはジャベリンだ。何か質問は?」
磯谷が甲板上で最終確認を行う。
池田一尉が手を挙げた。
磯谷は無言で発言を促す。
「今回は実験という事で60式を低空降下させるわけですが、我々は降下後乗車という手順がとられています。
これは安全面を配慮してのことと思いますが…三佐は直接降下されるわけですよね? その、問題はないのでしょうか」
「スペック上は60式が降下できることは分かっている。今回はその実証データを取ることが目的だ。
誰か乗らないわけにはいかないだろ? だから俺が乗る。それとも池田、お前が俺よりもうまくやってくれるんなら、お前に頼むが?」
「自分は三佐よりうまく扱えません。それでも良ければ降下は自分が引き受けます」
「つまり、俺がやらないとダメだってことだな」
開発段階では降下を想定して設計され、落下実験も行っている。スペック上は問題ないことは分かっているのだ。
だが、実戦投入の形で行われたことは一度もない。万一の事態で壊れることを上層部が恐れたからだ。
核融合炉を搭載する車両でコストが高いだけでなく、汚染も懸念される。
実戦配備から2年。司令部の覚悟が決まったというところだろう。
他国での同形式の運用がなくなったことで、独自の開発を余儀なくされた60式は、専用の車両ではなく汎用車両としての開発が始まった。
その結果、60式はキャビンや機械兵ラックモジュールなどがユニットとして設計されている。
また多用途に対応すべく様々なオプションが計画されたが、実際に正式な型番を得るに至ったのは60式だけだった。
実際に62式歩兵輸送車や62式指揮車は、60式の応用として設計されているものの、60式との互換性はない。
なんのことはない。車両に核融合炉を乗せることが圧倒的なコスト高となったのである。
今回の演習に持ち込まれた60式も普段は一般道を走行するので車輪だが、今回は上陸演習のため足回りがクローラー仕様に換装されている。
さらに、今回装着されている降下支援ユニットは初お目見えだ。
「よし、時間になるな。全員演習開始に向け配置に着け」
磯谷はそう言って敬礼すると、並んでいた隊員たちは敬礼してから垂直離着陸の小型輸送機に向かう。
磯谷自身も輸送機に向かい、すでに搭載されている60式輸送指揮車に乗り込んだ。
キャビンから指揮官席に移動して、ゴーグル一体型のヘルメットを被り、ベルトで体を固定する。
左右のコントロールグローブに手を通すと軽く固定され、同時に足も軽く固定される。
ゴーグルにはシステム情報が表示されていた。
自分の1号車のシステムチェックを終えると、ネットワークリンクされている他の車両の状態を確認していく。
4台のチェックを終えてから、磯谷は通信を入れた。
「こちらジャベリン1、各車システムチェック異常なし」
「こちらHQ、ジャベリン1、待機せよ」
「ジャベリン1、了解」
画面を切り替えてISYSの連携画面を確認する。
画面上の各部隊の状況を見ると、艦隊は上陸作戦を行うための隊列変更を完了していて、次々とLCACを発進させているようだった。
すでに演習は始まっているのだ。
ISYS上に発艦許可が表示された。
「こちらエアフット1、ジャベリン1離陸する」
「ジャベリン1、了解。よろしく頼む」
「任された。通信終わり」
輸送機のパイロットから挨拶がきたのでそれに応える。
体に前方へ、続いて斜め上への加速を感じた。離陸したようだ。
ISYSの画面でAF1、AF2と4機が縦一列に前方の島へと進んでいくのが表示されている。
「こちらHQ、ジャベリン1、降下地点まで5分。待機せよ」
「ジャベリン1、了解」
予定では低空を島に向かって飛行し、直前から上昇しながらその途中で降下。輸送機はそのまま高度を取って離脱する。
現在、輸送機は高度30mで横一列の隊列に変わっている。
輸送機の機首が上げられたようだ。高度が少しずつ上がっていく。
「最終アプローチに入った。ジャベリン1準備」
「ジャベリン1、準備完了」
「こちらHQ、ジャベリン1。矢は放たれた。繰り返す、矢は放たれた」
「ジャベリン1、了解。降下まで一分」
「リアゲートを開放」
「降下開始まで30秒。車体固定解除」
車体を固定していたワイヤーのロックが外れる。
「ジャベリン1、後進」
車体を後退させて、降下位置に入ると、車軸の抵抗をなくすようにニュートラルにする。
「ジャベリン1、降下」
その声と同時に後方に小さなパラシュートが開いた。続けて一回り大きなパラシュートが開くと、60式の車体は後方に引きずられるように輸送機から飛び出した。
すぐに足元から頭のてっぺんへと悪寒が走り抜ける。
「降下補助ユニット展開」
磯谷の操作で降下補助ユニットが左右に開き始めると同時に4つのメインパラシュートが開いた。
急激な減速が生じるが、落下速度はまだ早い。
磯谷は補助ユニットの電動ファンをフル稼働させる。
「着地まで5秒。アブソーバー展開」
激しく突き上げるような衝撃。わずかな浮遊感の後にもう一度小さめの衝撃。
「補助ユニットパージ。ジャベリン1、前進」
60式1号車は水際に着地すると、その場で膨らんだままの補助ユニットを切り離して前進を開始する。
「55式、全機展開」
波打ち際に補助ユニットを残し、ゆっくりと前進しながら後部格納ユニットの扉が跳ね上がると、左右に4機ずつの55式機械歩兵が砂浜に降り立つ。
すぐに砂を蹴って、60式の前面に横一列に並んだ。
そこで60式は停車した。
「HQ、こちらジャベリン1、展開完了。ログを送る。感覚では、着地時にこちらの操作よりも早く補助ユニットのローターが止まったようだ。
着陸時の速度が速く、ローターが破損したものと思われる。自動降下手順の一部変更を進言する」
「こちらHQ、ログは受け取った。現在解析中。ジャベリン1はその場にて待機」
「ジャベリン1、了解」
磯谷はそこで大きく息を吐いた。
「二度とやりたくないな」
自然と言葉が漏れる。彼の本音だった。
2162年6月24日16時 太平洋ハワイ諸島ニイハウ島西部海岸
ハワイ諸島の西の端に位置するこの島は、その昔は個人所有の島だったそうだ。
現在の主は合衆国政府。自然保護区に指定されており、管理しているのは国防総省。
一般人の立ち入りは許可されない地域だ。
その後、演習は再開され、変更された降下手順によって2号車から4号車が無人で降下。
予定通り海岸線に上陸拠点を確保すると、後続の部隊がそこに上陸。
防衛陣地を設営して、演習は終了となった。
この後は現地での野営訓練。
これは表向きで、実際にはささやかな休暇の時間となる。
さすがに1週間、慣れない船の暮らしに隊員たちは疲弊しており、息抜きも必要だ。
「三佐、肉焼けてますよ。どんどん食べてください」
本庄二尉が磯谷に声をかける。脇からお前の肉じゃねーだろ、などと声が飛んだ。
演習ということもあり、補給部隊は規定の弾薬類を持ってきていない。空いた重量分は冷凍のコンテナや冷蔵コンテナを持ち込んでいた。
これも立派な演習として計画されていたのだ。
一人当たり2本の缶ビールの配給付きで。
上陸できなかった海自の連中も、輸送艦の上ではあるが、今頃はバーベキューで盛り上がっているはずだ。
「池田、どうした?」
「ご褒美はうれしいんですけど、こうして陸に足をついているのに、なんかまだ揺れてるんですよ。どうも落ち着かなくて」
磯谷に池田一尉がそう答えた。
「明日一日は少しのんびりだ。そのあとは撤収に当たって撤退時演習になるが、3日あれば落ち着くだろう」
「そしてまた荷物の生活ですよね…」
「それは諦めろ。そうそうこういう機会は無い。帰りのことは、今は忘れろ」
そう言って肩を一つ、ポンと叩く。
缶ビールを一口含んでから、どこまでも広がる海に目を向けた。
「磯谷三佐! これはノルマですよ。残したら罰が当たりますからね!」
再び本庄の声が響く。
この後、佐久間が余った肉と野菜、飯盒の飯を鉄板で焼いた焼き飯の味は格別だった。




