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第七話:人形遣い



 2167年4月12日11時30分過ぎ 東京湾 USS-カヴナント艦内


「高山。お前は一体何者だ?」


 磯谷の真剣な表情に、高山は恐怖を感じる。


「話しますから…まずは、この手を放して…もらえませんか…」


 襟元を締め上げられ、苦しそうに高山は言う。

 磯谷はその手を緩めた。

 高山はその場で襟元を直しながら磯谷に言った。


「今となっては終わったことで、誰も私をとがめられませんからね。

 私はもともと、こっち側の人間なんですよ。大学はアメリカで卒業してるのはご存じですよね」


「ああ」


「在学中にDOD《国防総省》のリクルートを受けたんですよ。一定期間働いたら、米国の市民権と米軍籍を保証するって」


「つまり、お前は米軍のスパイだった訳か?」


「大袈裟ですよ。連絡員です。まあ、自衛隊側は知りませんから、連絡員と言っても一方的ですけど。

 でも機密情報にアクセスできる立場じゃありませんでしたし」


「だからなんだ。自衛隊の情報をアメリカに渡していたんだろ?」


「情報と言っても、そんなに大げさなものじゃないですよ。日本のプレスだったら取材できる内容です。

 確かに、24時間張り付きはプレスじゃできないでしょうけど…」


「お前の提供していた情報とはなんだ?」


「機械兵団の運用状況が主な内容です。どういう体制で運用されているか、構成や、隊の練度、訓練内容の詳細。米軍が正面から視察を申し込んでも許される範疇ですよ。

 途中から…その、磯谷二佐の情報も求められましたが…いずれにしても重要な情報じゃありません。これは本当です」


「俺の情報だと?」


「ええ、リムパック以降、当時の磯谷三佐に関する問い合わせが増えました。人物評価や能力の評価、家族構成や趣味に至るまで…なんにしても、自衛隊内部にいなくても調査できると思います。実際にそれで被害が及ぶようなことはなかったでしょ?」


「だが、今回俺に声がかかったのは、お前の影響が大きい。そういう事だろう?」


「否定はしません。私は磯谷さんの技量は頭一つ抜けていると思っていましたから」


「そうか。今となっては確かに誰もお前を罰することはできないな」


「私もこんな形になるとは思っていませんでしたから」


「高山」


「はいっ」


「この話はこれで終わりだ。気持ち悪い感覚は晴れた」


 そう言うと磯谷は歩き始める。

 数歩進んでから、再び高山に声をかけた。


「高山、ジムに案内しろ。少し鈍った体を鍛え直したい。お前も付き合え」


 高山は少し慌てて磯谷の前へと進み、黙って歩き始める。

 磯谷はその後ろをついていった。





 2167年4月14日午前10時 東京湾 USS-カヴナント艦上


 磯谷は黙々と甲板上を走っていた。

 おとといから始めたトレーニングに、高山は逃げ出すことを決めたらしい。

 昨日はかなりぶつぶつ言いながらも磯谷に付き合っていたが、今朝は朝から現れなかった。

 ひとしきり走って、艦橋脇に腰掛ける。タイミングを見計らって高山が姿を現した。


「一息入れてください。水です」


 そう言って冷えたアルミパックを投げてよこした。

 磯谷はそれを受け取り、黙って飲み干す。


「磯谷さんが体を鍛えるのは結構ですが、冷静に考えれば私が付き合う必要はありませんからね」


「その通りだな」


 磯谷は、高山を見ることもなくそう言うと、首にかけていたタオルで汗をぬぐっていた。

 トレーニングウエア代わりに着ているのは自衛隊の野戦服。迷彩のパターンが違うので米兵の中ではかなり浮いていたが、磯谷は気にしていなかった。


「しかし、病み上がりですよ? それでこんなに体を動かして。知りませんよ?

 これで平気とか、二佐は化け物ですか?」


「世の中にはレンジャーって言う本物の化け物がいる。それに比べれば俺なんざ可愛いもんだ」


「私から見れば、大差ありませんよ」


「高山、何か用があってきたんじゃないのか?」


「あ。本来の仕事を忘れるところでした。二佐…特務少佐に伝達。1100に輸送機が到着。その荷下ろしに立ち会え、とのことです」


「誰からの命令だ?」


「ヘンドリックス少佐です」


「分かった。ここで待っていればいいな?」


「はい。良いと思いますが…?」


「なら、俺はトレーニングを続ける。別段正装で来いという訳じゃないだろ」


「そりゃまあそうですけど…」


「ですけど? 不服か? ならお前も付き合うか」


「ご辞退申し上げます。伝令は済みました。ご自由にどうぞ」


「そうさせてもらう」


 そう言うと再び立ち上がり走り出す磯谷の姿を、高山はその場で見送った。

 どこまで本気か冗談かが分からないな。

 高山は口には出さなかった。





 同 11時少し前


 磯谷は少し前にトレーニングを終えて汗をぬぐっていた。

 艦橋の壁面にもたれ掛かり、立ったまま時間を待つ。

 少ししてから、艦橋から甲板につながるハッチが開いて、ヘンドリックスが姿を現した。

 姿勢を正し敬礼すると、ヘンドリックスも敬礼を返した。

 ヘンドリックスに続いて高山も出てくる。

 高山が磯谷に敬礼をするタイミングで、磯谷は敬礼の姿勢を解いて、ヘンドリックスの右後方を歩き始める。高山は少し不満顔だ。


「イソガイ、うちの隊は公式の場以外では堅苦しくする必要はない。ましてや貴官は階級が同じだ。楽にしてくれ」


 ヘンドリックスの言葉が全部は聞き取れなかった。

 高山の顔を見ると、察したようで、日本語で繰り返した。


「もうすぐ輸送機が着く。その積み荷を真っ先に貴官に見てもらいたい」


 艦橋脇に並んで立ち、ヘンドリックスはそう告げた。

 オープンローターの爆音が聞こえてくる。

 艦尾方向からアプローチ態勢に入った輸送機らしき機影が見えると、低空で接近してくる。

 前方側のエレベーターで車両が甲板上に上げられて、待機しているのが見えた。

 輸送機は主翼角度を変更したようだ。響いてくる音の向きが変わったように感じる。

 想像以上にゆっくりとした速度で甲板上に入ってきた。すさまじい風と爆音だ。

 ドン、と艦を揺らすような衝撃と共に甲板上に降り、短い距離をそのまま走ったところで機体が静止する。

 ローターの回転が止まると、作業員が一斉に機体に駆け寄った。

 機体後部ハッチがゆっくりと開くと、そこから、大型の車両がゆっくりと降りて、目の前を、甲板の後部側のエレベーターに移動していく。

 前方に車両のキャビン部があり、その後方に左右四つの大きなブロック構造が見える。


「60式のそっくりさんだな」


 そう、磯谷の知る60式輸送指揮車に構造はよく似ていた。体感的には一回り以上大きかったが。

 隣に立っていたヘンドリックスが磯谷に言う。


「XM604戦闘指揮車。今回君に使ってもらおうと思っている。搭載されている機械兵にはまだナンバリングが無い。我々はパラディンと呼んでいる」


 当然だが、格納状態の機械兵は見えない。車両の格納スペースの大きさから推測するに、機械兵も55式などに比べると大型であることが予想できた。


「イソガイ、日本人で初めて目にした感想は?」


 ヘンドリックスの問いかけに、磯谷は表情を変えずに答えた。


「これは、アメリカンだな」


 その言葉にヘンドリックスは苦笑いを浮かべる。

 目の前をXM604が走り去ると、ヘンドリックスはそのあとを追うように甲板後部に歩き始めた。

 磯谷と高山もそれに続く。

 甲板上の輸送機は、牽引車両によって機体の向きを変える作業をしていた。すぐに出発するようだ。

 エレベーター上でXM604は停車し、磯谷たちがエレベーターに乗ると、そのまま二層下の車両庫へと降りて行った。


 車両庫でエレベーターから降りると、XM604はバックで車両庫中央に移動する。

 運転席から制服を着た軍人が降りてきた。

 ヘンドリックスに駆け寄ると、今一つ規律を感じない敬礼をして、話し始める。


「少佐。自分はXM604のテストパイロットを務めました、ニールセン大尉です」


「ご苦労だったな。仕上がり具合はどうだ?」


「問題はありません。想定よりも優秀な結果が並んでいます。どこに出しても恥ずかしくありませんよ」


 二人の会話をよそに、磯谷はXM604に近づいて、運転席に上り始めた。

 視線の脇でそれを見たニールセンは慌てて、叫ぶ。


「そこの日本人! すぐに降りろ! 軍の最高機密だぞ!」


 そう言いながら腰のホルスターに手をかけた。

 磯谷はその声を全く意に介せず運転席に入った。

 慌ててヘンドリックスが、ニールセンを制する。


「大尉、いいんだ。彼がXM604のパイロット、磯谷特務少佐だ」


「あの日本人が? ロートルじゃないですか! 過酷な環境での実地試験に耐えられるとは思いません!」


「大尉。君も聞いたことくらいあるだろう?

 自衛隊の人形遣いの話くらいは」


「あの男が人形遣い…。だとしても小官は納得できません。誰よりもこの機体をうまく使えるのは私です。今からでも遅くありません。人員の変更をお考え下さい」


 かなりの剣幕でニールセンはヘンドリックスに詰め寄る。

 そこに604の脇から高山が歩いてきて、ニールセンに告げた。


「大尉、起動コードを教えてくださいと、磯谷少佐が言っています。少し動かしてみたいと」


「操作系はそれほど自衛隊のものと変わらないが、それでも初見で動かすことができるわけがない。許可できない」


 ヘンドリックスは少し考えてから、ニールセンに言った。


「多少なら構わないだろう。起動コードを教えてやれ」


「ですが…」


「これは命令だ」


「…っ」


 ニールセンはあからさまに不快感を示しながら、高山に告げた。


「二回は言わん。起動コードはxxxx-xxxx-xxxx-1P1GF。それと、これが物理キーになる」


 そう言ってからズボンのポケットから透明なスティックを取り出して渡した。

 高山は愛想全開の笑顔でありがとうと告げると、604のコクピットへ向かった。


「これ、物理キーだそうです。

 あと、起動コードは、xxxx-xxxx-xxxx-1P1GF、だそうです。

 乗ってきた大尉はかなり面白くないようですね」


 磯谷はコントロールシートでキースティックを受け取り、コンソールに差し込む。

 そして起動コードを音声入力した。


 コントロール系のシステムが立ち上がり、Welcome backと表示されると、プロファイルの確認が行われる。


ー You are PuppetMaster.Right? ー


 このメッセージに、磯谷は苦笑いする。

 すでに磯谷向けのプロファイルがAIに登録されていたのだ。防衛省からデータを吸い上げて用意したのだろう。


「そうだ。以後俺の操作に関しては日本語を適用してくれ」


ー 了解。日本語での応答に切り替えます ー


「あとプロファイル名も変えてくれ。傀儡師。以後俺のプロファイルは傀儡師で統一しろ」


ー 了解 ー


 自衛隊時代はこの呼ばれ方は正直言えば嫌いだった。

 だが、帰る場所を持たない人形遣い。今の自分にこれほど適当な呼び名も無いと思った。

 ゴーグル内に表示される情報を確認して、次の指示を出す。


「パラディン1を緊急起動。即時降車」


 磯谷の指示に従い、機械兵の完全起動を待たずに車外へと足元側から落とす。

 機械兵の自律制御に切り替わり、着地姿勢を取ろうとするが間に合わずに転倒しかかる。

 が、自律制御が機体を制御し、一歩動いたところで転倒を免れた。


「何をしている! ちゃんと使えないなら、動かすな!」


 ニールセンの怒鳴り声はパラディンの収音装置からちゃんと磯谷の耳に届いているが、磯谷は意に介さなかった。


「格闘デモンストレーション起動。周囲に被害を出すなよ」


 その指示に従って、パラディン1はシャドウボクシング…時折蹴りを混ぜたキックボクシングの動きを見せた。


「既存のプログラムを動かしただけじゃないか!」


 ニールセンの怒声が再び飛ぶ。

 機械兵のここまでの一連の動作を、磯谷は直接見ることなく、流れる動作ログを直接目で追っていた。

 設計自体はかなり優秀だ。戦術AIの制御も合格点を出せる。後は…


「パラディン1、直接制御」


ー 制御移行 ー


 そう指示を出し、AIの返答と同時に、磯谷が機械兵の全コントロールを直接行う。転倒防止や自律動作を最低限に絞った状態だ。

 一瞬パラディン1はぐらついた。磯谷はペダルとコントロールグローブを操作し、直立姿勢を保つ。


「何している? 遊びはそれくらいで十分だろう!!」


 相変わらずニールセンの叫び声が響いている。

 磯谷はポツリと呟いた。


「遊びはこれからだ」


 両手のグローブのコントロールをフル稼働させながら、シートの足元に並ぶ左右四つのペダルを踏んで操作し始める。

 パラディン1は先ほどと同様のシャドーキックボクシングの動作を始めた。

 反応速度自体は良好だ。

 だが、体感的なレスポンスが重い。

 自律系も少し強く、磯谷の操作に抵抗する挙動を見せた。

 磯谷はそのまま空手の演武を行わせる。もちろん直接制御だ。


 どっしりと腰を低くした構えから、一歩前に進みながら中段正拳突き。その姿勢から、後ろ軸足に体重を移動させつつ前蹴り。続けて後ろ回し蹴り。

 その動きは格納庫にいた兵士たちの目を引き、いつの間にかギャラリーができ始めていた。

 パラディンの人工筋肉が収縮する、硬いゴムを絞るようなギュウゥっという音と、足をつく際の振動。

 拳や蹴りが空を切る音。

 その一つ一つの動きがおよそ機械らしくない、人の姿がきれいに重なる動きだ。

 ダイレクトコントロールの操作系は完全な自衛隊互換。磯谷は迷うことなくコントロールできる。

 だが、それゆえに、反応の遅れや、機体自体の重さが感じられる。

 磯谷はパラディンに一礼する動きを取らせてから、一番機の格納庫前に移動し、正座の姿勢を取らせた。


「コントロールを戦術AIに切り替え」


ー コントロール取得 ー


「しばらくそのままで。周囲への安全配慮を怠るな」


 そう指示を出して、ゴーグルを外し、コントロールグローブから腕を抜いて、シートから降りる。

 そのまま車外に出ると、パラディンの脇に立ち、機体を眺めた。

 その姿を磯谷は初めて見た。

 確かに良くできているが、大きく重いのは見た目からも想像できた。

 そこにヘンドリックスが歩み寄り話しかける。


「どうだ? MX604の実力は?」


 その問いに磯谷は答える。


「悪くない。特に新兵がなじむのは早いだろう。総合性能の評価としては55式と同等か、それ以上だと思う。

 ただ、俺の個人的な意見を言えば、やはりアメリカンだ。大きく重い」


「自衛隊のタイプ55など、旧式だ。それと同等だと? 大きく重いだと?」


 その会話にニールセンが割って入ってきた。

 磯谷はニールセンに向かって言う。


「この大きさ、重さで、55式と遜色のない反応ができるのは大したものだ。演武をやってみて感じたが、細かい部分、微妙なところでは55式の方が素直だ。

 こいつは自律系が強く扱いやすいが、練度が高くなると強すぎる自律系が邪魔になる」


「何を言っている? 演武をやってみただと? 型の指示を出してただけだろうに」


「そこは貴官の勘違いだ。演武は100%直接制御で行った。そのうえでの俺の感想だ」


「あの動きを、手動コントロールだと? もう少しマシな嘘をつけ」


 磯谷はそこでニールセンからヘンドリックスに向き直り、話を続けた。


「初期起動ルーチンは、まとめない方がいい。初期化できた部分から逐次起動にするだけなら手間も時間もかからないだろう。緊急起動時は特に影響が大きい」


「フィードバックしておく」


「俺はトレーニングに戻るが、いいか?」


「ああ。構わない。夜に作戦の概要説明がある。晩飯の後になると思う。シンジが迎えに行くと思うが…その時はトレーニングウエアはやめてくれ」


「了解」


 磯谷は敬礼すると、甲板に上がるエレベーターに乗り込んで、近くの整備兵にエレベーターを上げてくれと伝えた。

 高山も、慌ててヘンドリックスに敬礼すると、動き出したエレベーターに飛び乗る。

 ニールセンは慌ててXM604に乗り込み、コントロールシートに座ってゴーグルをつけた。

 画面上にはーWelcome back CPT.Nielsen ーの表示。AIは搭乗者を認識している。

 登録されているプロファイルの一覧から、PuppetMasterのプロファイルを探したが見つからない。代わりにKUGUTSUSHIというプロファイルがあった。

 いままで気にもしなかったが、先ほどのパラディンの動きを見て、その中身が気になったのだ。

 そのプロファイルにアクセスしようとしたが、ーアクセス権限無しーで弾かれた。

 続けて今日の動作記録を確認する。

 ログには、かなりの量の記録が残っている。現時点ではまだ試作機なので、詳細なログがとられる状態だった。

 そしてその記録を見進めて愕然とする。

 そこには、確かに数分にわたり、パラディン1がプロファイル傀儡師によって、完全に手動コントロールされた記録が残されていた。


「不可能だ…そんなことが、できるはずがない…」


 ニールセンの口から言葉が漏れる。

 彼は磯谷が人形遣いと呼ばれる理由を知った。


「二佐、やっぱり二佐の直接制御は凄いですね。何度見てもそこに人が重なって見える。

 あのデカい機械兵の動きでも、まるであなたの魂が宿っているように見えました」


 磯谷の横に並んだ高山は、少し興奮した様子で話している。

 磯谷はそれに特に反応をしなかった。

 高山が隊内で収集したデータ類が、米国製の機械兵の動き方によく反映されていると感じていた。

 おそらくだが、高山の送ったデータに動作チェック時に取っている動作ログのデータなどが含まれていただろう。

 この手のデータは本省にも上がらないし、現場でないと収集はできない。


「なあ、高山」


「何ですか二尉?」


「傀儡師って呼び名、自衛隊内で最初に使ったの、お前だな?」


「え?」


 高山はその二つ名を磯谷が気に入っていないことを知っている。

 想像していなかった突っ込みに、高山はたじろいだ。

 磯谷は、高山がデータを米側に流していたことも、傀儡師という個人的に気に入らなかった二つ名を広めたことも、責めるつもりはない。

 ただ、今の高山のセリフから思いついたことを口にしただけだった。



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