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第三十四話:帰還報告

26/04/03 誤字の修正、一部文章の変更、日付の調整



 2167年6月14日 13時 アメリカ合衆国領日本自治区 米軍羽田基地


 ロシア領のチタ空港に到着するまで、往路よりも余計に時間がかかった。

 嵐の影響も大きかったが、優秀な最上位の士官を同時に失った影響も当然あったと思う。

 ジャクソン大尉に協力して、私なりに最善は尽くしたつもりだ。

 途中、通信を確保した段階で、司令部には連絡を終えている。

 移動中に私は相馬博士の護衛の名目で、研究者たちのラボカーに同乗した。

 多くの貴重な知識を得ることができたのは事実だ。

 多くは語らないが、できれば科学者だけの空間に一人だけ存在する状況は金輪際なしにしたい。


 往路と同様にチタからウラジオストク経由になると思っていたが、帰りはチタから羽田に直行だった。

 羽田の様相は出発したときとかなり変わっているように見える。

 爆撃機や攻撃機の数が多い。

 おそらくは武力攻撃を行う準備だと思われる。

 ほぼ2か月の情報が欠落していた。

 詳細を知りたいと思うが、マスコミに対しての情報封鎖が行われているのは間違いない。

 外部経由での情報入手は難しいだろう。

 この手の話に詳しい人物と、この先も付き合うことになるのは分かっている。

 直接聞けばいい。

 私は報告のため、リースウッド連絡室長……もとい、作戦部長のオフィスに向かっている。


「正直気が重い。シンジ、任せていいか?」


 普段は自信満々で雄弁に語るジャクソン大尉が、弱り顔になっていた。


「リッド。それは構わないけど、その顔はやめてくれ。私は嘘をついてますって顔になっているから」


 高山はジャクソンにそう告げる。

 ちなみに彼の本名はリチャードだが、リッドと周囲からは呼ばれている。

 二人は旧ターミナル内に設置されているリースウッドの事務所前に立つ。

 かけられている名札は連絡室長のままだ。

 扉をノックし、高山が告げる。


「高山大尉、ジャクソン大尉。両名、報告のため出頭しました」


「シンジか。入ってくれ」


 中からリースウッドの声が聞こえ、扉を開けて中に入る。


「ご苦労だった。報告書はざっと目を通させてもらったよ。まずはかけて、楽にしてくれ」


 帰りの道中と機内で報告書は作成して送付済みだ。

 そういう意味でこれは形式的なもの。

 だが高山にとっては最初の山場だ。

 促され、応接のソファに腰掛ける。

 リースウッドは自らコーヒーをカップに注ぐと、それをそれぞれの前に並べた。


「秘書官の一人も入れてくれれば、こういうことも頼めるのだが……遠慮はいらない」


 そう言いコーヒーを勧める。

 二人はカップを手にして、一口含んだ。

 高山から切り出す。


「報告書をご覧になっているのであれば詳細はご理解いただいていると思います。

 特にご質問があるようでしたらお答えします」


 その言葉にリースウッドは座り直して話し始める。


「では最初に……シンジ。君は帰りはラボカーに乗っていたそうだね。どうしてかな?」


 最初の質問が変化球。さらにジャブというよりは強打だ。

 高山は一呼吸置く。

 リースウッドが情報源を持っている可能性がある。それをわざわざ開示してきた。

 慎重に言葉を選び答える。


「科学的な分野に少し興味がありました。邪魔にならない程度に皆さんの研究の様子を拝見させていただいたんです」


「そうか、さぞかし詳しくなったんだろうね」


「はい。そうですね、対消滅反応という言葉は覚えましたし、それがどういうものであるかの概要は理解できました」


 高山は少し危険な賭けに出た。

 情報統制対象にかかる可能性のある部分に踏み込んだのだ。

 リスクは承知しているが、リースウッドの反応如何で、この先の方針が決められる。


「そうか。それは心強いな。科学畑に明るい情報士官は多くなくてね。いい時間になったようで何よりだ。

 それで次はジャクソン大尉。まず最初に確認させてくれ。報告書の内容に間違いはないのかな?」


 今度は直球。リースウッドが自分たちの知らない情報源を持ち、それが調査隊の中にいたら……

 高山は割って入ろうとするが、ジャクソンは即答していた。


「はい。間違いありません」


 その言葉を聞き、リースウッドは何かを考えたようだ。

 マズい。

 高山はいくつかの可能性を考えて、対応できるように考えを巡らせる。


「分かった。それなら何の問題もない」


 え?

 高山は拍子抜けした。

 情報源を持っているわけじゃないのか?

 そう思っているとリースウッドは話を続けた。


「戻ってきて気づいたと思うが、間もなく規模の大きな軍事作戦が開始される。

 デルタのチーム2の再編を早急に頼みたい。ジャクソン大尉、任せても良いかね?」


「もちろんであります。微力ですが最善を尽くします」


「そう言ってくれて安心したよ。早速推薦しておく。近いうちに辞令が下りるだろう」


 ジャクソンは気づいていないが、これはおかしな話だ。

 国防総省情報部のリースウッドが、陸軍のデルタの人事にかかわるのは考えにくい。

 ジャクソンがリースウッドの駒の一つ。

 いや違う。ジャクソンは軍人気質でヘンドリックスに似たところがある。

 ここに来る直前の様子も、本気で心配していた。

 ジャクソンは情報提供者ではない。

 だとすると今の会話は?

 現場指揮官を良い気にさせる嘘……そんな嘘をつく意味がない。

 権限ではないが、口出しできる権限以外の力を持つのは間違いない。

 わざわざ誇示した?

 何のために……


 リースウッドとジャクソンは、現在準備中の攻撃作戦について話をしている。

 一方的に現状をリースウッドが説明している形だ。

 中国とロシアの残党を処分するつもりだというのは分かった。

 その間も考えを巡らせるが、決定的に情報が足りていない。


「リースウッド室長。我々は帰還したばかりです。ジャクソン大尉は帰路、調査隊の指揮を執っていたのでだいぶ疲れているでしょう」


 高山がリースウッドの話を遮るように発言する。

 リースウッドは笑いながら言った。


「ああ、そうだね。まずはゆっくり休んでもらうのが先だな。話に付き合わせて悪かったね。報告は確かに聞いた。下がって休んでくれ」


「ありがとうございます」


 高山とジャクソンは揃って礼を口にする。

 ジャクソンは立ち上がったが高山はそのまま言った。


「いくつか個人的なお願いがあります。リースウッド室長、お時間を頂けませんか?」


 高山の言葉に、リースウッドは短く分かった、と答える。

 ジャクソンと握手を交わした後、ジャクソンだけ先に退出させた。


「さてシンジ。個人的なお願いとは?」


「はい。まず最初はハイマン博士からこれを預かっています」


 懐にしまっていた封書を取り出して、リースウッドに手渡す。


「今時手紙かね。ハイマン君らしいな」


 そう言いながら封を切り、中に入っていた書面を取り出すと目を通す。


「なるほど。ソウマ博士…ハイマン君が今回推薦して同行させた科学者についてか。なるほど高く評価しているのだな」


「詳しいことは分かりませんが、ハイマン博士も相馬博士が今後も必要だとおっしゃってました」


「そうか…そうだな。ハイマン君の言うことは正しいだろう。で、これが君のお願いかね?」


「いえ…お願いは亡くなった赤石さんについてです。

 赤石さんが今回の調査に同行する条件として、お孫さんの移住を条件に出されたと聞きました。

 できれば赤石さんに代わって、見届けたいと思っています」


 高山がそう切り出すと、リースウッドは黙って何か考えているようだった。

 少しの間をおいてリースウッドが言う。


「そんな話は聞いていないが?」


 高山は愕然とした。


「ご本人から聞いたのです。そんなはずはありません。赤石さんとも契約を交わしているでしょう? 確認してください」


 思わず立ち上がりながらリースウッドに要求する。

 リースウッドはすぐに大笑いを始めた。


「いや、悪かった。悪気はないから許してくれ。大丈夫だよ。その約束は果たされる。ただ問題がないわけでもない」


 高山は自分が感情的に声を荒げたことを自覚して、冷静さを取り戻す。


「私こそ、失礼な態度でした。お詫びします。それでその問題とは?」


「対象は把握している。手続きも進行中だが、問題は本人の所在が不明な点だ。東京圏にいることは分かっているが、生憎人手が足りなくてね。

 ちょうどいい。シンジ、君が探し出さないか?」


 話が想像していない方向に進んでいる。

 だが、お孫さんを探さなければ、その先はない。断る選択はなかった。


「了解しました。正式な命令として出していただければ、捜索に当たります。

 つきましては使える人員と予算を確保してください」


 高山の返事にリースウッドは笑いながら答えた。


「現実的だな、気に入った。すぐには提示できないが、予算を用意するよ。君の手並みを拝見させてもらう」


「ありがとうございます」


「なに、君が適任だと思っていたところだ。それよりも……最後にもう一つ聞いてみたくなった。

 シンジ、君は何を知っている?」


 リースウッドの問いに、高山の額を汗が伝う。

 僅かな間の後に高山は答えた。


「そうですね……室長のご想像通りかと。

 しいて言えば、室長が少なくともその肩書以上に政治寄りの立場にあって、陸軍に一定の発言力をお持ちなのは理解しております。

 今回の調査の一件から推測できる範囲で、同様に海軍にも、宇宙軍にも影響力をお持ちのようですね。

 今日はお見えになりませんが、コードウェル大佐よりも実質権限をお持ちのようです」


 その返答に三度リースウッドは声を出して笑う。


「そうか。なるほどな。シンジ、君は私が思っていた以上に優秀で、想像していなかったほどに度胸がある。

 大いに結構だ。期待している」

 

「期待に応えられるよう、全力を尽くします」


 そう言い立ち上がると、敬礼する。

 リースウッドは座ったまま一つ頷いてこう言った。


「追って連絡する。以上だ」


 高山は室長室を後にした。

 部屋を出ると、汗が噴き出す。

 少しでも探りを入れたかったが、結果的には自分が値踏みされただけのような気がしていた。

 それでも、結果としては悪くない。


「一歩前進できた。今日はそれで十分としよう」


 自分に言い聞かせるように小さく呟く。





 2167年6月16日 12時 アメリカ合衆国領日本自治区 米軍羽田基地

 

 高山はリースウッドのオフィスにいた。

 この部屋の主だった人物は昨日本土に戻ったのだ。

 この二日間はジェットコースターのような時間だった。

 リースウッドへの報告を終えた後、今回の調査チーム全員が本国へ一度戻る運びとなった。

 すぐに連絡を取るが、科学者チームとは連絡は取れたが面会は叶わなかった。

 セキュリティのためだと説明を受ける。

 画面越しでも話ができたのは幸いだった。

 当然だが、この会話は監視されているはずだ。

 それを前提に少しばかり旅の思い出話で盛り上がり、近いうちに遊びに行くという小さな約束をして話を終える。

 当面は大丈夫だろうと思うほかない。

 続けてデルタチームの宿舎に顔を見に行く。

 もちろん、宿舎に看板がかけてあるわけじゃない。陸軍駐屯地の一角に部隊で滞在している。

 ここはDIA所属の士官はフリーパスだ。

 当直に当たっている兵士もデルタのメンバー。

 ジャクソン大尉、メイヴィス中尉、ヘンダーソン少尉とテーブルを囲み、自らは同行できないので、相馬博士を気遣ってほしいと伝える。

 3人は快く快諾してくれた。

 頼りにできる戦友たちだ。

 必要なら動いてくれる。たとえ権限はなくとも。

 そんな信頼感がある。

 別れ際に握手を交わして、再会を約束した。


 翌日に、出発便が決まる。

 それと同時にリースウッドから呼び出しがあった。

 リースウッドも帰国するというのだ。

 彼は高山に辞令の交付を宣言した。

 高山は米軍羽田ベースのDIA連絡室長に任命される。

 軍籍を残したままの兼務となるが、事実上の出向……一般的には背広組の仕事なので異例ではある。

 だが、日本に精通した適任者がいなかったのと、この状況の東京に赴任したがる人もいなかったんだろうと思う。

 あまりに突然で、高山は引き継ぎは? 今後何をすれば? とリースウッドに尋ねたが、リースウッドの返事はシンプルで雑だった。


「東京だと閑職だからね。必要な場合は命令が下るが、それ以外はコーヒーを飲むのが仕事だ」


 これだけだった。

 待遇は基本的に変わらないが、連絡室という形の組織を扱う権限は与えられる。

 高山はこれまで、リースウッドを除けばDIAの情報将校やそれに類する人物に会ったことがない。自分を入れて二人だけ。

 実際に書類上もそうだった……もっと正確に言えば、創設されたのが4月で、形式上の実体のない組織だった。

 これには絶句したが、リースウッドはそれなりの形にしようと約束してくれた。


 そして今日の午前。スペースプレーンでダラスに向かう一行を見送りに行く。

 近くまでは行けなかったが、遠目にデルタチーム、研究者チーム、補給隊の隊員たちが乗り込むのは見えた。

 リースウッドも乗ったはずだが、気が付かなかった。

 しばらくして轟音を立てながらカタパルトを加速していくスペースプレーン。

 あっという間に見えなくなり、空に続く橋の先に、一筋の雲を残して消えた。


 そして今に至る。


「結構雑だな、作戦部長……」


 リースウッドのオフィスを引き継いだが、最初の仕事は後片付けだ。

 その多くは電子管理されているが、紙の書類もある程度存在した。

 正直に言うと、こんな状態で残していいとは思えない書類が結構ある。

 日本政府に関する文章で、今となっては価値がないのは事実ではあるが、身内の恥を晒すようで気分が悪い。

 部屋にあったシュレッダーという機械を初めて使い、細かく裁断すると、部屋にある暖炉に突っ込んで火をつける。

 暖炉なんて飾り以外の何物でもないと思っていたが、ここにあるのは実用的な理由だと納得した。

 紙を燃やすのには非常に向いている。

 書類整理で一日が終わる。

 前途多難だ。





 2167年6月17日 10時 アメリカ合衆国領日本自治区 米軍羽田基地


 連絡室として最初にした仕事は旧自衛隊に連絡をすることだった。

 合衆国国防総省情報部、東京連絡室長、高山大尉。

 この肩書は有効に使う。

 本省に直接連絡し、協力要請をしたいと伝えると、少し待たされた。

 そして見知った人物が画面に現れる。

 中西東部方面総監。

 詳しく知っているわけではないが、面識はある。

 形式的な挨拶から始めた。


「DIA東京連絡室長、高山です。急なご連絡で失礼します。今回は協力をお願いしたく、ご連絡いたしました」


「東部方面を預かります中西です。失礼ですがお会いしたことがありましたか?」


 中西は意外なことを言った。

 高山は方針を変える。


「はい、中西総監。磯谷二佐に渡すようにと銃を託されました」


 それだけで、中西は思い出したようだ。

 

「あの時の高山君か。当時は二尉だったか。米軍籍を得て、しかもDIAの連絡室長とは……正直驚いたよ。

 その後磯谷君はどうしているか知っているかね?」


 高山は慎重に答える。


「負傷しているのを発見し、保護しました。その後米軍の任務に参加されたようです。詳細までは分かりませんが戦死されたと聞いています」


 淡々と高山は答える。この通信が安全とは限らないからだ。


「死んだ……しかし意外だな。磯谷君が米軍に所属したとは」


「私もそう思います。ですが、詳細は分かりませんので。本題に入りたいのですがよろしいですか?」


「ああ、失礼した。話を伺います」


「実はある人物を探しているのですが、都内にいることは分かっているのですが、それ以上の情報がありません。

 隊内に知る者がいないかを確認していただき、配給の際に情報提供の呼びかけを行っていただきたいのです」


「それはどういう人物ですか?」


「ある人物、その方は先ごろ亡くなられましたが、その方の血縁に当たる人を探しています。合衆国はその人物を保護対象に指定しました」


「なるほど、分かりました。そういった内容でしたら協力できます。

 探す人物の情報を頂けますか?」


「はい。今送信します」


 白峰晶(しらみねあきら)女性。年齢は20歳。身長162㎝、体重56㎏。背中までの長髪。音大で木管楽器を専攻。フルート奏者。

 これらの情報と同時に顔写真を送付する。

 これは資料に添えられていた画像を加工したもので、本人のみ映る生成画像だ。

 高山は手元にある、元になった画像を見ている。

 赤石さんと並んで映っているスナップ写真。赤石さんが提供したものだろう。


「情報を受け取りました。隊内から当たってみます。情報が入ったらそちらに連絡する、ということでよろしいか?」


「ご協力感謝します」


「高山大尉、こちらからもお願いなのだが、配給物資を増やすように働きかけをしてもらえないだろうか。

 我々もだが、市民も困窮している。明日をも知れぬ状態だ。一人でも助けたい。

 すべての物が不足している。なんでもいいんだ。物資を、少しでも多くの物資をこちらに回してほしい」

 

 必死の形相で中西が訴える。

 高山も、その現実を見て知っている。

 その気持ちは痛いほど分かる。

 そして何より、大尉という階級を知った上で、配給物資を増やす働きかけをと言ってくる。

 考えればそんな権限がないことは分かるだろうに。

 藁にも縋る状況なのだ。


「中西総監。私は現場を預かる一士官に過ぎません。私には物資に関する権限がないのです。

 何の約束もできませんが、努力はいたします。現場で最も不足しているもの、有効なもののリストを送ってください」


「そう言ってくれるだけでもありがたい。請求するようで悪いと思うが、君の厚意に甘えさせてくれ。

 すぐに調べてリストを送らせてもらう」


「分かりました。情報に関しても連絡をお待ちしています」


 会話を終えて大きく息を吐く。

 自衛隊は米軍下に置かれたが、併合されたわけではなかった。

 多くの人員が、そのままの組織で存在している。

 予算は極めて少なく、食うに困る状況だ。

 それでも組織の骨格を維持しているのは、使命感の賜物だと思いたい。

 ……現実は物資が最初に回る場所という、ある種の特権がある。

 治安維持を担う以上なくなるのは困る。

 そこで配給を行うのも任務として組み込んだ。

 どう配給するかは現地任せ。

 つい数か月前なら医療で救えた命が、簡単に失われていく。餓死者が出る日常。

 米国の支援は十分とは言えない。

 だが、その支援に頼るしか生きる術がないのが現実だ。


 高山は東京連絡室で使える予算を確認する。

 いくつか調べた後に、羽田基地の補給リストに目を通した。

 高山は協力要請に対する対価として、何らかの物資を調達するつもりだった。

 早く確実に現地に届けるために、羽田基地にあるもので、軍に与える影響の少ないもの。

 いくつか目途を付けた。

 情報に対する対価……評価が難しい。

 基準の見当がつかないので、思い切ってリースウッドにメールを入れることにする。


― 情報提供者に対する対価の目安は? ―


 ごく短い実務的なメール。

 数日内に返答があるだろうと思っていたが、5分と立たずに返信がきた。


― 一次的には君の判断。二次的には監査する人物の判断。連絡室の予算執行の権限は君にある。

  予算範囲内であれば殆ど問題にならない。額は限られている。後先と重要度を考えろ。 ―


 嫌な返事だ。

 要約すると自分で考えろ、ということだ。


 何とかしたい、そうは思う。

 だが、高山は東京の状況がまだマシなことも知っている。

 ウラジオストク、チタ。

 より墜落地点に近かった場所で、より過酷な環境で生きる人たちを見た。

 どうすればいい……

 高山に与えられた小さな権限が、高山を苦しめていた。


 30分ほど経って、防衛省からメールが入る。

 非公式の記載があるので、おそらく不足物資の一覧だろうと思いながら高山は確認した。

 それは想像通りの希望する品目のリストが添えられていたが、本題は別だった。


― 捜索要請の人物を確認。現在練馬第2キャンプに滞在中 ―


 それを目にして絶句する。

 こんなに簡単に見つかるとは思っていなかったからだ。

 リースウッドに自衛隊を使うという発想が全くなかったか、それとも探す気がなかったか。

 おそらく後者寄りの両方だろう。


 うだうだと悩んでいる暇はない。

 DIA本部に、協力者に対する報奨のための予算執行を申請する。金額は1万ドル。

 少ない金額ではないが、任務遂行に当たり対象を特定した決定的な情報に支払う金額として妥当な範疇だろう。

 半分はリースウッドの尻ぬぐいだ。

 いざとなったら彼を巻き込むつもりだった。

 申請を行うと、即座に了承される。

 あまりの速さにそれでいいのか? と思うが、深く考えるのをやめる。

 情報部の金の使い方はそんなものなのだろうと納得した。

 続けて国防総省経由で陸軍の補給部に連絡を取る。

 羽田にある物資から、医薬品の分配を依頼する。抗生物質や抗菌剤を中心に……そこで高山の手が止まった。

 衛生状況の悪化が見られる状況ということだ。

 少し考えてから、要請する品目を変更する。

 抗生物質や抗菌剤を減らし、浄化剤と、携帯型の医療グレードの水の浄化装置と滅菌機を申請した。

 抗生物質や抗菌剤の類は、意外なほど価格が高い。

 それを考えれば、この構成の方が有効なはずだ。

 確保した予算内で申請すると、すぐに問い合わせがある。

 医薬品類や浄化剤は、使用期限の極めて短いものなら、増量して提供可能。とのことだ。

 もちろん量は多いに越したことはない。同じ金額でより多くのものを調達できるのはメリットだ。

 だが、高山は通常の消費期限のものを希望すると返答した。

 そのほうが緊急時の備蓄として使えるし、何よりも、消費期限の近いものは、放っておいても、支援物資に回される可能性が高い。

 数十人しか救えない量。

 高山は数十人しか、ではなく、数十人も、と自分の中で言い直す。

 焼け石に水だとしても、救われる命があることが重要だ。


 補給部からの返答は早かった。

 申請が了承され、受け取りの許可が下りる。

 自衛隊では考えられない決裁速度だ。

 情報部の権限もあるだろうが、現場優先のしくみがあることを実感する。

 更に陸軍に護衛の要請を行い、輸送車と護衛の小隊を手配した。

 これも返答が早い。

 最短で13時に行動可能との返答が来たが、注釈付きだった。

 基地のゲート前には多くの避難民がいるので、輸送車両を外に出すのに時間がかかる恐れがある。代替案として、eVTOL機の使用を推奨する。と追記されている。

 自衛隊では考えられない対応だ。

 米軍が有事における行動態勢を取っていて、ミッションに即応できる状態だとしても、驚くほどに動きがスムーズだ。

 並行する、突発した作戦に対応できる状態が常にある。

 鍛えられた兵士、最新の兵器。どちらも米軍の強さの源ではある。

 だが、米軍の強さの根源は、柔軟性をもって現場の要求に即応できる体制があることだと、高山は確信する。


 高山は要請を変更する。

 中型のeVTOL一機と、警備のための兵士8名を再要請した。

 即座に確認が表示される。

 13時〜18時のミッション、中型機1、兵士8名。最終確認を求められた。

 高山は確認を送信すると、eVTOLの飛行経路を求められる。

 高山は慌てて防衛省に連絡を入れると、ほぼ一方的に、13:30頃に練馬に向かう、少量だが支援物資も運ぶので受け入れの許可が欲しいと伝えた。

 確認をする時間が欲しいと返答されたので、すぐに確認してくれと念を押す。

 5分ほど待ったが、了承を得られた。

 すぐに練馬への飛行プランを申請して、認証される。


 準備は整った。




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