第三十二話:相棒
26/04/03 誤字脱字の修正
2167年5月22日 14時50分 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内キャンプ
大きな爆発音から始まった戦闘は今も続いているようだった。
響き渡る銃声が途絶えて数分。
クレーター内のキャンプ地にもその音は届いていた。
戦場まで2キロほど。
更には、お椀のような構造のクレーター内の銃撃戦の音は、大きくはなくとも、その内側に響き渡っている。
「二佐…ジェイ…」
高山がユニットハウスの中で西の方角を見ながら小さく呟く。
そこにメイヴィス中尉がやってきた。
「ニールセン大尉は?」
高山の問いかけにメイヴィスが答える。
「大尉は残念な結果に。ですが、被害は最小限のようです。両少佐とも影響はなかったと聞いています」
「そうですか…メイヴィス中尉。何とかあの二人を止める方法はありませんか? 二人が戦う理由なんてないはずなのに…」
高山はメイヴィスに訴える。
メイヴィスは静かに答えた。
「大尉。お気持ちは分かります。私もそう思います。
ですが、止める手立てはないとも思うのです。
お二人は互いを認めておられる。だからこそ戦いたいのだと思います」
「そうかもしれませんが、本当に殺し合わなくてもいいじゃないですか」
高山はそう言いながら俯く。
これまで見てきた、二人の会話。
まるで古くからの知り合いのように話をしていた。
その場にいた赤石がポツリと漏らす。
「私が磯谷君に背負わせてしまった。それこそ彼だけなら、どうとでもできたんじゃないかな。
私が彼にとっての人質になってしまった…」
「それを言うなら私も同じ。あの軍人さんは私に生きることを示してくれた。
きっと…きっと何か方法を見つけてくれる」
その場にいた相馬も伏し目がちに言った。
それを見て高山は少し軽い声で言った。
「二佐は時々魔法使いのようなことをしますから。きっといい方法を見つけてうまく収めてくれます。
お二人に責任はありません。メイヴィス中尉もそう思いますよね?」
メイヴィスは高山の無茶振りを、その意図を汲んで笑顔で答えた。
「ええ、そうですね。きっとそうです。今は待ちましょう」
そう答えながらもメイヴィスは思う。
今の二人はどちらも譲れない一線と戦っている。
その結果は…ハッピーエンドにはならないだろう。
同刻 クレーター西南西、外縁部
「凧を転がして使っていたのか。確かにこれならタイプ55の操作範囲を広げられる」
撃破した55式の残骸の足元にある凧をM24で踏みつぶしながらヘンドリックスは言った。
凧のセンサーで、こちらの位置を把握しているはずだ。
残り2機の55式でどう動く…
少し考えてから、ヘンドリックスは前進を始めた。
ニックもそれに続く。
この先に60式がいることは間違いない。
決着をつける時がそこまで迫っていた。
60式の中で磯谷はプロファイルの変更作業をしていた。
手持ちの戦力は残りわずか。
それを有効活用するために必要な手立てだ。
幸い、ヘンドリックスは気づいていないようだ。
詰めの一手には使えるかもしれない。
その作業と同時に、クレーターの内側の急勾配部分を、慎重に55式を移動させる。
重量のあるM24は頂点より外側を移動してくるはずだ。
原始的な方法だが、それゆえに気づかれにくいと考えていた。
「問題は動けなくなったM24に見つかって連絡が入ることだが…」
無力化したとはいえ、破壊したわけではない。
M24のセンサーが正常に動き、55式の動きを捉えたら、奇襲は成立しない。
硬化弾を使ったツケのようなものだった。
プロファイルの変更作業が終了する。
そのプロファイルを使って55式を起動させた。
「使えるな。これならいける」
磯谷は55式の移動に専念した。
早すぎず、発見されないように、慎重に進めた。
ヘンドリックスは先ほどの地点から100mほど移動している。早ければそろそろ60式が目視に入る可能性がある。
60式はそれ程大きくはない。
だが、その基準はあくまでもXM604やM495と比べての話だ。
M1167よりは十分に大きい。
センサーは動いているがノイズが混じり、クリーンな状態とは言えない。
だが、これは磯谷も同じだ。
先手を打てば、勝利は確実になる。
そう思った時に前方で爆発が起こった。空中だ。60式ではない。
「何だ?」
思わず声が出る。
続いてもう一度、爆発が起こる。
センサーが300mほど先から上空に上がる凧を捉えた。
凧は西の方角に上昇しながら進んでいく。
「何が起こっているか分からんが、60式は何かと交戦しているようだ。さっきのはミサイルを打ち落としたんだと思う。
周囲を再警戒しろ!」
ヘンドリックスがそう叫ぶと警報が鳴る。
何らかのレーダー掃射を受けた。
反射的に機体を左に向け、ミニガンを構える。
「ATM!」
ニックの声が響いた。
ヘンドリックスはすぐに引き金を引いて、迎撃を試みる。
レーダー掃射の解析をAIが行っており、かなり正確な射撃で打ち落とすことに成功する。
だが、破壊されたミサイルの陰からもう一発接近してくるのが見えた。
ニック機を狙っているようだ。こちらに誘導のレーダー波は当たっていない。
ニックも迎撃を試みているが、肩関節の可動域が足りず、仰角が取れないようだった。
「ニック! 伏せろ!」
ヘンドリックスが叫ぶ。
ニックはM24を伏せるが、ミサイルの誘導は切れていない。
ヘンドリックスはミニガンを撃ち、ミサイルの迎撃を試みたが当たらない。
「二ィィィック!」
絶叫に近い叫び。
だがヘンドリックス達に忍び寄っていた影がニック機の前へと走って飛び出した。
ニック機に直撃する前にその進路に55式が飛び出し、直撃を受けたのだ。
55式は無残に四散し、部品があたりに散らばる。衝撃でニック機もクレーターの内側に転がり落ちた。
ヘンドリックスは周囲を確認する。
55式はあと1機いる。
警戒するが、見当たらないようだ。
カン、カカカカカン
甲高い金属音が響く。
60式のコイルガンが、掃射される音だ。
それだけでなく60式が銃撃を受け、装甲板に当たる音だ。
ヘンドリックスは急ぎその音の方向へと向かった。
磯谷は接近してくるATMを空中で撃破、2発目も迎撃に成功した。
すぐに凧を上げる。一方、クレーターの内側を移動させていた55式は2機のM24がいると予想した地点に到達している。
センサーが使えない以上、計算と勘でしかない。
だが磯谷に迷いはない。
ここで当たりを引けば数的優位が確立する。
そう考えて55式を操作して一気に崖上に上げる。
予想よりもM24は60式に接近していた。
幸運にも、2機のM24の背後を取った形。その距離僅か6m。
磯谷は全速で55式を接近させた。
55式がセンサーミサイルを感知すると、目の前で1機のM24が地面に伏せる防御姿勢を取った。
急遽ターゲットから移動方向を変えて、伏せたM24の脇へと飛び出す。
「直撃はさせない!」
叫ぶと同時に55式は大きく飛んだ。
そしてミサイルがM24へ直撃するのを妨害することに成功した。
凧のセンサーが地上からの銃撃を感知している。
赤外線でそこに人間が存在することが確認できた。
ここも磯谷は迷いなく、60式の20㎜ターレットを連射する。
携帯用ATMをまだ持っていれば、こちらが危険だ。
脅威を排除する。
凧に複数の銃弾が当たり、上空からのデータが消えた。
60式をゆっくり前進させて、掃討を続ける。
そこにいる兵士が何者か知らない。攻撃してきた事実は消せなかった。
程なくして脇からミニガンの発射音が聞こえてくる。
おそらくヘンドリックス隊のM24。作戦行動を止めていないということは、最後に残った1機がヘンドリックスということだ。
確認できる最後の一人を打ち倒す。
磯谷はターレットをM24に向ける。
ヘンドリックスもミニガンをM60に向けていた。
二人の距離は50mほど。撃てば外す距離ではない。
磯谷はミニガンの発射音を聞いていて、最後の一人が倒れる前にM24の銃撃が止まったことに気づいていた。
ヘンドリックスから通信が入る。
「ロシア兵の生き残りに邪魔をされるとはな」
「だが、これは俺もお前も同じ条件だ」
「ああ、違いない。どうした、撃たないのか?」
「撃つ必要がない。お前は弾切れだ」
「試してみるか?」
「そうだな」
磯谷はそう言うのと同時に60式を全速力で後退させた。
ヘンドリックスもほぼ同時に引き金を引く。
M24のミニガンが数発発射され、60式の胴体に命中。ターレットも破壊する。
後退と同時に降車した最後の55式が猛然とM24に突進した。
55式は手にしたコイルガンを連射。M24の足に銃弾が集中する。
「この期に及んで非殺とは、いくら何でも甘すぎる!」
20㎜の徹甲弾は脚部装甲を破壊したが、足の駆動を破壊することはできなかった。
M24が手にしていたミニガンを大きく振って、激しく55式を殴打。重量の軽い55式はそのまま転がる。
ヘンドリックスはそのまま55式に突進し、倒れこむように55式を拳で殴打する。
55式の胸部は酷く変形して、動きを止めた。
すぐに60式を探すとクレーターの内側に落ちるように刺さっており、クローラーが空転し動けないようだ。
「今度こそ終わりだ。それとも出てきてM24と殴り合ってみるか?」
ヘンドリックスがゆっくりと60式に近づくと、60式上部から凧が一機、発進した。
「何の真似だ? そのドローンには攻撃力はないし、ぶつけたところでダメージにはならんぞ?」
「なに。奥の手は最後まで隠しておくから奥の手なんだよ。ヘンドリックス。お前は強いが、無駄話が多いな。それで足元をすくわれる」
ヘンドリックスは安っぽい挑発だと思った。
大人しく出てくれば、せめて銃弾一発で終わらせることができるのに。
そんなことを思った次の瞬間、M24がセンサーの掃射を受けたことを警告する。
「何だと? まだロシア兵が…」
周囲をチェックしようとM24のセンサーを最大出力にする。
掃射はクレーターの内側からだった。
がくんと強い衝撃を感じる。
足の駆動が死に、その場に膝をついてバランスを保ち転倒を免れる。
そして目の前で信じられないことが起きた。
助手席から55式が1機、飛び出してきた。
新品同様の外見。だがその55式は片足を引きずるようなぎこちない動きを見せる。
動きは早くない。だが、動けないM24よりは遥かにマシだった。
確実に近づく55式。両足の駆動をやられているM24はバランスを取れず、腕を振り回すこともできない。
55式は腰の超音波ナイフを抜くと、M24の肩関節基部に突き刺し、一度鞘に戻す。
ブレードを取り換えて左腕の肩関節基部に同様に突き立てた。
M24は腕も足も駆動を殺された。
「なぜだ。稼働可能な55式はすべて破壊した。なぜ55式がある?」
「お前の見積もり間違い…ある種の誤算だ。
この55式は今回一度も使っていない、改修が間に合わなかった機体だ。オーバーホールが必要だが、動かないわけじゃない。
M24の足を打ち抜いたのは、お前も見ただろう。腕一本、頭と上半身だけの一見廃棄品だ。
それでも動くには動く。もっとも、2発目はないがな」
「そんなものを戦力として計算したのか…」
「俺が55式を使うといった理由を覚えているか?
こいつは枯れてる。多少壊れていても、それなりには使えるんだ。付き合いが長いからな」
「初めからこうなることを予測していたのか?」
「まさか。ある種の保険だ。使わずに済むなら使わなかった。さて、ヘンドリックス。勝負はついたと思う…いくらお前でも55式と殴り合いはしないだろう?」
「ああ。しない。少し時間をくれ」
そう言ってハッチを開けると、通信機で話すのが聞こえる。
「ジャクソン。すまんな。後の指揮は任せる。メイヴィス、補給車両を出して、転がってる連中を回収してくれ」
返事を待たずヘンドリックスはボリュームを絞り、磯谷に話しかけた。
「これでOKだ。イソガイ、感謝する。お前は俺の部下を一人も殺さなかったどころか、貴重な手駒と引き換えに守ってさえくれた。
完敗だ。最後に戦えたのがお前でよかった」
「何を言っている?」
「お前は勝ったんだ。撃てよ。じゃないと勝負は永遠に終わらん」
「勝負はついた。お前は俺の敵ではない。戦友だ。殺す理由はない。それに、俺は自衛官だ。敵を殺すのが仕事じゃない」
「それがお前のプライドか。お前は…本当に頑固者だな」
「お前が死ななければならない理由はない」
「俺は任務に失敗したんだ。すでに死んでいてもおかしくない状況だろ。相手がお前だった、だから俺はまだ生きている。それだけの理由だ」
「任務失敗くらい何度でもすればいい。生き恥を晒すのが嫌だとか抜かすな」
「俺は軍人だ。
多くの任務について、同僚や部下を失ってきた。どいつもこいつもどうしようもない連中だったが、それでも体を張って任務をこなしてきたんだ。
自分だけ命をかけた任務に失敗して、じゃあもう一度って訳にはいかないんだよ。
そこは曲げられない。曲げちゃいけないんだ」
ヘンドリックスの言葉が磯谷に重くのしかかる。
その言葉の意味が磯谷には理解できたからだ。
返す言葉の見つからない磯谷に、ヘンドリックスは続ける。
「なあ、イソガイ。楽しかったな」
「ああ、ヘンドリックス。俺もだ」
「もういいな。じゃあな、相棒」
ヘンドリックスは腰の銃を抜き、自らのこめかみに当てると迷いなく引いた。
乾いた銃声がクレーターに響く。
磯谷は身動きの取れなくなった60式から何とか這い出すと、ヘンドリックスのM24に近づいた。
ヘンドリックスを見た時、思わず涙がこぼれた。
「自分の頭打ち抜いたやつが…笑ってんじゃねぇ…」
そう呟くとヘンドリックスを肩に担ぐ。
磯谷はそのままキャンプに向かって歩き始めた。
途中、補給車に回収されたジャクソンが声をかけてきた。
「イソガイ少佐、お乗りください」
磯谷はジャクソンに視線を向けると、少し小さな声で言う。
「せめてキャンプまでは俺に運ばせてくれ」
ジャクソンは無言のまま何かを考えてから、答えた。
「分かりました。お邪魔はいたしませんから、同行させてください」
「貴官にもその権利がある。好きにしたらいい」
そう言って磯谷は歩き始める。
その様子を見ていたジェンキンス、カサノヴァ、トムもそれに倣い歩き始める。
ニックもそれに加わりたいと申し出たが、ジャクソンが許可しなかった。
命に別状はなかったものの、数か所の骨折が認められたからだ。
無言のまま男たちの葬列は歩き続けた。




