第三十一話:追跡
26/04/03 誤字、一部文章のねじれの修正
2167年5月22日 13時58分 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内キャンプ
「バギーを出せ! タイプ60を追跡するぞ」
ヘンドリックスの指示で2台のM1167機動戦闘車は砂塵を巻き上げて走り始めた。
前方へと続く、クローラーの痕跡を追いかける。
クローラーの痕跡は真っ直ぐに南西方向に延びていた。
「少佐。このままずっと追いかけっこってことはないですか?」
M1167を操縦するトムが問いかけた。
「ああ、ないね。まあ、仕掛けてくる場所も一か所しかない。
巡航速度はタイプ60よりもバギーの方が速い。どのみち追いつく。走りながらの戦闘は奴にとって圧倒的に不利だ。タイプ60には十分な装甲もないし、火力もない。
タイプ55を使うことが勝利条件になる。
同じ理由で待ち伏せする場所も一か所しかない。
クレーターの縁を遮蔽に使って60を隠しながら、55で戦う戦術しかない。それ以外を選択するようなら、馬鹿以下だ」
ヘンドリックスは高揚感を感じていた。
イソガイと全力で戦える。手加減なしで。
それは彼にとって待ち望んだ機会でもある。
イソガイを殺したいわけじゃない。だが、奴に勝ちたい。
ヘンドリックスはこれまで2回、演習とスパーリングという形で負けている。
だからこそ実戦で力比べをしたかった。
言い訳のできない戦いを。
彼の本能的な欲求だった。
「いるな。どこだ」
ヘンドリックスはM1167の速度を落とさせる。
少し迷いが生じる。
速度の出ない登り斜面で、おそらく一斉掃射を仕掛けてくるはずだ。
上空に凧は上がっていない。
走行痕を追ってくるのは分かっているはず。
だが、その走行痕に沿って斜面を登るとは想定していないだろう。
右か、左か。
「前方、走行痕上に何かあります。タイプ55……残骸のようです」
「重量を軽くするのに、捨てたんでしょうか?」
発見したトムとジャクソンがそう言う。
「敵は正面、クレーターの縁の向こう側で待ち伏せしている。M24降車!」
ヘンドリックスはそう判断してM24を展開させた。
続けて指示を出す。
「バギー2、正面頂点に真っ直ぐATMをぶっ放せ!」
指示を受けたトムが走行痕が見えなくなる頂点付近を狙ってミサイルを発射する。
着弾のわずか手前で、ミサイルは打ち落とされたようだ。
「いる。間違いない。半包囲を敷くぞ。左右に広がりながら前進。撃ってくるからな。十分注意しろ」
ヘンドリックスがそう指示を出して、自らのM24も斜め方向に前進を始める。
そのタイミングで通信が入った。
「少佐。ニールセン大尉がXM604でそちらに向かった模様です」
声の主はメイヴィスだ。
制止しなかったとは思わない。それを振り切ってニールセンはこちらに向かったのだろう。
ヘンドリックスは苛立ちを隠さずに、通信機に怒鳴る。
「ニールセン! 聞こえてるな。直ちに引き返せ。これは命令だ!」
ニールセンは答えなかった。
XM604のコクピットでその声を聞いているのかすら怪しい状態で、一人なにかを呟いていた。
「私が邪魔だと? どいつもこいつもイソガイイソガイイソガイ! あいつをやれば私の評価は変わる。少佐も評価を変えざるを得ない!」
その目にはある種の狂気が宿っているようにすら見えた。
「ニールセンめ……俺の戦いに泥を塗る気か!」
応答しないニールセンに苛立ちを隠さないヘンドリックス。
ジャクソンが通信を入れてくる。
「ニールセンが当該戦闘域に入りますと、少佐の提示した条件が嘘になります。
重火器を保持した上での命令無視。
自衛要件・反乱要件を満たします。場合によっては破壊もやむを得ません」
ヘンドリックスは少し考えて次の指示を出した。
「全員一度ゆっくりと後退しろ。こちらの事情で作戦を一時中断する。向こうは知らんから撃ってくるかもしれん。十分に注意しろ。
ジャクソン、気遣いに感謝するが、俺がやる。周囲の警戒を怠るな」
60式の指揮官席で磯谷は2番機のモニターでヘンドリックス達の様子を確認していた。
小さな手鏡を手に持たせた55式を地面に寝そべらせた状態にして、砂丘のてっぺんから下側を監視していた。
「一度引くのか? 戦力の分散がまずいと気が付いたか?」
独り言を呟く。
磯谷もまた判断に悩む。
今の隊形がばれたのなら、フォーメーションを変えるべきだが……
60式は中央に陣取っている。
そして中央と左右に2機ずつの55式を展開していた。
ヘンドリックスはこちらが戦力を集中させていると予想するだろう。
その裏をかく形で配置した。
もちろんリスクは大きい。
一点集中で戦力を投入されれば、火力で押し切られ各個撃破されてしまう。
M24と同数の55式では、勝負にはならない。
分断されずに数的優位を確保しなければ、勝ち筋はない。
どうする。
自問してから磯谷は凧を一機低空に上げて、そのまま地面に降ろす。
それから60式をクレーター時計回り、ヘンドリックス達から見て右側に移動させた。
「ニールセン、聞こえているか? 貴様の行為は命令無視だけでなく、危険と判断される。すぐに停車させろ!」
ヘンドリックスはそう叫ぶが、返答はない。
XM604の前照灯が見える。
減速する気配はない。
「ニールセン、止まれ! 最後の警告だ!」
「私の邪魔をするのか! そこをどけ! どかないとひき潰す!」
ニールセンの返答。
ヘンドリックスはトリガーを引いた。
「このくそがぁぁ!」
M24が腕に持ち構えていたミニガンを一斉掃射する。
装填されているのは高性能火薬を用いたタングステン弾。
薬莢をばらまきながら、派手にXM604の正面に次々と当たる。
防弾性能を持つフロントウインドウが砕け、車体前面がぼこぼことへこみを作る。
前照灯も消えているが、それでもXM604は止まらず直進してくる。
ヘンドリックスは構わず連射を続ける。
弾切れになると同時に、センサーが警告を告げる。
―周辺線量上昇。警告、直ちに退避せよ―
XM604が融合炉に致命的な損傷を受けたサインだ。
そのメッセージを確認すると、XM604がM24に衝突する直前に横に飛んで回避する。
XM604は急減速し、停止した。
「少佐、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。バギーに戻る。弾切れだ」
少し距離があるが、その様子は磯谷も監視していた。
「ニールセン大尉か。それをM24が撃破して止めた……」
何が起こっているのかまでは分からない。
だが、M24の行動から、命令を無視して行動した結果であろうことは予想できた。
磯谷は再び考える。
ヘンドリックスは戦法を変えてくるか……
思わぬ乱入で、心理戦は混迷の色を濃くしていく。
「OK。障害は排除した。作戦を続行するぞ」
「少佐。イソガイ少佐は位置を変えたのではないですか?」
ジャクソンがそう告げる。
「どうだろうな。今のを見ていたとして……いや、見ていただろう。こっちのトラブルってのは分かっている。
その直前のこちらの動きもな。奴はこちらが行動を変えると考えるだろう。だからこのままでいく」
「了解」
隊形を整えてM24とM1167は前進を開始した。
「クレーター辺縁頂点まで200m!」
「そろそろ来るぞ、防御姿勢のまま前進だ。警戒を怠るな」
コクピット内は緊張に包まれている。
いつ撃ってきてもおかしくない。
「バギー2被弾! 行動不能!!」
「斜面右側より銃撃。バギー2が被弾。硬化弾を食らったようです。前輪駆動部が動かない模様」
「こちらジェンキンス! 右鼠径部被弾! 機体にダメージはありませんが、走行速度低下!」
右に展開させているユニットが攻撃を受けた。右側に敵がいる。
「右の数は分かるか?」
「分かりません。単発での正確な射撃です。一体以上としか」
「左から攻撃確認。少佐、申し訳ない。M1167走行不能。やはり硬化弾です」
不殺で戦力を削ぐ……違うな。最も効果的な攻撃方法って訳か。
標準兵装の20㎜コイルガンではM24の装甲を一撃で貫通させることは難しい。だが、硬化弾なら当たれば破壊できなくとも動きを制限できる。
ヘンドリックスは毒づき、ジャクソンのM1167を狙ったと思われる55式を捕捉し、弾丸の雨を降らせる。
おそらく数発は当たった。
破壊できたまでは分からない。
位置を変えながらかなり正確な狙撃を行ってくる。
「数を悟らせないためか……正面からも来るぞ! 敵は3隊に分けている。全力で詰めろ! 火力で圧倒する!」
そう指示を出すと、M24の各機は3正面にそれぞれが弾幕を張りながら前進する。
「正面から1機。高速移動で接近中。ジェンキンス! 狙われているぞ!」
正面から勢いよく、砂煙を上げながら55式が接近してくる。
斜面を滑り降りるスノーボーダー。それはは機械兵では出し得ない速度で、動きの遅くなったジェンキンス機を狙った。
二発、三発と硬化弾が命中する。
速度を落とさずに動けなくなったM24に肉薄し、すれ違いざま、片手でナイフを振るった。
ナイフはミニガンを握っていた腕を肘関節から切断した。
装甲の無い可動部を的確に切り裂いたのだ。
その衝撃でM24は転倒する。
だが、それだけで終わらなかった。
55式改は右斜面を登るカサノヴァ機の背後へと、斜面を登って接近する。
カサノヴァ機は振り返り射撃を開始するが、同時に砂丘の上からの射撃を数発受ける。
硬化弾は着弾と同時に関節可動域を大きく狭める。
カサノヴァの放った銃弾は数発55式改に命中した。
破壊には至らない。
速度を落とさず接近してくる55式に、カサノヴァは照準を合わせられなかった。
55式改はしゃがみ込みながら、その鼠径部にナイフを突き立てた。
甲高い金属音を上げ、ナイフはそのまま突き刺さる。
入れ替わるように55式改が停止する。
数発の硬化弾がカサノヴァ機を捕らえ、その行動を完全に封じた。
ヘンドリックスは巧みに移動速度を変えながら、タイミングを合わせて足を止めて射撃していた。
射撃する際には両ひざをついた姿勢で、片腕は鼠径部を保護する。
そうすることで足への被弾を回避した。
数回の射撃で左サイドからの銃撃が止まる。
ヘンドリックスは手応えを感じていた。排除できたはずだ。
左腕の自由がかなり利かないが、動けないわけではない。
ニック機は正面に一機の55式しかいないことが幸いして、持ちこたえている。
ポジション的な不利はあるが、火力で均衡を保っていた。
ヘンドリックスは素早くクレーターの頂点に沿って移動する。
ニック機が右の2機から攻撃を受ける前に正面の一機を排除する必要がある。
全速力での移動。
同時にニックに連絡を入れる。
「進路を左に取れ。右から来る奴からの死角になる」
その声に素早く反応し、ニック機は斜面を斜めに上り始めた。
ほぼ同時に55式が寝そべった射撃状態から立ち上がろうとしているのを視界にとらえた。
ヘンドリックスはミニガンを連射する。
タングステン弾が数発、55式を貫通し、立ち上がれぬままその場に崩れ落ちた。
「ニック、損傷状況は?」
「機体にダメージはありません。ただ右肩の自由度がかなり制限されています」
ヘンドリックスは前方を監視しながらゆっくりと前進する。
ニック機が砂丘の上に上がると一度停止した。
「ニック、すまん。ミニガンを交換してくれ。残り弾数が心もとない」
「了解です。こちらも十分とは言えないかもしれませんが」
手にしたミニガンを取り換え、残り弾数を確認する。
残り180発。使っていたミニガンよりも5割は多い。
「15トリガー分ってところか。残り55式が2機。60式までとなるとギリギリだな」
だが、戦力としてはこちらの方が有利だ。
クレーターの縁の一番高い場所に上がった上で、戦力が上なら勝利できる。
想定した条件を満たしていた。
これは推測だが、おそらくは硬化弾はもうそれほどは残っていないはず。
そもそも大量に用意されている弾丸ではない。
未知数だった55式の改良型も停止している。
ヘンドリックスは60式がいるであろう方向へとM24を進めた。
十分に周囲を警戒しながら。




