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第三十話:命令

26/04/03 誤字、表現の修正



 2167年5月22日 13時 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内キャンプ


 撤収作業は順調に進んでいる。

 ユニットハウスに広げられていた荷物は積み込まれ、ユニットハウスも移動中に使用していた生活部分以外は片付けられている。

 これからの長旅に備え、各車両も最終整備が行われていた。


「高山、60式は大丈夫か?」


「はい、各部点検終わりました。問題なしです」


 磯谷はいつも通りに高山に声をかける。

 高山はいつも通りに答えていた。

 一山超えたか……いや、まだだな。

 磯谷はそう思った。

 これは必要な時間だ。慌てることはない。

 時期的には帰り道で融合炉のメンテナンスが必要な時期ではあるが、途中でメンテはないな。嵐にあったら最悪だし、帰るだけなら十分持つだろう。

 磯谷はそんなことを考えていた。


 程なくして全員が集まるように通達される。

 ヘンドリックスからの連絡だと、お疲れ様の前祝いだそうだ。

 護衛部隊だけでなく、補給隊も、研究者チームも一堂に会していた。


「帰ってしまうと、全員で揃う機会もないだろう。

 いい機会だ。酒をふるまう訳には行かんが、気持ちばかりの休憩を取ってくれ」


 ヘンドリックスがそう口にすると、デルタの隊員のあたりからヤジが飛ぶ。


「そこは酒も飲め、無礼講だっていうところでしょ!」


「普段から無礼講な癖に黙ってろ!」


 ヘンドリックスが言い返すと隊員たちはどっと笑った。

 ヘンドリックスはそのまま話し続けた。


「まあ、何だ。その前に任務が残っててな、DR.ソウマ。こちらに来てもらえないか?」


 突然の指名に相馬は戸惑ったが、研究者チームに促されて前に出る。


「あと、イソガイ少佐、MR.アカシ。二人もだ」


 そう言われ、3人並んでヘンドリックスの前に立つ。


「実に言いにくいことなんだが、今回の作戦で、俺は合衆国最高司令官の署名入りの命令書を受け取っているんだ。

 命令書にはこう書かれている。

 作戦参加者のうち、米国籍を持たぬものは秘密漏洩の危険を排除するために排除せよ。

 だそうだ」


 周囲がざわめく。真っ先に大声を上げたのはハイマン博士だった。


「少佐! その件は先に―」


 ヘンドリックスは素早く銃を抜くと上空に向けて引き金を引いた。


「DR.ハイマン。口をはさむな」


 強い命令口調でヘンドリックスはそう告げる。

 その間に磯谷は赤石と相馬を自分の後ろへと移動させた。


「俺も乗り気って訳じゃない。だが…汚れ仕事だろうと、それが命令であるなら遂行する」


 ヘンドリックスがそう言うと、磯谷が口を開いた。


「なるほどな。それが気の迷いの原因か」


 磯谷はヘンドリックスとのスパー後の会話を思い出していた。


「まあ、そんなところだ」


 ヘンドリックスは短く答える。

 すると脇にいた高山が磯谷の前に立ち、ヘンドリックスに言う。


「考え直してください少佐。あなたの行いは正しくない」


「シンジ。お前は口封じの対象じゃない。だがそこに立つなら一緒に排除するしかなくなる。そこをどけ」


 強く圧力をかけた言葉が高山に向けられるが、高山はひるまなかった。


「どきません。正しくないことを正しくないと言う。自分は間違っていない」


 すると相馬が口を開いた。


「兵隊さん。あなたは死ななくて済む。ここであなたが死ぬのは合理的じゃない。

 この場所にはすべてがあった。何にも縛られなかった。ここは私の場所。ここで死ぬのは悪くない」


 それを聞いた磯谷が相馬の手を強く引き、強い口調で話しかける。


「あなたは生きるべきだ。まだ研究の途中なんでしょう? それを調べ続けたいはずだ。

 少なくとも、死んでもいいなんて言わないでくれ。多くの人が死んだ。きっと、生きたいと願ったはずだ」


 磯谷の真剣な表情に、相馬は脱力する。

 そして小さく震える声で呟いた。


「……まだ死にたくない。今は死ねない」


「大丈夫だ。私はそのためにここにいる」


 磯谷は笑顔で答えた。


「さて。俺としては嫌な仕事は早く終わらせたいんだ。イソガイ、言い残すことはあるか?」

 

 そう言うとヘンドリックスの後方にいたメイヴィス中尉が声を上げた。


「少佐。タカヤマ大尉が言ったように、これは正しくありません。

 彼らは我々の協力者で、きわめて有能です。彼ら抜きではこのミッションは達成不可能だった。

 功労者である彼らを、情報漏洩の可能性だけで処断するのは、誇りある米国軍人として見過ごせません!」

 

「いい演説だ。お前が偉くなった時に部下に言ってやれ。

 さっきも言ったが、これは上層部での決定事項、命令なんだよ。

 一度命令が出た以上、それは遂行されなければならない。それが軍隊の規律だ。

 部下に死ねと言わなきゃならんのが軍隊だ。それくらいの分別はつけろ」


「ですが、民間人の殺害は明らかな違法行為です。我々はその命令に従えません」


 食い下がるメイヴィスにヘンドリックスは笑いながら答えた。


「ああ。お前らにやれとは言わん。俺がやる。そこで黙って見ていればいい」


「この件に関しては私が少佐を止めても問題ないケースだと判断します」


「やってみるか? これは軍の指揮系統の問題でも、単純な戦争犯罪でもない。お前の言う理屈は正しいが、正しいから認められるとは限らない。それが政治だよ」


 ヘンドリックスとメイヴィスの視線が交錯する。

 そこにジャクソン大尉が割って入った。


「部隊そのものを危険にさらすわけには行きません。メイヴィス中尉、ここはヘンドリックス少佐の邪魔はすべきでない。

 一方で、ヘンドリックス少佐。我々も目の前で行われる戦争犯罪を見過ごすわけにもいきません。それが表立たない軍の命令であればこそ、なおさらです」

 

「ジャクソン。だったらどうする?」


「少佐。これが少佐同士の私闘であるなら、与り知らぬで通せるでしょう。我々は何も知らない。何も見なかった。少佐ご自身が一人で行われる分には軍規は重要ではありません」


「もっともな意見だな。さて、イソガイ。お前の意見を聞こうか。どうやって生き延びる? どうやって民間人を守る?」


 磯谷は必死に考えていた。

 この場でヘンドリックスと組み合い、拘束すればこの場はしのげるが、帰還後の脅威は取り除けない。

 ならヘンドリックスを拘束して、我々だけ逃亡する。この線が一番有効に思える。

 だが、この流れが茶番にも見える。

 ヘンドリックスの正しい動きを想定するなら、交戦中の事故に見せかけて殺害するか、単独で夜間にでも口封じを行う。

 ……隊の誰かが疑われることになるのを避けたのか。

 だが、自らの受けている密命を開示する理由が分からない。それこそ隊を割ってしまいかねない。

 なぜそんなリスクを…。


「私闘、というなら決闘を申し込む。条件は少佐が決めればいい。それで勝ったら俺たちは隊を離脱し、好きにさせてもらう」


 わざわざ相手に有利になる条件を提示するはずはない。だが、可能性を上げるために必要だし、磯谷はカマをかけたかった。


「決闘か。それも面白いな。俺はフェアな男だ。条件もフェアにしないとな。

 お前が負けたら、俺は遠慮せずにアカシとソウマを射殺する。

 お前が勝ったら好きにしろ。

 お前から60式を取り上げたら何も残らんからな。お前は60式と搭載している55式を使え。

 俺は…そうだな。バギー2台と搭載したM24が合計4台。60式を直接攻撃できるのは俺が乗るM24だけ。戦力バランスは対等だ」


 磯谷は確信する。

 私闘を持ち出したジャクソンはヘンドリックスの意図を汲んでの発言だ。

 ヘンドリックスは俺との決闘を望んでいた。

 そこまでは理解できる。

 だが、なぜ。


「話は決まった。そうだな。一定距離から、レディ&ゴーで始めるのは面白くない。

 30分やる。お前は好きなところに移動して準備するといい。

 俺たちはお前を追撃する。どこで始めるかはお前に選ばせてやるよ」


 ヘンドリックスは磯谷の顔を見る。

 磯谷は微動だにしなかった。


「どうした、これじゃ不満か?」


 磯谷は考え続けていた。

 結局何もわからない。

 だが、そこに明確な事実が存在した。

 チャンスを与えられた。

 磯谷は無言のまま、ヘンドリックスに頭を深々と下げた。


「何してるんだ?」


 それを見たヘンドリックスが問うと、その姿勢のまま答える。


「貴官のご厚意に心から感謝する」


「馬鹿かお前は。俺はこの後お前を殺すと言ってるんだ」


「たとえそうであっても。貴殿に感謝しない理由にはならない」


 そう言い姿勢を正すと、ヘンドリックスの後ろに並んでいるデルタの隊員たち、補給隊の兵士たちに向かって折り目正しく敬礼をする。

 そこに立っていた兵士たちは姿勢を正して敬礼を返した。


「高山。後を頼む。活路は必ず作る」


 そう短く告げて、その場から歩いて去った。


「さあ。祭りだ。人を殺せとは言わん。イソガイの操る55式と戦ってみたい奴、前に出ろ!」


 ヘンドリックスがそう言うと8名ほどが一歩前に出た。


「向こうも本気で来る。命の保証は出来んぞ?」


 8名の兵士は表情を変えず、微動だにしなかった。


「よし。ニック、ジェンキンス、カサノヴァ。M24をスタンバイだ。ジャクソン、トム、M1167のドライブを任せる。

 メイヴィス。ここに残る兵の指揮を任せる。俺たちの本来の任務、護衛を忘れるな」


 呼ばれた兵士たちが次々と準備に向かう。


 その中でメイヴィスだけが、呼ばれても動かずにいた。


「メイヴィス、どうした。俺の命令はもう聞けんか?」


「いえ。私は分隊長を解任されるものとばかり……」


「俺が、まともな意見で上官に文句を言える貴重な人材を首にする馬鹿に見えるか?」


「いえ。決してそのようには」


「ならいい。後は頼むぞ」


「了解」


 メイヴィスがそう答えると、一人の男がヘンドリックスの前に出てくる。


「ニールセン大尉。何か意見でもあるのか?」


「いいえ、意見はありません。ですが、自分も少佐の攻撃支援に参加を希望します」


 姿勢を正してそう言うニールセン。

 だがヘンドリックスはあっさりと切り捨てる。


「戦力はさっき決めた。いまさら変えられん。それに今回はXM604もパラディンも邪魔になる」


 ヘンドリックスも出撃の準備のためその場を去ろうとする。

 今度は高山と目が合う。


「シンジ。何が起こっても恨みっこなしだ」


「少佐、ほかに方法は無いんですか? 二人が直接戦う必要なんてないはずです」


 高山は必死にヘンドリックスに伝える。

 だが、ヘンドリックスの返答はシンプルだった。


「あるんだよ。誰にでも曲げられないものがな」


 ヘンドリックスもその場から歩いていく。

 メイヴィスは敬礼してヘンドリックスを見送った。

 これは少佐が望んだ戦い。止めることはできないんだ。

 そんなことを思っていた。


 磯谷が操作する60式が走り去っていく。

 それを見送りながらヘンドリックスはM24のチェックを行っていた。

 そこに、ジャクソンがやってくる。


「メイヴィスがあそこまで食い下がるとは思いませんでした。危うく少佐のシナリオが壊れるところだった」


「まっとうな男だ。ああいう奴には長生きしてうんと偉くなってもらわんとな。

 あとで俺が誇りに思うと言っていたと伝えてくれ」


「馬鹿なことを言わないでください。

 少佐が勝って戻ってご自身で伝えないと」


「ああ、そうだな。そうすることにする」


「少佐。本当にこれでいいんですか? 今ならまだ……」


「いいんだ。はっきりとじゃないかもしれない。だがアイツも腹をくくった。俺の意図を理解しているよ」


「よくお分かりになりますね」


「ああ、あいつはもう一人の俺だ」


 ヘンドリックスは短く答えて、M24のコクピットを閉じた。

 ジャクソンもその場を離れ、M1167に向かう。


「いいも悪いもない。少佐が選んだんだ。せめてその力になろう」


 ジャクソンは自分に言い聞かせるように呟いた。




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