第三話:救命
2167年2月15日 午前8時ごろ
磯谷はひどい渇きを感じて意識を取り戻した。
首に鈍い痛みを感じるが、折れてはいない。
指揮車は横転したままの状態で、ベルトに自分の体重がかかり、なかなか外せなかった。
ベルトを外すのを一度諦め、椅子に半分吊るされた状態のまま、指揮車の機器類をチェックする。
エンジンはオーバーヒートと燃焼不良で停止していたが、機器類はバッテリーで稼働していた。
空調も動いているが、思いのほか車内温度は高く感じる。
エンジンがかからないこと、車体が横転していることを除けば、機器類は正常に稼働しているように見えた。
通信はノイズがひどく使い物にならない。
搭載されているセンサー類も、機能的には問題ないようだが、計測結果には疑わしい数値が並ぶ。
ー 放射性粒子、強帯電した粒子がセンサー類の動作に影響を与えている模様 ー
画面上には、搭載AIの解析結果が表示されていた。
放射線量自体は大したことはなさそうだ。
磯谷は再びベルトの端を手でつかんで体を保持したまま、バックルのロックを解除して、シートの拘束から解かれる。
指揮官シートから前席に移動すると、天井になっている運転席側の扉を持ち上げるように開け放った。
車体に手をかけ上ろうとするが、
「アツっ」
思わず声を出し、手を放してしまう。
触って焼けるほどではないが、握ればやけどをするくらいの温度はありそうだ。
再び手をかけると素早く車体側面へと昇る。
そしてすぐに車体下へと飛び降りた。
暑い。気温は40度近くあるのではないだろうか。
汗が堰を切ったように流れるが、乾くのも早かった。
かなり砂塵を含んだ風が、渦巻くように吹いている。風向きは安定していない。
視界もかなり悪かった。上空は黒く低い雲に覆われていて、あたりは薄暗い。
ハンカチを口に当て、周囲を見渡す。
駐屯地内は酷い有り様だった。
どこから飛来したのか数本の樹木が格納庫に突き刺さり、数台の車の残骸が転がっている。
そこら中に建築物の破片が散らばり、足場自体がかなり悪い。悪路走行を想定した車でないと移動は難しそうだ。
歩いて機械兵団車両格納庫に向かうと、すぐに60式の車体が見える。
30トンを超える車体は飛ばされずに済んだようだ。
リアの格納スペースは開けられており、機械兵を展開させているようだった。
一番近い4号車から、一人の隊員が降りて走ってきた。
「磯谷二佐! ご無事でしたか!」
「なんとかな。状況を説明してくれ。陸曹」
「はい。駐屯地近辺で発生した強力な下降気流は、甚大な被害をもたらしております。
直撃こそありませんでしたが、飛来した残骸などが次々と建物に直撃し、本部棟は半壊しています。
格納庫類は一応無事ですが、やはり飛来物が多数当たり、建物自体が大きくゆがんでおります。
現在通信障害がひどいため、1から4号車は有線にて機械兵を展開中。開閉不能な格納庫扉の除去作業に当たっております」
「指揮所と連絡は?」
「通信が途絶しており、状況は不明。ただ、指揮所自体はシェルターとして設計されておりますので、恐らく無事ではないかと思われます」
「保護している市民は?」
「生存者は多数確認しておりますが、ほとんどが負傷しており、手当てができません。
本部棟の倒壊によって医療機器が一切使えない状況です。
ですので、兵団の格納庫の開放作業を優先して行っております」
うちの隊は後方支援部隊も残っていて、簡易ではあるが治療を行うための人員も装備もある。
「急ぎ作業を完了させろ。ほかに情報はあるか?」
「4号車にてご確認ください」
歩きながら話をし、この時点で4号車の前まで到達していた。
すぐ後ろで55式機械兵がワイヤーで接続された状態で、格納庫扉の撤去作業を行っている。
助手席側から車内へと乗り込むと、助手席パネルを操作した。
そこで同じく有線接続で上空に上がっている凧からの周囲の情報を確認する。
この駐屯地の状態が、まだマシであったことが一目瞭然だ。
広範囲に吹き荒れた強風は、地上にあった飛ばせるものを片っ端から飛ばし、周囲の建物へ激突を繰り返した。
強度の高かった建築物は残っているが、そうでない建物は飛来物によって徐々に砕かれ、次の凶器へと化したようだ。
倒壊しなかった建築物も、躯体そのものは無事であったが、外装パネルや強化ガラスの窓が枠ごと飛ばされたりと、無傷ではなかった。
何よりその壁面には、あまりに生々しすぎる痕跡がいくつか残っていた。
「半径10キロ以内に強力な下降気流が少なくとも16か所は発生した模様です。これはかなり強力で明らかな痕跡があることで判明している数ですので、実際に発生した下降気流はもっと多いと思われます」
「他の部隊の状況は分かるか?」
「残念ながら連絡が取れません。戦術AIの解析ですと、3時間ほどで部分的に通信が回復するかと。
現在のところ、電波もレーザーもつながらない状態です」
説明を聞き終えて磯谷は助手席のヘッドセットを着け、話しかけた。
「宮西、作業しながら進捗を説明しろ」
「二佐! ご無事で」
「勝手に殺すな、状況は?」
「はい。大きく扉がゆがんでいて、スライドできないので、部分的に切断を行っております。
もう間もなく、車両一台を通せる切除が完了します」
「急げよ」
駐屯地の状況は把握した。奇跡的と言っていいほど機能は生き残っている。
最大の問題は通信が復旧していないことだ。
それまでに出来ることを逐次やるしかなかった。
「4号車、前進します」
ドライバーシートの陸曹が宣言してから、60式は動き始める。
切断した扉部分を2台の輸送指揮車で引っ張り倒すようだ。
数メートル前進後、60式は牽引していたワイヤーを切り離して速度を上げる。
僅かな時間をおいて、ドスンという地響きが聞こえてきた。
磯谷は助手席から飛び降りて、倉庫内に向かう。
「前から順次車両を出せ! 負傷者は倉庫脇に移動させろ。動けるものは本部棟の救援活動に当たれ」
そう声を上げて、中へと進んでいく。
この車両格納庫には、本部棟の指揮所につながる通路が存在する。
磯谷はそこに急いだ。
到着し扉を確認すると、ロックは外れているが、扉の開閉機構が損傷しているようで、重い防護扉を動かすことができなかった。
確認してから格納庫に戻り、47式輸送指揮車に飛び込んで、コントロールシートに座る。
バッテリー駆動でシステムを起動し、すぐに2機の40式機械歩兵を稼働させた。
どれも旧式ではあるが、十分実用に耐える。
機械兵は一般兵士の代替手段として設計されているので、サイズも人間と変わらない。
人間の行ける所へならどこへでも行ける。
管理システムで確認する限り格納庫内は通信が届くようではあったが、万一を考えて有線接続する。
そして磯谷は防護扉前に40式を移動させた。
2機の40式は素早く扉の左右に位置して、その扉に渾身の力を込める。
人工筋肉が熱を出しながら最大出力に達すると、ゆっくりと防護扉は開き始めた。
15秒ほどで一人通れるだけの隙間ができたので、40式を輸送指揮車へと戻す。
それと入れ替わるように磯谷はその扉から指揮所へと向かった。
8時40分 鹿児島県霧島市、駐屯地周辺
磯谷は指揮所で情報の共有を行ってから、第三兵団を市街地へ展開させた。
要救護者の探索と救助、必要なら駐屯地に移送するためだ。
第十二歩兵連隊の支援チームが、駐屯地内に野戦病院を設営し、受け入れ態勢を作りつつあった。
遠く離れた部隊への掩護は現実的ではない。
よって目に見えるところから救助活動を始め、通信が回復するのを待つしかなかった。
捜索開始から10分。
ゆっくりと移動しながら捜索を続けるが、いまだ生存者を発見できずにいる。
この辺りにはそれほど高い建物はない。
都市部に比べれば、人口密集度は高くない地域だ。
それでも町はめちゃくちゃな状態だった。
絨毯爆撃を受けた後のように、建物という建物は瓦解し、そこら中に瓦礫が飛び散っている。
一部ではその瓦礫や、街路樹が燃えていた。
発火温度には達していなくても、そもそも空気が乾くこの時期に熱風を浴び続けた結果、火災になっていたのだ。
下降気流が直撃したと思われる地点の破壊状況はすさまじかった。
直撃を受けた地点は綺麗な円形状に焦げ、破壊され、瓦礫の残留物も少ない。
戦術AIの解析によれば、砂によって削られた形跡があるらしい。
音速に迫る空気の流れに、砂が混じる。
ガラスや金属に模様を描くためのサンドブラストが、吹き付けたようなものだ。
密度がそれほど高くないとしても、音速の砂粒は、サンドブラストなどと呼ぶにはあまりにも危険だった。
これでも比較的小規模の下降気流だと推測された。
近くにある小学校に捜索に入る。
建物はその形状を残してはいたが、窓は窓枠ごと剥がれて、周囲に飛来して猛威を振るったことがうかがえた。
ここも地域の避難所に指定されているはずだが、生存者は発見できなかった。
その状況は…語りたくない。
高温の風にさらされ、飛来物の直撃を受けたことが推測される。
この場を訪れた隊員たちは夢に見てうなされるだろう。
現時点で死体を回収する余力はない。
今は一人でも生存者を探すことが優先された。
捜索開始から20分
建物のがれきの下から鳴き声を聞いたと報告があり、がれきの撤去作業を始める。
重機はないが、こういう現場でも機械兵は十分な能力を発揮した。
最大荷重400㎏は人の能力を超えている。
さらにAIの制御による連動は、その力を何倍にも有効活用させた。
慎重な捜索が必要な場合は、コマンダーが直接操作で1機を集中操作し、微妙な動きで崩壊を防ぎながら瓦礫を撤去した。
確かに子供の泣き声が聞こえる。子供というよりは乳児のそれだ。
僅かな隙間が確認され、その隙間に隊員が一人匍匐で入っていく。その両脇を機械兵が固定し、崩落を防ぐ柱となっていた。
「確保! 両手がふさがって下がれない。ゆっくりと引っ張ってくれ!」
中から声が響く。
その場の他の隊員たちが、中に入った隊員に着けられた命綱をゆっくりと引っ張る。
足から出てきた隊員は、仰向けで、胸に3か月くらいの赤子を抱いていた。
赤ん坊は大量に血液がこびりついていて、軽度の火傷を負っていた。だが、元気に泣いていた。
その場が沸き上がる。
この過酷な状況で、こんな小さな赤ん坊が生き残っていた。
救助活動に当たる隊員たちの、大きな希望となった。
引っ張り出された隊員は、顔を伏せ、声を殺して泣いていた。
同僚が近づき声をかける。
「よかったじゃないか。あの子は助かったんだ。いつまでも泣いてんじゃねーよ」
一向に顔を上げない隊員。
「どうした? 大丈夫か?」
同僚の声に弱々しく答えた。
「あの子供、母親に抱かれてたんだ。母親は倒壊に巻き込まれてその際に下半身を挟まれて…腹部を鉄筋が貫通していた。大量の出血だったんだよ。
そのうえかなりの火傷を負っていた。
それでもあの子を放さなかった。
最後は母親の流れる血が、あの赤ん坊を酷い乾燥から守ったんだ。
泣かずにいられるか…」
同僚の隊員は、そのまま何も答えられなかった。
だが、意を決して口を開く。
「人が死んでよかったなんて言えねえよな。
それでも、赤ん坊は生き延びた。
そして俺たちがそれに気づいた。
きっとあの子の母親が必死になって、死んでも守ろうって思ったからだろ。
少なくとも母親の思いは叶えられた」
「そうだな…」
「さあ、急ごう。こうしている間にも助かる命が消えるかもしれないんだ。国民の命を守るのが、俺たちの仕事だろ!」
「ああ」
隊員はもう一度顔をぬぐってから歩き出した。
この1時間後、市の中核病院で瓦礫の中から103名が救出され、さらに市役所に避難していた921名が保護された。
市の関係者と協議の上、近くの河川沿いの緑地帯にある公園を、臨時の避難場所とすることになる。
重症の患者は駐屯地で治療を受け、ほかは避難場所で過ごすことになる。
急ぎ避難場所の設置が行われた。
11時8分 鹿児島県霧島市国分駐屯地
この時間になって、短距離通信は安定し始めた。上空は黒い雲に覆われてはいたが、気圧は安定し、強風も吹かなくなっていた。
「全部隊との通信確立しました。地域内のデータリンク運用上問題なし」
各隊の被害状況が明らかになる。
一つの中隊がかなり強力な下降気流の直撃地域にいたため、重傷者8名が確認されているが、そのほかの隊員の安否は不明。
他の部隊でも輸送車に避難した隊員たちは半数ほどが失われた。
強風に晒されて激しく転がり、あるいは飛ばされて大きな被害が出ていた。
第十二普通科連隊の中核兵力は三分の一程度しか稼働できない。
それでも警察や消防の状態に比べれば大きな動員能力を維持していた。
警察も消防も自衛隊ほどの強固な格納庫は持っていない。
飛行能力は完全に失われ、車両もまた多くの被害を受けていた。
特に緊急搬送が必要な重症者の救命率が極めて低い状態だ。
病院もその多くの機能が失われてしまっている。
大きな病院や、拠点病院クラスは、かろうじて機能しているものの、完全な状態とは言えない。
被災し被害を出しているうえに、膨大な負傷者に対応しきれていなかった。
物資の底がすぐに見え始める。
近郊の基地や駐屯地との連絡は取れていなかったが、鹿屋に向かっていた部隊は鹿屋航空基地の状況を報告してきている。
基地の損傷、被害は軽微で、条件が整えば運用が可能とのことだった。
その条件というのが、二つあり、一つは格納庫の開閉問題。
国分駐屯地同様に倒壊こそしなかったが、開閉ができず格納庫から飛行機を出せない。
もう一つは激しく散乱した瓦礫が、滑走路上に相当数存在すること。
垂直離着陸機は問題ないが、滑走距離が必要となる輸送機の離着陸は難しい。
これは重機と人手が必要となる。
鹿児島空港はもう少し条件が悪かった。
管制システムが破壊されており、滑走路は比較的無事ではあるが、離着陸をコントロールすることができない。
目視による管制と、誘導システム無しの離着陸。これが可能な人員がいないと空港としては機能しない。
これは現実的ではなかった。
外部から物資を運ぶにしても、本省との連絡がまだ復旧していない。
衛星ネットワークはダウンしたままで、有線もどこが破損しているのかが分からない。
復旧には専門家による調査と修理が必要だ。
いずれにせよ、日本全土が同程度の被害を受けているのであるなら、救援は望めなかった。
磯谷は霧島市近郊で救助活動を指揮しながら、集中力を欠き始めていた。
現場の指揮を執りながら、自らも47式に搭乗し、40式を操作して実作業に当たっていた。
肉体的疲労はさほどでもなかったが、慎重な直接操作と、何より家族の安否が気がかりだった。
現場の作業を一時中断し、62式の指揮官シートで、現状を確認したが、新しいものはこれと言ってなかった。
すべての避難所が何らかの被害を受けている。
防災拠点に指定されているような場所は軽度の被害だが、それ以外は壊滅的だ。
小さな公民館程度の場所は全滅しているケースが圧倒的に多く、避難した人たちのほとんどは、その規模の避難所にいたのだ。
ほぼ無傷で活動できている第三機械兵団ですら、士気の低下が著しい。
行く先々で陰惨な状況を見続けているのだ。
時折奇跡的に生存者を発見することが、かろうじて隊員たちの気持ちを支えている状況。
第十二普通科連隊は少なくない同僚を失ったうえで、同じように活動を続けている。
圧倒的に人手が足りない状況で、精神的にも追いつめられる隊員たちの士気を保てるのか、難しい状況だろう。
ピピっという電子音と同時に、ISYSの画面上に、奄美守備隊、沖縄本島近隣の駐屯地や基地の情報が一気に表示された。
「通信が回復したのか?」
ー 米空軍の指揮管制機が近隣に到着。ネットワークリンクを確立させた模様 ー
戦術AIが状況を分析し、表示している。
「沖縄は被害を受けなかったのか」
磯谷の口から安堵を含む言葉が漏れる。少なくとも日本すべてが壊滅的な被害を受けたわけではない。
彼にとっても希望であった。
「磯谷二佐、こちら国分指揮所、聞こえているか?」
「こちら磯谷、聞こえています」
「米軍より支援開始の連絡がありました。鹿屋を拠点にしたいと思います。第三機械兵団は鹿屋に移動し、滑走路の復旧に当たってください。
あと60式ですが、1台は君たちと移動、残りの3台は出水市、鹿児島市、枕崎市に回してください。電力が不足しています。現地にて電源車として稼働させてください」
「しかし、それではこの地域の救助活動が止まってしまいます」
「…すでに医療物資が不足し始めています。救助できても助けられない状況を避けねばなりません。今生きることも重要です。しかし明日以降も生きねばなりません。
冷徹に聞こえるかもしれませんが、より多くを守るための判断です」
「了解しました。60式を各地区に派遣、第三機械兵団は鹿屋に向かいます」
「頼みます。あとこれも君に伝えておきます。米軍からの情報ですが、南関東は他で発生したほどの強力な下降気流の発生は確認されていないようです」
磯谷は一瞬ホッとしたが、笹川の言葉はそれにとどまらなかった。
「…ですが、1時間ほど前に房総沖でマグニチュード9.6以上の地震が発生しました。本省や官邸は機能しているようですが、被害の全貌はいまだ不明です」
首都圏で大規模地震が一日に2回?
「君もつらいのは理解しています。ですが現地でも君と同じように隊員たちが必死に救助活動を行っています。
酷だと思いますが、みな同じなのです。貴殿が職務を全うすることを希望します」
「了解」
磯谷は短く返答し、通信を切った。
「第三機械兵団各員に通達。速やかに撤収準備! その後に鹿屋航空基地に向かう」
そんなに冷静ではいられない。
それでも冷静にふるまう必要がある。
自分は多くの隊員の命を預かる立場だ。上が動揺していては、隊員たちは仕事ができない。
一人でも多くの命を救うこと。それが自分の家族を守ることにつながる、そう信じるしかなかった。




