第二十九話:報告書
26/04/03 誤字、表現の修正
2167年5月19日 12時 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内キャンプ
60式の周囲にはかなりの人数がいて、各々が作業をしている。
昨日の戦闘で、稼働可能な55式が3機となり、可能な限りの修理が急がれていた。
意外だったのはヘンドリックスが手配して、M24の整備チームを派遣したことだ。それだけにとどまらず、XM604やパラディンの整備チームも派遣されていた。
赤石が指揮を執って、急ピッチで55式の修理作業が進んでいる。
当の赤石は指示を出しつつ、55式の改造機を組み上げていた。
「赤石さん、既存の55式の修理を先に行ったほうが良いのではないですか?」
磯谷の言葉に赤石は首を振る。
「こいつを仕上げる方が早いんだよ。他のはもう少し手がかかる。
それに整備マニュアルがあるからね。私じゃなくても問題ないが、こいつはそうはいかない」
磯谷にそう言うと、急に日本語で怒鳴った。
「馬鹿野郎! そんな扱いすんじゃねぇ!」
米軍の整備兵に向かって言ったようだが、当然通じない。
すぐに赤石は英語で言い直す。
「大声を上げて悪かった。そこはもう少し慎重に扱ってくれ」
磯谷はその様子を見て笑った。
かつて第一機械兵団に視察に来た時の赤石さんを思い出した。
当時も兵団の整備兵から恐れられていた。今みたいによく怒鳴っていたのだ。
一方で、脇で黙々と作業する高山は表情に乏しく、無口だ。
昨日の影響だろう。
気にはなるところだが、磯谷はかける言葉が見つからなかった。
高山も避けては通れない道を選んでいる。
どんな形かは分からないが、高山自身が自ら答えにたどり着かなくては意味がない。
今必要なのは安易な言葉じゃない。時間だ。
磯谷はそう考えていた。
同日 18時
作業は夕刻の休憩に入る。
米兵たちは自分たちの普段の持ち場に戻ったが、赤石は作業を続けていた。
そして、おもむろに磯谷を呼び出した。
「どうしました? 何かお手伝いですか?」
磯谷がそう言うと、赤石は彼の右側にある作業台を指さした。
「できたよ。55式改。早速試運転をしてもらいたいんだ」
「今からですか? 明日でも良いと思いますが」
「何を言ってるんだ? 稼働可能な55式は3機しかないんだよ? 一機でも使える状態にすべきだろう」
正論ではある。だが、赤石の顔を見ていると、正論以外の部分が見え隠れしているように見えた。
早く動くところが見たいだけだな。
磯谷はそう思うが、口には出さない。
「分かりました。ではまず60式のプロファイルを修正しないと」
「ああ、概ね作ってあるよ。各部の動作検証データからの積み上げだからね。操作側からのレビューとブラッシュアップは必須だと思うけど」
「了解です」
手回しが良いな。そう思いながら60式に乗り込む。
確かに8番機のプロファイルが、ウインチから55式改と変更されていた。
磯谷は通信で赤石に確認する。
「有線で起動します」
すると、すぐに赤石が応答した。
「有線でもいいが、安全のため無線で起動してくれ」
安全のため無線?
少し意味が分からなかったが、磯谷は了解した。
「了解。無線で起動します」
一通りのシステムチェックを行うと、いくつか見慣れない項目が存在した。
「赤石さん、このスレッドって項目はなんですか?」
「あとで説明する。まあ、通常の55式の範疇から確認していこう」
そうは言われても少し気になる。
磯谷は55式のモデル図と、そのスレッドの項目がどこに設置されたものかを確認した。
磯谷はそのモデル図を見て少し驚いた。
「これがスレッド……」
表示されたモデル図は脚部が左右非対称で、左足の前面に追加装甲が設置されている。アイスホッケーのゴールキーパーが付けるプロテクターのように見えた。
かかと部分に駆動用のモーター。追加装甲は稼働する仕組みのようだ。
「これはどう使うものですか?」
「あとで説明すると言ったのに、仕方ないな」
赤石の声が聞こえる。顔こそ見ていないが、したり顔で笑っているのが容易に想像できた。
赤石は説明を続ける。
「スレッドを起動すると、脛の部分の装甲板が稼働して足下に移動する。その時、足首を少しだけ上げてやってくれ。じゃないと足にひっかかる。
もちろん足が上がっていないとだめだがね。難点としては試作品だから、見た目は追加装甲だが、大きな衝撃を受けるとすぐに外れる。
外側の可変カム構造で駆動させてるから強度が足りない。試作だから我慢してくれ。
あと、スレッドでバランスを取れば滑走できるわけだが、下り専用ではない。
かかとのモーターをコントロールすると、モーターの位置も可動する。
下ろした状態だとギアがタイヤのように砂を掻いて推進力になる。歩くよりは早いはずだよ。ちゃんとバランスがとれさえすれば」
そこで磯谷は早速試すべく55式改を起動させ、作業台から降ろす。
「ああ、もちろん左右のバランスは均等じゃないからね。そこだけは気を付けて」
慌てて赤石が付け加えた。
地面に立ち上がり歩くと、確かに左が重い。
だが、脚部のパワーが上がっているようで、それほど重さが気にならない。
「55式と比べて、どれくらい出力は上がってますか?」
「パラディンの人工筋肉を一部に使っているからね。バランス調整した結果、従来の55式に比べて15%程度上がっているよ。
良いとこ取りをしてるから、反応速度は55式と変わらないはず。要は両方の人工筋肉を組み合わせて使っているんだ」
赤石の説明を聞きながら基本的な動作を続けて、プロファイルを少しずつ調整していく。
一通りチェックが終わると、右足荷重で左足を上げてつま先を上げるように曲げる。
操作に従いスレッドは足の下側に移動した。
スレッド板はかかとのすぐ前までは一枚だが、それより後ろは二つに分かれたコの字型だ。欠けている部分にかかと後方のギアが下りて砂を掻く構造だった。
「左足でそりを踏んだ状態で、バランスでコントロールする。モノスキーと考えればいいですね」
「その通りだよ」
磯谷は左足を接地して、右足で蹴ってみる。
想像したほどは滑って前進しなかった。
気を取り直し、モーターを駆動位置に移動させて、モーター駆動を始める。
「おおっ」
少し回転を上げ過ぎたようで、ぐっと左足だけが前進する。
磯谷は慌ててバランスを取りながら、一度モーターを停止。
そして再び慎重にモーターを駆動し始める。
ずずずっと砂を踏みしめる音が鳴ると、滑るように移動を開始した。
すぐに右足の回転が追い付かなくなり始めるので、右足をスレッドの前側に乗せる。
モノスキーと言うよりはスノーボードに近い感覚だ。
バランスを取りながらモーターの回転速度を上昇させると、時速30kmほどに達した。
重心移動で旋回するのも雪上と変わらない。
少し移動させて60式の前に戻ると、磯谷は赤石に言う。
「いいですね。砂上での機動性を格段に確保できる。これは使えます」
「量産化するとして、いろいろと問題はあるけどね。でもまあ、君が気に入ってくれて何よりだ」
「これ、部品はどうしたんですか?」
「見覚えあるだろ? M1167の駆動モーターを流用した。そりの部分はパラディンの盾をカットして使ったよ。曲面がちょうど良く見えたからね」
ヘンドリックスは後で返却と言っていなかったか。一瞬考えたが、すぐに考えるのをやめた。
翌日からも整備は進み、ここを出発する時点までに、稼働可能な55式5機と55式改が1機、稼働状態になった。
戦力としては6機が使える状態にまで回復した。
1機はオーバーホールが必要な状態。
1機はパーツ取りに使われ、片腕と上半身の主骨格、それに頭部という状態だった。
2167年5月21日 夕刻 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内キャンプ
磯谷はヘンドリックスに呼び出され、ユニットハウスに来ていた。
ヘンドリックスはテーブルでコーヒーを片手にタブレットを見ている。
「移動の打ち合わせか何かか?」
磯谷はそう言いながら、ヘンドリックスの向かいに座る。
ヘンドリックスは見ていたタブレットを机に置いて、磯谷の方へ押した。
「イソガイ。今回の研究チームの報告書の原案だ。
お前はそれを見るためにここに来た。そうだろ?」
ヘンドリックスの言葉に頷くと、磯谷はタブレットを手にする。
そこに書かれている内容は、衝撃的でもあり、にわかには信じられない内容だった。
「すまん、科学的にどうのと言われても、俺にはピンとこない。
宇宙人が送り込んだ飛行物体をロシアが打ち落とし、それが地上で爆発して大惨事を招いた。
つまり直接の原因はロシアだが、そのお膳立てをしたのが宇宙人だった。
この認識で間違いないか?」
「おおむねYESだ。研究チームは断言まではしていない。あと、宇宙人ではなく、地球外知的生命体な」
何が起きたのか真相を知りたいとは思っていたが、宇宙人が関わっているなど、磯谷は思ってもみなかった。
「これを……信じろ、と」
「科学的根拠に基づく考察の結果。お前が信じないというのは自由だが、俺もこれが事実なんだろうと思っているよ。
研究者チームは優秀だ。信じるに足る」
磯谷はパッドを手にしたまま、黙り込む。
ヘンドリックスもその沈黙にしばらく付き合ったが、先に口を開いた。
「なあ、イソガイ。もう一度考え直して、この場で米軍に入隊しないか?」
唐突な言葉に磯谷は違和感を感じながらも答える。
「正直に言う。それも悪くないと思っている自分がいるのは事実だ。
だが、それを決定するのは今じゃない。
今決めろと言うなら、NOだ」
磯谷の言葉にヘンドリックスはお手上げのポーズをする。
「まあ、そんな気はしてたさ。それがお前の意思なら仕方ない。このレポートの内容は国家機密に属する。口外は一切無用。いいな?」
「分かった」
短く答え、磯谷は席を立った。
ヘンドリックスはその後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「避けては通れないか。まあ、どのみちこれしか方法がない」
磯谷と入れ替わるように、ヘンドリックスの部下であるジャクソン大尉が入ってきた。
「イソガイ少佐とお話しでしたか。で、小官に折り入っての話があるとのことですが?」
ジャクソンは改まった言葉でヘンドリックスに尋ねた。
「まあ座れ」
ヘンドリックスはそう言うと、前かがみになり小声でジャクソンに話しかける。
「お前を巻き込むのは本意じゃない。だが、すまんな。運がなかったと思って聞いてくれ」
そう前置きしてから小声でジャクソンに話を続ける。
その話を聞いているジャクソンの表情が、驚き、そして険しいものへと変わっていく。
「その役割を小官が担えと?」
「そうだ。お前が最も適任だろう」
「承服しかねます。お気持ちは理解しますが、それでは――」
ジャクソンの言葉を遮り、ヘンドリックスは笑いながら言った。
「上官の最後の命令だと思って従え」
ジャクソンは言葉を失う。
訪れる沈黙。
重い空気の中、先に口を開いたのはジャクソンだった。
「命令、確かに受理いたしました」
「すまんな。この件は墓まで持っていってくれ」
黙ってうなずくジャクソン。
席を立つと敬礼してからその場を立ち去った。
ヘンドリックスはテーブル上のパッドを拾い、画面をなぞって命令書を書き始める。
「イソガイ。お前はどうする……いや、決まっているな」
ヘンドリックスは笑いながらそうつぶやいた。




