第二十六話:降下準備
2167年5月16日 9時 ロシア領・クラスノヤルスク南東180km付近 飛翔体墜落現場、クレーター内縦穴脇
穴の周囲にあるすり鉢状の小クレーターの縁に60式は停車していた。
磯谷は相変わらずこの付近での違和感を感じている。
昨日の地中スキャンの結果、中心部付近は重力の変動があることが検知されている。
その理由までは分かっていないが、磯谷の酔うような感覚はそれが原因だと思われた。
初期調査として、凧を使って目の前のすり鉢と縦穴の計測を行っているが、磯谷の調子は良くなかった。
「大丈夫ですか二佐。調子悪そうですよ」
「反応速度は普段より遅いが、AIに任せる比重を多くしている。問題はない」
高山の問いかけに磯谷はそう答えた。
凧からのレーザー測位で形状が明らかになってくる。
すり鉢部分の直径は180メートル。傾斜は40度ほど。
中央の穴は直径9mほどで、ほぼそのまま300mほど地下に伸びている。
壁面は薄いガラス質で形成されているようで、穴と呼ぶよりシャフトと称するのが正しそうだ。
すり鉢の外側の線量は高めではあるが、直ちに問題があるほどではない。M495をベースにしたラボカーや輸送車なら、影響はないだろう。
直接外で活動するのは控えるべきだが。
計測データをラボに送り、凧を一度回収する。
次に別の凧、昨晩のうちに赤石が改造を加えたものを用意した。
凧の下部に計測機器をバンドで固定できるようにしてあるので、通常の格納スペースには入らない。
一度60式を線量の安全圏まで下げ、そこで制御用の有線ケーブルを手で接続。60式の車体の上に載せただけの状態で、再度前進する。
このタイミングで相馬博士が60式に乗車した。
同時作業で2台の輸送車がすり鉢の上を通過するワイヤーの設置作業を行っていた。
用意されていたワイヤーは600ft、182m程なので、ギリギリ届かない。
すり鉢の径に対して長さは十分にあるが、下地が砂でギリギリに車体を置くことが出来ない。砂が崩れるのを避けるためには数メートルずつの余裕が必要だ。
そこで、補給車両の上部に設置されている簡易クレーンのアームを伸ばしてその先端にワイヤーを繋ぎ、それぞれの車体を左右に移動させることでワイヤーを張った。
そのワイヤーに垂直にケーブルを交差させ、そこから凧を真下へと降下させる。
直接凧を穴に入れると、どうやってもケーブルを引きずることになり、砂を穴の中に崩し入れてしまう。
それを避けるための苦肉の策だ。
「やはり感覚がつかみにくいな…」
磯谷は小さく呟き、慎重に穴の中へと凧を降下させる。
自動制御メインなので、凧が姿勢を崩すことはないが、感覚が一致しないことに小さなストレスを感じていた。
凧は穴に入ると小型の照明で正面を照らし、壁面の画像を送ってくる。
相馬も助手席側に座り、予備のヘッドセットでその画像を確認していた。
穴に入って20mも降下すると、有線で情報を送っているにもかかわらず、不規則なノイズが乗る。
地上よりも線量が高い。
ノイズは放射線による影響だろう。
「見事にまっすぐ進んでいる」
相馬がそう呟いた。
磯谷の操作を褒めたわけではない。シャフトの構造の事だ。
壁面は高温で生成されたと推測できるガラス質。
音波測定ではガラス質が10㎜以上あることまでしか分からない。
凧の有線ケーブルの長さは500mある。ゆっくりと降下させ、ホバリングで静止させた。
底面側のカメラが堆積した砂を映し出す。
砂と呼ぶには粒子が小さいようだ。
少し凧の高さを下げただけで、多量の粉塵が舞い上がった。
慌てて磯谷は高度を上げる。
底の部分を超音波で調べた後に、凧を上昇させる。
ローターの破損状況が気になる。時間的余裕はあまりない。
「凧を回収する」
磯谷が短く告げるが、相馬は何も言わなかった。
肯定と判断し、上昇速度を上げながら穴から出した。
60式の上に降ろして60式を後退させる。
そこで凧とそこに固定された観測装置を確認したが、大きな損傷は見られない。
穴の中はこの辺の大気に比べて、圧倒的に空中の砂塵が少ないようだ。
「長時間飛ばしても大丈夫そうですね。凧で引き続き調査しますか」
高山が磯谷にそう告げたとき、相馬も60式から降りてきた。
「このドローンで集められるデータは全部集めた。もっと別の機材を下ろしたい。できれば真下の砂を2mほど除去したい」
そう言って腕を組む。
「相馬博士、何か見つかったんですか?」
高山の質問に相馬は答えた。
「まだ断定はできない。だけど、砂の中に明らかな金属と思われる反応がある。それが何かわからない。
集まったデータを少し解析する。2時間欲しい。次の手をそれで決める」
そう言い残すと、ラボカーの方に小走りに去っていった。
「ホント、マイペースな人ですね」
高山が率直な感想を漏らす。
磯谷は高山に言った。
「博士がどういうリクエストを出すか……恐らくより大型の調査機材の投入と、さっきの話だと掘る作業が必要になる。準備をしておこう」
「ですが、機器を吊るすと言っても、丈夫なワイヤーなんてもうないじゃないですか。どうするんです?」
「長さだけなら、有線用ケーブルを流用できる。荷重は確か200㎏程度には耐えられるはずだ」
「いや、200㎏の耐荷重があるとして、それでは人ひとり下ろせないですよ。ふつうは落下時の衝撃等を考えて、何倍かの耐荷重が必要です。
滑落とかしたら、簡単に切れちゃいますよ」
「一本ならそうだな。複数本使えばいい。ざっくりと束ねる形になるが可能だろう。それにあの線量だと人間は下りられない。
55式で穴を掘る」
「55式でってスコップ使って掘るんですか?
超ハイテク機器使ってローテク作業って、悪い冗談みたいですよ」
「現場仕事はそんなもんだ。ほかに方法が思いつかん」
「僕たちで決めることはないですよ。赤石さんに相談してみましょう」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
二人は赤石の元へ向かった。
「なるほど。物理的な長さが必要となると55式用のケーブルを使うしか手が無さそうだね。
研究チームが持ってきている調査機材の内容にもよるが、こっちで準備できる現実解だろうね」
少し後ろで作業の様子を眺めていた赤石のところに行き状況を説明すると、赤石はあっさりとそう言った。そして続ける。
「降下させる側の重量は軽くしたい。となると陸上側にウインチか何かが必要だね。
だけど、M1167のウインチにしても、輸送車のクレーンのウインチにしても、500mのケーブルを巻くだけの大きさがないよ。
60式の有線制御用ウインチなら500m巻けるけど、トルクが足りないのと、束ねた状態では巻けない。
何か別のものを用意しなきゃね」
「用意しなきゃって、用意できるんですか?」
「2時間あるんだろ?なら何とかするよ。60式の部品製造装置と|後部メンテナンススペース《手術台》を使うから、しばらく60式は動かさないでくれ」
そう言うと赤石は近くにいた整備兵に何か指示を出して60式へ向かった。
「赤石さん、何作るんですかね」
「さあな。高山、手伝わなくていいのか?」
「呼ばれたら行くことにします」
そんな会話をしていると、60式の後ろから赤石の声が響いた。
「高山君、手伝ってくれ!」
「フラグ立てちゃいましたかね…行ってきます」
そう言い残し高山も60式の後部に向かった。
磯谷は特にすることもないので、指揮席に戻る。
システムチェックを行っていると、通信が入った。
「二佐、60式から有線制御ケーブルを引き出してください。ああ、ロールごと外しちゃだめですよ。引き出しながら絡まないようにまとめろと赤石さんからのご命令です」
磯谷は高山の伝えてきた赤石のご命令に従うべく、格納ユニットの下部に手を入れて、ケーブルのロックだけ外すと、側面からケーブルを引っ張り出す。
そして少し大きめに8の字を描くように地面に置き始めた。
500mの長さがあると、細いケーブルでもかなりの量と重さになる。
一本を引き出し終えてから最後尾の作業台に行き、確認する。
「一本は出した。2本でいいのか?」
すると赤石が答えた。
「3本は最低いる。ケーブルにダメージが出る可能性が高いから、それで勘弁してもらおう」
磯谷は2本目、3本目のケーブルを同様に引き出し、絡まないように八の字に巻く。
それが終わるころには1時間ほど過ぎていた。
その作業が終わるころ、ヘンドリックスがやってくる。
「ご苦労さん。で、何をしているんだ?バギーの保守部品を大量に使っていると聞いたが?」
その辺の事情は聞いていなかったが、目的は分かっている。
磯谷は事情を話し、作っているのは多分ウインチのようなものだ、と答えた。
「ああ、そうか。長いケーブルはあれ一本だけだからな。
100mくらいでよければクライミングロープくらいはあるが…2本連結しても200mか。長さが足らんな」
「調査の内容に対して準備不足だとは思わないか?」
「誰も見たことのない場所の調査だぞ?砂地なのは予想されていたが、垂直降下をするとか想定外だ。なに、何とかなってるし、何とかしてくれるだろう」
磯谷の言葉にヘンドリックスは笑いながら、ちらっと車体後方を見て答える。
「全くその通りだ」
「そうだろう?冒険の醍醐味ってもんだ」
憮然とした磯谷の言葉に、ヘンドリックスは悪びれる様子もなくそう返した。
そのタイミングで後方の高山が声をかけてきた。
「二佐、まとめたケーブルこっちに運んでください」
磯谷は手を上げて分かったと示してから、ヘンドリックスに向き直る。
「ヘンドリックス。お前も一本持っていけ」
「なんで俺が?」
「これも冒険の醍醐味なんだろ?」
「分かったよ。運べばいいんだろ」
二人はケーブルを一本ずつ60式の後ろまで運ぶ。
そこには非常に簡素なウインチがあった。
M1167の動力モーター、シャフトにつながる減速ギア。シャフトにはめられたM1167のホイール。
さらに前方にアームが伸びていて、ウインチの基部とM1167のサスペンションで繋がっている。
「この部品、あとで元に戻せるか?」
ヘンドリックスが少しあきれ顔で赤石に尋ねる。
「別に予備部品だから、このままでも問題ないのでは?」
そう言ってヘンドリックスが何か言おうとしたのに先んじて言葉を続けた。
「もちろん、バラせば普通に部品として使える」
そう言って60式からもう一本有線制御用のケーブルを引き出して、モーターにつないだ。
「電力が少し足りないから、フルパワーという訳には行かんが、それくらいでちょうど良いと思う。
これで、モーターの速度調整も60式から出来るから、8番機用の有線コントロールでウインチを操作してくれ。
ああ、戦術AIにそのためのプログラムをしないとな」
そう言って60式に乗り込んでいった。
磯谷は高山に尋ねる。
「M1167の保守部品はともかく、他の部品はどうやって?」
「ギアは60式のビルダーで一体成型です。赤石さんは短時間の使用なら強度的にも問題ないって言ってました。
シャフトに使っているのはM495のクローラの予備部品で、あとフレームなんかは、部品輸送用の金属ケースを加工して作ってましたね」
磯谷は器用なものだと感心する。
ヘンドリックスは額に手を当てて、首を左右に振っていた。
助手席から赤石が顔を出して、叫ぶ。
「モーターを回す。ホイールの回転速度を見ててくれ」
そう言うとモーターは最初に順回転し、ゆっくり止まると今度は逆回転して再び止まった。
それを見ていた高山が叫ぶ。
「回転速度はこんなもんじゃないですか?ただ回転し始めが順回転も逆回転もすっと回り始めました」
「了解」
赤石は再び何かの調整をしている。
すぐに声がした。
「もう一度回す。チェック頼む」
するとモーターはじわっと回り始めて安定回転すると、ゆっくりと止まった。
「先ほど言っていた動作になってますよ。計算通りなんじゃないですか?」
それを聞いて赤石が戻ってくる。
「モーターからの回転数信号を見ているから、問題ないと思う。8番機の有線コントロールをモーター制御用に変えた。操作は3つしかない。
下ろす、止まる、巻き上げる。動作の間では急な荷重を防ぐためにゆっくりと動作する形になっているよ。
そこのアームで衝撃を吸収し、さらに交差させるワイヤーが衝撃吸収をしてくれる。
多分大丈夫じゃないかな」
「磯谷君。操作の確認を兼ねて巻いてくれるか?細かい指示は出すから。
ああ、その前にもう一本ケーブルを運んでくれ」
磯谷は頷いて、ヘンドリックスを黙ってみる。
ヘンドリックスはその視線に気づいて、何か言おうとしたようだがその言葉を飲み込んで、言い直した。
「わかったよ。運べばいいんだろ! シンジ、上官命令だ。ケーブルを運べ!」
「とんだとばっちりです。こんな時だけ上官ぶらなくてもいいのに」
そう言いながら高山が3本目のケーブルを取りに向かった。
磯谷は少し笑い、60式の指揮官席へと向かう。
赤石はケーブル3本をウインチのアームの先端にある輪を通してから、ホイールの基部に一度巻き付け、手で巻き上げる方向にさらに一周させる。
「固定しなくても大丈夫ですか?」
「ケーブルの被覆の摩擦と、外からの締め付けで抜けないよ。回し続けたらその限りじゃないが、モーターの回転数はモニターしてるからね。
抜ける前にモーターは止まるよ。抜かりはない」
赤石はそう口にしてにやりと笑う。
高山は小さな声で「抜けてないんですねー」と口にした。
赤石は通信機で磯谷に呼びかける。
「磯谷君、巻いてくれ」
そう言うとモーターは回転を始める。
赤石は手袋をした手を使ってケーブルを左右に動かした。
30分少々で赤石が再び声をかける。
「停止してくれ」
ケーブルは巻き上げが終わった。
赤石はケーブルの先端にループを作り太い針金のようなものをかなり力を込めて巻きつけると、その針金部分をハンマーで打って潰す。
3本とも長さをそろえるようにループを完成させて、大きなカラビナに通した。
60式の脇に待機している55式の左肩の付け根にある格納固定用ループにカラビナをかけた。
この55式も昨晩凧と同じタイミングで少し手が入れられていた。膝と足先に細い鉤爪が取り付けられている。
「まあ、何回かなら、これで持つだろう」
赤石はそう言いながらケーブルを力いっぱい引っ張る。
そしてカラビナを一度外した。
そこでヘンドリックスに向かって言う。
「ああ。一つ失念していた。少佐。ウインチを60式の上に設置したいんだが、持ち上げてもらえないか?」
「分かった手配しよう」
そう言って通信機を使い磯谷に連絡する。
「イソガイ。ウインチを60式の上に上げたいそうだ。何とかしてくれ」
「了解」
磯谷は55式を2機起動し、待機していたものも含めて3台の操作を始める。
1機がそれを抱えると同時に他の2機は60式の横に向かい合ってしゃがむ。
2機は両手をつないだ格好になると、ウインチを抱えた55式がそこに足をかけた。
3機の55式は一斉に足を延ばす。
ウインチを抱えた55式は垂直に飛び上がりながらウインチを頭の上に抱え、バスケットボールのダンクシュートのように60式の上面にウインチを乗せる。
そのまま60式の上部にぶら下がると、膝の鉤爪を使って上に上った。
「赤石さん、どこに置けば?」
磯谷から通信が入ると赤石は答えた。
「左のメンテナンスラダーのところに。そこで固定する」
「前側のキャビン上部でいいですか?」
「ああ、そこでいい。ターレットは使わんから問題ないだろう」
「了解」
60式の上にいる55式が再びウインチを抱えて指定された位置にウインチを移動させた。
「さて、もう一仕事」
赤石はそう言うと、トーチを片手にラダーを上っていった。
「いつ見ても二佐の操作は凄いですね。ジェイもそう思いませんか?」
「そうだな。あんな真似は他の誰にもできないだろう」
二人は60式の上に立つ55式を見上げながらそう言った。
もうすぐ約束の2時間だ。
すぐにM1167が荷物を載せて走ってくる。
荷台に、少し小さめのドラム缶のような、円筒形の測定機器らしきものが乗せられている。
60式付近に停止すると、助手席から相馬が下りた。
「予定通り方針が決まった。すぐにでも始めたい」
相馬が開口一番そう言ったが、すぐに付け加えた。
「すぐにでも始めたいが、問題もある」
「その問題とは?」
作業を終えて降りてきていた赤石が尋ねると、相馬は少し声を小さくしながら口にする。
「遠隔で操作できるが線量が高く、多分穴の中では制御できない」
「それじゃ降ろしても意味ないですね」
高山が言うと相馬はキッと高山を睨み、言葉を続けた。
「有線でも接続は可能。ただし長いケーブルがない。下まで届かない」
「つまり、長いケーブルがあればいいんですね?そのケーブルの仕様はわかりますか?」
赤石が再び尋ねると、相馬は手にしていた本を差し出した。
「拝見しますね」
赤石はそれを受け取り、ぱらぱらとめくりながら後ろの方にある図面を確認していた。
「なるほど。M12規格の4極ですね。電源とグランド。後はシリアルの上り下りですか。これなら何とかなるかもしれない」
いくつかの仕様を確認すると60式の作業台の脇にある棚からいくつかの電子部品を取り出した。
「M12のソケットと、55式のコネクタ。後は…変換回路のチップと…うん。少し時間を頂けますか?」
「何とかなるの?」
赤石の言葉に相馬の表情が明るくなる。
「保証は出来ませんが、55式の制御ケーブルを流用できそうですよ。そのために変換器を作ります。
うまくいくかは作ってみないと分かりませんが」
「どれくらいで出来る?」
「30分もあれば最初の試作品は。うまく進めば1時間で出来ますよ。まあ、できない可能性もありますけど、試してみましょう」
「お願いします」
相馬は頭を下げた。
「では早速始めますね。起動テストをする際にお呼びしますから、ラボの方に戻っていてください」
「いえ。ここで待ちます」
「分かりました。ご自由にどうぞ」
そう言うと赤石はフリーハンドで回路図を書いて、すぐにビルダーを動作させる。
「赤石さん、何でも作れるんですね」
高山は半分呆れたように赤石に言うと、赤石は振り返りもせず答える。
「ちょっとした電子工作だよ。原理が分かれば君にもできる」
そう言いながら、60式のAIを使って計算をいくつかさせていた。
「相馬博士。この量子スキャナーのデータを60式側で受け取って、それをラボの方に送信する形で構いませんかな?
そのほうが少しですが、早くできそうです」
「それでお願いします」
高山は相馬の様子に少し違和感のようなものを感じていた。
我が道を行くタイプで、もっとわがままを通すようなイメージがあったが、赤石との会話にはそれが感じられない。
振る舞いも非常に常識的だ。
そんなことを思っているうちにビルダーから一枚の板が排出される。
基板だ。
赤石はそれに手早くコネクタを取り付けると、いくつかの部品を乗せて小さなトーチで固定していく。
20ほどの部品類が手際よく取り付けられていくと、55式の有線接続ケーブルをその基板に取り付けたジャックに差し込んだ。
小走りに60式の助手席に乗り込んで何か操作をしている。
5分ほどでその作業を終え、再び戻ってくると、基板上に小さな穴を開けて、さらに部品を一つ追加した。
「高山君、ちょっと手を貸してくれ。
この部品そう、ここにマイナスドライバを当てて、動かしてほしいんだ。
60式の中から指示するから、指示通りに頼む」
「分かりました。可変抵抗ですね」
「その通りだ、ちょっと待ってて」
そう言うと再び60式に戻り通信が入る。
「高山君、ゆっくりと時計回りに回してみてくれ」
高山はその指示に従ってドライバーを回す。
「ストップ!」
高山はその指示に従ってドライバーを止めた。
「高山君、ほんの気持ち逆に動かしてくれ。本当に少しだけだ」
高山は再びその指示に従う。
「OKだ。ありがとう。ドライバを抜いてくれ」
高山は慎重にドライバーを外した。
少ししてから赤石が戻ってきた。
基板を計測機器…量子スキャナーの有線接続部につないでから、相馬に向かって言った。
ここまで約25分。
「スキャナーを起動してもらえないかな?」
「えっと、遠隔モードで起動すると、有線回路は有効にならない。有線モードで起動するのには外部電源が必要」
「大丈夫。外部電源はつながっているよ。有線モードで動かしてみてくれ」
「分かった」
そう言いながら横にある操作パネルを開けて、スイッチをいくつか操作した。
「起動する」
相馬がそう言うとスイッチを押しながら捻る。
操作パネルに明かりがつくと小型モニターにいくつかの情報が表示された。
「初期化が動いてる…立ち上がり…エラーで止まった」
相馬がそう口にすると、赤石がスキャナーの小画面をのぞき込む。
「うん、大丈夫」
そう言って作業台の小型端末を操作した。
「通信プロトコルはメーカーごとに癖があってね。そのスキャナーはビオテック社製だから、多分次はうまくいく」
そう言いながら何かの修正を行い、確認を行うともう一度起動するように相馬に伝える。
相馬が再度起動スイッチを押し込みながら捻る。
同様に初期化から動作が始まると、最後は準備完了の表示に変わった。
「ちゃんと動きました」
「まだだよ、動作チェックまでしないとね。スキャンを動作させるよ」
そう言って赤石はやはり60式の端末を操作する。
すると、スキャナーが小さく唸るような動作音を出した。
「データはちゃんと来ているね。パリティも解像度も問題ない。意図通りちゃんと動いてる。一度電源を切ってくれ」
「これで調査できる?」
相馬が赤石に尋ねると、赤石は笑いながら答えた。
「あともう少し悪あがきをしたいんだ」
そう言うと変換用の基板をスキャナーから外し、棚の中から小さめのアルミの箱を取り出して、位置決めして穴を開けていく。
その内側に銅のテープを隙間なく張って、基板の裏側に厚めの絶縁性両面テープを張って箱の内側に固定した。
スキャナーに接続し、接続部を締めて固定すると蓋をする。
蓋の継ぎ目を覆うようにテープで封をする。
近くにあった、水を携行する際に使うポリ製のジェリカンをヒートナイフで切断して板を作ると、スキャナーに張り付けた板の上に重ねるように貼り付けていく。
その出来上がりは、スキャナーに出来たたんこぶに、小学生が絆創膏を貼ったようであった。
おおよそ最新の調査機器にする加工には見えない。
「高山君、何か言いたそうだね?」
赤石がそれを見ていた高山に声をかける。
高山は少し悩んだが率直に聞いてみることにした。
「なんだか、雑に絆創膏を貼ったような感じですよね。もうちょっと格好良く仕上げてもよかったんじゃ?」
「十分理にかなっているよ。専用のシールドがないからノイズが乗りやすいのが最大の弱点でね。見た目はあれだけど、高密度ポリエチレンは放射線対策として有効なんだ。
この貼り方だと厚みをある程度稼げ、なおかつ侵入経路を潰すことが出来る。
短時間で出来ることの、最適解だよ。後は実際に試してみるしかない」
作業は終わり、これを穴に降ろす準備が始められる。
センサーを乗せたM1167は55式を一台乗せて、横方向のワイヤーを張っている輸送車へと向かった。




