第二十話:仮説
2167年4月30日12時10分 ロシア領・旧チタ空港
「約束まであと5分だ」
ヘンドリックスから通信が入る。
すでに2機の輸送機は離陸し、3機目が離陸準備に入っていた。
「あと5分ある」
磯谷はそう答える。
その時、入り口を監視していた凧の映像に、通路から出てくる人たちの姿があった。
まだ間に合う。
磯谷は思わずマイクを入れ、凧から叫んだ。
「急げ、まだ間に合う!」
次から次へと出てくる人々。磯谷は60式を輸送機脇に移動させ、停車と同時に戦術AIからの報告を聞いて驚いた。
ー総勢324名。武器の所持者1名。武器種、自動拳銃ー
「324名だと? 人の話を聞いていなかったのか!」
そう言いながら60式から飛び出した。
「二佐、落ち着いてください。危険です!」
高山が声をかけたが磯谷には届かない。
高山はヘンドリックスに通信を入れる。
「ジェイ、二佐が避難民に向かって生身で走っていきました」
「ああ、確認した。こちらで対処する。シンジ、お前も大変だな」
そう言い残してヘンドリックスは通信を切った。
駆け寄った磯谷は開口一番に叫ぶ。
「さっきの話を聞いていなかったのか! 130人しか載せられない!」
叫んだ後に気が付く。それは日本語だった。
磯谷はロシア語を話せない。
仕方なく英語で言いなおした。
すると一団の先頭を歩く老人が答える。
「我々は見送りです。そして80人は決められましたが、それ以上を決めることはできませんでした。なので、他は残ることにします」
「いや、81人だ。私は乗せてもらう」
ロシア語だがイヤピースでちゃんと翻訳されたので、磯谷に言葉は通じていた。
81人目の名乗りを上げたのは、あまり汚れていない身なりの軍服の男。階級章は少将だった。年齢はおそらく、先に話した老人よりも少し若い、というところだ。
「50も余裕があるのであれば、私の部下たちも乗せる。全部で42名。これでほぼ定員だ。乗りたくないものを乗せる必要もないだろう」
磯谷はその男が腰にホルスターを付け、拳銃を所持しているのを確認して正す。
「武器の携行は認めない、そう通告したはずだが?」
「少佐風情が指図をするな。上官と話がしたい。貴様では話にならん」
一向に臆することなく少将は磯谷に言う。
磯谷は素早く自分のホルスターから銃を抜き、突き付けた。
「すでにロシアは存在しない。貴殿の階級章も飾り以上の意味はない。銃を捨てろ」
「何度も言わせるな。貴様の指図は受けん。上官を呼べ。この場の最高権限を持つ者をだ」
時間がない。こんな問答をしているうちにヘンドリックスは輸送機を離陸させてしまう。
奴は約束は守る。だからこそ、急がねば。
そう思い、引き金に掛かる指に力が入る。
その時、背後から声がした。
「その現場の最高責任者です。まあ、彼と同じ少佐ですけどね。まずはこれを」
そう言うと、ポケットからイヤピースを取り出して少将に投げて渡した。
「翻訳機です」
短く付け加える。
少将はそれを受け取り、耳に取り付けた。
「君の方が多少は話が分かるようだ。決定権は君にあるのだな。よろしい。
私は少将であり、一般の捕虜の処遇を受けるつもりはない。銃は携行する。それでいいな?」
ヘンドリックスはその言葉に大きく頷いてから、言い返す。
「そんな訳はないだろ。馬鹿かお前は」
その言葉に少将は顔を赤らめ、半ばヒステリックに声を張った。
「ここはロシア領だ。米軍だろうと日本軍だろうと、そんな権限はない!」
「そうかもしれませんね、少将閣下。
あんたが偉い軍人だというのなら、一つ取引をしましょう。
私は口は悪いがフェアな男です。
その銃で自ら自害してはいかがですか?
その心意気に免じて、この場にいるあなた以外全員を輸送機に乗せて差し上げますよ。まあ、乗り心地は保証しませんが」
ヘンドリックスの言葉に、少将の顔色が変わり、他の人々の顔を見た。
周囲の人々の視線が、一斉に彼に向けられている。
「どうしました、少将閣下。
英雄らしく部下や民衆を救われてはいかがですか?」
ヘンドリックスが再び口を開く。
少将は慌てて自分の拳銃を手にして、あちこちに向けた。
「な、なにを馬鹿な。私を生贄にするのか? 平民の分際で!」
磯谷は銃を構えたまま、少将の指先を凝視していた。
もし引き金に力が込められるようなら、それよりも早く自分が引き金を引くつもりだった。
だが。
パーン。
ヘンドリックスが素早く銃を抜き、少将の側頭部を撃ち抜いたのだ。
「ヘンドリックス……」
磯谷が彼の名を呼んだ。
ヘンドリックスは磯谷の声を聞き流し、話し続ける。
「少将閣下は、捕虜としての扱いを受けるよりも、自害を選び名誉を守られた。
守るべき民衆を撃ち殺さなくてよかったですな、閣下。
さあ、約束だ。座席はないが急いで全員輸送機に乗り込め。武器の類を隠している奴がいたら、見つけ次第射殺する。
今なら見逃す。武器はこの場に置いておけ!」
ひときわ険しい顔で、そこにいる一同に叫ぶヘンドリックス。
誰一人としてその場で身動きができなくなっていた。
そこにメイヴィス中尉が走ってきて、ヘンドリックスに敬礼する。
「少佐、M24を輸送機に乗せてあります。カルバーン軍曹を配置しました」
「さすがに戦闘強化服が目の前にあって、不埒を考える奴はいないだろう。念のため、パイロットにコクピットは開けないように伝えておいてくれ」
「了解です」
メイヴィスは再度ヘンドリックスに敬礼した後、敬礼の姿勢のまま磯谷に向き直ってから走っていった。
そのタイミングでヘンドリックスはパンパンと手を叩いて鳴らし、輸送機を指さして叫ぶ。
「ほら、急げ! せっかくの助かるチャンスだ! とろとろしてると輸送機は離陸するぞ! 急げ!!」
その声に、そこにいた人々は慌てて輸送機に向かう。
負傷した者たちも肩を支えられて輸送機へ急いだ。
「ヘンドリックス少佐」
磯谷は再び彼の名前を呼んでから、姿勢を正し深々と頭を下げる。
「何の真似だ? イソガイ」
「あなたは私の無茶な要求を――」
「何のことだ? なんにしてもお前が頭を下げる話じゃない」
磯谷の言葉を遮り、頭を上げない磯谷の頭頂部に拳を当てて、続ける。
「まあ、これで貸し借り無しだ」
そう言ってM495に向かって歩き始める。
その後ろ姿を磯谷は見送った。
輸送機のハッチが閉じ、機体がゆっくりと滑走路に入っていく。
激しく砂を巻き上げながら、輸送機は加速し、空へと上がった。
その後、調査隊はすぐに移動を開始する。
移動できるうちに、可能な限り移動する。
それは今回の任務の方針でもあった。
2167年4月30日11時50分 ロシア領・旧チタ空港 ラボカー内
「さて、軍人諸氏はまだ忙しいようだが、我々も仕事を始めなければならない」
アルフレッド・ハイマンは目の前に座る3人の研究者たちに向かい、そう言った。
彼が調査チームの調査を統括する立場にある。彼もまた研究者だ。|オークリッジ国際研究所《ORNL》物理部門のセクション長であり、主任研究員だ。
澪は顔を見たことがあったが、話をしたことはなかったので、このミッションに誘われた時は最初は戸惑った。
だが、詳細は話せない、という前提の内容に強い関心を持ち、引き受けることにした。
「詳細は明かせない。だが、世界でまだ誰も観測したことのない事実と向き合う絶好のチャンスだ」
殺し文句だった。
澪は常々思う。
研究するのであれば、未知であるほどチャンスは大きい。
ここで言うチャンスは富だとか名誉だとか、そんなものではなく、誰よりも先に真理に触れることができる。そういう意味においてだ。
「DR.ハイマン。ここに来てから公表される情報があると聞いていましたが、早速お披露目ですか?」
40代中盤、がっちりとした体格の、あまり研究者には見えない黒人男性が、ハイマンにそう尋ねた。
彼の名はエジモ・ガダッタ。
アメリカ海軍研究所の宇宙科学部門で、高エネルギー宇宙環境ブランチ長を務める上級研究物理学者だ。
学生時代はフットボールでクオーターバックを務めた二刀流らしい。
「楽しみですね。未知の物質が絡むと聞いていますので」
こう口にしたのはジェシー・エルモア。
澪よりも少し年上、30代後半の金髪を短めにそろえた印象的な女性だ。
サンディア国立研究所の材料科学・工学センターに在籍する主任研究員。素材工学のエキスパートだ。
一つ分かっていることは、全員がそれぞれの分野の専門家だということだけ。
澪は誰一人としてウラジオストクに着くまでは会話をしたこともなかったのだ。ハイマンを除けば面識すらない。
この4人の顔ぶれが意味することは理解している。
本当にそこに何があるのか予想できていない、ということだ。
その事実だけで澪のテンションは上がっていた。
ハイマンが、話を続ける。
「事前にお話しした通り、これから公開される内容は極めてセンシティブです。米国にとって最重要機密と言ってもいい。守秘義務は契約以上に重いことをご理解ください。
ここで得られた発見は、高らかに公表されることはありません。
ですが、数十年後、科学史に名を刻むことになるでしょう。
皆さんの奮闘を期待します。
前置きが少し長くなりましたな。
この時点で収集されている、今回の調査目標に関してのデータがこれです」
少し芝居がかったハイマンの言葉ののちに、スクリーンに太陽系が映し出され、木星宙域にクローズアップされる。
そしてそこにいくつかの施設名が表示されていた。
Gate-07。
先日、エレフォス星系への接続に失敗し、封鎖されていると聞いている。
そこから線が引かれ始めた。
脇に注釈が書かれている。「未確認飛行体」と。
直後にわずかに軌道を変え、木星に向かう。
木星の重力圏で木星を4分の3ほど周回して方向を変えると、太陽系の中心方向に進行方向が変わった。
それは真っ直ぐに地球に向かう。
画面が地球軌道のクローズアップに変わると、その飛行ルートが点線で示されている。
どうも地球を使っての軌道変更を行うルートのようだ。
地球の重力圏に入り、周回しようとしたところで、点線から外れて急激に地球に落ちた。
「これは……」
澪は思わず声に出した。
専門家ではないが、これが何だかわかる。
地球に落下した飛翔体の飛行ルートだ。
ロシアや中国、日本すら破滅させた凶元。
続けて衝突後の各種観測データがそこに表示される。
明らかに異常な量のガンマ線が観測されている。
所々にデータの欠けが存在しているが、これは観測機器側の問題だろう。
落下物の位置とガンマ線の放出量に着目し、そのほかの線量のデータを追っていく。
いくつか解せない点は残るが、衝突の際に起きた現象は、おそらく一つしか考えられない。
澪は確認した。
「いくつか解せない点は残る。けど、地表で対消滅反応が起こった。これは現時点で共有されていると考えていいですね?」
その問いかけにハイマンが答える。
「現時点で政府はそう考えている。これだけの破壊をもたらしたエネルギー源だ。観測データから飛翔物体が1トンに満たない質量であると推測されている」
「これが対消滅だとして、大気圏内に入ってからすぐに反応が始まっていない。そもそも太陽系内を移動中に対消滅反応が起きているはず」
澪の言葉に、ガダッタが答える。
「つまり、なんらかの方法で対消滅反応が起きない状態だった、そう考えるほうが自然ですか」
「そのための特殊な物質が使われている可能性がある。だから私が呼ばれた」
エルモアが言葉をつないだ。
ハイマンは取りまとめるように、語る。
「7thゲートβ、エレフォス星系側に設置したゲートの片割れは、向こう側から起動された。
そのゲートを通り、この飛翔体は地球に来た。
その飛翔体は自ら進路を変更し、計算されたように地球をかすめるコースを取った。
それをロシアが地上に落とし、今回の大災害を招いた。
これが今回起きたことに関してのアメリカ政府の公式見解だ。もちろん、発表はされていない」
「DR.ハイマン。それでは、地球は意図的に攻撃されたと?」
ガダッタの言葉にハイマンが答える。
「飛翔体は地球をかすめるが、直撃はしないコースに設定されていたようだ。絶対とは言えんが、最終目的地は太陽だったと考えられる。
現時点で地球が攻撃されたとまでは言えない」
「ですが太陽で大規模な対消滅反応が起きれば、それこそ甚大な被害になるのでは?」
「DR.エルモア。飛翔体の質量は極めて小さかった。確かに発生するエネルギー量は膨大だが、太陽に影響を及ぼすレベルではない。
可能な限り無害に処理する方向だったと考えるほうが自然かもしれない。
まあ、この辺りは推測に過ぎないが。
いずれにせよ、そういった部分は我々の領域ではない。
我々に課せられたミッションは落下地点の調査を行い、そこで得られる情報を可能な限り収集することだ。
これはアメリカの、いや、全世界の命運を左右することを肝に銘じていただきたい」
話し終えたハイマンに澪が尋ねる。
「現場に到着するまでは、することがない、ということです?」
「いや、そうでもないよ。周囲の状況は見ての通りだ。もともと水の少ない地域ではあるが、これほどの砂漠ではなかった。
周囲の環境も飛翔体落下の影響を受けている。
我々は移動しながら、周囲の大気や土壌サンプルの分析を続ける予定だ。
残念ながらバカンスを楽しむ余裕はない」
「ガダッタ博士、エレフォス星系の基礎知識が頂ほしい? 天文分野は疎い」
澪がガダッタにそう尋ねると、ガダッタはスクリーンを操作して基本情報を表示させ、説明を始めた。
「エレフォス星系は太陽からちょうど50光年の距離にある星系で、発見されたのは2149年のことだ。正確には再発見と言ったほうが正しい。
存在自体は数世紀前から知られていたんだが、もっと遠くにある星だと思われていたんだ。
ところが、重力の測定技術が発展し、従来の光学や電波に頼らない観測方法が確立すると、その実態が少しだけ明らかになった。
暗黒物質は質量と重力を持っていると考えられている。
その影響で年周視差も、スペクトル分析も大きな影響を受けていたらしい。
その影響を排除して再計算した結果、想像していた以上に近い星であることが判明した。つまり再発見となったわけだよ。
この恒星には明確な特徴があって、我々のよく知る太陽と非常に似ているんだ。
それは地球に近い環境の星が存在している可能性を示唆している。
残念ながら、惑星の存在は間違いなさそうなんだが、実際にどんな惑星がいくつあるのかはわかっていないんだ。
時間をかけて観測、分析を行えば、より詳しくわかるだろうけどね」
ハイマンが話を付け加える。
「それゆえにGate-07の接続先になった。
詳細な調査を行うのなら、行って調べればいい。シンプルな発想さ。もっともゲートは予定通り稼働しなかったわけだが……」
「その結果、未知の知的生命体から反物質を送り付けられる事態に発展した」
澪の言葉にハイマンは肩をすくめながら答える。
「それはかなり辛口の意見だな。その可能性も否定できないが、違う可能性もある。それを確認するために調べに行くんだよ」
澪はハイマンの言葉を聞いていなかった。
反物質。暗黒物質。未知のテクノロジー。
日常生活では接し得ないすべてが、このミッションに存在する。
彼女にとってはこれ以上ない環境だった。
その後も様々な可能性に関しての検討が続けられる。
その横で運転席から出発のアナウンスがあったが、誰も聞いていなかった。
ラボカーはゆっくりと動き始める。
調査の旅が始まった。
砂塵を巻き上げながら、トラックの一団は日が暮れるまで東へ向かった。




