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第十八話:科学者たち



 2167年4月28日11時 ウラジオストク国際空港


 この日、60式とXM604はカヴナントから輸送機でウラジオストク空港に移動する。

 予想はしていたが、上空から見るウラジオストクの状況はかなり深刻なもののようだ。

 多くの建物が瓦解し、ほとんどの建造物が残っていない。

 合衆国は人道支援の名のもと、一定数の部隊を投入し、水と食料の供給を行っているようだ。

 この過酷な状況の中でも、一定数は生き延びた人がいる。

 そして、ロシア軍はおろか、政治の匂いが一切していない。

 ロシアが事実上滅びたというのは、嘘ではないようだった。


 輸送機から一度降ろして、格納庫に入れると、今回の作戦に参加する車両がずらりと並んでいた。

 XM604もかなり大きな車体だったが、M495-A2はさらに大きい。アメリカ仕様の大型トレーラーよりも一回り以上大きいと思われる。

 ベースが同じM495派生の輸送車や移動研究車も、それに近い大きさがある。

 M1167高機動戦闘車が一番小さいが、車体の横幅は60式と変わらない大きさがある。


 高山は倉庫の端に60式をバックで入れ終わると、一つ息を吐く。

 3人座れるキャビンの真ん中に赤石が座り、手にしたパッドと無言でにらめっこ。

 端のシートに座る磯谷は早々に車から降りた。

 こういう時の赤石さん、声かけにくいんだよね…

 声をかけるか悩んだ末、高山も黙って60式から降りる。

 海から10kmと離れていないが、明らかに乾燥した風が吹いていた。


 赤石はこのところ55式の改造に掛かりきりになっている。

 パラディンはインチ規格で、いちいち規格が合わないとボヤいていたのを高山は聞いていた。

 今どういう状況なのか分からないが、それを説明されても理解する自信がないので聞かないことにした。

 明日には輸送機と護衛の航空機が到着し、その翌日には空路で移動する。

 いよいよ作戦が始まる。

 滑走路は綺麗に片づけられ、使える状態になっていた。


「シンジ、ちょうどいい。少し付き合ってくれ」


 不意に背後から声を掛けられる。ヘンドリックスだ。


「ちょうど良いって、何か用ですかジェイ?」


「ああ。イソガイを探していたが、あいつよりもお前の方が適任だ。ちょっと来てくれ」


 ヘンドリックスはこっちだ、と指さして歩き始める。

 高山は何のことやらと思いながらもそのあとに続いた。

 格納庫の端に置かれている一台の輸送車……移動研究車、ラボカーの前に着くと、後部のドア脇のブザーボタンらしきものを押した。


「DR.ハイマン。ヘンドリックス少佐です。おられませんか?」


「今開ける」


 短く答えがあると、ドアが前に少し押し出され、横に大きくスライドする。

 

「何か御用かな、少佐?」


 出てきたのは50代くらいに見える白衣の男性。いかにも研究者という雰囲気だった。


「ドクター。紹介しておきたい人物を連れてきました。タカヤマ大尉です。彼は今回の護衛部隊の要であるイソガイ少佐の副官で、連絡調整を担っています」


 高山はハイマンに対して敬礼しながら口を開いた。


「高山大尉です。どうぞよろしく」


 そう言った後、握手を求める。

 ハイマンは握手をしながら高山に言った。


「私は軍人ではない。だから敬礼は不要だよ、大尉。

 少し苦言を言わせてもらえば、ヘンドリックス少佐が来ているのに、もう一人の少佐の副官が来るというのは、いささか礼を欠くのではないかな?」


「DR.ハイマン。その点については私からお詫び申し上げる。イソガイ少佐たちも到着したばかりで、事前に私が連絡しておりませんでしたので」


 ヘンドリックスがフォローする。

 ハイマンはちらっとヘンドリックスを見てから高山に向かって尋ねた。


「君は日系人かね? 日本人かね?」


「今は日系人ですね。日本生まれの日本育ちですが、ジョージ・メイソン大のスカー・スクールで学位を取りました」


「ほう。優秀なのだね。スカースクール……それで国防総省か」


 高山は何かを見抜かれた気がして、頭を掻いた。

 ヘンドリックスはフォローを続ける。


「イソガイ少佐の機械兵の操作技術は世界最高と言っても差し支えありません。彼の能力は護衛のみならず、研究においても役立つでしょう」


「そうか。それは頼もしいな。何はともあれよろしく頼むよ。

 大尉、今回の調査チームには日本人……そう、今は日系人か。一人いるのだよ。紹介しておこう」


 ハイマンは扉の内側に頭を向けると、誰かに声をかけた。

 少し待っていると、一人の女性がぶつぶつと独り言をつぶやきながら姿を現す。

 30くらいだろう。伸びた髪を無造作に束ねて、化粧気は全くない。白衣をまとっているが、下はジャージにTシャツ。

 ドアから出てきて、高山の前に立つと、無造作に口にした。


「私は相馬澪(そうまみお)。お会いできて光栄だ」


 ぶっきらぼうに右手を差し出す。

 何の感情も感じないその言葉に、高山は一瞬固まるが、慌てて握手をして、返答をする。


「高山真二です。今回の任務に参加する部隊のメンバーです」


 日本語で話し、全部を言い切る前に相馬は高山の言葉を遮った。


「そう」


 その一言で高山に背を向けてラボカーに戻っていく。

 高山は茫然としながらそれを見送る。

 その様子を見て、ハイマンが苦笑しながら話しだした。


「彼女の素だ。ああいう人物だと理解してくれ。彼女も極めて優秀でね。

 日本先進エネルギー研究機構(JAEA)から、オークリッジ国際研究所(ORNL)へ出向していたんだが、今はORNLの職員になっている。

 中性子散乱と極限物性を専門にする研究者だ」


「はあ……」


 高山はハイマンの言葉が今一つ理解できなかったが、彼女が優秀な研究者であることは理解した。

 それと同時に思う。

 あまりにも、それらし過ぎる。まるで絵に描いたような研究オタクだ。


「まあ、研究者と言う生き物は、基本的にあんな感じだと思ってくれればいいと思う。中にはより政治的な人物もいるが……

 私などがその代表みたいなものだよ」


 ハイマンの言葉に高山は返答に困り、苦しみながら一言答えた。


「はい。理解しました」


 ハイマンは再び苦笑し、ヘンドリックスに一言「出発まではこのままだね?」と確認してから彼も車内へと戻っていった。

 高山はその場に立ち尽くす。


「シンジ、あまり気にするな。直接かかわることはあまりないからな」


 ヘンドリックスは高山にそう告げると、格納庫の奥へと歩いていく。

 高山も、とりあえず60式に戻ることにする。

 格納庫に吹き込む風は、変わらず乾いていた。





 同日 13時


 高山は輸送部隊のメンバーとも顔を合わせ、簡単な挨拶を済ませていた。

 その後、磯谷と赤石と合流して遅めの昼食となる。


 昼食は同行する補給部隊が用意してくれることになっていた。

 高山は磯谷たちに同行する科学者たちのことを説明した後に、補給隊からの伝言を伝える。


「はじめのうちは生鮮食料もありますけど、その先は保存できるものが中心の食事になる。だから今のうちに、食事を楽しんでおけ。そう言われましたよ」


「それはそうなるだろうな……どこかで日本食を入手しておくべきだったか。自衛隊のレーションでもないよりはマシだっただろうに」


 赤石がそんなことを口にした。

 あの状況で入手しておくべきだったって……高山は思ったが口には出さない。

 磯谷は何かを考えているようだった。


「二佐、何か考え事ですか?」


 高山の問いかけに磯谷が口を開く。


「……少し気になることがあってな」


 的を射ない回答に高山は少し遠慮しながらもう一度問う。


「それじゃ、何のことかさっぱりわかりませんよ。少し私にもわかるように話していただけませんか?」


「そうだな。何のことか分からんな。実際、俺にもよくわからん」


「身も蓋もないことを……」


 磯谷は高山に目を向けてから、話を続ける。


「だが、何か気づいたらお前にもちゃんと教える。もう少し情報が欲しいし、整理もしたい」


「了解です。忘れないでくださいよ?」


「ああ」


 磯谷の答えに高山は納得したわけではないが、追及するのをやめる。

 少なくとも回答を突っぱねられたわけではなかったし、磯谷がそう言うのであれば待つしかないのも事実だろう。

 そう思ったからだ。

 高山は赤石に話しかける。


「赤石さん、55式の改造の方はどんな感じです?」


 赤石は急に難しい顔になると、高山を正面から見る。


「方針は決まったし、その準備も進んではいるよ。だが、時間が欲しいのも事実だね。

 移動を始めてしまうと、実作業ができなくなる。

 長時間の休憩のタイミングでしか、大きな整備作業はできないからね」


 朗報なのか、そうでないのか高山には判断できなかった。

 それを感じ取ってなのかは定かではないが、磯谷が話に割って入った。


「当面6機あれば何とでもなるだろう。パラディンは7機が使える」


「二佐はあれじゃダメだってことで60式や55式を用意させたんでしょ?」


「ダメとは言っていない。パラディンの兵器としての完成度は55式よりも上だ。

 だが、不測の事態への対応能力は55式の方が高い。だから用意させた」


「意外な感じです。二佐は55式の方が操作しやすいのでしょ?」


「確かに慣れはあるが、どちらも道具だ。使いようはある」


「そういうもんなんですね」


 パンの欠片で、スープカップを綺麗にさらい、それを口に放り込む。

 高山は磯谷が55式に愛着のようなものを感じているのではないかと勝手に思っていた。

 どうもそうではないらしい、それは高山にとって意外だったし、何となくではあるが納得もできなかった。

 高山はコーヒーを流し込んで、食器を片付けようと席を立つ。

 同時に格納庫に警報が鳴り響いた。

 さらに腕に着けた情報端末が呼び出し音を鳴らす。


「高山です。何事ですか?」


 端末からヘンドリックスの声が聞こえる。


「小規模の地上戦力が空港に接近中らしい。常設の守備隊で対応可能だと思うが、念のためタイプ60で待機してくれ」


 その声は磯谷や赤石にも聞こえたようで、磯谷はすぐに走り出す。

 高山もそれに続こうとしたが、赤石に声を掛けられる。


「60式は動かせんぞ! リアの整備ハッチを開けている」


 赤石は60式の整備スペース、通称「手術台」を使って55式の改造作業をしている。

 片づけないことには確かに60式の移動は無理だ。


「了解です」


 高山はそう言い残して60式に向かった。

 60式の運転席に座るなり、磯谷から声がかかる。


「高山、通信感度を上げたい。60式を格納庫の外に移動させろ」


「二佐、手術台に55式が乗っている状態で、60式は動かせません。凧を上げて通信を確保しましょう」


「了解」


 磯谷は凧を1機発進させ、格納庫の外に移動させた。

 ホバリング状態で凧が静止する。


「上空の空中管制機との情報リンク確立。データ来ます」


 ここの空港の施設自体は稼働していないらしい。現在はカヴナントの管制システムが、この近辺の統制を行っているようだ。

 その機能を補完するために、空中管制機が上空にいるようだ。

 表示されたデータによると、空港の西方、約20kmの地点にこちらに向かってくる一団が確認されている。現時点で識別は不明。

 空港から複数の車両が対応に向かっているようだった。


「すぐに動く必要はないな」


 磯谷は高山に告げた。

 地上戦力だけで攻撃を仕掛けようというのなら、無謀でしかない。

 航空戦力は確認されていない。どこかに潜んでいるはず。

 高山は警戒を強めた。

 ここで磯谷が再び口を開く。


「ヘンドリックス、これは日常的な攻撃の類だな?」


 高山もその言葉を聞いていて、反射的に言葉に出した。


「日常的?ってどういうことです?」


「接近してきているのはロシア軍だろう。そして積極的な交戦をするつもりはない。少なくとも、米軍の対応は本気じゃない」


 そう言えば空港の格納庫にある攻撃機類は、まったくと言っていいほど離陸していなかった。


「ああ、週に一度くらいはああやってちょっかいを出してくる」


 ヘンドリックスが答えると、接近中の部隊と空港近辺から向かった米軍の部隊が接触する前に、接近中の部隊は反転し、距離を取り始めた。

 米軍の部隊もそれを深追いはしない。


「二佐、こうなることが分かっていたんですか?」


「敵の数が少なすぎる。対応に出した部隊も多くはない。双方とも本気ではない。

 つまり、常態化していて、交戦しないことが両方とも分かっていた、ということになる」


「それって、こっちを油断させておいて、どこかでドカンと本気で攻めてくるってことですか?」


 高山の疑問にヘンドリックスが答えた。


「おそらくそんなところだろう。連中の持っている燃料や食料は底をつく頃だ。これは情報部の受け売りだがな。

 まあ、この状況じゃ潤沢に食い物があるとは思えない。連中も飢えれば方法を考えるさ。

 米軍がウラジオストクに入ったころは、投降するロシア兵も少なくなかったし、周辺から流入する避難民に混じっての攻撃もあった。

 今はそれも落ち着いたが、ウラジオストクの治安が安定しているわけじゃない。

 ギリギリまでカヴナントに滞在していたのも、そういう理由だ」


 話をしている間に、磯谷は凧を回収して、指揮席から出てきた。


「もう3か月になる。本気で来るなら、そろそろだろう」


 磯谷はそう言って60式から降りていく。

 高山はそれを追うか、ヘンドリックスとの会話を続けるべきか一瞬悩んだが、ヘンドリックスと話を続けた。


「少佐、調査に出たはいいけど、帰ってこれない、なんてことはないでしょうね?」


 ヘンドリックスは、少しの間をおいて答えた。


「多分それはない。ここに駐留する戦力はそれほどでもないが、向こうも十分な戦力はないだろう。

 何より、奴らには空軍力が無い。

 無駄なことをせずに投降してくれれば楽なんだが……

 無駄にプライドが高い連中はこういう時に困る」


 高山はそれに答える言葉が思い浮かばなかった。


「プライド、か」


 小さく呟き、座席にもたれ掛かる。

 高山は60式の座席に座り心地の悪さを感じた。



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