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第十七話:戦友



 2167年4月26日10時 ウラジオストク港 USS-カヴナント格納甲板


「起動テストOK。とりあえず6機は問題ない」


 磯谷は60式の操作席から、無線で外の高山に伝えた。

 メンテナンスの終わった6機の55式を実稼働させて確認作業をしていたのだ。

 結果は良好。

 各機の癖を調整する必要があるが、それが済めば問題なく運用できる。


「二佐、塗装作業始まってるんで、しばらく出てこれませんよ? その間どうするんです?」


 60式のメンテナンスも終わり、砂漠地帯用の塗装を施すための作業とタイミングが重なってしまった。

 磯谷が60式に乗り込む間だけ手を止めてもらい、55式の動作試験を行っていたのだ。

 60式は塗装用の簡易テントみたいなものに覆われていて、塗装完了まで出入りはできそうもない。


「問題ない。起動試験のデータから微調整を行う。2時間くらいあれば終わるだろう」


「分かりました。赤石さんには伝えておきます」


「赤石さんの方はどうなっている?」


「ええ、なんか苦戦してるみたいですね。詳しいことまでは分かりませんけど、パラディンの人工筋肉を55式に移植するつもりみたいです」


「そうか。高山、必要なら赤石さんを手伝ってくれ。俺も何かあれば呼ぶ」


「了解です」


 60式から少し離れた場所にいた高山は、会話を終えるとその場を離れる。

 一応60式は密閉されている状態のはずだが、溶剤の匂いはそれなりにしていた。


「換えたばかりだけど、60式のエアフィルター、交換しないとだめだろうな」


 このところ60式のメンテナンス作業に加わっていたので、高山もそれなりには詳しくなっていた。

 作戦が始まれば必要に応じてのメンテナンスは高山が行わねばならない。

 意外と覚えることが多かった。

 広い格納デッキから通路に入り、試作を行っている研究室に向かおうと移動していると、ヘンドリックスが高山に声をかけた。


「大尉。イソガイはどこにいる?」


「少佐は現在60式の中におられます」


 姿勢を正す高山に、楽にするよう伝えてから、再び尋ねる。


「60式は塗装作業中だろ?」


「55式のメンテナンスが終わったんで、テストすると。強引に中に入ったんですよ。塗装作業中なんで、しばらく出てこれません」


 高山の返事を聞いて「あきれた」と言わずともわかる表情をしてから、少し渋い顔になる。


「イソガイらしいとは思うが…まあ、後回しにするか」


「急ぎの御用ですか?」


「急ぎと言うほどのこともない。こっちもチームのメンバーが合流したんで、顔合わせだけでも先にしとこうかと思っただけだよ。昼からにしようか」


「お手数をおかけして、申し訳ない」


「高山、なんで君が謝るんだ?」


「なんででしょうね…なんとなく?」


「そういうところは日本人らしいな」


 そう言い残してヘンドリックスは向きを変えると、近くの階段を上がっていった。

 高山はそのまま研究室に向かう。

 研究室に入り、資料を眺める赤石に声をかけた。


「赤石さん。二佐のOK出ましたよ。このまま微調整に入るそうです」


 資料を見たまま赤石は微動だにしない。

 高山は再び声をかけた。


「赤石さん? 二佐が…」


「うるさい! 聞こえておる!」


 振り返りながら怒鳴る赤石。思わずびくっとなる高山。


「ああ、高山君か。申し訳ない。驚かせたかな?」


 我に返ったように赤石の口調が柔らかいものに変わる。

 高山は一瞬固まったが、気を取り直して赤石に告げる。


「なので、お手伝いすることがあればと思って、こちらに来たのですが」


「そうだったのか。今のところ君の手伝いは無くても大丈夫だよ」


「そうですか。必要な時は呼んでください」


「ああ、そうさせてもらう」


 赤石はすぐにスクリーンに目を向けなおし、何かに没頭しているようだ。

 こういう状態で声をかけるのが危険であることを、高山は学んだばかり。

 すぐにその場を後にした。


 すれ違う水兵と敬礼を交わしながら歩き、コーヒーでも飲むかと士官ラウンジに入る。

 だが、ここはここで落ち着かない。

 防衛省から羽田の米軍基地に移り、DOD《国防総省》の士官として調整などを行っているときには感じなかったが、ここでは特定の任務がない状態。

 いや、任務は決まっているが、その準備段階だ。同僚に当たるような相手もいない。

 カヴナントは海軍所属であり、乗組員も海軍。

 何となく場違い感があるし、浮いている自覚もあった。

 どんな環境でも生きていける。

 そんな自信もあったし、大学時代は実際そうだったと思う。

 だが、今は自分の居場所を確保するための努力すらできない。

 感じる小さな苛立ち。

 それ以上に感じる孤独感。


「結局のところ、私も日本人なのかな」


 ポツリと呟き、席を立つ。

 甲板に出て外の空気を吸う。

 5月にもなろうというのに、肌寒く、空気は冷たかった。





 同日 13時


 磯谷が微調整を終えるころには、外に張られていた簡易塗装室のようなテントは片づけられていた。

 助手席側に移り、周囲を確認してから車外に出ると、高山の姿がある。


「何か変わったことは?」


 磯谷の問いかけに高山は答えた。


「ヘンドリックス少佐が二佐を探しておられました。なんでも護衛部隊が合流したとかで、顔合わせをと言っていましたが、後でもいいかとも」


「そうか」


 急ぐこともない。磯谷はそう判断したようだ。

 高山は磯谷に尋ねる。


「赤石さんって、よく怒鳴ったりする人なんです?」


 その質問に磯谷は覚えがあった。


「昔は現場に出てきて技術指導することがあった。その時は整備の連中はかなり緊張してたな。

 気に入らないと怒鳴り散らすことで有名だったからな。

 誤解の無いように言えば、それだけ仕事に厳しい人なんだろう。

 普段は温厚だが、そういう場面では気を付けたほうがいい」


 磯谷の言葉に高山はもう少し先に教えてくれればいいのに、と思うが、それは口に出さない。


「昼食これからですよね? ご一緒しても?」


「ああ」


 そう言うと二人は士官ラウンジに向かった。


 食事を終えるころには、高山にヘンドリックスから連絡が入る。

 部隊の顔合わせとフォーメーションについて確認をしたいとのことだった。


「私は二佐のマネージャーという訳じゃないんですけどね」


 そう言いながらも磯谷に伝えて、今60式の整備を行っているもう一つ下の甲板へと移動する。

 上陸部隊用の車両類が格納されている場所だ。

 そこの一角に円になって座る一団が見える。

 前に立ち、電子ボードの前で何かを説明しているのがヘンドリックスだと分かった。

 ヘンドリックスは歩いてくる磯谷に気づくと話をやめ、姿勢を正し敬礼した。

 同時にそこにいた兵士たちが一斉に立ち上がり、磯谷に向き直ると一斉に敬礼した。


「堅苦しいのは抜きにしてくれ」


 歩きながら敬礼を返し、磯谷が思わず日本語でこぼす。

 立ち止まり敬礼の姿勢を取った高山が素早くそれを英語で伝えた。


「敬礼は不要です。楽にしてください」


 その言葉を受けてその場の兵士たちは一斉に休めの姿勢を取った。

 磯谷はヘンドリックスに少し険しい視線を送る。

 ヘンドリックスはニヤッと笑ってから、兵士たちに言った。


「イソガイ少佐は堅苦しいのを好まれない。普段通りで構わん。まずは座れ」


 兵士たちがばらばらとその場に座りなおす。

 その間も歩いていた磯谷は、ヘンドリックスに話しかける。


「嫌がらせのために呼んだのか?」


「いや、最初から素を見せるのはさすがにマズいだろ?」


「俺は気にしない」


 その返事にヘンドリックスは笑って、兵士たちに向き直る。


「紹介しておく。こちらが今回護衛任務に参加されるイソガイ少佐だ。隣にいるのはタカヤマ大尉。少佐の副官だ」


 磯谷と高山が改めて敬礼すると、座っていた兵士たちも敬礼を返した。

 兵士たちは陸軍仕様の砂漠迷彩の戦闘服を身に着けているが、階級章の類は見当たらないし、ネームタグもつけていない。

 1st SFOD-D、通称デルタフォース。米陸軍の特殊任務部隊で極秘作戦を担い、詳細は公表されない。

 そういう部隊だな。

 磯谷は思った。

 それをよそにヘンドリックスは話を続ける。


「いいか、こいつにはケンカを売るな。スパーで俺から一本取る奴だ。俺がリベンジする前に先に手を出したやつは、俺が殴る。分かったな?」


 兵士たちは口笛を吹いたり、隣と何かを話したりしている。

 ヘンドリックスはそれを気にすることなく隊員の紹介を始めた。


「最低限こいつらの名前は覚えておいてくれ。

 こいつが第一分隊を指揮するジャクソン大尉。それからこっちが第二分隊を指揮するメイヴィス中尉だ。

 あとはおいおい覚えてくれればいい。何なら覚えなくても問題ないだろう」


 兵士たちから、隊長それはないでしょ、とか、そんなことを言ってるからスパーで負けるんだとか、口々に不満の意思を伝えた。

 それを全く意に介さず、二人の分隊長は立ち上がって磯谷の前に立って敬礼すると、口々に言った。


「お噂はかねがね伺っております。同行できることを光栄に思います」


 ヘンドリックスが何かを吹き込んでいるらしい。

 磯谷はそう思い、彼らに言う。


「謙遜ではなく事実として言っておくと、俺は大したことはない。君らの隊長の方がよっぽど化け物だ」


 そう伝えると二人はお互いの顔を見てから笑い、ジャクソン大尉が口を開く。


「確かにうちの隊長は化け物です。ということはイソガイ少佐も化け物ってことですね」


 改めて二人は順番に磯谷に握手を求めた。

 そのタイミングでヘンドリックスが付け加えた。


「タカヤマ大尉も、今回の作戦に同行する。DIA《国防総省情報局》のエージェントくらいに思っていると、痛い目を見るぞ。

 彼も優秀な士官だ。イソガイの昔からの部下でもある」


 高山をスルーしようとした二人が態度を改め、高山にも握手を求めた。

 その様子を確認してから、ヘンドリックスは続ける。


「イソガイ、タカヤマ、ここにいる連中は雑な連中で、階級も少佐から軍曹まで様々。だが、あてにしていい連中だ。

 機材のお守りに6人ほど空港で待機しているが、それを合わせて21名は、今から戦友だ」


「そのようだな」


 磯谷はそう答え、改めてヘンドリックスに握手を求める。

 ヘンドリックスはその手を固く握った。


「さて。ざっくりとミーティングを終わらせよう。今日は来ていないが、ニールセン大尉が指揮するXM604も護衛部隊に参加する。

 基本的なフォーメーションはこうなる」


 ヘンドリックスが説明を始めたので、磯谷と高山も隊員たちの脇に座る。


「先行するのはイソガイのタイプ60とXM604、その後ろにM495-A2、さらに補給とラボが続く。その両脇にM1167が展開する。これが基本隊形だ」


 そう説明するヘンドリックス。

 高山の隣に座っていた、少し若い金髪の兵士が高山に小声で話しかけた。


「トム・ヘンダーソン少尉です。タカヤマ大尉、よろしく」


 右手を差し出す。

 高山はその手を握り返して言った。


「シンジでいいよ。トム」


 高山が小声で応じると少尉は笑顔で言った。


「シンジ。あんた、いいやつだな」


「君もな」


 高山も笑顔で応じる。

 ミーティングは、接敵時のフォーメーション確認と基本戦術が共有され、10分ほどで話が終わった。

 デルタの隊員たちは、これと言って予定はないらしく、その場で座談会が始まる。

 5分ほどすると磯谷は高山に耳打ちをした。


「高山、すまんが後を頼む」


 磯谷は立ち上がって、一言「次の機会に」と言ってその場を後にした。

 ヘンドリックスのリムパックの時の話から始まり、今回のパラディンとの模擬戦に関しての話で盛り上がる。

 盛り上がった隊員たちは、ヘンドリックスに磯谷の55式との模擬戦を希望したが、それはあっさりと却下された。

 その代わりと言っては何だが、と、先のパラディンと55式の一騎打ちの映像をボードに表示させる。

 隊員たちはその動きに釘付けになり、映像が終わると、様々な質問が高山に投げかけられる。

 高山はそれに可能な限り丁寧に答えた。もちろん、コアな技術的な部分には踏み込まない。

 それでも、デルタの隊員たちには興味深い話だったようだ。

 2時間が経過するころ、隊員たちは下船する運びとなった。

 彼らも空港付近に野営しているそうだ。


 下船していく隊員を、ヘンドリックスと高山は見送る。


「タカヤマ、何かと世話をかけたな。イソガイはこういう時に役に立たない。君がいてくれて助かったよ」


「いえ、少佐。お役に立てて何よりです」


「大尉、君にポリシーがあってなら無理強いはしないが、俺のことはジェイと呼んでくれ。隊の連中もそう呼ぶからな」


「でしたら、ジェイ。私もシンジと呼んでくれればうれしいです」


「そうか。シンジ、これからもよろしくな」


 そう言いヘンドリックスは右手を差し出す。

 高山はその手を力強く握った。


 ヘンドリックスは「それじゃ、またな」と言い残して、その場を去る。

 高山は目の前に広がる廃墟と化したかつての港を眺めながら、思う。

 風は相変わらず冷たい。

 だが、寒くはなかった。



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