第十六話:唯一無二
2167年4月20日10時 ウラジオストク港 USS-カヴナント格納甲板
昨日予定通りに60式のクローラーは届いていたが、足回りの交換作業は始められていない。
正確には車輪駆動部は外されていたが、そのままフレームの点検と外装甲板の交換作業が先に行われることになっている。
昨日一日55式のメンテナンス作業に掛かりきりだった赤石は、今、パラディンの整備チームと熱心に話をしている。
パラディンの構造と、そこに使われているテクノロジーの詳細のレクチャーを受けていた。
今朝一番で、赤石の申し出に許可が下りた。
2台の55式のオーバーホール兼改造に向けて動き始めたのだ。
まるで子供だな。
磯谷は、パラディンに投入されている技術を熱心に追い、目を輝かせている赤石の姿を見て、そう思った。
彼は今、高山と二人で昨日搬入された55式のパーツの確認作業を行っていた。
「二佐、これ、腕部の人工筋肉の部品なんですけど、型番が微妙に違うんですよ」
高山がチェックリストと突き合わせながら磯谷に尋ねる。
「それは、前6桁のコードが同じなら末尾が違っても問題ない」
そんな会話を繰り返しながら、パーツの確認を続ける。
高山はいい機会だと思ったのだろう、気になっていることを磯谷に尋ねた。
「二佐、二佐って機械兵の操作、すごく精密にできるじゃないですか? 何かコツってあるんです?」
磯谷は少し考えてから答えた。
「大部分は訓練だ。微妙な操作を覚えるには数をこなしていくしかない」
「身も蓋もない答えですね…」
高山はがっくりと肩を落としながらそう言うと、磯谷は続けた。
「あとは、そうだな。実際にはないが、動作に伴うフィードバックを想像すること、だな」
「フィードバックを想像、ですか?」
「ああ、その動きの結果、どんな感触があるかとか、今どれくらいの力がかかっているかとか、実際に感じることはないが、できるだけリアルに想像する」
高山は磯谷の言葉を咀嚼しようとする。
少し考えた後に口に出した。
「つまり、いろいろやってみて、結果を見て、情報を蓄積する、ってことですよね?」
「そうだな、そうともいう」
「やっぱり身も蓋もなかった。んじゃ、マルチコントロールってどうしてるんです? 同時に複数の機械兵を操作するって、常識的には無理でしょ?」
磯谷は手にした55式の部品を箱に戻してから、高山に答えた。
「あれはちょっとした手品みたいなものだ」
「手品、ですか?」
「ああ、実際に同時に操作をしているわけではない。AIのプログラミングが肝だ」
「プログラミング、ですか?」
「そうだ。どれだけ自分の動きに最適化させるかがポイントになる。直制御時の自分の癖を覚えさせておいて、自分のイメージに近づいた動きをさせる。
それができれば、順番に指示を出していけばいい」
「なるほど…でもそれって膨大なデータをAIに学習させないとできないのではないです?」
「そうでもない。年間の搭乗時間は隊内で規定がある。ということはそれほどのデータ量は必要ないはずだ」
「なるほど。今の話を聞いて、私も機械兵の操作を覚えてみようかな、って気になりました」
「そうだな。それもいいかもしれん。お前は器用だからな。向いているかもしれない」
高山が少し機嫌よさげになる。
磯谷はチェックリストを高山に手渡し、立ち上がった。
「高山、雑用を押し付けるようで申し訳ないが、少し体を動かしてくる。このところトレーニングができていない。体が鈍る」
「了解です。あんまり無理はしない程度に」
「ああ」
そう言って磯谷はトレーニングルームに向かった。
「そうか。機械兵の操作、向いているかもしれないか…」
高山は少し笑いながら、部品のチェックを続けた。
10分ほど経った頃に、赤石がやってくる。
「高山君、君一人か」
「ええ、二佐は体が鈍るからトレーニングに行ってくると、先ほど行かれました」
「そうか。それじゃ私が部品のチェックを手伝うよ。不足があればすぐに再調達してもらわないと困るからな」
赤石は高山から磯谷が見ていたチェックリストを受け取ると、コンテナの部品のチェックを始めた。
高山は赤石にも聞いてみる。
「さっき二佐からマルチコントロールについて教えてもらったんですけど、AIの学習ってどうするんです?」
チェックリストに目を通しながら、赤石は尋ね返してきた。
「ほう。磯谷君は何と言っていた?」
「はい。ちょっとした手品のようなものだ、AIに自分の癖を覚えさせれば、あとは順番に指示を出すだけ、って言ってましたよ」
「ちょっとした手品か…言い得て妙ではあるな」
高山は赤石の口ぶりが少し引っかかったので、聞き直す。
「えっと、手品の種さえ知っていれば、練習で誰でもできる、って意味かと思いましたけど?」
「当たらずも遠からず、というのが、技術者としての答えだよ」
「ますます分かりません」
高山は少し苛立ちを表しながら赤石に言う。
赤石は少し笑いながら高山に答えた。
「確かに本質的な部分ではそうかもしれん。私は数年前に磯谷君の操作データを解析したことがあるんだよ。
それは物凄いものだった。一言で言えば、あり得ない、だね」
「あり得ない?」
「ああ、確かに彼のマルチコントロールは、さっき言っていたAIの補助動作が肝というのも事実だよ。ただしそれには前提がある。
かなり細分化された操作を分解して、同時コントロールの配下にある機械兵に順番に命令を出し続ける。その間をAIがコントロールする。
同時コントロールというよりは、時分割コントロールと呼ぶ方が正しい」
「なるほど。ですけど、練習すれば何とかなりそうな気がします」
高山の言葉に赤石は笑い声を上げた。
「確かにそう思えるな。
だが、冷静に想像してみてくれ。
違う場所にあり、違う動作をしている機械兵の次の動きを指示する、ということは、マルチコントロール配下の機械兵の現状を完全に把握していなければできない。
いや、見ていない状態でも把握し続けることが不可欠なんだ。
高山君。君はサッカーをしたことはあるかな?」
「はい。ありますけど?」
「一つの画面に、ボールを蹴る側と受ける側が映し出されていて、それぞれを君がゲームコントローラで操作する。
うまくパスをすることが出来るかな?」
「多分ですけど、蹴るまで蹴る側に意識を集中して、蹴り終わったら受ける側を操作すれば、何となくですけど出来そうな気がします」
「なるほど。では、サッカーの試合で、ドリブルからパス、それを受けてシュートという一連の操作は出来るかね?」
高山は状況を想像しながら考え、答えた。
「ゲームみたいなものですよね。多分できるんじゃないかな」
「そうだね。一つの操作で動作が完結すれば、おそらく誰にでもできる。少しだけ練習はいるがね。それが磯谷君の説明した内容だ」
「でも、赤石さんはあり得ないって言いましたよね?」
高山の言葉に赤石は答える。
「ああ、そうなんだ。
例えばドリブルの操作をしながら、他の選手をパスを受ける位置に移動させる。
これを完全に一人で操作することは無理だ。AIの補助が必要になる。
磯谷君はそのAIの補助が極端に少ないんだよ。
ドリブルを操作しながら、時々パスを受ける側の操作に切り替え、ドリブルに戻る。
ゲームと違うのは、ボールと選手がセットになっていればドリブルになるが、実際の操作はボールを小さく蹴りながら走る動作、なんだよね。
もう一つ追加すると、操作している選手を俯瞰で見ているわけじゃなく、選手の視点、主観なんだ。
それを同時に処理するのは、なかなか至難の業だよ」
高山は少し想像してみた。
確かに難しそうではあるが、やってできないことはないのではないだろうか。
「確かに難しそうですよね。でも、かなり練習すればできそうな気がします」
高山の言葉に赤石は頷いた。
「今の例なら、可能だろう。
それが実際の戦闘になると、話は違ってくる。
常に周囲の変化する状況を頭に入れておかねばならない。
彼は55式を操作する際に小隊機の情報を一覧で表示させている。
それを俯瞰して見ているんだ。
これは想像だが、それぞれからの情報を統合して、その場を立体的に認識しているのではないかと思う。
急に操作対象を換えても、切れ目なく操作できるんだ。
これは凄いことだよ」
「サッカーの選手で、直接見ていなくても、敵や味方の位置が分かる人がいるって話は聞いたことがあります。そんな感じですか?」
「ああ、いい例えだね。
その能力に近いと思う。
一番違うのは、瞬時に自分の場所が入れ替わっても、それを認識して即座に行動できることかな。
卓越した操作技能と、空間認識能力、認知能力、それに加えてチェスの名手のような思考能力。
これがそろって初めて可能になると見ているよ。私はその辺は専門家ではないから、正しいかどうかは分からないけどね。
だけど40年以上機械兵のプロジェクトにかかわって、そんな芸当ができるのは磯谷君しかいない。
彼は唯一無二だ」
「言われていることは分かるような気がするんですが、何というか、今一つ理解できないというか…」
「そうだろうな。実際に体験してみなければ理解できんだろう」
高山は赤石の言葉に突っ込みを入れた。
「まるで体験できるみたいな言い方に聞こえましたけど、もしかして…」
「ああ、磯谷君が実際に見ていたものを見ることは出来るよ。見たいのかね?」
「是非! お願いします」
「あまりお勧めしないが、彼が何をしているのかを理解するのはチームとして無駄にはならないだろう。60式の所に行こうか」
二人は分解整備中の60式に近づいて、赤石が整備兵に声をかける。
少し会話をした後に60式の操縦席に入ると、いくつかの操作をしてから、延長ケーブルを付けたゴーグルを持って出てきた。
「炉は落ちているが、バッテリーで十分に戦術AIは動かせる。さあ、これを着けて、そこらに座ってくれ」
高山は受け取ったヘッドセットを着けてから、その場に座り込む。
「多分酔うから。気分が悪くなったらすぐにヘッドセットを外しなさい。いいね?」
高山が頷くのを確認して、赤石は説明を続ける。
「この間のパラディンとの模擬戦のデータを再生するよ。
記録されているものだから彼の操作までは体験できないが、何が起こり、彼が何をしていたかは確認できると思う」
画面が移ると、メインカメラ映像、機体の状況表示、センサーの情報がセットになった55式の操作画面が8枚、綺麗に並んだ状態で表示されている。
さらに少し下に60式のステータスと、戦術AIの提供する情報が表示される部分がある。
全部が視野に入るサイズに調整されている。
おかげで文字はかなり小さく、意識して注視しないと判読が難しい。
「接近するパラディンに対して、3機の55式を緊急発進させるところからになる。再生するぞ」
赤石の声で画面上のデータや画像が一斉に動き始める。
No6、No7、No8の画面に視界映像が映ると、それが向きを変え、前方に接近中のパラディンを捉えた。
同時に画面中央に3機の画面が大きく映し出されると、高速で3機の視線が入れ換わる。
微妙にずれる3機のメインカメラの映像が、目の前に一瞬表示されて切り替わるのを繰り返す。
二回りに一回くらい、さっきの全機の画面が挟まれる。
体感的に1秒間に3、4回、スクリーンの表示が変わった。
この時点で、高山はどのスクリーンが何番機の映像なのかを把握できなくなる。
そうなると、そこに映し出されている映像の意味すら理解できなくなる。
いくつかのカメラ映像が切り替わり、突然世界が回転する映像。
途中でパラディンを捉える映像が3つ映し出されると、今度はパラディンの超近接映像。
ここで高山はヘッドセットを外した。
幸い3D酔いはしていない…はずだが、ひどく気持ちが悪い。
「大丈夫かね?」
赤石が高山に声をかける。高山は赤い顔をしていた。
「二佐が何をしているかどころか、何がどうなっているのかを把握できませんよ。
画面の切り替えが早くて、酔いはしませんでしたけど…
切り替わる映像を追いかけようとしたら、何というか、頭が真っ白になって、画面の意味すら理解できない感覚で…
急激に気持ちが悪くなりました」
呼吸を整えながら高山はそう口にした。
「よく頑張ったほうだよ。君と同様に磯谷君の操作画像を体験した者は何人か知っているが、みな同じ反応だ。
ある種の映像ドラッグを見たときと似た反応を起こす。
映像ドラッグと決定的に違うのは、人間の脳が認識しきれずに誤認識を行う、ってところだそうだよ。
まあ、映像ドラッグの類は、人間の脳が誤認識するような抽象的な映像や光の刺激を行うように設計されている訳だがね」
「二佐は、あれを正しく認識しているってことですよね」
「そういうことだろうね。そうでなければ複数の55式を複雑に動かすことはできないからね。
これは余談だけど、直接画面に切り替わらない状態でも、3機以外の55式にも複数回指示を出しているんだよ。
君が見た映像の間にもね。
両脇に展開させていた55式で、包囲体制を作っているんだ。記録に残っているよ。
1機が超至近距離戦闘をしている合間にもね」
「無理ですよ。そんなことが出来るわけがない。でも、二佐はそれをしてるんですね…」
「ああ。戦術AIですら、リアルタイム処理が追い付かない。磯谷君は必要な情報を絞って認識しているのと、経験に裏付けられたある種の勘のようなものも使っているのだろうね。
科学的な分析とは言えないが、そういわざるを得ない」
高山は唯一無二の意味を噛みしめた。
才能と努力が揃って初めて可能になる。
磯谷との間に超えられない能力の差を改めて実感した。
赤石は話を続ける。
「面白いデータもあるよ。これほどの空間認識能力であれば、磯谷君は戦闘機や宇宙船の操縦でも高い能力を発揮するだろうと思っていた。
ところが、それはからっきし駄目なんだ。
それどころか、月面環境下での55式を操作するシミュレーションでも、マルチコントロールは出来なかったよ」
「意外ですね。二佐ならすんなり出来そうですけど」
「これも仮説だが、磯谷君が55式の動作を見失わない理由の一つが、重力だと思うんだ。
下がはっきりしていることが、彼にとって重要なのだろうと思う」
「あ。画像見ている間、ずっとツツツツって音が音声に混じってました。かなり気になる音だったんですけど、何の音ですか?」
「それは磯谷君に言わせれば、同期音、だそうだ。彼はその音を聞いて同期のタイミングを合わせていると言っていたよ。
詳しい理由は分からんけどね。マルチコントロールの際には必要だと言っていたよ。さっきの画像では戦術AIが一分当たり240回の音を出しているね。
音も重要な情報として、通常は拡大表示される55式の映像に対応した音を聞いているようだが、あの同期音をマルチコントロールの際には鳴らしているそうだよ」
「あの音を聞いて、同期、ですか?」
「原理までは分からんね。彼の固有の世界があるのだろう」
赤石はそう言うとチェックリストを閉じた。
「補給物資に問題はないね。リクエストした部品は揃っているから、メンテナンスに集中できる」
「何かお手伝いすることはありますか?」
高山の言葉に赤石が笑顔で答えた。
「むしろ何もしないでいいと思っていたのかね? 猫の手も借りたいくらいなんだ。君は器用そうだしね。頼むよ」
高山は赤石のその笑顔が、何となく怖いものに思えた。




