第十五話:一騎打ち
2167年4月18日15時 日本海 USS-カヴナント格納甲板
インターバルを取ってから、次の模擬試験の準備が始まっていた。
準備と言っても、実機のパラディンと55式の2機を並べて立てるだけだ。
「好対照っていうか、同じ機械兵でも随分イメージが違いますよね」
高山が率直な感想を口にした。
2機を並べると、その違いがまざまざと浮き上がってくる。
55式は体長2m、重量120㎏。オリーブドラブに塗装された一見華奢に見えるフォルムは、運動性能と、人間の環境での作戦行動を前提に作られた結果である。
このサイズなら、市街地でも建物内でも、作戦行動が可能だ。
一方パラディンは、明らかに設計のコンセプトが異なっている。
体長は3m近く。重量は推定だが300㎏以上。白を基調にしたシルバーの混じる機体塗装は、いかにも試作機らしいし、その名にふさわしくも見える。
重装甲、重武装、高機動を高い次元でバランスさせた機体。
これが数十機並んで前進する様は、戦場において敵の歩兵を恐怖させ、味方の士気を上げるという点で効果的だろうと思う。
「色的にはなんか55式が悪役に見えますよね」
高山の言葉に磯谷は苦笑する。
磯谷はこの後、もっと悪役に見えるだろうと思ったが、それは口にしなかった。
「さて。始めようか」
磯谷は60式に乗り込む。
今回は60式自体の出番はないため、高山は外で観戦することにしたが、赤石も60式に乗り込んだ。
「赤石さん、ここで見ないんですか?」
高山が声をかけると、赤石は短く答えた。
「私にも仕事があるんでね」
すぐにリングアナウンサーを気取った海兵隊員の一人がマイク片手にしゃべりだした。
「さて、お集まりの皆様。本日のメインイベント。時間無制限一本勝負を行います。
青コーナー、かつての世界最高の機械兵。日本製、タイプ55!」
ブーイングが上がる。
高山はボソッと口に出した。
「今でも世界最高だ」
沸き上がる歓声とブーイングに誰の耳にも届かない。
「赤コーナー。期待の新星にして、世界最強の機械兵。秩序の守護者。アメリカ製。パラディン!」
歓声とUSAコールが沸き上がる。
それにパラディンが腕を高々と上げて応えた。
間を見計らい、マイクを持った海兵が続ける。
「ルールはシンプル。どちらか戦闘不能になるか、負けを認めるまで、時間無制限で戦う。
武器の使用は無し。さあ、始めよう! 双方、距離を取って!」
2機の戦闘機械は少しずつ下がり、5mほど距離を取った。
「磯谷君。こちらも準備OKだ」
「了解」
赤石と磯谷も最終確認を済ませる。
「レディーッ! ゴーッ!」
海兵は派手に手を振りながら、ゲームの開始を宣言した。
「制御系を切り替えた。55式の力を見せてやってくれ」
「了解」
再び赤石と磯谷は言葉を交わした。
余計な細工を排除するために、カヴナントのコントロールをバイパスして、60式から直接の操作に切り替えたのだ。
目の前で実機が戦うのであれば、何も向こうの都合に合わせることはない。
磯谷は55式をゆっくりと前進させる。
一方、パラディンは猛然と直線的に距離を詰めてきた。
ショルダータックルだ。
「重量差を生かす正しい選択だな」
60式から降りてきた赤石が高山の隣で呟く。
高山は一瞬そちらを向いたが、すぐに2機の戦いに視線を戻した。
磯谷は55式をギリギリで回避させ、すれ違う。
2機がすれ違った直後に、チョンとパラディンの膝関節を蹴ると、パラディンは少しバランスを崩しかけたが転倒まではしなかった。
55式はそのまま直進、パラディンと距離を取る。
そして右手を上げ、人差し指を立てると、くいくいっと曲げて見せる。かかってこいのポーズだ。
挑発的な動きに観衆からブーイングが飛ぶ。
55式は意に介さず、両手を構えた。
パラディンが再び接近してくる。パラディンも両手を前に構え、殴り合うつもりのようだ。
わかりやすいな。
操作席の磯谷はヘルメットで表情こそ見えないが、口元が笑ったようだった。
パラディンの拳が55式に飛んでくる。一撃でも食らえば損傷は免れない。
55式は器用にそれを交わしていく。
時にダッキング、時にスウェー。軽く飛んで下がったかと思えば、パンチを掻い潜り、パラディンの背後に移動して。
時折、前蹴りや、すれ違いざまの足元への蹴りを確実にパラディンに当てていた。
55式の消極的な戦い方に観衆はブーイングを上げる。彼らは派手な殴り合いを期待しているのだ。
一連の動きに対応しながら、磯谷はいくつかの確認を終えていた。
パラディンの基本動作はAIによる制御。コントロールはコマンドベースで行われている。動きに無駄がないが、行動そのものは基本に忠実で確実な挙動だ。
動作速度はパラディンもかなり速い。だが、55式の方がわずかに速い。
そして何より、動き始めの反応にはかなり差がある。
磯谷は積極的な攻撃を始める。
徹底した蹴りによる攻撃。
基本は今までと変わらず、パラディンの攻撃にカウンターを合わせる形だが、蹴りの数が目に見えて増え、その攻撃がパラディンに当たるたびに、ゴンっと鈍い金属音が鳴り続ける。
パラディンの動きは変わらず、55式の攻撃を避けるつもりすら見せない。
55式の攻撃が軽く、装甲を超えてダメージが入ることはないと確信したような動きだ。
だが、磯谷はパラディンの動きが変わったことに気づく。
手数がぐっと減って、確実な防御を始めたようだ。
「気づくのが遅いな」
攻撃が当たらないことに業を煮やして、ニールセンが55式の動作解析を始めたのだと予想する。
パラディンは55式の攻撃に対して、確実にガードを行う動作をしている。
動きの情報が蓄積され、正確に対応されれば、磯谷の操作であっても致命傷を与えることは極めて困難になる。AIは万能ではないが、無能でもない。
時折牽制の攻撃を入れては来るが、あくまでも牽制で、カウンターを食らうことを警戒した動きだった。
磯谷は攻撃のパターンを変えた。
これまで右の膝を中心に攻撃していたのを、55式を左回りに移動させながらパラディンの右足に攻撃を集める。
パラディンは足を使ってのブロック動作で、それを防いだ。
2発、3発と蹴りをガードする。牽制の拳が放たれた。
次の瞬間に磯谷は55式を相手の右側に大きく動かす。
パラディンはそれに追従して動くが、ほんのわずかな反応の遅れがそこに見えた。
開始直後に見せたすれ違いざまの膝への蹴りと同じような動作を見せる55式。
だが、それは前に見たときと少し違っていた。
がっつりと重量を乗せた蹴りがパラディン右ひざの後ろに一度入る。
パラディンは重心をコントロールしてバランスを保つが、そこに55式がもう一撃、体をひねりながら向きを変えての蹴りを入れていた。
ドンと音を立ててパラディンが膝をつく。
55式はそのまま背後から膝裏を踏みつけ、器用にバランスを保ちながら、反対の脇付近に膝を入れた。
55式の膝の装甲が、パラディンの脇の可動部分の薄い装甲にめり込む。
そこで55式は離れて距離を取った。
「チャンスなのに、なんで?」
高山が思わず声を上げる。
赤石が笑いながら答えた。
「ギブアップのチャンスを与えた、というところか。あるいは、もう少し派手にするつもりかな」
右ひざから明らかな異音を立てながら、パラディンは素早く立ち上がり、55式に向き直る。
55式は再び、かかってこい、と挑発的に指を動かした。
観客たちがざわめく。
「開始2分くらいだが、パラディンの攻撃は一度も当たっていないぞ」
誰かがそんなことを言った。
再びパラディンが猛攻を始める。
右足を軸に、左足を水平に薙ぐような蹴り。
攻撃範囲が広く、懐に飛び込ませないだけの速度があり、破壊力も十分。
「それが最適解だろう。だが、遅すぎた」
磯谷はそう呟いて55式をバックステップさせる。
パラディンは前進しながら、右足の蹴りを同様に放った。
55式はそれを掻い潜るようにパラディンに転がり込む。
蹴りの軸足になっていた左足を刈り取るように滑ると、パラディンは大きく前へと倒れた。
すぐにパラディンは起き上がろうとしたが、55式が左足を両手で掴んでいて、起き上がれない。
55式は再び膝裏に足を入れて踏みつけながら、そのままパラディンの足を掴んだ状態で倒れ込んだ。
ギュウゥっとゴムを締めるような音に続いて、55式の機体が斜めになったまま静止する。
構わずにパラディンが動こうとしたとき、ミシッと鈍い大きな音が響いた。続けて55式が倒れるドン、という音。
55式は素早く立ち上がり、パラディンから距離を取る。
パラディンが上半身を起こし、55式に向き直る。
だが、パラディンは立ち上がれなかった。
左ひざを地面につき、右ひざを前に出した状態だが、左ひざから先が、真横に捻じれ、動かなくなっていた。
それでもバランスを保ちながら55式に接近しようとするパラディン。
格納庫内が静まり返り、ドスン、ギーードスン、ギーーという右足をつき、左ひざを引きずる音が響く。
完全に機動力を失ったパラディンの勝機を誰もが見いだせなかった。
そこでパラディンの動きが停止する。
機械兵は兵器だ。これで動けなくなるほど華奢ではない。少なくとも戦場ではまだ武器を手に攻撃を続けることができる。
ニールセンがあきらめたか、CICで見かねた誰かが動作を停止させたか。
いずれにせよ、ゲームに決着がついた。
静寂を破るように我に返った海兵がマイクで告げる。
「しょ、勝者! タイプ55!」
集まっていた観衆は、静まり返ったままだった。
二回りも小さく非力に見える55式が、無傷でパラディンを圧倒したという事実は、目の当たりにしても受け入れるのが難しかったのだ。
「赤石さん。機械兵の足って折れるんですか?」
高山の問いかけに赤石が答える。
「まず折れんよ。最も強靭な部品が骨格だ。だが、その中で最も弱いのが関節部。ここに限って言えば外すこともできる。
まあ、完全に分解しないと、人工筋肉もあるから外れんがね」
「でも、パラディンの足、折れてますよね?」
「正確には関節部が破壊されたというのが正しいだろうな。稼働できないくらい捻じれた。人間の骨折とはわけが違う。
パラディンは重装甲故に関節の可動域が大きくない。だが、戦場での十分な移動速度は稼ぎたい。そこで膝と鼠径部に関しては二重関節構造になっているようだ。
構造が複雑になる分、どうしても弱くなる。
それでも、55式のパワーだけでは、ああは曲げられん」
「でも、パラディンの足は曲がってますよね?」
「序盤で、磯谷君は左足に攻撃を集めていただろう?
確かに構造的にダメージを与えられるほどではなかったが、地味に利いていたんだ。
パラディンは重量があるからね。脚部にかかる負担は比較的大きいよ。
パラディンの構造解析で、膝への負担が一番大きいことは確認していたけどね。
問題にならない小さなダメージの蓄積。そこにかかる大きな負担。さらに、最後にパラディンが立ち上がる動作をした際の力がかかるタイミングで、55式の最大荷重がそこに加えられる。
結果として、パラディンの膝は変形して稼働しなくなった。
理論的にはそうだが、狙って出来ることではないね。普通は」
高山はその話を聞いて少し首をかしげながら赤石に言った。
「つまり、二佐だから出来たことで、それは普通ではありえない、って理解でいいですか?」
「ああ。それでいいと思うよ。現実に見た光景だが、滅多なことじゃない。それでいい。物理の理屈なんざ専門家の世界の話だ」
赤石がそう答えると、高山は明るい顔をして60式の方に走っていった。
赤石はその場に立ち、55式を眺めていた。
「磯谷君。君はとんでもないものを見せてくれたな。君にしかできないことは理解しているが…それでも夢を見たくなる。
これは…技術者の性だな」
赤石はこみ上げてくるものを感じていた。
一度は引退したが、より高みを目指したい。技術者としての欲望。
赤石はしばらくそこから動かなかった。
同時刻 カヴナントCIC
「なんてざまだ。操縦者の技量に差があったとしても、我が国の英知の結晶が、旧型に敗北を喫するなど、あってはならない!」
コードウェルが拳を指揮所の壁に叩きつけた。
リースウッドは手にしたコーヒーを一口すすると、コードウェルに言う。
「大佐、気持ちは分かりますが、その操縦者の技能の差が、あまりにも大きかったのですよ。純粋に同じ条件、例えば完全にAI操作による勝負でしたら、パラディンは負けなかったでしょう」
「なら、なぜ最初からそうしなかった! 多くの兵たちに、パラディンは醜態を晒したのだぞ!」
コードウェルの怒りは収まらない。
リースウッドは冷静に言葉を続けた。
「無理に勝負などさせなければよかったのですよ。
まあ、結果として実戦形式の演習ではパラディンが勝った訳ですし、面目は保たれているでしょう。
最初から言っている通り、今回の鍵はイソガイなのです。私に言わせれば使用する機体は彼がなじんでいるものの方が良い。
それを新型機の実験としてねじ込んできた方が間違いなんですよ」
「貴様は私の方針が間違いだというのか?」
「そこまでは言っていませんよ。今回の任務の性格上…過酷な環境下における、実戦データの収集。目撃者もいないであろう場所。確かに実戦テストには極めて向いています。
ですが、それは本来の作戦の目的ではない。最優先すべきは落下地点の調査です。
イソガイはその環境でも、今回のような繊細な操作を行い、大いに貢献するでしょう。パラディンのテストは、二の次なのです」
言い過ぎた言葉を微妙に修正しながらリースウッドは言った。
怒りが収まらないコードウェルをちらっと見てから、リースウッドがさらに続ける。
「今回の模擬戦は良いデータが取れたと思います。それだけでも大きな価値がありました。それでよしとしようではないですか」
「パラディンはどうする?」
コードウェルの言葉にリースウッドが答えた。
「大佐の思うようにされてよいと思いますよ。ですが、イソガイからは55式を取り上げるわけにはいかなくなりましたね。
ですので、ニールセンも作戦に参加させ、テストを続行されるもよし。ここで撤収させるもよしです。
そこは私の与り知らぬことですからね」
コードウェルはキッとリースウッドを睨む。
リースウッドは視線を合わせずに、コーヒーを口にした。
「輸送機の手配を行う。ニールセンを同行させてテストは継続だ。それでいいな?」
「もちろんですとも。大佐は作戦の実施に当たって指揮官なのですから」
その言葉を聞いてコードウェルはもう一つ確認した。
「証拠隠滅の手筈は大丈夫なのだな?」
「もちろん。彼に任せておけば問題ありません」
二人の会話はそこで途切れた。
同日20時30分 ウラジオストク港 USS-カヴナント艦内
19時ごろカヴナントはウラジオストクに到着。港に停泊した。
艦上から見るウラジオストクの詳細は薄暗くて確認できなかったが、港湾施設が軒並み破壊されている状況は分かった。
陸に上がれるかもしれないと思っていたが、上陸許可は下りない。
つまり、そういうことだ。
磯谷、高山、赤石の3名は士官区画のミーティングルームに呼び出された。
そこで待っていたのはいつもの3人組。
コードウェル大佐、リースウッド、ヘンドリックス少佐。
いつものようにコードウェルは不機嫌な表情で、ヘンドリックスは目を瞑って腕を組んでいた。
そんな中、淡々とリースウッドが話をした。
「作戦開始は5月1日。作戦にはニールセン大尉のXM604を加える」
要約するとそういうことだった。
XM604自体は60式と同様に融合炉を搭載している。
ニールセン大尉と、おそらく整備要員が増えることになるだろうが、数人増える程度で護衛部隊の戦力が増強されるのであれば歓迎すべきだ。
そこから先の話が、我々にとっては重要な部分だった。
「搬入の遅れている60式のクローラーユニットだが、これは一両日に届く予定だ。同じ便で修理に必要な部品類も届けられる。
出発まで2週間はないが、その間で何とかしてくれ」
赤石がすぐにそれに答えた。
「ここの整備士たちは優秀です。時間としては十分でしょう。ですが2体の55式に関しては、オーバーホールが間に合わない」
リースウッドがそれに答える。
「新たに2台調達は可能だと思うが、状態に関しては保証できない」
「それでは意味がない。結果、送られてくるのが整備不良機であれば、結局かかる時間は同じだ。
そこで私からの提案なのだが――」
赤石がそこで少し間を置き、意を決したように話を続ける。
「オーバーホールを可能な限り進める。移動中も継続すれば、程なく稼働可能になるだろう。
そこで一つ提案したい。
オーバーホールに際し、パラディンのテクノロジーを流用させてほしい。
具体的にはパーツの流用ということだが、一部設計データへのアクセスの許可ももらいたい」
赤石の言葉にコードウェルが激怒した。
「米国の最新技術だ。それを使わせろだと? 許可できるわけがないだろ!」
「もちろん、守秘義務は守る。戦力の増強につながれば、それは貴殿たちにとっても理のある話だ」
「話にならん!」
コードウェルはそれを完全に拒否した。
だが、リースウッドは何か思うところがあるようで、その会話に割り込んでくる。
「MR.アカシ。それを許可したとして、それが米国の資産であることはご理解されていますな?」
「…もちろんだ。私は期間限定で貴殿らに協力する。貴殿らは完成した試作機を得る。フェアトレードだと思うがどうだろうか?」
「しつこい! そんな許可が――」
すぐさまコードウェルが横やりを入れたが、リースウッドはコードウェルを制し、赤石に向かって話を続けた。
「いいでしょう。この場で許可は出せませんが、許可は取り付けます。もちろんMR.アカシには契約書にサインをお願いすることになりますが」
「それに米国政府の職員になるという条項が無ければ、サインしましょう」
「リースウッド、勝手なことを――」
コードウェルがテーブルをバンと両手で叩いて立ち上がるが、リースウッドは動じずに続けた。
「大佐。この件に関しては私に一任してください。良いですね?」
コードウェルは真っ赤な顔でリースウッドを睨みつける。
リースウッドは無表情のまま、繰り返した。
「大佐。良いですね?」
「好きにしろ!」
コードウェルはそのまま大股でドアまで進むと、派手に音を立ててドアを開け放ち出て行った。
「彼は彼なりの愛国心で動いています。大目に見てあげてください」
今の成り行きとは少し違う内容で場を収めるリースウッド。
こいつら、一枚岩じゃないんだな。
ミーティングはその後、合流部隊の情報の説明がなされ、5分ほどで終わった。




