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第十三話:赤石玲胤



 2167年4月15日8時 東京湾 USS-カヴナント艦内 格納デッキ


 昨日も一日中システムの調整に費やされた。

 昼前になってから高山が出てきたときには、磯谷は作業を続けていた。

 高山が来ると、磯谷は調整作業を中止し、60式の操作を一通り高山に説明する。

 それが終わると、高山は早々に解放された。

 

 そして今朝になって、高山が格納デッキを訪れると、やはり磯谷は作業を続けていた。


「二佐、ちゃんと休息も取らないと、倒れますよ?」


「ちゃんと休んでる。問題ない」


 磯谷はシステムスクリーンを確認しながらそう答え、不意に手を止めて高山に向き直る。


「高山、技術者はどうなった? 素人ではこの辺が限界だ。専門家の手が欲しい」


 磯谷の言葉に高山は少しあきれながら答えた。


「最初から専門家を待ってもよかったんじゃないですか? まあ、すぐに決まるとは思いませんけど…」


 そう言いながらパッドを操作する。

 そしてその手が止まり、驚きの表情に変わった。


「二佐! 技術者が決まったみたいです。明日にもここに来るみたいですね」


「プロフィールは分かるか?」


 磯谷の言葉に高山は少しにやっと笑いながら答えた。


「二佐もさすがに気になるんですね」


 そう口にしたところで視線が刺さっていることに気づいて、話を続ける。


赤石玲胤(あかし れいん)氏、67歳。民間人ですね…あ、違いました。防衛装備庁の元技官だそうです。

 ああ、退官時にDIA《国防総省情報局》のスカウトを受けてますね。その時は断ったみたいですけど。

 身元を洗う時間がかからなかったので、決まるのが早かったんでしょう」


「赤石…防衛装備庁…? 赤石主任か?」


 磯谷はその名前に心当たりがある。

 尋ねられた高山は少し困惑した様子を見せてから、パッドの情報を読み上げた。


「私は知らないので…ああ、おそらく二佐の言う赤石主任だと思います。元・防衛装備庁 陸上装備研究所 主任研究官とありますから。

 どういう方なんです?」


「…赤石主任か。しかし、なぜ…」


 磯谷は高山の話を途中から聞いていないようだった。

 高山は少ししつこく問い直した。


「二佐、その赤石元主任ってどういう人なんですか?」


 その問いかけに磯谷は答えた。


「俺が知る限り、機械兵とそのシステム回りを最もよく知る人だ…」


 磯谷も直接の面識がある。

 入省後、ずっと機械兵関係の部署にいた技術畑の人。

 権限が無かろうと、機械兵関連はこの人がOKを出さないと何も前に進まないと言われるほどに信頼の厚い人物。

 かなり偏屈。だが、その目は確かで技術者として極めて優秀な印象が残っている。

 ただ、今回のように危険を伴う現場に出てくるようなタイプの人ではない。


 他人の事情に興味はない。

 磯谷はそう思い、調整作業に戻る。


「専門家が明日にでも来るんですから…」


 高山の声は届いていなかった。

 喉の奥に本当に小さな小骨が刺さっている感覚。

 痛くはない。だが気になる。

 その感覚は消えなかった。





 2167年4月16日13:00 USS-カヴナント甲板上


 船が出港した。

 天気が良ければ富士山が見えたりするらしいが、薄暗い世界ではそれも見えない。

 今日も陽の光が地上を照らすことはなく、空全体がぼんやりと明るくなっている。

 そこが羽田であることを示す天空へと続く道が、徐々に遠ざかっていった。


 カヴナントの向かう先はウラジオストクだと聞いている。

 人道支援の名目で、アメリカはロシア内に早々に拠点を築いていたようだ。

 説明によればロシアはすでに国として機能していない。

 許可も無ければ拒否もない。そういう状況だ。

 ウラジオストクは日本のどこよりも墜落地点に近いという事実からも、現地の状況は想像できた。

 研究者チームや補給部隊、デルタの本体も現地で合流するということだった。


 出港から30分。

 陸地はどちらを向いても見えない、まさに五里霧中だななどと思っていると、カヴナントの後方から一機の小型機が接近してくるのが見え、すぐに着陸した。

 タラップから二人の人物が下りてきた。

 リースウッドともう一人。

 ライトグレーの作業服に作業帽。赤石主任だ。


「リースウッド室長。このまま仕事を始めても構いませんか?」


「熱心ですね、MR.赤石。もちろんですとも」


「では早速。約束の件は速やかにお願いします」


「もちろんです。約束は即座に実行しますよ」


 リースウッドと赤石は握手を交わし、赤石は磯谷の方に歩いてくる。

 小型機はすぐに離陸の準備に移る。


 リースウッドが艦橋へのハッチに入ると、小型機は垂直離陸を行い、そのまま飛び去った。

 赤石はその風を受け、帽子を押さえながら磯谷の前に立つ。


「やはり君だったか。磯谷君、私を覚えているかな?」


「もちろんです、赤石主任。あなたがここに来るとは想像もしていなかった」


「現場仕事は私には無理、そう考えたのかね?」


「いえ。そうではなく…任務の内容を知った上で参加されたのですか?」


 一瞬の間。

 赤石は答える。


「概要は知っている。私に求められる役割は、銃を撃つことではない。ならば私が最も適任だと思うのだが、不服かね?」


「いえ。私がどうこう言える立場にはありません」


「そうか。ならすぐに仕事にかかろう。君は高山大尉、だね。赤石玲胤だ。よろしく頼むよ」


 赤石は高山に右手を差し出す。

 直前のやり取りも聞いていた高山は少し困惑しながらも握手に応じる。


「高山真二です。こちらこそよろしく」


「早速運び込まれた60式を見せてもらえるかな」


「ご案内します。こちらへ」


 そう言ってエレベーターの方に歩き出した。

 磯谷の喉に刺さった小骨は、抜けていなかった。


 二人の後を追って磯谷が60式の前に着いた時には、パッドを片手に検査結果のチェックを行っているようだった。


「第一機械兵団にいたということだが、君がチェックしたのかね、高山大尉?」


「いえ。いたと言いましても私は管理部ですので。ほとんど二佐がチェックされました」


「磯谷君がね。なるほど。抜け目がないね。細かいところまでよく見ている。傀儡師の二つ名は伊達ではないということか」


 そう言いながら磯谷に目を向ける。

 そして再び高山に目を向けて話し始める。


「少し大掛かりな修理をしたい。ここにある整備機械類と、作業に必要な人員を使えるように手配してもらえないか?

 あと部品もかなり必要になる。それは後で一覧を作るから、調達可能なら調達してほしい」


「分かりました。掛け合います」


「あと、申し訳ないが、少し席を外してくれないか? 磯谷君と二人で話がしたいんだ」


「では、すぐに要員他の申請をしてきます」


「悪いね。頼むよ」


 高山は磯谷に視線を送り、磯谷が頷くのを確認してから、その場を後にした。


「で、話とは何でしょうか赤石主任」


「主任はやめてくれ、すでに退官した民間人だ。それに、何か話がしたいのは君だと思ったのだが、違ったかね?」


「そうですか。では赤石さん。単刀直入に聞きます。なんでこの作戦に参加したんですか?」


 磯谷は自分の感じている違和感を直球で赤石に投げた。

 赤石は一つ息を吐いてから答えた。


「君と同じ理由、では説明にならんかな。とりあえず座って話そうか」


 そう言うとその場に座り込む。

 磯谷もそれに従った。


「君もこの国の惨状…国すらなくなった現実を目の当たりにしただろう?」


「はい」


「退官した際に、米国からのスカウトがあったよ。フリーハンドでの機械兵プロジェクトを任せるとね。

 私はその申し出を断った。技術屋としてはこれ以上ないくらいの話だったが、私がそれをするのは…ある種の裏切りに感じたんだよ」


「はい。そのお気持ちはよくわかります」


「状況が変わった。この国が無くなるなんて思いもしなかったよ。息子夫妻は残念ながら死んだ。だが幸いなことに、都内にいた孫娘は無事だったんだよ。

 そこに旧防衛省の昔馴染みから連絡が入った。おとといの話だ。

 米軍が何かの作戦を実施するのに、傀儡師をスカウトしたらしい。60式の整備担当を探していると。

 千歳から60式を回収して引き上げたって話も別筋から聞いた。

 それで、自分から米軍に売り込んだんだ。私が整備をするとね」


 下を向き、何かを考える様子で赤石の話が止まる。

 磯谷は続きを促した。


「今のところ理由にはなっていないと思いますが」


「そうだな。

 私は思ったんだよ。

 アメリカのために機械兵を作るのは裏切りになるが、傀儡師の使う機械兵の整備であれば裏切りにはならない。

 そして、それならば交渉の余地があるとね。

 私はDIAのエージェントに連絡した。

 孫の米国移住を条件に、私が引き受けると」


 磯谷はその理由が納得できた。

 現状では市民が国外に出る方法すらない。

 治安状況さえままならない状況よりも、アメリカに渡れるのであれば普通の生活が送れる。

 

「体のいい身売りさ。

 かつてこの国は、核攻撃を受け、焦土と化しながらも立ち直った。

 だが、大昔の話だ。

 この状況で、国すらなくなってしまった状況で、孫に未来のための礎になれとは言えないよ。普通でいい。普通に幸せになってほしいんだ。娘夫妻の為にも…」


 俯いたまま話す赤石の声は涙声だった。

 もし自分の娘が生きていたら。

 そう考えたとき、その判断は正しいものだと思える。


「よくわかりました、赤石主任。是非ともご協力願いたい。あなたの力無しでは60式は、55式はまともに運用できない。よろしくお願いします」


 磯谷は深々と頭を下げた。


「磯谷君。主任はやめてくれと言っただろう。私は車両付きの整備兵だよ。君の指揮下に入るんだ。それに、君が頭を下げるのも筋違いだろう。

 君も私も同じ雇い主に雇われたわけだからね」


「そうですね。赤石さん」


 磯谷は右手を差し出した。

 赤石はその手を取り、力強く握り、頷いた。


「二佐、大変ですよ!」


 高山の声が聞こえてきた。

 磯谷は立ち上がり、赤石は慌てて眼鏡をはずして涙をぬぐっている。


「慌ててどうしたんだ?」


 磯谷が高山に歩み寄りながら声をかけると、高山は走るのをやめ、歩きながら息を整える。


「明後日、ウラジオストク入港前に、シミュレーション演習を行うそうです。しかも2種類。

 一つは完全シミュレーションによる部隊演習。

 もう一つは実機を用いた、一対一の格闘戦です。コードウェル大佐から正式に通知が届きました」


「…やはりアメリカだな。ヘンドリックスといい、コードウェルといい、アメリカ人は殴り合いが好きだな」


「そこですか? 突っ込むところが違うでしょう?

 こっちの60式は整備状況が完全ではないし、55式に至ってはそもそもパラディンとは階級が違いますよ」


「60式の操作系は問題ない。シミュレーション演習はすぐにでもOKだ。

 殴り合いに関しては…高山。俺が操作する55式がパラディンに殴り倒されるシーンを想像できるか」


「あ…」


 高山の表情が明るくなり、それ以上の言葉が出なくなる。

 磯谷はそう言いながらもプレッシャーは感じていた。

 きっちり勝たなければ赤石の扱いが変わる可能性がある。

 この状況で不本意な機械兵開発をさせたくなかった。

 整備担当が必要な状況を作る。すなわち勝つしかないのだ。


「とは言え時間が無いのも事実だ。赤石さん、早速ですが調整に入ります。

 できるだけ早く済ませて55式のメンテナンスも。

 55式は1機仕上がれば十分です」


 赤石は頷いて60式の車内に向かった。

 磯谷は高山に向かって告げる。


「高山、お前にも頼まなければならんことが山ほどある。雑用中心になるが…それでもお前がいなければどうにもならん。頼むぞ」


「もちろんですよ、二佐。私がいなかったら傀儡師も名前倒れになりますからね。舞台を整えるのは、ディレクターの仕事ですから」


 得意げになる高山を見て、磯谷は笑う。

 こうして時間無制限の整備作業が始まった。



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