第十二話:受諾
2167年4月12日19時40分 東京湾 USS-カヴナント艦内
リースウッドが今回の任務概要についての事前説明をした。
磯谷も隕石が地球に接近しているというニュースは聞いていたが、それをロシアが打ち落としたという話は初耳だった。
念を押されたうえで語られた、打ち落とされたものが隕石ではない可能性も当然初耳だ。
「にわかには信じられんな」
磯谷が小さく漏らした。
それをリースウッドは聞き洩らさず付け加える。
「だからこそ、危険地域に科学チームを送り込むわけだ。そのために貴官に協力要請をしているのだよ」
作戦は墜落地点から1000kmと少し離れたロシア領内のチタという街の空港に着陸。そこから陸路を進む。
墜落地点から1000km以内は大気中の粉塵濃度が高く、大気が荷電状態ということもあり、航空機では近づけないそうだ。
そればかりでなく、衛星からの偵察もできず、長距離通信もダメだろうということだった。
わざわざ陸地を行く理由ははっきりした。
機械兵を使いたい理由もある程度は理解できる。
人間では危険が伴う環境でも、機械兵なら気兼ねなく使える。そういうことだろう。
「事前の調査で分かっていることは多くはない。放射性物質も確認されているが、線量的に問題はないと考えられている」
現地で確認しろってことか。
「参加部隊は磯谷少佐の搭乗するXM604-BattleCommanderが1両、M495-A2 ArmorsCarrierが1両。サポート用の砂漠仕様のM1167高機動戦闘車が2両。これが護衛部隊になる。
参加隊員は磯谷少佐の他に、ヘンドリックス少佐の率いる1st SFOD-D小隊が務める。総勢25名の予定だ」
SFOD-D…デルタフォース。なるほどな。
「そのほかに科学者4名、うち1名は日本国籍だ。現地で収集および分析を行うためのラボカー。
機械整備を行うためのメンテナンスチーム5名と、その機材とを運ぶM945ベースのトレーラー。
あとは生活物資などを運搬するための補給部の隊員10名と、資材を積んだM945ベースのトレーラーが3台。
車両9台、総勢50名が決まっている」
意外と大所帯だな。
目標近辺は地面が月に近い細かな粒子の砂地が予想されているので、全車両砂漠仕様。
1000kmをひと月以内で走破予定。現地調査に数日を充てるにして、往復2か月の行程。そんなところか。時間的余裕はある感じだ。
だが、物資の余裕はあまりなさそうだ。
「以上が今回の任務内容になる。くれぐれも口外しないように」
リースウッドが話し終える。コードウェル大佐は腕を組んだまま。ヘンドリックスも無言だ。
「いくつかいいか?」
磯谷が手を上げる。
「少佐、何か?」
磯谷は率直な意見を口にする。
「翻訳用のイヤピースを用意してもらいたい。落ち着いた状況ならまだしも、そうでなければ聞き取れないことも多い。ああ、今の話は理解できている――」
「分かった。用意させよう」
話の途中でリースウッドがそう返事をした。磯谷は少し眉を動かして話を続ける。
「次に、あのXM604か。今回の任務には不向きだ。下が砂地なら少しでも軽いほうが良い。
正直に言えば、危険と言われる任務にX型番の付いた試作機を使うのは気が乗らない。
どうしてもと言われれば仕方ないが…今回の任務で俺の能力を最大限使いたいなら、60式と55式を一式用意しろ。自衛隊が解体された今、調達は難しくはないだろう。
60式なら砂漠仕様も可能だ。何より実績があって十分に枯れてる。
ついでになるが、それを整備できるメンテナンスマンも一人調達してくれ。おたくらじゃ詳しくないだろう? 今となっては米軍内に自衛隊を抱えているわけだから問題ないはずだ。
もう一つ、これはおまけだが、60式のサポート担当として高山を作戦に加えてくれ。詳細を詰める際の通訳として有用だ。一応ではあるが機械兵団に所属していたしな」
高山が思わず声を上げる。
「え? 私が大型の免許持ってるの知ってたんですか?」
「しらん。道なき道を行くんだ。資格が無くても動かせるだろ」
その言葉を理解したか分からないが、リースウッドが答える。
「シンジを連れていきたいのであれば、そのようにしよう。だが、XM604を使わないというのは、私の一存では決められない」
「なら、XM604はさっき乗ってきたパイロットに任せればいい。作戦に60式を1台追加してくれという話だ」
「いずれにせよ協議の必要がある。今この場で即答は出来かねる」
リースウッドがそう答えた。相変わらずコードウェルは不機嫌そうなまま。おもむろにヘンドリックスが口を開いた。
「現地指揮官を務める私としても、60式を調達するのに賛成です。やはり実績があるのは兵士として安心感があります」
「意見は聞こえたよ、少佐。とりあえずこの件は少し待ってくれ。この場では決定できん。ほかになければミーティングを終わるが、いいか?」
磯谷がもう一度口を開く。
「作戦の開始予定日は?」
「当初の予定では4月25日に出発だが、今の話を通すとなると多少遅くなるかもしれない」
リースウッドがかなり渋い顔でそう答え、ミーティングは終わりとなる。
早々に部屋を出る磯谷の後ろで、今日初めてコードウェル大佐の声が聞こえた。
「だから日本人など使わなくても作戦は実行可能だ。奴は面倒の種になる」
よほど磯谷が気に入らないのか、それとも日本が嫌いなのか。
そんなことを思ったが、どうでもよかった。
夜食を取っていないことを思い出し、そのまま食堂へと向かった。
2167年4月13日8時 東京湾 USS-カヴナント艦内
「おはようございます二佐。朗報を持ってきましたよ」
少しテンション高めの高山が室内に入ってきた。
朝食を取り終えて日課のトレーニングに向かおうとしていた磯谷は黙って高山を見る。
「どうしたんです、固まって?」
「朗報というのは何だ」
高山は少し不機嫌な顔になりながら、磯谷に答えた。
「60式と55式8機の確保が決まったみたいです」
「たしかに朗報だ」
「それだけですか? もっとこう、なんていうか、喜びの表現とか無いんです?」
磯谷の返答は高山にとっては不満だったらしい。
「確かに朗報だ。だが、道具が何であれ俺は任務をこなす」
「なんか二佐、少し変わられましたね…いえ、小官の失言です。忘れてください」
高山は口に出してから少し後悔した。
磯谷が家族を失ったことも、絶望的な状況で救助活動を続けていたことも知っている。
変わって当然だ。
「分かった。俺はトレーニングに行く」
「ああ、待ってください。ついでと言っては何なんですけど、良くない知らせもあります」
「良くない知らせ?」
「はい。コードウェル大佐が60式まで用意するんだから、それに見合うだけの実力を見せろと。
ニールセン大尉のXM604との模擬戦をさせるつもりみたいです」
磯谷は少し考えてから答える。
「訓練にはちょうどいい」
そう言うとポケットに手を突っ込み、トレーニングに向かう。
高山は磯谷のポケットから、チャリっという金属音を聞いた。
同日 13時過ぎ
磯谷の姿は甲板にあった。
その後、高山から今日の午後に60式が搬入されると連絡があったからだ。
トレーニングをしながら到着を待っていた。
そこに高山が訪れる。
「二佐、60式が待ち遠しいんですね」
「いや…そうだな。お前が来るのに比べればかなりうれしい」
「二佐、ツンデレですね。搬入する60式の情報が届いています。千歳の第二機械兵団第二中隊の1号車だったものです」
「その車両は…」
「はい。池田三佐が搭乗されていたものです。修理はされていますが、万全のコンディションとはいかないようですね。ちなみに池田三佐は…」
「黙れ!」
「……」
磯谷は反射的に叫んでいた。
聞きたくなかったのだ。
千歳がひどい状況だったことは聞いている。
生きていたとして、合わせる顔も無ければ、会うこともない。聞いてどうする。
複雑な感情が渦巻き、磯谷は唇を噛みしめる。
重い空気がその場を支配した。
黙々とトレーニングを続け、大量の汗でトレーナーに染みが見え始めるころ、大型機のエンジン音が近づいてくる。
それは5分後にはカヴナントの甲板上に静止していた。
輸送機の後部ハッチが開き、ゆっくりと60式の車体が作業車両によって牽引されて引き出される。融合炉は停止しているようだ。
目の前に現れた車体には無数の傷が刻まれていた。
ところどころ引きずられたような痕跡が残っており、オリーブドラブの塗装が剥がれている。
磯谷は無言でその姿を見ていた。
牽引により輸送機から離れたところで牽引車から切り離され、整備員が運転席に入る。
どうやら自走させるつもりらしいが、動かないと騒いでいるようだ。
磯谷は60式に向かい歩くと、「俺がやろう」と整備員たちに声をかけ、運転席へと入る。
起動しないのは当然だった。
物理キーが着いてはいるが、セキュリティも自衛隊仕様のまま生きているようだった。
磯谷が座席に着くと、運転系の電源が投入される。
バッテリー残量28%。
普通に動かすだけなら十分な残量だ。
磯谷の運転で60式がエレベーターまで移動する。
車体は格納庫へと移された。
少し間をおいて高山が格納庫を訪れた時には、磯谷は車内で作業をしているようだった。
運転席側から中をのぞくと、後部キャビンにあるオペレーションシートのところで何かしている。
「二佐、何をしてるんです?」
「まずはシート調整だ。現状では俺には少し窮屈だ」
振り返りもせずに細かいシートポジションの調整を続けているようだ。
「何か手伝いますか?」
「特に必要ない。ああ、水を持ってきてくれ。少しのどが渇いた」
磯谷がそう言うと、高山はぶつぶつと文句を言いながら60式を離れていく。
磯谷はオペレーションシートに座り、ペダルの踏みしろや、グラブの動作を確かめる。
「池田。妙な癖をつけるんじゃねえよ」
手を止め、そうつぶやいてから、ペダルやコントロールグラブの調整を始める。
緩めては再び締め、感触を確認して、それを繰り返す。
そこに高山が戻ってきた。
「二佐、水持ってきましたよ。一息入れてください」
高山の声に磯谷が素直に応じた。
水のパックを受け取ると口に含む。
「随分と細かく調整するんですね」
「そうでなければ微妙な操作はできん」
磯谷はぶっきらぼうに答え、もう一口水を飲んでから高山に聞いた。
「整備担当はどうなっているか知っているか?」
高山は脇に抱えていたパッドを手にして、確認する。
「えっと…ああ、現在選考が進んでいるようですね。詳細までは分かりませんが」
「そうか。できるだけ早く決めてもらえると助かる。最終調整には技術者の手が必要になるからな」
「そうなんですね。一応要請を上げておきます」
「そうしてくれると助かる」
磯谷の言葉に高山の表情が少し緩む。
「もう一つ頼みたい。15分ほどしたらこいつの炉を立ち上げたい。電源車の手配を頼む」
「大尉にもなって、誰かの小間使いになるとは思っていませんでしたよ」
「何か言ったか?」
「いえ、別に。15分後ですね。了解しました。手配します」
高山は敬礼してから、整備甲板を歩いていく。
磯谷は残った水を飲みほしてから、シートの調整に戻った。
その後、融合炉が稼働し、各部のチェックが続けられた。
磯谷は黙々とチェックを続け、高山はその補助を務める。
明け方近く、磯谷は一通りのチェック完了を高山に告げる。
「超過勤務手当は二佐に申請しますよ」
あくびをしながら高山が磯谷に言う。
手にしているパッドには、膨大な量のチェックリストが表示されていた。
「時間に見合う価値はあった。お前もこれに乗るんだからな」
「コーヒーを調達してきますね」
やれやれ、と身振りで示して、高山がその場を去る。
磯谷はチェックリストを眺めながら、ため息をついた。
確かにすべて動いている。
だが、調整不良や部品の交換が推奨される項目がかなりあった。
55式に関しては2機がオーバーホールを必要としている。
ここでのオーバーホールは多分無理だろう。となるともう2機ほど調達の必要が出てくる。
専門家の意見が欲しいところだ。
コーヒーを手に高山が戻ると、磯谷はそれを片手に、高山に60式の操作を中心に講義を始める。
高山は真剣に聞いてはいたが、長くはもたなかった。
磯谷が高山に今日はこれで終わりにすると告げると、高山はまだ大丈夫だと言い張ったが、磯谷の一睨みで簡単に折れ、自室へと帰っていった。
磯谷はコーヒーを片手にそれを見送る。
薄くてまずいコーヒーから、少しだけ心地よい香りを感じた。




