冒険の始まり
街の中央にそびえ立ち、迷宮攻略の象徴である『栄光の塔』。その最上階。
そこは『竜の爪』の拠点である。
サクヤが脱走してから五日、勇者が起こした騒動もひと段落ついていた。リーダー以外の四人、『剣士』『格闘家』『狩人』『修道女』は武器の点検や居眠りなど好きなことをしつつ時間を持て余していた。
「なにか下の方が騒がしいようですね」
『狩人』である男性ロビンが異変を感じ呟く。
「また誰かのファンでも押しかけて来てるのでしょうか?」
「だったら俺だな。この最強の『剣士』に会いてえ女の子の気持ちは抑えられねえからな。もしそうじゃねえなら…サクヤ関係か?この前路上で派手にケンカしたらしいじゃねえか。そいつがお礼参りに来たんじゃねえの?」
『剣士』シュラと『修道女』マリーがそれぞれロビンの言葉に反応する。
「それについてですが、本当にサクヤさんがケンカを?彼女らしくありませんね」
「実際のところどうなんだリィ?」
「知らない。あいつらが来たところで勇者は渡さない」
「会話になってねえよ」
「ところで当の本人は?」
「あれから部屋から出てきてないらしくて。やっぱり先日何かあったんですかね」
するとそこへこそこそと忍び込むようにサクヤが部屋の中に顔を覗かせる。
「おっ噂をすれば」
「あ、おはようございます。あの、団長は?」
「団長?そういやいねえな。あの人が集まるよう言ったくせに。また緊急で城に呼ばれてんのか?」
「何か急ぎの用事でも?」
「あー…急ぎと言えば急ぎ、なるべく早めがいいというか」
「んだよ?煮え切らねえ返事だな。つーかなんで隠れてんだ?」
「いやぁ…ははは」
引きつった笑いをさせながら出てきたサクヤはなぜか右腕を後ろに回していた。何かを察したリィは肩を怒らせサクヤの背後を覗き何かを奪う。
「何よこれ」
リィの手には『辞表届け』と書かれた紙があった。それを見た残りのメンバーは三者三様のリアクションを取る。
「どうして!?」
リィはサクヤに詰め寄り壁際まで追い詰める。
「いや、攻略者は辞めないよ?あいや場合によってはわかんないけど。とりあえず勇者を辞めて竜の爪を抜けるだけだから」
「だけって…ダメ!絶対ダメ!」
「おいおい、本人が辞めてえって言ってんだからどうしようもねえだろ」
「うるさい!なんで!?みんなあなたに期待して、憧れているのに!」
「それは私にじゃなくて、『勇者』にでしょ?大丈夫。勇者の代わりなんてどうにでもなるよ」
「だめ…だって私は、勇者のあなたに……」
リィは感情を押し殺すように呟くが、くぐもった声はサクヤに届かなかった。
「勇者を辞めるのはご友人のためですか?」
「いいえ。ただの我がままですよ。みんなと一緒だとやっぱ楽しいんです」
「勇者を簡単に辞めれるとは思えねえがな…。でもお前がそこまで言うお友達に会ってみてえな」
剣士シュラの言葉を聞き、狩人ロビンは静かに言う。
「今すぐに会えますよ」
その瞬間部屋の扉が勢いよく開かれる。
そこから入ってきたのは傷だらけのイチ達三人だった。
「サ~ク~ヤちゃん、あっそび~ましょ」
「みんな…!」
突然の来訪者に竜の爪の面々は目を見開く。
「あんた達…何しに来たの!」
リィが怒りをそのまま声に出す。
「なにって友達を仲良しこよしのなんちゃってパーティーへ誘いにきたんだよ」
「へぇ。お前らが勇者の友達か。友達のためにここまで来るとは、イカしてんなぁお前ら」
「そんなこと許さない…!」
「テメエの許可なんぞいるかよ。サクヤは連れて行く」
「ダメ…!勇者は行かせない!」
「リィさんやめなさい。僕らが口を出す話じゃありませんよ」
「うるさい!誰も止めないで!」
「いいじゃねえか。やらせろよ。こいつらの実力見てえしよ」
「シュラさん…気まぐれもほどほどにしてください」
部屋の中はリィの怒気と殺気で充満する。指先一つ動かすことすら躊躇われる張り詰めた空気。『竜の爪』メンバーは緊急時に備え戦闘態勢に入っている。
「結局こうなるのか」
「殺す気かよあいつ」
「…俺が行く」
「イチ…任せたぞ」
アンジーとゾイドはすんなり下がり、代わりにイチが格闘家の前に立ち彼女の構えをそっくり真似る。その姿に『竜の爪』メンバーは困惑していた。
(素手?)
(格闘家か?あいつ相手が誰かわかってんのか)
「おいサクヤ。ボケッとしてていいのか?あのままじゃ、お前の友達が危ねえぞ」
剣士シュラの脅すような言葉にサクヤは笑顔で答える。
「大丈夫。イチはすごいから」
「大丈夫って…」
サクヤの迷いのない返答はシュラをより一層困惑させた。
彼らはイチが『無職』ということは知らないが、肉弾戦においてリィはパーティー随一の実力と認めている。そんな彼女に素手で敵う者は世界で数えるほどしかいない。少なくとも目の前の青年が無事で済むはずがない。
「アンタじゃ私に敵わない」
「そうか?やってみなきゃわからないぜ?」
「…死んでも文句言わないでよね」
「殺したくはないって?優しいな。安心しろ。俺はお前には負けねえ。だから全力で来ても構わねえぜ?」
リィはイチの挑発にあえて乗るように攻撃を仕掛ける。
『豪裂拳』
それはリィが持つスキルの一つ。大岩すら難なく砕く強力な右ストレート。シンプルが故、汎用性に富んでおり、スピードと破壊力共に文句なし。彼女が最も信頼を置き、彼女の強さの自信となる代物。
無職のイチが避けるなり受け止めるのは不可能な代物。さらに言えば無職関係なしにそれを受け止めることが出来るのは同じ『竜の爪』メンバーでも一部の者だけ。
このままいけばイチの身体は粉々に砕けるはずだった。狩人ロビンと修道女マリーは二人の間に入ろうとする。
しかし。
『豪裂拳』
あろうことかイチはリィのスキルをそっくりそのまま返してみせた。二つの拳が触れた瞬間、爆発のような衝撃波が辺りに炸裂し、部屋中の窓が粉々に割れてしまった。その衝撃の中心にいた二人は互いに無事だった。どうやらイチが放ったスキルは威力も含め全て完璧、同じものだったようだ。
サクヤ、アンジー、ゾイドの三人はそれが当然かのような顔をしていたが、イチのことを知らない竜の爪は驚愕していた。
名も知らぬ一般人が最年少で竜の爪に入った天才の技を完璧に返してみせたのだ。
「ハハッ、すげえな…」
「あれは…スキル、でしょうか?」
リィは戸惑いつつもそれを凌駕する怒りを感じていた。
自信の支えとなる技をそのまま返されてしまった。しかもその相手は大切な勇者を奪おうとしてる連中の一人だ。格闘家は次なる一撃を放とうと距離をとり構える。イチはまたそっくりそのまま同じ構えをとる。
「いけない…リィさんそこまでです!」
ロビンの制止もリィの耳には届かない。
『火竜──』
「やめろ。次は無いぜ」
彼女が技を打つより早く、一瞬にして間合いを詰めたシュラの刀がリィの喉元へと向けられている。
「邪魔しないで!あいつらはここで私が…!」
「いいや、ダメだ。こんな面白そうな奴ら、ここでやるのはもったいねえ」
二人は睨みながら今日一番の殺気をぶつけ合う。
「何をしてる」
腹の底に響く低い声が状況を変える。先程とは数倍の緊迫した空気が張り詰める。
部屋の入口に立っていたのは白髪の大男だった。下調べでは今日いないはずのその姿。それを見たゾイドの顔には大量の汗が噴き出る。シュラもこれ以上は不必要だと判断したのか刀を収める。
「リィ、拳を下ろせ。くだらぬ争いは終わりだ」
「でも…」
「終わりだ」
リィは渋々構えを解く。大男はゆっくりと部屋中を見渡す。視線に入った者は自然と背筋が伸びる。
「あのおっさんって、もしかしなくてもドミニクだよな?」
額に汗を浮かべるアンジーが恐る恐るゾイドに聞く。ゾイドは微かな震えを抑えながら答える。
「ああ、あのドミニクだ。だから絶対に下手な真似をするな」
ドミニク・ジーニアス。
『聖騎士』として国の防衛組織のトップを務めるとともに『竜の爪』団長でもある最強の男。国に仕える男が最強のパーティーの長であることで、迷宮攻略の放映は民間に委ねられているが迷宮で見つかる秘宝の一部は国に回収され管理されている。
ドミニクの目はある一人の男を捉えると真っ直ぐに見据え指差す。
「そこの兵士」
「俺かよ…」
狼狽えるゾイドとは正反対にドミニクは静かに頷き、目の前の床を指す。ここに来いというサインだ。ゾイドは死刑執行される囚人のような重い足取りでドミニクの前に立つ。
「貴殿は確か、大通りの防衛についてる…ゾイドと言ったか?」
「は、はぁ。俺のような末端の者の名をご存知のようで、恐縮です」
「はて、なぜ街を守るはずの兵士がこのような騒ぎを起こしているのだ?」
口調はどこかとぼけたものだが、研ぎ澄まされた威圧感は多数の剣を首元に突き付けられたような錯覚を覚えるほどだ。違いすぎる格にゾイドは大量に流れる汗を止められないでいた。
「サクヤを迎えに来たんだよ」
高圧的な視線を睨み返すだけで精一杯のゾイドの代わりにイチが答える。
「サクヤ…勇者をか?」
鋭い視線がイチに突き刺さる。しかし彼が怯む様子は微塵もなかった。
「勇者じゃない。ただの俺達の友達だ」
イチは次にサクヤの方を見る。
そして五年前、サクヤが学園を出る前日のことを思い出す。そこで語ったサクヤの夢、そして四人が交わしたある約束。
過去にサクヤが語った夢、それは『冒険』をすることだった。
強いパーティーで『攻略』することじゃない。富や名声を得ることじゃない。ましてや勇者として伝説を残すことでもない。
仲間と…親友と一緒に、未知とロマンを追い求めること。くだらなくても、最高の冒険譚を残すこと。
それを聞いたイチは現実味の無い言葉に他人事のように呟く。
『そりゃあお前らとそんなことできれば楽しいだろうよ』
『でしょ?だからさ、またいつか四人で集まって、一緒に行こうよ』
『だったら勇者になるのやめればいいじゃねえか』
『それとこれは別というか…せっかくだし勇者にはなってみたいというか…でも、みんなと冒険したいのは本当だからね?嘘じゃないよ?』
『アンジー意地悪してやるな。勇者なんてなりたくてもなれるもんじゃないし、応援してやれ』
『わかってるよ。…ちょっと意地悪しただけだ。誰もお前の言ってることが嘘だなんて疑ってねえっての』
『ありがとう。でも実際のところすぐには難しいけどね。勇者って色々背負わないといけないし。簡単には辞めれないだろうね』
『…まあ、そうだな』
『そんなもん関係ねえだろ』
『…イチ』
『お前が今みたいにつまらねえ面してたら、迎えに行ってやるよ。それで一緒に行こうぜ、冒険に』
『うん、約束だよ』
『ああ、約束だ』
四人は夜遅くまで夢の構想を立てた。
イチは過去と現在、似たようなサクヤの顔を重ねる。そして語りかける。
「約束だ」
イチはあの頃の、悪ガキの顔で言う。
「お前の夢、叶えてやる」
サクヤの中で何かが動き出した。あの頃から止まっていた夢の続きが動き出し、ワクワクが止めどなく溢れ出す。
イチは五年越しの約束を果たす。
「行こうぜ、サクヤ」
イチは手を差し出す。
「なるほど。貴殿らの心意気は理解した」
ドミニクは豊かな髭を撫でながら頷く。
「だが、我々もチームなのだ。そう簡単にエースを引き渡すわけにはいかん。色々と言いたいこともあるだろうが、こちらも少し話し合いたいのでな。今日のところはお引き取り願おう」
ドミニクが指を鳴らすと大量の兵士が部屋に押し寄せイチ達を持ち上げる。
「え?」
「また後日、連絡を寄越そう」
「ちょちょ、ちょい待ち」
「あ、どこ触ってんだテメエ!」
「アンジー頼むから暴れてくれるなよ…」
イチ達はそのまま波に流されるよう部屋の外へと運ばれていった。部屋には嵐が去った後の静けさが残る。
ドミニクはゆったりと歩を進め、サクヤの前に立つ。
「さて、それで勇者サクヤよ。貴殿はどうしたい。今の地位や名声、全てを捨ててでもあの者達の、親友の元へと行きたいと申すか?」
「私は…」
一ヶ月後。
酒場 サイクロプスの樽。
塔への襲撃から一ヶ月経ったが、サクヤからもドミニクからも何も連絡は無く三人はもどかしい思いで酒をチビチビ飲んでいた。
「そういやアンジー。俺とお前がぶちのめした奴ら、イチの件以外にも色々やらかしてたらしくてな当分は檻の中だそうだ」
「へっ、因果応報、天網恢恢ってやつだ。ざまあみやがれ。なあイチ?」
「そいつはよかったなぁ…」
「おいイチ、まだそこまで飲んでないだろ。何へばってんだ」
「だってあれからサクヤから何も連絡が無いんだぜ?せっかく警備員やゴーレムをぶっ飛ばして乗り込んだって言うのに」
「ぶっ飛ばしたのは主に私とゾイドだけどな」
厳重な警備を無理矢理突破した割にはイチ達に対してのお咎めは何ら無かった。そのことも三人の虚無感に拍車をかけていた。
「にしてもイチ。何度見てもお前のスキル、大したものだな。『一度限りの模倣』だったか?あの連中の驚いた顔ったら、気分がいいぜ」
「まあ、完璧に再現できるのはたった一回だけだから、もう一度同じ技を打たれたら死んでたけどな」
「時間を置いて技を見ても再現出来ないんだったよな?」
「ああ、技が進化して別物になれば可能だけど、ただ威力が上がっただけなら無理だな。別に技自体は『悪ガキの真似事』で打てるけど威力は俺の能力に依存するからひでえもんだが」
イチは大きなため息を一つする。
「やめろよイチ、酒が不味くなる」
「だってよぉ」
「こういう時こそ飲みな。俺の奢りだからよ」
三人は不安を紛らわすよう次々と後先考えず酒を流し込んでいく。あっという間に酔いはまわる。しかし、いつものようなバカみたいな笑い声は聞こえてこず、机に突っ伏しうじうじとぼやいていた。その間、店内が大きくざわついたが例の如く三人は気づかなかった。
「サクヤァ~私は寂しいぞぉ。私達親友じゃないのかよぉ…」
「うんうん。ごめんねアンちゃん」
「俺らこそ一人にして悪かったな。心細かっただろうに」
「もう大丈夫だからゾイドしっかりして」
「サクヤァ~、それとってくれぇ」
「はい、どうぞイチ」
「さんきゅ~さくや……あれ?さくや?」
「はい、サクヤです。みんな待たせてごめんね」
三人は急激に生気を取り戻し店内は一段と騒がしくなる。
「サクヤ!なんだよ、もったいぶりやがて、コイツっ」
「ここにいるってことは…もしかして?」
「うん。竜の爪、抜けてきた」
歓喜する三人が落ち着くのを待たず「あと」と彼女は続ける。
「勇者もやめてきた。今日から勇者サクヤ改め冒険者サクヤだから。よろしくね」
それを聞いて三人は楽し気にゲラゲラ笑う。
「やるじゃねえか!さすが私の親友!」
「お前にはそっちの方が百倍似合ってるぜ。さあ、今日はたんまり飲もうぜ」
「おいイチ、俺の金だって言うのを忘れるなよ?」
「ケチくせぇこというなよゾイド。今日は無礼講だろ?」
「それもそうだな」
「早速乾杯といこうぜ。サクヤ、頼むぜ?」
「うん。それじゃあ私達の冒険の始まりに…乾杯!」
ジョッキが高々に掲げられ、冒険の始まりを告げる音が鳴る。
その夜、店の中に四人の楽し気な声がいつまでも続いた。




