無職と勇者
『迷宮』
曰く神の試練、曰く悪魔の庭、曰く世界の奇跡。
その存在理由や細かな発生原理は誰も知らない。しかし迷宮に蔓延る未知と危険と浪漫は老若男女、貧富、善悪すら問わず甘い蜜のように人々を惹きつけてやまない。だが通常の人間ならば何も出来ず迷宮の脅威に呑み込まれるだろう。
しかしこの世界の住人には天から与えられた『職業』があった。戦士は力、魔法使いは魔力とそれぞれ才能に溢れた。そして自身の能力を高め、時に異能と言われるほどの『スキル』を用い迷宮に立ち向かう。
勇猛な戦士は強大な魔物との戦闘で大陸の端まで語り継がれる武功と名誉を手に入れた。
年老いた魔法使いは神秘と謳われるほどの魔法を会得した。
日銭稼ぎの盗人は眩い黄金を見つけ一夜にして大金持ちへとなった。
そして伝説の勇者は魔を打ち倒し、持ち帰った秘宝で世界に光をもたらした。
数多くの伝説を残す迷宮。
長い時を経て迷宮への挑戦は形を変え『迷宮攻略』と呼ばれ世界が熱狂する一大エンターテイメントとなっていた。
一時期迷宮は国の独占となっていた。迷宮の危険性や財宝がもたらす利益を鑑みてある時から国が管理し、精鋭の兵士や騎士しか入れなくなってしまった。しかしある一人の商人がそれを変えた。男は各方面の有力者への根回し、自身が支援する傭兵団の実力、新たに開発された魔法道具、そして具体的な構想、自身が使える手札全てを使い国と交渉を行った。
約半年に及ぶ交渉と傭兵団が挙げた成果が認められ、相変わらず危険はあるものの二十年程前から『迷宮攻略』は映像投影機を通じて世界へ放映されることとなった。
そして今、誰も目にしたことの無い新たな冒険譚が始まる。
現在。
華美な装飾な施された豪勢な扉の前で彼女は重苦しい疲れた顔をしていた。今しがた迷宮から帰ってきたことも原因の一つだが、彼女にすれば肉体的疲労より精神的疲労が大きかった。このまま踵を返し街へと飛び出したい衝動にかられたが、背後に監視するかのように立つ二人の屈強な男達がそれを許さないだろう。彼女にとって男二人など問題ではない。しかしたかが街に行くだけで彼らを殴り飛ばすのはさすがに可愛そうだと思い実行を断念する。
結局扉を開けるしか選択肢は無かった。
軽く息を整えて扉を開く。
職人が丁寧に作り上げた扉は音もたてず滑らかに開く。扉の先にはメイドと執事延べ十人が左右に並び、全員が同じタイミングで頭を下げ、また同じタイミングで声を発する。
「お帰りなさいませ、勇者様」
「うん…ただいま」
彼女の名前はサクヤ・カグラザカ。年齢二十一歳。
その職業『勇者』。それは神に最も愛された職業。
サクヤが勇者となってからかれこれ五年ほどになるが彼らの慇懃な態度には未だに慣れないでいた。もちろん最初はこれまでにないVIP待遇に有頂天になりもしたが毎日毎日理由も無く頭を下げられ無暗に敬われることには辟易していた。
「勇者様、お食事の準備が出来ておりますが」
「…今日は部屋で食べます。あと着替えの手伝いは大丈夫です」
「承知いたしました」
サクヤは早足で部屋に入ると装備を脱ぎすてベッドに倒れ込む。サクヤは勇者として、そしてトップパーティー『竜の爪』の一員として活躍してきたが、彼女の名声が高まるほどに多くの視線にさらされて、相応の振る舞いを求められてきた。この自室は彼女にとって数少ない人の目が無い休息の場所である。
「あー…あーもう!ダルダルのシャツ着たい!ギトギトのラーメン食べたい!ネコ吸いたい!五匹分吸いたい!出来たら肉球もぷにぷに堪能したい!」
ベッドの上で駄々をこねる幼児のように手足をバタつかせ押さえつけられた欲望を喚き散らす。無駄に豪華で防音がしっかりされた部屋が今はありがたかった。ひとしきり暴れると左手を顔の上にかざす。その親指には翡翠色の宝石がついたリングがはめられていた。宝石は淡い光を放っていた。
「まだ、覚えているかな…」
そう呟くと起き上がり窓の外から街を見下ろす。
それと同時刻。
都市中央にそびえ立つ豪華絢爛なる塔『栄光の塔』から離れた、寂れた裏通り。そこのゴミ捨て場に男は倒れていた。殴られたらしい傷跡がいくつも見当たり鼻や口から血を流していた。
彼の名前はイチ・アマノ。年齢二十一歳。
その職業『無職』。
それは神に見放されたとさえ言われる、どの『職業』にも適性が見られなかったものの総称である。『職業』がそのまま仕事、果てにはその人の存在意義に直結することも珍しくないこの世界でそれは残酷なことだった。
そんなイチの元へ一人の男が近づく。服の上からでもわかる筋骨隆々な見事な身体つきに加え路傍の異変も見逃さない鋭い眼光。男の職業は兜を被り盾を構え、あらゆる脅威から人々を守る兵士だった。
「時間になっても来ねえと思えば、何してんだイチ」
「ゾイド」とイチは兵士の名を呼ぶ。かれこれ十年来の付き合いとなる二人にしてみればイチがボロボロの姿でいる風景は珍しいものではないらしく、ゾイドは落ち着いた様子でゴミ捨て場で寝ころぶ友人を見下ろす。
「これが寝てるように見えるか?カツアゲだよカツアゲ。でも財布はしっかり守ったぜ。ほら」
「…お前それ今どっから出した」
「え?パンツの中だけど。なんで?」
「いや…何でもない。後でそいつらの特徴教えろよ。手配書作っておくから。それでケガは大丈夫なのか?」
「あ、痛たたた。うーんこれは結構酷いな。美味しいご飯とお酒があれば大丈夫かも」
チラッチラッとわざとらしくイチはゾイドに視線を送る。
「問題なしってことだな。だったら早く行くぞ。今日はお前を慰めるために集まったんだからな」
「へへ、ゴチになりまぁす」
二人はゴミが散乱し土埃舞う裏通りから石畳で舗装された大通りへと出る。もうじき子供は寝る時間だが聞こえてくるのは子守歌ではなくほろ酔いの歌声。星を空から下ろしてきたかのように街を照らす数多の照明。街はまだまだ眠りそうにない。街には様々な人間がいるがさすがに傷だらけでゴミの匂いを纏う人間はイチ一人だけのようだった。
「それにしてもお前がそこまでやられるなんて珍しいな」
「ん?ああ。今日の奴らは団体さんでな。逃げても先回りされたんだよ」
「お前の逃げ足に対応する能力があるならカツアゲじゃなく、ぜひ兵士で活かして欲しいもんだ。…また攻略者志望者か?」
「だろうな。見ない顔だったし」
「腕に覚えがあるのはいいが犯罪は勘弁しろよな」
「『兵士狩り』の被害者が言うと重みが違うね」
「笑い事じゃねえぜ。腕試しか何か知らねえが余計な仕事を増やしやがって。やりすぎると始末書だし心労ばかりたまる」
「それでも全戦全勝なんだもんな。さすが『大通りの』ゾイド」
「やめろ。その変な異名のせいでより突っかかってくるバカが増えてるんだ」
「ははっ無職の俺と違って兵士は大変だな」
「…だから笑い事じゃねえっての」
他愛もない軽口を叩きながら二人は酒場『サイクロプスの樽』に到着する。
「酒~それは~命の水~酒~人の金で飲むと~より潤う~」
「アホなこと言ってると奢らんぞ」
ゾイドの小言を聞こえないフリしつつ自作の歌を歌い続けイチはドアを開ける。
「桃源郷いざ御開帳~…お?」
ドアを開けた瞬間、ご機嫌なイチの眼前に男の尻が迫る。躱す暇もなくイチは顔面を尻に埋めそのまま尻共々後ろに倒れる。
「うおっ?何だ?おい、大丈夫かよ?」
突然のことに狼狽えつつ男とその下のイチを心配する。そんな心配をよそに男は起き上がると酒場の中に向かって怒鳴り散らす。
「このクソアマ…!絶対ただじゃ済まさねえからな!」
「クソアマ?まさか」
この酒場でそんな台詞を吐かれる女性。ゾイドは一人だけ心当たりがあった。ゾイドの予想通り聞き慣れた声が酒場から帰ってくる。
「三人がかりで女一人碌に口説けねえボケが誰をどうするって?ああん!?」
「アンジー…」
酒場から出てきた生傷の多い女の姿を見てゾイドは頭を抱える。
彼女もまたイチ達と同じ学び舎で時間を共にした友人である。すれ違う人の目を惹く整った容姿をしているがその職業は『遊び人』という胡乱なもので、また今のように男を投げ飛ばし殴り倒すほどの激しい性格をしているためこの酒場でも距離を置かれている。
「寝ぼけてんのならもう一発イッとくか?」
男の胸ぐらを掴みアンジーは男に詰め寄る。
「アンジーやめろ。今度は何を揉めてるんだ」
「ん?ゾイドいたのかよ。いつも通りだよ。私が飲んでたら自分達の女になれだの自分達はこれから勇者もぶちのめすだの下らねえことほざくから丁重にお断りしただけだ」
「ほお?それでいつものように喧嘩になってこの状態ってわけか」
ゾイドは店の中を覗き込む。中には男の仲間と思わしき人物が二人床に転がっており、その側にはナイフやメリケンサックなどが落ちていた。
「そうだ。一対多でしかも相手は武器も持ってる立派な正当防衛だろ?」
「まあ、そうなんだが…。とりあえずそいつ放してやれ」
「はあ?何でだよ?コイツ権力者か何かか?」
「そいつはどうでもいいが、下のイチが窒息寸前なんだよ」
ゾイドは男の下を指差す。見るとイチは相変わらず尻に顔を埋め、腕は陸に打ち上げられた魚のようにひくついている。
「おっと、お前もいたのかイチ。前々から女の尻に敷かれたいとは言ってたがついに男でもよくなったか」
アンジーは男を横へ投げ捨てイチの顔を覗き込む。イチは勢いよく起き上がり、鼻息を荒げる。
「んなわけねえだろ…!何が悲しくて野郎のケツを堪能しなきゃいけねえんだ…!」
「顔色も悪くねえし酸欠症状もなし、どうやら平気みたいだな」
「心に甚大なダメージを受けてんだよ」
「悪いな精神疾患は専門外だ。つーか何でお前も傷だらけなんだよ。しかも臭うし。なんだこれ?ゴミか?」
「それはさっき変な奴らに絡まれて…」
「あっ」とイチはアンジーが投げた男の顔を見て思わず声を出す。
「そいつ俺を襲った奴らの仲間だ」
「何だって?よっしゃそれならもう一発確定だ」
男の元へ歩み寄るアンジー。その後ろで何かに気づいたゾイドは彼女の後ろ首を掴み力強く引っ張る。よろけたアンジーが一歩下がるとその場所をナイフが空を切る。アンジー倒された他の二人が目を覚ましたようで、男達はナイフを出鱈目に振り回す。イチ達が警戒し距離を取っていると急に背を向け迷いなく逃げる。
「…逃げやがった」
「あの逃げ足の速さ。お前といい勝負だなイチ」
「大丈夫なのかゾイド?ああいう奴らは絶対また来るぞ」
「顔は覚えたし明日朝一で手配書を申請するさ。それより今は飲むとするか」
「おっ待ってました」
店に入り乱れたテーブルと椅子を直し、酒と肴が持ってこられると三人は乾杯する。
「それでイチ。また元気に無職かよ?精々頑張れよ」
「そういうお前も人のこと言えねえだろうが。店は相変わらずか?」
「ああ。毎日閑古鳥が鳴いてるな。『遊び人』が経営する薬屋が繁盛なんかすれば、それこそ世も末だな」
「わざわざ修道女辞めてまでやりたかった研究は進んだのか?」
「相変わらずボチボチだな」
「つまり進んでねえわけか」
「人生そんなもんさ。順調なのはゾイドとあいつだけだろ」
その時、店の一角で迷宮攻略を見ていた男達が興奮した声を荒げる。
「…最近サクヤから連絡あったか?」
「ねえよ。どうせお忙しいんだろうよ」
「連絡が取れなくなってもう一年、最後に四人で集まったのはいつだったか」
ゾイドは過去を懐かしみながら酒を一口含む。三人の間に重い沈黙が降りる。
それに耐えかねたイチが声を張る。
「なに辛気臭い顔してんだよお前ら。折角の酒だ。楽しくガンガン行こうぜ!」
「そりゃそうだな。こういう時こそ思いっきり飲むに限る。今日はとことんいくぜ。おい姉ちゃん!どんどん持って来てくれ!」
「つまみもこっからここまで」
「お前ら…今日の代金誰が払うと思ってんだ?万年金欠のくせに頼むんじゃねえ!聞いてんのか!?」
最初の内は止めていたゾイドも夜が深くなっていくうちに酒がまわり、数時間後三人はすっかり出来上がっていた。
「おいイチぃ、あれオマエ知ってるか?あれだよあのあれだよあれ」
「あんりい、おあえあれじゃわかんれえよ。んだよあれってぇ。おめえそれらああれらんかよあれ。あれらねえか」
「二人とも話せてねえぞ。もう限界だろ」
「ああん?そーゆーオメーはどーなんら?」
「俺はまだまだいけ…ますっ!」
「ひゅー!さすがだぜゾイド!」
至極下らない会話を繰り返して三人は盛り上がる。
店内が一度大きくざわついたが三人がそれに気づく様子は無かった。
「にしてもサクヤの奴、忙しいのはわかるけど連絡一つ寄越さねえなんて。こうなったら直接乗り込んでやる」
「やめとけ。あそこの警備は並じゃねえぞ」
「そうそう。警備用ゴーレムもうろうろしてるし最近電気銃を仕組んだとか言ってたよ」
「へえそうなんだ。サクヤそこの醤油とって」
「イチ相変わらず揚げ物に醤油派なんだ。絶対ソースでしょ」
「愚か者め。揚げ物には醤油こそが正義。わかったかサクヤ…ん?サクヤ?」
「なに?何か顔についてる?」
「サクヤ!」
三人は声を揃えて立ち上がる。
そこにいたのはサクヤ・カグラザカ。三人の親友であり最も神から愛された職業『勇者』として迷宮攻略で活躍するスター。
「みんなおひさ~。変わってないね。会うのは何年ぶり?四年くらい?」
「五年だ。ここ最近連絡寄越さねえで」
「アンちゃん怒らないでよ。連絡しなかったのは謝るから」
「ふん」
「それで急にどうした?もしかして何かあるのか?」
「いやいやまさか。久々に皆の顔が見たくなっただけなのとあとちょっとした提案」
「提案?」
「うん。みんな私のパーティーに来てみない?」
勇者が所属するパーティー『竜の爪』は実力、名声どれをとってもトップのパーティーである。もちろんその構成メンバーも勇者をはじめ各『職業』のトップレベルの面々が並ぶ。そこに場末の酒場で管をまいているような連中、ましては『遊び人』や『無職』などの不遇職が誘われること決してありえないことだ。
そのことは本人達が誰よりもわかっていること。
「おいおい、久しぶりに会って何を言うかと思えば。何の冗談だ?」
「私らがあの『竜の爪』に入るなんて誰も許してくれねえよ」
ゾイドとアンジーが笑う中サクヤは少し視線を落としながら二人に合わせるように笑う。
「…そうだよね」
「竜の爪に入るのは無理だけどよ、嫌気が差して死ぬほど飲みてえ時は付き合うぜ」
「アンジーの言う通り。いつでも来いよ。おごってやるからさ」
「さすがゾイド。太っ腹だぜ」
「お前は自分で払え」
二人のやりとりをサクヤは愛おしそうに眺める。イチはそんなサクヤを何か見定めるように見ていた。
久しぶりの再会にそれぞれ思うことはあるものの、四人は思い出話に花を咲かせる。同じ学園で共に育った日々。アンジーかサクヤまたはイチが問題を起こし、ゾイドが尻拭いをする日々。四人まとめて悪ガキと呼ばれた日々。
十六の歳になる頃、サクヤが『勇者』の素質を見出され、皆で送り出したことは昨日のように思い出せる。結局サクヤとはそれきり会えていなかった。手紙でのやり取りが続く中突然サクヤからの手紙はぱったりと止み、それからはサクヤが勇者として活躍する姿だけが彼女の安否を知らせてくれた。イチ達の楽しみは友人と酒を酌み交わすこと、そしてサクヤの勇者としてその雄姿を見られることだった。
程よく酒が回ったところで三人はサクヤの近況を聞く。
「勇者ってのはやっぱり大変そうだな。少し痩せたんじゃないか?」
「ああ。そりゃあ、ねえ?迷宮攻略もそうだけどそれ以外にも偉い人と会ったりイベントに出たりしないといけないからね。最近ちょっと不眠気味だし」
「おいおい。ちゃんと休めてんのかよ。なんだったら疲れに効く薬でも調合してやろうか?」
「それすっごいありがたい。どうもあそこは息が詰まるんだよね。今日なんてこっそり黙って部屋から抜け出してきたから戻ったら何を言われるか……あっ」
「抜け出す?どういう意味だ?」
「アハハ…いやあ~まあ、私これでも勇者だし?生活を徹底的に監視されてる、的な?」
「はあ?まさか、急に連絡が取れなくなったのも」
「ああ、うん。みんなからの手紙は何とか見れていたんだけど、こっちからは中々難しくて」
「サクヤ大丈夫なのか?」
「もちろん。だって私は勇者だよ?勇者ならこれくらいへっちゃらだよ」
サクヤはピースをしながら笑いかける。その顔をイチはビジョンで見たことがあった。過去インタビュー時に見せた気さくな勇者の顔だった。
「おいサクヤ…」
「いたぁあ!」
弾けるような大きな声がイチの声をかき消す。自然と声のした、店の入り口へと視線が集まる。そこにはチャイナ服を来た小柄な少女が肩で息をしながら立っていた。そこにいる誰もがその少女を知っている。
その少女の名はリィ・リィ。『竜の爪』メンバーの一員で格闘家として前衛を担当する一人である。彼女は肩を怒らせながら大股でサクヤに歩み寄る。
「急にいなくなったりして!本当に探したんだからね勇者!」
「ご、ごめんなさい」
格闘家は勇者の無事を確認すると安堵のため息を漏らす。
「…それで、その人達…誰?」
格闘家は隠す気配すらない警戒の目を容赦なく三人に向ける。
「みんな私の親友だよ。左からゾイドにイチにアンジー」
紹介されたイチが軽く手を振って見せるが格闘家はそれに何の反応を見せず、刺すような目つきを変えずサクヤに視線を戻す。
「勇者、こんな人達と一緒にいたらダメよ」
気遣いの無い言葉に三人は反応する。アンジーに至っては小さな声で「あ?」と呟き、怒りを隠せていない。
「ちょちょっと、なんでそんなこと言うのリィちゃん」
「なんで?決まってるでしょ?私達は『竜の爪』世界一のパーティーなの。そこら辺の仲良しこよしのなんちゃってパーティーじゃないの」
「そりゃぁ、『竜の爪』はすごいけど…」
「私達には世界一のパーティーとしてやるべきことがあるの。スポンサーやメンバーだけじゃなく、たくさんのファンも勇者に期待しているんだから、付き合う相手くらい考えて。しっかり勇者らしい振舞いをしなきゃ」
横目でイチ達を睨みながらリィはまくしたてる。
「…えっと、でも」
「それじゃ、帰るよ。みんな勇者のこと心配してるんだから」
リィはサクヤの腕を引き、力ずくで連れて行く。格闘家、そしてリィの力の恩恵はあらゆる職業の中でトップクラス。サクヤが勇者であってもなんなく引っ張ってしまう。
「おいクソガキ」
その場を去ろうとする二人を我慢ならなくなったアンジーが不機嫌な声で呼び止める。
「なに?」
「そいつの名前はユウシャじゃねえサクヤだ。ちゃんと名前で呼びな」
「…この子は『勇者』なの。こんな場所で飲んだくれてるあんた達とは違うのよ」
「あ?調子こいてんじゃねえぞ。ぶっ飛ばすぞコラ?」
「アンジーやめろ…場所と相手を考えろ」
不穏な気配を察知し、またもゾイドがアンジーを止める。
「放せゾイド!あのクソガキ許さねえ!」
「行きましょ、勇者」
「待てコラァ!逃げんなボケがッ!」
「いました!あいつらです!」
そこへ先ほどイチを襲いアンジーに返り討ちにされた男達が仲間を大勢連れてなだれ込んでくる。リィはその合間を縫って店の外へと行ってしまう。
リーダーと思わしき男は店を出た人間に気づく様子は無く、ニタニタと下品な笑顔を浮かべアンジーの前に立つ。男達を待機させているのは余裕の証だろう。
「さっきは俺の連れが世話になったな」
男はわざとらしく丁寧に会釈をしアンジーを上から下まで品定めするように視線を這わせる。お気に召したのか下品な笑いを浮かべる。
「今なら誠意のある対応で…ぐへぁ!」
男が喋り終わる前にアンジーが拳を振るう。
「テメエら…!邪魔しやがって……覚悟は出来てんだろうな!?」
焼けつくようなアンジーの怒りに男達はすっかり腰が引けてしまった。
「普段なら止めるとこだが、生憎と俺も虫の居所が悪いんでな。手加減しねえぜ?」
ゾイドが一睨みすると男達は一歩退く。その瞬間アンジーが猛獣のように襲い掛かる。店内は一瞬にして喧騒に包まれ、他の客は逃げるどころか酒を煽りながら暴れる二人に声援を飛ばしている。その最中ゾイドはイチの姿がどこにも見当たらないことに気づく。
(イチ?…まさか)
リィはサクヤの腕を引きながら通りを進む。周りの人間は遠巻きに二人の顔を見ている。もちろん誰もが二人の顔を知っているが、トップパーティーの二人がこんなところにいるはずがないと現実を受け入れられず戸惑うばかり。
「リィちゃん。ねえリィちゃん。おーい…怒ってる?」
リィは黙ったまま早足で進む。
「いやぁ…私もさちょっとリフレッシュしたかったというか。ほら。勇者って結構疲れるから…」
リィは急に足を止め、サクヤとの距離を詰める。
「ねえ、勇者辞めないよね?あなたはずっと勇者だよね?」
必死な少女の問いかけに即答できず、勇者は威厳などない狼狽えた姿を見せる。
「それは、もちろん?勇者は私だけにしかできないことだし…だから…あっ」
サクヤはリィの後ろにある人物が立っていることに気づく。リィも振り返り、その人物を一目見た途端強く睨む。
「よおサクヤ」
イチは不敵な笑みを浮かべながら話しかける。
「それ以上近寄らないで」
「あんたに用はねえよ。サクヤ、テメエつまらなそうな顔しやがって」
「……イチ」
「俺の唐揚げ取りやがったくせによ!」
「…は?」
思いがけないイチの怒りに二人は開いた口が塞がらない。だが、そんな二人に構わず地団太を踏み本気で悔しがる様のイチを見てサクヤは思わず笑みを浮かべる。そしてリィを片手で制止しイチへと歩み寄る。
「人が最後の一口にとっておいたのに…!それを!容赦なく奪いやがって!」
「…何言ってんの?あれはみんなのもの。つまり早いもの勝ちだよ!それに文句言うなんて恥だよ恥!そういやイチ勝手にレモンかけたでしょ?私はかけない派なのに!」
「はあ?唐揚げとレモンの組み合わせにケチつけるんですか勇者様は?つーかバクバク食ってたくせに文句言ってんじゃねえよ!」
「それとこれとは違うんですぅ!そもそも私、勇者だよ?ちょっとは敬いなよ?」
「無職相手にそれ言っちゃう!?ムカつく!マジムカつくんですけど!はいもう決めました!ぶっ飛ばします!」
「上等だよ!かかって来なよ!」
「ちょっと…」
リィの困惑をよそにイチとサクヤ、無職と勇者のケンカが始まった。
先手必勝と言わんばかりにイチが先に仕掛ける。小石をサクヤの顔面めがけ蹴り、間髪入れず右、左と拳を繰り出す。サクヤは小石を弾くと軽やかなスウェーバックで難なく躱す。イチはそれを見越していたのか二度目の空振りの際、肘で追撃する。しかしその不意打ちは頭突きで受け止められ逆に負傷する。
「いっ…!」
サクヤは怯んだ隙を見逃さず、アッパーカットを放つ。容赦ない一撃は両腕でガードしても衝撃を殺せず身体が浮く感覚を覚える。それでもイチはハイキックで反撃するが、イチの決死の反撃をサクヤは片手で軽く受け止めるとそのまま背負い投げのように豪快に投げ飛ばす。
「せい!」
「ぅお!」
勢いよく投げられたイチは何とか空中で体勢を立て直し見事に着地するが、次に見えたのは自身に向かいミサイルキックを放つサクヤの姿だった。みぞおちに強い衝撃を感じると体は吹っ飛び近くのゴミ捨て場に頭から突っ込む。
「ふぅ…」
通行人が遠めに警戒の目を向ける中、サクヤはどこか爽やかな顔でイチの元へ向かい顔を覗き込む。
「イチ、生きてる?」
「お前さぁ、少しは手加減しろよな…めっちゃ痛いんだけど」
「ごめんね。でもいつものことでしょ?」
ニシシとサクヤは屈託なく笑う。
「…ああ、『いつも』こうだ。次はこうはいかねえからな」
「うん。ありがとね、イチ」
離れる間際「待ってるからね」とイチの耳元で囁きリィへと振り向く。
「それじゃあリィちゃん行こっか」
「えっ、い、いいの?」
「今日はもう大丈夫」
『今日は』その言葉にリィは少し眉をひそめつつも、二人は栄光の塔へと去っていく。残されたイチは深くため息をつきながらボヤく。
「簡単に言いやがって」
「あー痛ってぇ絶対折れてんだろこれ…クソ、あいつ次はマジぶっ飛ばす」
酒場へと戻るとアンジーとゾイドが懲らしめた男達が床一面に転がっていた。
「また派手にやったな」
「おいイチ!サクヤは!?」
「そのケガ…まさか」
「ああ。サクヤの奴本気で蹴りやがって。こっちは無職だぞ」
転がっているイスを起こしながら呑気な調子で文句を垂れる。
「ん?イチ、お前何しに行ったんだ?サクヤを止めに行ったんだよな?」
「いや?あいつが俺の唐揚げを取ったから文句言いに行っただけだ」
「イチ!何考えてんだテメエはよ!?」
悪びれもしないイチの態度に我慢ならなくなったアンジーは胸ぐらを掴み激しく揺する。
「やーめーろーよー。傷に響くよー。いてーよー」
「アンジー一旦放せ。話が進まん」
歯を強く食いしばりわなわな震えながらもアンジーはゾイドに従う。
「…お前のことだ、まさか本気でくだらないケンカをしただけじゃないだろう?」
「まあ、な。色々話すことはあるがその前にゾイド、サクヤのことで何か知ってるか?」
ゾイドは一度、きまりが悪そうに目線を下にやると何かを決心するようにため息をつく。
「栄光の塔の近くで勤めてる奴らの噂話でしかないが、いいか?」
「ああ」
ゾイドはイスに座り、イチと目線を合わせる。
「そいつらの話だとサクヤはあの塔から出ることを許されていないらしい」
「どういうことだ?」
真っ先にゾイドの言葉に反応したのはアンジーだった。また沸々と怒りを燃やすアンジーに構わずゾイドは話しを続ける。
「どうやらお偉いさんからしてみれば、勇者ってのは俺らが思ってる以上に特別な存在なんだよ。強大な力を恐れてっててのもあるだろうが、それ以上にサクヤは勇者らしい振舞いを求められている。恐らくだが、その一端として生活の管理くらいはされていてもおかしくはない」
「あのクソガキが言ってたように私らみたいなのと関わらないようにってか。…くだらねえ」
「求められているのは、サクヤじゃなく勇者サクヤ」
「そういうことだ」
「ゾイド。どうしてそのこと黙ってた」
アンジーは怒りを込めた目でゾイドを睨みつける。それとは正反対にゾイドは冷たい目で睨み返す。
「そんなこと話したらお前らどうしてた?」
「そのクソみたいなことやってる奴らぶん殴りにいく」
「あやふやな話で、お前らにそんなことさせるわけにはいかないんだよ」
「チッ、クソが」
「そんなにキレるなよアンジー」
「ああ!?」
激しい怒りもどこ吹く風、まるで鼻唄でも歌いそうな穏やかな顔をするイチにアンジーは面食らう。
「あいつは大丈夫だ。あの頃から何も変わってねえよ」
イチはペンダントを手に置き眺める。
それはイチにとってかけがえのない宝物だった。
イチと同じものがアンジーにはピアスとして、ゾイドにはブレスレットとして付けられていた。もうここにはいないサクヤの左親指にも指輪として付いていた。
それは四人が過去で共にした誓いの証。
「やっぱり冒険は一人じゃ始まらねえよな」
ペンダントを握りしめ、イチは二人を見る。
「二人とも、どうする?」
現時点でアンジーとゾイドはイチの思惑の半分も理解できてはいなかった。しかし二人は顔を見合わせ答える。
「何言ってんだ」
「テメエ一人で行かせるわけねえだろ」
「…そうこなくっちゃ」
イチは水を勢いよく飲み干し、立ち上がる。
「よっしゃ」
イチの目に迷いはなかった。
「俺はあいつと迷宮に行く」




