第9話 掲示板の声:一般人たちの目線
夜。街の明かりが灯る時間、部屋にいる私は布団を蹴り上げ、スマホを手にした。
「さて、今日もあのスレは盛り上がってるかな…」
ベッドの上で体を起こしながら、指先で画面をスクロールする。昨夜の新宿駅西口での“事件”は、ネットでも話題になっていた。
――またスレ落ちたのかw
「はえーよwwwww」
最初の書き込みを見て、つい笑ってしまう。何度見ても、信じられない光景だ。動画も上がっているらしいが、見るたびにCGのようにしか思えない。誰も本当にあれが現実だとは信じていないのだろう。けれど胸の奥に、妙なざわつきが残る。
画面をスクロールすると、現場にいた人の書き込みが目に飛び込んできた。
> 現場で見てたけどガチだった…叫び声やばかった。隣のサラリーマンが轢かれたよ……
思わず息を呑む。文字だけで伝わる恐怖。ニュース映像には映らなかったリアルが、ここには確かにある。
「まさか、現実でこんなことが…」
震える指で画面を操作しながら、私は必死に冷静を装った。
さらにスクロールすると、別の書き込み。
> 黒い穴ってゲームでよくある『ダンジョンゲート』じゃね?wwまさか現実でwww
冗談交じりのコメントに、少し笑った。現実感と非現実感が混ざり合う瞬間。だがその裏で、現場で叫び声を聞いた人たちの恐怖は消えていない。
書き込みは次第に、あの怪物を助けていた学生のことに触れ始める。
> 怪物に襲われてる人を助けてたやついたよな?
スロー動画で確認したら学生っぽい奴がスマホ見てたぞ
誰もが目撃していた事実だ。しかし現実世界では誰もが混乱していて、それが「ゲームみたいだ」と笑うしかない。
「信じたいけど信じられない…」
画面の文字を追いながら、私は思わず呟いた。
やがて、スレッドは探索者の存在についての話題で盛り上がる。
> それ、探索者ってやつじゃね?
謎アプリ立ち上がってたスクショ出回ってるぞ
誰も本当のことは知らない。けれど、目撃者や実況民たちは少しずつ繋がり始めている。見えない力の存在――それが現実なのか、誰も確信できないまま。
その後、話題は政府の関与へと移る。
> これ絶対政府知ってただろ
出現後すぐ自衛隊来てたし動き早すぎじゃね?
> 計画通り(^ω^)
(´・ω・`)知らないほうがいいこともあるんやで
不安が、ざわざわと胸の奥をかき乱す。表向きは平穏でも、誰も真実を知らない。情報の隙間に、人々は陰謀論的な解釈を重ねる。スマホの画面越しに見る現実は、いつの間にか私たちの感覚とずれている。
そして話題は、探索者制度やゲーム感覚の話へ。
> 探索者ってどうやって選ばれるの?スマホに勝手にアプリ入るの?
探索者適性検知って表示出るらしい、ステータスも見れるとか
俺も選ばれたい(´・ω・`)
死ぬぞwwwww
憧れと恐怖が交錯する。現実でスキルや魔法が使えるなんて、夢のようで恐ろしい。けれど同時に、若者たちは心のどこかでそれを待ち望んでいる。
私はスクロールを止め、画面を閉じた。
「結局、誰も本当のことは知らない…」
画面の光が消えると、部屋には静寂だけが残る。窓の外では、街の喧騒が続いている。誰もが日常に戻ろうとしているけれど、心の片隅には昨夜の恐怖がしぶとく残っている。
布団に横になりながら、私は深呼吸した。
明日も、明後日も、世界は変わらずに動くのだろう。けれどその背後で、異界の影は確かに存在している――見えない誰かが監視しているかのように。
「……本当に、何が起きているんだろうな」
心の中で呟き、スマホを胸の横に置く。
指先の冷たさが、現実感をほんの少しだけ戻してくれる。
そして私は、ゆっくりと目を閉じた。
明日も、この不確かな世界を生き抜くために。




