第3話 拡散する異常 ― それでも日常は続く
――その夜。
藤堂遼は、自分の部屋でベッドに突っ伏していた。
壁の時計は午前一時を回っている。
窓の外では、遠くでパトカーのサイレンがかすかに響いていた。
「……俺、怪物と戦ったんだよな」
枕に顔を埋めながら、誰にともなく呟いた。
頭の中では、まだあの咆哮と爆音がリピート再生されている。
腕には擦り傷。膝は打ち身。服には、黒い液体の染み。
「……夢じゃ、ないよなぁ」
そして何より――スマホの画面が現実を突きつけてくる。
【探索者管理システム】
ログアウト:不可能
アンインストール:不可能
通信状態:常時接続中
「なにが“常時接続”だよ……Wi-Fiよりしつこいじゃん」
苦笑しながらも、背筋にじんわり冷たい汗がにじむ。
通知は止まらない。
寝ようとしても、ピコン、と音がしてステータス画面が勝手に開く。
「おい、寝かせろや……!」
天井を睨む。けれどスマホは、意志を持っているかのように沈黙した。
再びピコン。
【探索者ランク:E】
【最新任務:調査対象不明】
「Eランク……え、Eってことは俺、エターナル雑魚じゃん……」
遼は頭を抱えた。
あの戦いで死にかけたのに、評価は“E”。
命を懸けてこれか。理不尽の極みである。
――ふと、現実逃避のために掲示板アプリを開いた。
いつもの暇つぶし。
しかしそこは、すでに“非日常”に侵食されていた。
【速報】新宿駅前で怪物出現【動画あり】
1 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:45:11.34 ID:AbCdEf
なんか駅前に穴開いて化け物出てきたんだがwwwww
2 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:46:22.79 ID:XxYyYy
おい動画きてるぞ https://youtu.be/XXXXX
3 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:47:10.00 ID:FoFooo
え、これガチ?CGじゃね?
4 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:48:42.01 ID:RtGaaa
女が氷の槍で怪物ぶっ刺してんだけどwwwwwwwwwwwwwww
5 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:49:55.55 ID:PuYyyu
その横で雑魚っぽい男がなんか真似して投げて当ててて草
6 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 18:50:30.12 ID:KkLooo
雑魚がMVPでワロタwwwwwwww
「うおおおおおおおい!!」
遼は思わずスマホを放り投げた。
布団の上でバウンドして、画面がこちらを見つめている気がする。
「俺じゃん!! 完全に俺じゃん!!!」
顔はマスクで隠していた。
だが、声も体格も、下手したら服装でバレる可能性がある。
「やばいやばいやばい……もし大学の奴らに見られたら……!」
スマホを操作する指が震える。
だがどうにもならない。再生回数は、もう百万を超えていた。
【臨時ニュース】
「今の夕方、新宿駅西口で正体不明の巨大生物が出現。
現場では、謎の若い男女がその生物を撃退する様子が撮影されています。
専門家は“次元の歪み”や“未知の軍事実験”の可能性を指摘――」
「ニュースにまで出てんのかよ!」
遼は頭を抱えた。
完全に“非日常”が、テレビの中に入り込んでいる。
「いやこれ、社会問題じゃん……」
胃がきゅっと痛む。
そんなとき、スマホがまた震えた。
メッセージ通知。送信者の名前は――
『真琴』
遼の喉が、ごくりと鳴る。
『明日、大学の裏庭で。詳しい話をする。――真琴』
「……やっぱ、そうなるよな」
あのとき一緒に戦った彼女。
冷静沈着で、まるで“慣れていた”ように見えた。
彼女も、きっとこの異常な世界の何かを知っている。
「裏庭、か……。
あー、行きたくない。でも行かないともっとヤバそう……」
天井を見つめ、遼は深く息を吐いた。
掲示板は、まだ騒がしい。
12 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:05:42.98 ID:NetUuuu
探索者ってゲームかアニメの話じゃねーの?
13 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:06:31.10 ID:WeeAaaa
次は渋谷か?池袋か?wwwwwwww
14 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:07:44.33 ID:LoLpppp
あの男、意外と主人公感あるな
15 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:08:50.10 ID:HaaHhhh
↑なお本人は雑魚ステwwwwwwww
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「……俺、ネットのおもちゃにされてる……」
枕に顔を押しつける。
現実逃避をしても、通知音が止まらない。
【探索者レポート更新】
【対象地点:新宿ダンジョン】
【次回ミッション発令予定:00:00】
「いや、寝かせろって!」
遼は叫んだ。
部屋に響く自分の声が、やけに虚しく響いた。
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窓の外では、街の光が遠くで瞬いている。
見慣れた夜景。けれど、もう昨日とは違う。
――“ダンジョン”は現実に存在し、
――“探索者”という言葉が、ネットの流行語になりつつある。
「……もう、戻れねぇんだな」
呟きながら、遼はスマホを胸の上に置いた。
画面には、なおもスレが伸び続ける様子が映っていた。
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21 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:12:10.11 ID:Piyo
この件、政府隠す気なくね?w
22 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:13:22.51 ID:Gobu
つーかあの槍の女、めっちゃ可愛くね?w
23 :風吹けば名無し :202X/09/12(月) 19:14:45.90 ID:Matk
雑魚男、次回作でも出てほしいwwwwwww
「俺、次回作出るの……!?」
誰にツッコむでもなく、天井に叫ぶ。
その声は、誰にも届かない。
だが、現実は静かに変わり始めていた。
ニュースサイトには「次元現象」「異界生物」「政府対策班」――そんな言葉が並び始めている。
誰もがまだ「ネタ」と思っている。
だが、あの“穴”は確かに存在していた。
見なかったことには、もうできない。
ピコン。
【新通知:次の任務発令まで残り23時間】
「……せめて一晩くらい、休ませろ」
遼は枕に顔をうずめた。
遠くでまた、パトカーのサイレンが鳴る。
それは、まるでこの世界が“もう日常を終えた”と告げる合図のように――。




