第26話 共鳴の前兆 ― 光に呼ばれて
探索庁の大講堂は、まるで企業の入社式のような緊張感に包まれていた。
壁一面のスクリーンが白く光り、壇上にはスーツ姿の職員たちが整然と並んでいる。
列を成す新人探索者たちは、ひとりずつ呼ばれては前に出て、端末にカードをかざしていく。
「探索者登録の際は、カードを端末に差し込み、スキル情報の初期読み込みを行います。誤作動防止のため、動かないように」
職員の声が響くたび、会場の空気が少しずつ張り詰めていく。
誰かが小さく息を呑み、別の誰かが緊張した笑い声を漏らす。
遼は椅子の上で身を乗り出しながら、前方を見つめていた。
光の強弱で、登録した者の“力の質”がわかるという噂があるらしい。
隣では、亜里沙が興味津々の顔でスマホを握りしめていた。
「ねぇ、見た? さっきの人、光ピンクだったよ! かわいい!」
「かわいいって感想おかしいだろ……」
「だって光るんだよ? 女子的にはテンション上がるって!」
……緊張と興奮がないまぜになった会場。
遼の心臓も、なんだか妙に早く打っていた。
(この静けさ……まるで、教室で誰かが告白を待つ時みたいだな)
現実味があるようで、どこか夢の中の出来事のようでもある。
壇上では、職員が淡々と新人の名前を呼んでいく。
「次――白鳥亜里沙さん」
その瞬間、遼の心臓がひときわ大きく跳ねた。
「じゃ、行ってくる!」
「おい、緊張とか……ないのか?」
「むしろワクワクしてる! 見ててね!」
彼女は軽やかに壇上へ向かう。
その途中で、ふと立ち止まり、なぜか後ろを振り返った。
視線が一瞬だけ遼と重なる。
(……今、何か感じたか?)
まるで何かに“呼ばれた”ような、奇妙な仕草だった。
端末にカードを差し込む。
瞬間――
講堂全体を包むような“白金色の光”が爆ぜた。
バッと周囲が眩しく染まり、空気が震える。
職員のモニターが一斉に点滅し、ざわめきが走った。
「光量が……? ま、待て、出力制御を――!」
「計器が反応してません!」
「え、な、なに? これ……!」
亜里沙が目を見開き、身をすくめる。
その姿に、遼は思わず立ち上がった。
「亜里沙!」
次の瞬間、光がふっと収束する。
残ったのは、静けさと――床に浮かぶ、淡い紋様のような光跡。
まるで“羽根”の形をした模様が、彼女の足元に浮かんでいた。
「……機器の誤作動です。問題ありません」
職員が冷静にアナウンスするが、声の端には動揺が滲んでいた。
講堂内はざわめきに包まれる。
遼は胸の鼓動を押さえながら、ただ彼女を見ていた。
(……あれは、“誤作動”なんかじゃない)
「どうだった?」
説明会の休憩時間。
亜里沙は元気そうに戻ってきて、遼の机にドンと両手をついた。
「ひ・み・つ。でもね、たぶん遼の役に立つよ!」
「その笑顔が一番怖ぇんだよ……」
「なんで!? 信じてくれてもいいじゃん!」
亜里沙は頬を膨らませる。
けれど遼はまだ、さっきの光の残像を引きずっていた。
(胸の奥が熱くなった……あれは恐怖じゃなくて、何か呼応するような感覚だった)
自分の中の“何か”が反応した。
それが何かは、まだ言葉にできない。
「……ほんとに、大丈夫なんだな?」
「うん! ちょっとくすぐったかったけど、平気!」
「“くすぐったい”って……それが一番フラグなんだよな」
「なにそれ、遼、またラノベ脳発動してるでしょ!」
「お前が言うな!」
笑い合う二人。
その笑顔の奥に、互いがまだ知らない“光の余韻”が潜んでいた。
説明会が終わり、講堂を出た廊下。
職員たちが無線で短くやり取りしているのが耳に入った。
「……さっきの測定値、記録に残しておけ」
「例の“反応”が二人分出た。間違いない」
(……二人分?)
遼の足が、一瞬だけ止まる。
けれど彼は何も言わず、そのまま歩き出した。
「ねぇ、遼! ラーメン食べて帰ろ! お祝いだよ!」
「……はぁ。まぁ、そういうテンションの方が安心する」
「でしょ? あと餃子も頼もう!」
「お前、探索者になる前からエネルギーお化けだな……」
夕焼けの街を、笑いながら歩く二人。
だが、ふと亜里沙が立ち止まった。
「……あれ?」
彼女の手首の内側が、淡く光っている。
まるで皮膚の下に小さな星が埋め込まれたみたいに。
「なんか、光ってる?」
「な……おい、冗談だろ!?」
その瞬間、遼の胸ポケットの探索者カードが“震えた”。
同時に――心臓の鼓動が、彼女と同じリズムで打った気がした。
(――同じ、だ)
遼の呼吸が止まる。
風が街路樹を揺らし、時間がわずかに伸びる。
目と目が合う。
言葉は交わさずとも、何かが確かに繋がった。
すぐに光は消えた。
街のざわめきが戻り、車の音が流れる。
「……やっぱり、お前の“ひみつ”って、普通じゃないな」
「ふふっ、共鳴? とか、そういうのだったりして?」
「冗談言うなよ。……でも、たぶん、それ、当たってる」
夕陽が沈み、夜の街が始まる。
遼はもう、心の奥で知っていた。
今日という一日が、ただの“始まり”じゃないことを。
>――あの日、確かに何かが始まった。
それが運命なのか、偶然なのか、まだわからない。
けれど俺たちの“光”は、確かに同じリズムで脈打っていた。




