第25話 幼なじみ、まさかの参戦
朝の大学キャンパス。
六月の陽射しはやわらかく、初夏の匂いが芝生を撫でていた。
通学路を行き交う学生たちの中に、ひときわ目立つ声が響く。
「遼! ちょっと待ちなさい!」
振り返る前に、すでにわかっていた。
あの声を忘れるわけがない。
藤堂遼はため息をひとつ吐き、足を止めた。
次の瞬間――
「はぁっ、間に合った!」
弾む声とともに、肩までの茶色い髪が陽光の中を跳ねた。
明るい茶髪に琥珀の瞳、笑えばその場の空気がぱっと明るくなる。
「お前……なんでいるんだよ」
遼は苦笑混じりに言った。
探索庁の研修で地獄を見ていた身としては、このテンション差がきつい。
「なにその顔! こっちだって大変だったんだから!」
「……大変?」
「そう! 私も登録したの!」
「登録? なにを」
「探索者!」
唐突に放たれた爆弾。
遼の表情が、みるみる固まっていく。
「――はあ!? なんでだよ!!」
「なんでって、そりゃあ……遼が危ないことしてるの、放っとけるわけないじゃない!」
亜里沙――白鳥亜里沙は、まるで子供の頃の喧嘩のように頬を膨らませた。
そんな様子に、遼は少しだけ笑ってしまう。
ふと、亜里沙が真剣な顔になった。
「昨日ニュースで見たよ! “新人探索者、魔石群生地を突破”って! しかも一人で!あれ遼でしょ! 馬鹿じゃないの!?」
「……報道されてたのか、あれ」
「そりゃそうよ! 庁の公式チャンネルで特集されてたし! “奇跡の突破”とか言われて!」
「奇跡って言うな……」
遼はこめかみを押さえた。
ほんと、頼むから静かにしてほしい。
「で、登録って……まさか、正式に?」
「うんっ。昨日の夜、申請してきた! 今日から私も探索庁所属!」
ドヤ顔で胸を張る幼なじみ。
それを見た遼は、頭を抱えた。
(やっぱりこいつ、突っ走るタイプだ……)
「てか、お前さ……危ないってわかってんのか?」
「わかってるよ! でもね、放っとけなかったの」
彼女はまっすぐな瞳でそう言った。 怒っているような、でも心配しているような表情。
その言葉に、遼は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……放っとけなかった?」
「だって、昔からそうじゃん。遼って、無理して黙って何とかしようとするでしょ」
「別に、そんなこと――」
「ある!」
ぴしゃり、と即答された。
「ほら、覚えてる? 中学のとき、文化祭の準備で倒れたときもさ、“平気”って言い張って、結局救急車呼ばれたじゃん!」
「……そんな昔の話、よく覚えてるな」
「忘れるわけないでしょ。あのとき、私めっちゃ泣いたんだから」
亜里沙は少しだけ目を伏せ、すぐに笑みを浮かべた。
「だから決めたの。今度こそ、遼が無茶しないように、私が見張るって」
「……監視かよ」
「見張りとサポート、両方!」
悪びれもせずに言う。
その無邪気な笑顔に、遼は反論の気力を失った。
「はぁ……。で、これからどこ行くんだ?」
「本部! 新人説明会が今日なの。ちゃんと招集メール来たよ?」
「……マジかよ。俺もそれ来てた」
「でしょ? なら一緒に行こ!」
「いや、別に一緒じゃなくても――」
「一緒に行こ!」
反論は無意味だった。
この調子で小学生の頃から、いつも流されてきた。
亜里沙は遼の隣を軽快に歩きながら、スマホを覗き込んでいる。
庁支給の専用端末。新型らしく、表面が光を反射して白く輝いていた。
「すごいよね、これ。顔認証とか音声アシストとか全部ついてるの! 探索庁ってお金持ちだね~」
「それ全部、監視用の機能だからな」
「えっ、マジで!?」
「GPSとバイタルセンサー付き。庁がリアルタイムで見てる」
「え、じゃあ私の寝顔とかも――」
「たぶん見られてる」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
周囲の学生たちが何事かと振り向いた。
遼は無言で歩を速める。
「ちょ、待って遼! ほんとに!? あの人たち私の寝相見てんの!?」
「どうだろな、可愛い寝顔ならデータ保存してるかも」
「やめてえええぇぇ!!」
騒がしい。
が――この賑やかさが、少しだけ懐かしくもあった。
大学構内を抜け1時間後、庁の本部棟が見えてきた。
白い外壁に庁章の紋章。中央の大講堂には新人探索者の列ができている。
「わぁ……本当に、始まるんだね」
亜里沙の声が少しだけ緊張を帯びる。
遼も思わず足を止めた。
ほんの数日前までは、ただの大学生だった。
けれど今は、“未知の世界”の入り口に立っている。
「なぁ、亜里沙」
「ん?」
「やるなら、絶対に無茶すんな」
「ふふ、心配してくれてる?」
「してるに決まってる」
「そっか。じゃあ、遼も無茶したら怒るからね?」
「はいはい」
二人のやり取りを、周囲の新人たちがちらりと見る。
そのたびに亜里沙が少し顔を赤らめ、遼は「うるさい」と目を逸らす。




