第24話 未知のスキル
遼が端末を差し出した瞬間、記録官が眉をひそめた。
薄暗いブリーフィングルームのモニターには、訓練データが自動解析されている。
それなのに、遼の項目だけ――
> 《スキル欄:???(未分類)》
と表示されたままだった。
「……識別不能、か」
篠塚教官が腕を組み、無骨な声を漏らす。
「たぶん、訓練装置のセンサー誤作動じゃ――」
「違うな。記録そのものが“拒否”されてる。まるで……外部のシステムが介入しているみたいだ」
静まり返る空間。蛍光灯の光が冷たく机を照らした。
「桐生班のスライム戦闘データ、再生」
記録官が指を滑らせると、ホログラム映像が展開する。
――遼が攻撃を受け、倒れかけた瞬間。
青白い光が彼の体を包み込み、腐食スライムの体表から“光粒”が吸い上げられる。
「この瞬間だな」
篠塚が目を細める。
真琴が腕を組み、映像を凝視した。
「……あなたの周囲、見えたの。スライムの成分が、まるで吸収されるみたいに」
「ははっ……俺、そんなの覚えてないですけど?」
遼は苦笑いを浮かべる。けれどその手のひらは、微かに震えていた。
「記録は保留にしておけ」
篠塚が短く告げた。
「本庁の観測部が確認する。下手に触ると“巻き込まれる”ぞ」
真琴がちらと遼を見る。
その瞳の奥には――警戒と、ほんの少しの興味が混じっていた。
ロビーには他の探索班が行き交い、談笑の声とコーヒーの香りが漂っていた。
「いやー、遼くんやばかったって! あのスライム相手に一人で立ってたの、マジでドラマかと思った!」
神田が笑いながら肩を叩く。
「いやぁ……運ですよ、運」
遼は照れ笑いを浮かべるが、その目はどこか泳いでいた。
「運でスライムの酸吐きを止められるなら、私も運命信じるわ」
真琴が淡々と告げた。だがその口調は、少しだけ柔らかい。
「……遼くん、すごかった……」
優奈が小声で呟く。頬を赤らめ、両手を胸の前で握る。
「お、おう……ありがとう」
遼は曖昧に笑ったが、内心では別の思考が渦を巻いていた。
(俺だけ……何かに“見られてる”気がする)
視線を感じる。どこからともなく、背後に重い圧がある。
天井カメラの赤いランプが、一瞬だけ点滅したように見えた。
「どうした? 顔色悪いぞ」
神田が心配そうに覗き込む。
「いや、大丈夫。……ちょっと疲れただけだよ」
ロビーのざわめきが遠くなる。
遼の耳の奥に――微かな“電子音”が混ざった。
《観測対象:反応確認》
一瞬だけ、世界の音が止まったような錯覚。
しかし次の瞬間には、何事もなかったように庁舎の空調音が戻る。
庁舎を出ると、雨上がりの新宿の街が広がっていた。
ガラスビルの灯りが水たまりに映り、ネオンがゆらめく。
「今日の訓練、無事に終わって良かったね」
優奈がほっとしたように微笑む。
「ほんと。神田の剣、もうちょいで全部溶けてたからな」
遼が笑うと、神田が頭をかく。
「やめろ、思い出すだけで泣けてくる」
三人が笑う中、真琴だけが少し離れて歩いていた。
遼が追いかけて並ぶと、彼女は静かに言った。
「ねえ、遼。あなた、怖くないの?」
「……何が?」
「自分の中に“何か”があるって、気づいてるでしょう」
遼は立ち止まる。街の喧騒の中、二人の時間だけが切り取られたようだった。
「正直、怖いよ。でも……誰かを守れたらって思った。あのとき、優奈が泣きそうな顔してたから」
真琴の目が一瞬だけ柔らかくなる。
「ふふ、らしいわね。そういう人、嫌いじゃない」
「お、それって……褒めてる?」
「さあ、どうかしら」
小さく笑い、真琴は傘を広げた。
雨の粒がまた落ち始める。
二人の肩が、少しだけ近づいた。
その夜。
遼はアパートのベッドに倒れ込み、スマホを充電ケーブルに差した。
ニュースアプリを開く――が、突然画面が暗転。
【観測任務:進行中】
白文字が浮かび、背筋に冷たいものが走る。
「……は?」
タップしても反応しない。
数秒後、文字はノイズと共に消え、元のホーム画面に戻った。
(……気のせい、じゃない)
脳裏に響く、あの声。
――観測対象、確認。適応進行中。
誰の声でもない。機械のようで、どこか人の温度を感じる囁き。
「……やっぱり、俺は“選ばれた”んじゃなく、“監視されてる”のかもしれない」
窓の外では、雨音がゆっくりと遠ざかっていく。
ビルの屋上に、赤い光が一瞬瞬いた――まるで、誰かが彼を“見ている”ように。




