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ダンジョン・ブレイク――スキルコピーするだけで最強の俺、ダンジョンで恋も奪う  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第20話 英雄気取りは、まだ寝ぼけ中

翌朝の光は、けっして爽やかではなかった。

窓から差し込む朝陽は、薄いカーテンを透かして柔らかくも冷たく、ベッドに寝転んだままの藤堂遼の顔をじりじりと焼いていく。

彼は目を開ける。

重たいまぶたの奥で昨夜の断片が踊る。

ざわつくロビーの残響、ぶつかり合う金属音、——そして、最後に浴槽の温かさに包まれ、そのまま眠ってしまった自分。

目覚めたら布団の重みと、少しだけ誰かに運ばれたような記憶があった。


「……うおっ、俺、どこだ」

と言いかけて、即座に恥ずかしさが胸をしめつける。

彼は思い出す。

浴室で意識を失って、あの黒髪の受付嬢に抱き起こされ、ベッドに運ばれたことを。

肩口の痛みはまだ残っていて、服の端には昨夜の戦いの名残である泥と血の痕が乾いていた。

天井の染みをぼんやり眺めながら、遼の頭の中は忙しく働き出す。

劇的な場面転換でもあるかのように、心のどこかで彼は既に物語を編集していた。


(いや、待て、これってラブコメの王道展開だろ? ヒロインに助けられてベッドでお世話されて、自分はちょっと恥ずかしげに目を覚ます……ってやつ! 既成事実、既成事実! おい、遼、落ち着け。主人公の自覚しすぎるな)


そう自嘲しながらも、妙にご満悦な自分がいることに気づき、頬が熱くなった。

ベッドの端でがさごそと体を起こす。

筋肉は疲れているが、気恥ずかしさが先に来るのは困ったものだ。

ベッドの脇の椅子に座っていたのは、あの夜彼を助けた白石玲奈しらいし れいなだった。

彼女は朝の冷気をそのまま器にしたかのような、きりりとした顔で書類をめくっている。

胸元の受付バッジが小さく光り、眼鏡の縁が朝のやわらかい光で反射していた。

遼が動いた時、玲奈はふと顔を上げ、その視線が遼に合った。

薄く眉を上げて、口元に冷たい笑みをひとつ。


「……起きたのね。馬鹿。」


言葉は冷たい。

だが、その一語に含まれるのは、本当に冷たいだけの感情ではない。

遼はぴくりと肩を震わせながら、慌てて頭を下げる。


「えっと……昨日は本当にありがとうございました。すみません、迷惑かけました」


「迷惑をかけられた方は迷惑をかけ返す主義なのよ——と、そんな冗談は置いといて、ちゃんと安静にしてなさい」


遼は一度深く礼をして、安堵とぎこちなさが混じった表情になる。

だが、なにかが針に引っかかったように、彼はふと手を止める。


(……あれ? そういえば、俺、自分の名前ちゃんと言ってなかった気がする。マズイ。ヒロインの前で名乗らないってラノベの致命傷じゃん)


言葉を探す。

こういうとき、普通は相手が名前を名乗る。

"お前誰" とならないのは相手が先に名乗ったから——遼はどんどん状況を掘り下げる前に、口を開く。


「あ、あの――あれ、えーと、オレは藤堂遼です! 探……探索者候補の……あ、いや、候補じゃなくて、もう登録済みでしたね。えっと、あの、その、よろしくお願いします!」


言い終わった瞬間に自分のテンションの高さに顔が赤くなる。照れ隠しに変なポーズを取ろうとして、咳払いでごまかした。

玲奈は一瞬だけ目を細め、短くため息を吐く。

次いで淡々と自分の名札に視線を落とし、名乗る。


「白石玲奈。受付兼庁内補助。よろしく——と、言っておくわ。偉そうなことは言わない。あなたが誰かは記録に残ってるから」


その一言で遼は軽く肩をすくめる。

自己紹介は済んだ。にもかかわらず、妙な気まずさはまだ残る。

互いに名を交わしたはずなのに、なんだかぎこちない。

理由は簡単だ——二人とも"まだ本格的な会話"を交わしていないからだ。


「えっと、玲奈さん……って呼んでいいっすか?」


「呼びやすい方でいい。別に“先輩”とか“白石さん”とか固い呼び方しなくて」


遼は目を輝かせ、内心で小さくガッツポーズをする。

自分はこの距離感で合格だと判断したのだ。

だがすぐに別の問題が頭をもたげる。


(待てよ、相手は受付嬢でも覇道を行く深層探索者でもありうる。呼び名一つで人生が変わる——いや、さすがに大げさか)


遼がからかうように胸を張って「俺は英雄だから、"英雄殿"でもいいぜ」と言いかけた瞬間、玲奈は冷ややかに顎を上げて突っ込む。


「ふん。英雄なら英雄らしい行動をしなさい。昨日みたいに浴槽で倒れないとか。英雄は観客を喜ばせる前に自分を大事にするものよ」


言い方はツンだが、目はちゃんと遼を見ている。妙に的確な叱責に、遼は赤面する。

口で反論するどころか、普通に謝ってしまう。

いかに普段が無自覚か、あるいは物語的に学習していないかが露呈する瞬間だ。

だが、自己紹介が済んだからといって会話が途切れてしまうほど、この世界は退屈ではない。

玲奈はそのまま立ち上がり、書類をテーブルへ戻し、じっと遼を見下ろす。


「ところで、あなたは何のためにここへ来たの?」


その質問は何でもないようで、なかなかに核心を突いている。

会議の場で訊かれるような公的な問いではなく、もっと個人的でずけずけした問い。

遼は一瞬たじろぐ。


「え、何って……んー、試験とか、修行とか、英雄活動のためとか?」


と意味不明な返しをする。

玲奈は眉間に皺を寄せ、軽く首を傾げる。


「――冗談はいいの。本気で答えなさい、あなたは何をしに来たの?」


遼の脳内で、ルナストーンの数字が光ってはじける。

120万円。

あの小さな青い石が、確かに彼の財布の未来を少しだけ明るくするはずだった。

ふと、現実に立ち戻り、遼は口を開く。


「……あ、そうだった。あの、その、ルナストーンを売りに来たんです」


言葉が出ると、遼は自分の口の軽さに驚く。

真実を言うとどうなるのか、胸の奥で小さなパニックが起きる。

玲奈は眉をひそめる。表情がわずかに堅くなる。


「ルナストーン。……新参者が持っているというのは珍しいわね。そんなものをなぜあなたが?」


「え、いや、あの、ダンジョンで手に入れてしまって……罠で矢が降ってきて、痛かったけど手に入れたんすよ。で、それがさ、売れば120万って見積もりで。いや、マジでビビったんすよ、ゼロの数が多すぎて」


遼の話は早口で、どこか自慢げだが同時に動揺を隠せない。

人に大金の話をするのは、どうにも照れくさい。玲奈は彼の言葉を静かに受け止める。


「……ふむ。なるほどね。そんなものを持ってきた理由が"金"であれば、手続きは面倒だができる。庁は探索者の物品管理と買い取り業務を管轄しているわけではないが、緊急対応の一環で鑑定と保管くらいは引き受ける」


「え、本当に? 売れるんすか?」


「売れるかは査定次第。だがまずは鑑定をしなきゃね。あなた自身の安全もある。あんな怪我のまま表に出すわけにはいかないでしょ」


玲奈の声はそっけないが、言葉の奥にある気遣いは隠しきれない。

遼は胸がじんと温かくなる。

素直に「ありがとう」と言いたくなるが、彼の口は何かとんちんかんなことを言ってしまう。


「じゃあ、ス〇バで立ち合いしてくれますか? 早速"売りに出したい"ってツイートしようかな!」


玲奈は目の端を細めて、くるりと振り返る。


「いいえ、あなたの金銭計画をSNSで晒すのは探索庁の倫理規定上問題がある。まずは落ち着きなさい」


言い方は厳しい。

だが遼には奇妙な安心感があった。

叱ってくれる人がいる。

守ってくれる人がいる。

たったそれだけで、昨日までの恐怖がふっと薄らいでいく。


「わかった。じゃあ、後で鑑定の手順を一緒にやってください。あと、あの――本当にありがとう、昨日は」


遼は素直に昨日の感謝を口に出す。

玲奈はちらりと視線を落とし、照れ隠しのように小さく鼻先で笑った。


「……ほら、また変な顔する。いい? あなた、無茶するならその分私が怒るから準備しておきなさい」


「わ、わかったっす! 怒られるためなら覚悟しておきます!」


ふたりの間には滑稽なやり取りが生まれ、部屋の空気がほんの少し和んだ。

遼はその温度に安堵し、胸の奥の重さが消えかけるのを感じた。


――それでも、夜が来れば別の顔を出す。昼間の情勢整理が終わると、遼は学生寮へと戻り、夜の帳に紛れるように自室のドアを閉めた。

疲労と達成感と少しの気恥ずかしさが入り混じった状態で、彼は床に倒れ込み、スマホを探る。

スマホの画面には、先ほど自分が確かめた香坂真琴の名前が残っている。

冷静で、鋭く、そしてどこか人を安心させるあの声。遼はふと、先ほど玲奈の前で礼を言うつもりで名乗ったが、真琴にはきちんとお礼をしていなかったことを思い出す。

彼女にはお世話になりっぱなしで、何か恩返しもできていない。


(……そうだ、真琴先輩に連絡しよう。迷惑かもしれないけど、今日のことも報告したいし、ちょっと相談に乗ってもらいたい。ルナストーンのこと、どうすればいいかとか)


彼はスマホを取り、連絡先をタップする。

親指の先が少し震えるが、それは緊張というよりは期待に近い。

電話をかけるときの何とも言えない気持ち。

誰かに聞いてほしい、誰かの声を確かめたい、そんな思いが混ざっている。

通話の呼び出し音が数回鳴る。

彼はベッドの上で手を握り締め、呼び出しのリズムに合わせて昔見たテレビドラマのワンシーンを脳内で再生する。

呼び出し音が一段落し、微かなクリック音の後に、向こうからあの冷静な声が届く。


「もしもし、藤堂くん?」


その瞬間、遼の心臓が跳ねた。

言葉はまだ続きそうだったが、ここで今回の話は締める。

彼は深呼吸を一つして、次に何を言うかを決めようとする——ありがとうを伝えるか、ルナストーンの話を切り出すか、あるいはただ昨日の出来事の安否を確認するか。

窓の外の夜風がカーテンをそっと揺らし、部屋の中に柔らかな影を落とす。

遼は受話器を耳にあて、向こうの声を待ちながら、じっと息を整えた。

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