第2話 ダンジョンに沈む街
瓦礫の隙間から差し込む赤い光。
焼けたアスファルトの匂いが鼻を刺す。
耳鳴りの奥で、遠くからサイレンと、誰かの泣き声が混じって聞こえた。
「……ここ、どこだ……?」
視界を上げると、そこは――見慣れたはずの新宿駅西口が、崩壊していた。
ビルの半分は折れ曲がり、道路は裂け、街灯がねじれた鉄くずになっている。
「やっと起きた? 藤堂くん。」
頭の上から声が降ってきた。
振り向くと、煙の向こうに――黒髪を後ろで束ねた長身の女が立っていた。
香坂真琴。大学の同級生。
昨日までキャンパスで他人行儀に挨拶してた相手が、今は銃を構えて瓦礫の上に立ってる。
「香坂……? 何で、そんな物騒な……」
「説明はあと。立てる?」
「……た、多分。足は……うん、生きてる。」
「よかった。じゃ、急いで。あの音、近づいてる。」
真琴の視線の先――路地の奥から、低い唸り声が響いた。
「グルルル……ッ」
四足で地を這う、影のような獣。
灰色の皮膚に赤い瞳。見覚えがある。昨日、駅前で暴れてた“あいつ”と同じだ。
「うそだろ……また出たのかよ。」
「“また”じゃないわ。――ここが、もう“ダンジョン”なの。」
「は……? 何言ってんだよ。」
「信じたくないのはわかる。でも見て。」
真琴がポケットからスマホを取り出し、画面をこちらに向けた。
そこには、見慣れたアプリの代わりに、システムウィンドウのようなものが表示されていた。
【エリア:ダンジョン01/新宿区】
【探索者登録:有効】
「……マジでゲーム画面じゃん。」
「これが現実よ。このエリアでは政府も警察も、機能してない。通信は制限されてるけど、一部のネットは動いてる。
ニュース速報、見て。」
画面には「東京各地で“黒い穴”出現 自衛隊派遣」との文字が踊っていた。
遼は息を呑んだ。
「……じゃあ、全国で……?」
「そう。世界規模かもしれない。少なくとも――新宿は、もう“向こう側”と混じってる。」
瓦礫の向こう、見慣れたはずの高層ビルが、黒い蔦に覆われていた。
地面にはひび割れから青白い光が漏れ、空は不自然にゆらめいている。
「……現実バグってんじゃん。」
「バグでも死ぬのよ。だから、“生き残り方”を覚えて。」
二人はコンビニ跡へたどり着いた。
半壊した建物の中には、十数人の人間が身を寄せていた。
「探索者が来たぞ!」
「うそ……助けてくれるのか!?」
最初は安堵の声だったが――次の瞬間、空気が変わる。
「おい、そいつ……探索者だろ? 昨日の怪物と一緒に出てきたやつだ!」
「感染とか、ないのか!?」
「近寄るな!」
一斉に突き刺さる視線。
遼は思わず後ずさった。
「ま、待てって! 俺だって昨日までただの学生――」
「じゃあなんで生きてる!? 俺の同僚は食われたのに!」
真琴が一歩前に出る。
「落ち着いて。私たちは“人間”よ。敵じゃない。」
「証拠は?」
「今ここであなたを殴らないこと。」
一瞬で静まり返った。
彼女の視線は冷たく、それでいて一切の迷いがなかった。
「……探索者がいなきゃ、この区画はもう持たない。信じるかどうかは自由。でも、生きたければ協力して。」
遼はその横顔を見ながら、小声でつぶやいた。
「……かっけぇ。」
「何か言った?」
「いえ、隊長。」
「やめて。」
その夜。
コンビニの外から、異様な風の音が響いた。
「グルルルルル……ッ!」
影の群れが現れる。シャドウウルフだ。十数匹。
生存者たちが悲鳴を上げる中、真琴が一瞬で飛び出した。
「君は下がってて!」
「いや、でも――!」
言い終わる前に、彼女は狼の頭を蹴り飛ばしていた。
スラリとした脚が風を裂き、牙を弾き飛ばす。
動きが速すぎて、目で追えない。
「……すげぇ……マジで映画かよ。」
「見とれてる場合!?」
背後から別の狼が跳びかかる。
遼は反射的に身をひねったが、肩を裂かれた。
「ぐっ……!」
血が流れる。息が詰まる。
視界が赤く染まって――その瞬間、スマホが震えた。
> 【HP 9%】
【条件達成:アビリティジャック発動】
【対象:シャドウウルフ/能力データ取得中……】
「な……勝手に……!?」
体の奥で、何かが走った。
筋肉が熱を帯び、世界の動きが遅く見える。
「――“閃脚”。」
遼の足が閃光を残して動き、狼の顎を蹴り砕いた。
「な、何それ……!?」
「たぶん……俺のスキル、“アビリティジャック”!」
息を切らしながら、遼は笑う。
「……発動条件、瀕死。マジで、命懸けチートだわ!」
「バカ! 二度とそんな真似しないで!」
「了解。できたらな!」
二人の息が重なり、狼たちが次々と倒れていく。
夜の新宿に、獣の断末魔が響いた。
戦闘が終わると同時に、遼は崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと! しっかりして!」
「……ちょっと、細胞……壊れたかも……?」
「冗談で言うことじゃない!」
真琴が慌ててバッグから薬品と布を取り出す。
冷たい手が額に触れた。
「……熱い。体が拒絶反応起こしてる。」
「いや、でも……助けられたし。」
「バカ言わないで。死んだら意味ない。」
彼女の表情がほんの少しだけ、柔らかくなった。
「……でも、ありがと。あのままじゃ、全滅だった。」
「へへ、いいって。どうせ死にかけないとスキル使えないし。」
「そんな仕様、最悪ね。」
「バグ報告したいわ。」
「開発者いないでしょ、現実だから。」
二人とも笑った。
瓦礫の街の中で、わずかな静寂が戻る。
朝が来た。
崩れたビルの間から、白い光が差し込む。
焦げた地面の上で、風が冷たく流れた。
「……終わった、のか?」
「いいえ。始まったの。」
真琴が立ち上がり、駅前を見渡す。
モンスターの死体が転がり、煙が上がる中――人々が少しずつ外へ出てきていた。
「何あれ!?」「人が怪物倒したぞ!」
「撮って! これ、マジやばいって!」
スマホを構える群衆。
SNSの通知音が、どこか現実離れして響いた。
「……まずいわね。公になった。」
「ってことは……これから、どうなんの俺たち?」
真琴は空を見上げた。
黒い穴はまだ、空間にぽっかりと口を開けたままだった。
――ダンジョンの時代が、始まろうとしていた。




