第18話 新人探索者、ロビーで英雄ムーブを見せつける
ロビーの空気が、わずかに震えた。
桐生剛志がゆっくりと歩みを進める。
その一歩ごとに、革靴の底が大理石の床を叩き、重低音のような振動が広がっていく。
観客席にいた探索者たちが息を呑み、誰もが無意識に背筋を伸ばした。
「おい、坊主。立ってるだけか?」
低く、唸るような声。
その響きだけで周囲の空気が重圧を帯び、床の石板がわずかに軋む。
モヒカン頭の赤城亮が拳を鳴らす。
「新人か? 挨拶代わりに痛い思いをさせてやるぜ!」
顎ヒゲの佐伯勇司は、二刀をすらりと抜いた。
「カバン軽そうだな……命も軽そうだ」
三人の殺気が重なり、まるで狩りの獲物を前にした獣の群れのような迫力を放つ。
遼は思わず一歩後退した。喉が渇き、呼吸が乱れる。
だが、その心の奥底では——。
(……よし、来たな。英雄になる俺の見せ場!)
内心でニヤリと笑い、拳を握る。
周囲の観客たちも目を凝らす。
探索者D:「……新人にしては動き速いな」
探索者E:「まさか、試験をやられてるなんて……(笑)」
ロビーに緊張と笑いが同居する中、戦闘が幕を開けた。
桐生が第一歩を踏み出す。
拳を握った瞬間、空気がピシリと震えた。
「調子乗るな、坊主!」
風が爆ぜる。桐生の拳が前に伸びると同時に、烈風スキル《烈風拳》が解き放たれた。
衝撃波を伴った拳風が遼を襲い、床に散らばる砂塵を巻き上げる。
大理石の床に細かい傷が走り、白い破片が飛び散った。
「——ッ!」
遼は反射的にステップバック。
身体をひねって衝撃波をかわし、巻き起こった風に髪とパーカーを大きくはためかせる。
(おっと……避けたぞ! ……よし、反撃だ!)
壁を蹴って反転し、空中から飛び込む。
しかしそこへ、モヒカン頭の赤城亮が動いた。
「破ァッ!!」
破岩スキル《破岩拳》。
振り下ろされた拳が床を叩いた瞬間、地鳴りのような衝撃波が走り、床を伝って遼を直撃する。
「ぐっ——!」
だが遼はその一撃を見切り、ジャンプ。
宙を舞いながら壁に足をかけ、反発力で軌道をずらす。
地面を這う衝撃波が寸前で通り過ぎ、床が砕けて亀裂が走った。
観客がどよめく。
探索者F:「あれ、避け方が……」
探索者G:「新人だよな……?」
遼の耳には、観客の声が心地よい音楽のように響いた。
(……英雄の俺、カッコよすぎる……庁の試験、完璧にクリア中だ!)
続いて、顎ヒゲの佐伯勇司が飛び込む。
「沈めッ! 《連撃刃》ッ!」
二刀が閃き、残像を描く。
わずか2秒間に5連撃。
速さだけなら目が追いつかない。
だが遼は冷静にタイミングを測る。
一撃目をスウェーで避け、二撃目を肩を落としてかわす。三撃目は風を切る音だけが耳を掠め、四撃目をステップで回避。五撃目が来た瞬間、遼は腰を落として真下に滑り込む。
「なっ……!?」
顎ヒゲの剣が空を切り、背後の柱に突き刺さった。石片が派手に砕け、観客が悲鳴を上げる。
観客席からざわめきが上がる。
探索者H:「……動きが早すぎる……」
探索者I:「え、あれ新人だよな……?」
遼は心の中でドヤ顔を決めていた。
(……見たか、俺の華麗な回避! 完璧すぎる! これぞ主人公ムーブ!)
周囲の目を浴びながら、胸の鼓動が高鳴る。
観客は畏怖と困惑を入り混じらせた視線を向けていたが、遼にとってはそれが「英雄への喝采」にしか見えなかった。
受付カウンターの奥。
受付嬢である白石玲奈は腕を組み、静かに戦いを見つめていた。
深い紺色の瞳が、じっと遼を追う。
(……あの子、本当に新人? なのに……あの三人を翻弄してる。まさか、深層探索者……?)
彼女の胸に、説明のつかないざわめきが広がっていた。
桐生が鼻を鳴らし、サングラスを外す。
「調子に乗るなよ、小僧。これからが本番だ」
風が渦を巻き始める。烈風スキル《烈風渦》。
周囲二メートルに竜巻が発生し、床の破片や砂塵を巻き上げて壁を削る。
赤城亮は床を踏み抜くように拳を振り下ろす。
「まとめて砕けッ! 《破岩拳》!」
地面が盛り上がり、床板が大波のように隆起。衝撃波が逃げ道を塞ぐ。
さらに、顎ヒゲの佐伯勇司が舞うように二刀を振るう。
「避け場はないぞ! 《切り裂きの舞》!」
残像を描く二刀の軌跡が、壁から壁へと光の檻を作り出す。
三人の必殺が同時に迫る。
観客席から悲鳴が上がり、誰もが息を呑んだ。
遼は額に汗を浮かべながらも、唇の端を吊り上げる。
(……なるほど、ここで窮地! でも試験なら、ここからが見せ場ってやつだろ!)
彼は壁を蹴り、竜巻の縁を走るように移動。
剣圧と衝撃波を紙一重でかわしながら、観客に大きく両手を広げるようなポーズを取った。
(——見ろ! 俺こそが、この試験の主人公だ!!)
ロビー全体が震動に包まれる中、観客たちの視線は一点に釘付けになっていた。
竜巻の中心で、遼は風圧に押し上げられながら必死に体勢を保っていた。
烈風が吹き荒れ、砕けた大理石の破片が刃のように飛び交う。
桐生剛志の声が轟く。
「ここまでだ、小僧! 影に沈めッ!」
足元の影が、竜巻に絡むようにうねり広がった。
2つ目のスキル影穿走技名《影縛り》。
黒い鎖が蛇のように伸び、遼の両足を捕らえようと迫る。
「っ……!」
遼は反射的に身をひねり、壁を蹴る。
だが影は風と共に形を変え、逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。
その隙を狙って、赤城亮が拳を振り下ろした。
「砕けろォッ! 《破岩拳》!」
床が爆発したかのように隆起し、石片が四散する。
さらに顎ヒゲの佐伯勇司が舞い、二刀を交差させて振るった。
「千切れッ! 《連撃刃・乱舞》ッ!」
三方から同時に襲いかかる猛攻。
観客の探索者たちは思わず目を覆う。
探索者K:「……あれは避けられない……!」
探索者L:「新人が死ぬぞ!」
だが遼は、なぜか笑っていた。
(……来たな。これぞ試験の山場! ここを華麗に突破すれば、俺は英雄だ!)
彼は影に絡まれながらも体を捻り、衝撃波を逆に利用して宙を跳ぶ。
竜巻の中を縫うように走り抜け、石片の雨を蹴散らしながら三人の連撃をすり抜けた。
観客席からどよめきが湧き起こる。
探索者M:「なにあれ……人間の動きじゃない……!」
探索者N:「いや、深層帰りの探索者でも……」
探索者O:「新人なんだろ? どうなってんだ……」
玲奈は黙って見つめ続けていた。
彼女の胸の奥で、感情が静かに揺れていた。
(——危なっかしい。だけど……なぜか目を離せない。あの無鉄砲さ、真っ直ぐさ……)
遼の背中が、どうしようもなく眩しく見えた。
一方で、桐生は苛立ちを募らせていた。
「小僧が……ちょこまかと!」
風を纏う拳を連打し、烈風の弾丸がロビーを穿つ。柱が削られ、壁の装飾が崩れ落ちる。
赤城亮はさらに拳を叩き込み、広範囲を揺るがす衝撃を放った。
「
逃げられるかよォッ!」
顎ヒゲの二刀が閃き、空中の遼を追い詰める。
だが遼は紙一重でかわしながら、なおも笑みを浮かべていた。
(……みんな見てる。俺の舞台だ! 英雄の俺を見ろ!)
そのときだった。赤城亮の拳が床を叩き割り、ひびが観客席のすぐ下にまで走った。
「やべ……!」
探索者たちが悲鳴を上げる。
次の瞬間、赤城が叫んだ。
「まとめて粉砕だァッ! 《破岩波》ッ!!」
広範囲に広がる地震のような衝撃。
床がうねり、石の破片が観客席を直撃する勢いで吹き飛んでいく。
観客:「キャアアッ!」
観客:「避けろォッ!」
恐慌が走る。
遼は目を見開いた。
(……試験なのに、観客まで巻き込むのか!? なんて容赦ない……いや、逆に言えばここで俺が守れば……!)
彼は観客を背に立ち、腕を広げる。
(——英雄ムーブ、最高の見せ場だ!)
だがその瞬間、玲奈が動いた。
玲奈は静かに受付カウンターから立ち上がった。
その背筋は凛と伸び、漆黒の髪が揺れる。
「そこまでよ」
低い声が響いた瞬間、背中に背負っていた大剣が鞘を離れた。煌めく銀の刃。
観客たちが息を呑む。
「れ、玲奈さんが……!?」
「受付嬢じゃなかったのか!?」
彼女は探索庁所属の深層探索者——それが真の姿だった。
赤城亮の破岩スキル破岩波が観客席に迫る。
玲奈は一歩踏み込み、大剣を構える。
「……《深紅の剣形・逆鱗》」
衝撃と刃が交差する一瞬。
玲奈の剣が正確に拳を受け止めた。
ギィン——!
甲高い金属音が響き、大地を揺るがす衝撃波が空気を裂く。
だが彼女の剣は折れなかった。
それどころか、破岩の力を吸い上げ、刃に重ねるように収束させていく。
「なっ……!」
赤城が目を剥く。
玲奈は静かに息を吐き、声を絞り出した。
「その力、そっくり返す……!」
玲奈の大剣が閃いた。
破岩の衝撃を上乗せして、桐生たち三人へと放つ。
轟音。
床が砕け、風圧が壁を吹き飛ばし、観客席にまで震動が伝わる。
桐生剛志は烈風で防御を試みたが、押し返されて壁に叩きつけられる。
赤城亮は自分の拳の衝撃を上乗せされ、床に沈み込む。
佐伯勇司の二刀は砕け散り、彼自身も壁際に吹き飛んだ。
三人は動けない。
ロビーに静寂が訪れる。
観客:「……うそだろ……」
観客:「あの三人が一撃で……」
玲奈は剣を収め、視線を遼に向ける。
「無茶するんじゃないわよ。あなたまで巻き込まれていたら……」
遼は汗だくのまま、胸を張った。
(……やっぱり試験だ! 最後はヒロインが助けに入って、俺の英雄物語完成だ!)
彼は心の中で勝利ポーズを決めながら、堂々と胸を叩いた。
「ま、俺が守るつもりだったけどな!」
玲奈は小さくため息をつき、しかし頬をわずかに赤らめた。
(……この子、本当にただの新人なの?)
ロビーには、今も観客たちのざわめきが響いていた。だがその中心にいたのは、間違いなく——遼と玲奈。
英雄譚の幕は、まだ始まったばかりだった。




