第17話 庁は遊び場じゃない!?暴走新人
夜十時を過ぎた学生寮。六畳一間、壁の薄さは紙同然。
隣の部屋のテレビからはお笑い番組の笑い声が漏れ、外では虫の声が控えめに響いていた。
マナストーンを机に置いたまま、遼は布団に寝転びながらスマホを見つめていた。
「……120万かぁ……。ヤバいな、人生で初めてゼロが並んだ数字をリアルに見た気がする」
数字を確認した瞬間、心臓がドクンと跳ねる。
胸の奥がざわついて眠れない。
売るしかない。いや、売ってしまおう。
「これで武器だ! 俺専用の、超カッコイイやつ!」
ゴブリンに素手で挑んで拳を痛めた過去を思い出し、心からそう決意した。
「うおぉ……あのとき、マジで死ぬかと思ったよな」
遼は拳を開いて、じっと見つめた。
スキルもなし、武器もなし。素手で殴って勝ったのは、運と アドレナリンの暴走のおかげ。
けど、それでも勝った。生き残った。
――つまり、これはスタート地点だ。
想像が膨らむほど、胸が熱くなる。
もう“雑魚モブ”とは言わせない。
脇役でも、舞台の真ん中に立つ方法がある――そう信じた。
「……俺の時代が、来る」
その言葉が、妙にリアルに響いた。
窓の外。夜明け前の空が、うっすらと白み始めていた。
希望と不安が交錯する、その境目の光。
遼は小さく息を吐いた。
「明日……売りに行くか」
マナストーンの光が、彼の瞳に反射してきらめいた。
翌朝。
東京の一等地にそびえる、巨大なガラス張りの建物。
「政府探索庁」。
ダンジョン発生以降、すべての探索・討伐・調査を統括する国家機関。
まるで未来映画のセットみたいな建物の前で、遼は立ち尽くしていた。
遼:「うぉぉ……マジで来ちまった……」
入口には武装警備員、ドローンがゆっくり巡回し、金属探知ゲートが青く光る。
スーツ姿の役人と、武装した探索者たちが出入りする光景は、まるでゲームの世界と現実が溶け合ったようだった。
……が、ひとりだけ明らかに浮いている男がいた。
そう、遼だ。
Tシャツにパーカー、安物のジーンズ。足元はスニーカー。完全に「今から遊びに行きます」みたいな格好。場違いすぎて逆に目立つ。
探索者A(小声):「おい見ろよ、新人か?」
探索者B:「うわ、初心者感フル装備だな」
探索者C:「あれ絶対絡まれるやつだ」
──その予想は的中する。
庁の玄関に足を踏み入れると、冷気のような静寂が迎える。
光沢のある大理石の床、壁に埋め込まれたホログラム案内板。
「第3登録課 →」「新人研修ホール →」と矢印が浮かび上がっている。
「おお、マジで近未来……」
――周りを見渡す。
登録カウンターには、筋骨隆々の探索者たちがずらり。
革製のアーマー、金属装備、片刃の剣……まるでファンタジーの展示会だ。
「Tシャツで庁来るの、俺くらいだよな……」
心の声が漏れた瞬間、隣の探索者がチラリと視線を送る。
ロビー中央。
黒革のソファに、やたら威圧感のある三人組が座っていた。
桐生剛志。
茶髪をオールバックにし、サングラスをかけた三十代半ばの男。
腕には無骨なタトゥー、背中には古びたロングコート。
目を細めるだけで、空気が張り詰める。
その両脇には、モヒカン頭の男と顎ヒゲの男。
どちらも筋肉がシャツからはみ出しており、見るからに「喧嘩売ったら死ぬタイプ」。
周囲の探索者たちは、彼らから距離を取る。
明らかに有名人――いや、“関わっちゃいけない人種”だ。
そんな中。
遼がロビーに足を踏み入れる。
その瞬間、三人の視線がピタリと止まった。
ニヤリ、と笑う三人。
獲物を見つけた肉食獣のようだった。
遼はその視線に気づき――背筋を伸ばした。
遼の心臓がドクドクと鳴る。
でも――違う。これは怖いんじゃない。
桐生 剛志
「おーい坊主、庁は観光スポットじゃねぇぞ?」
取り巻き1(モヒカン)
「新人かぁ? パーカーとかw ママに選んでもらったんか?」
取り巻き2(顎ヒゲ)
「カバン軽そうだなぁ、中身カラッポか? それとも……命カラッポかぁ?」
周りの探索者たちはチラッと見るが、すぐに目を逸らす。
「また始まった」「新人洗礼タイム」とでも言いたげに、誰も止めない。
遼:「……あっ、来たなこれ」
心臓はドキドキ。だが脳内では完全に別の物語が展開していた。
(これは……そういうことだろ? 政府探索庁が俺をテストしてる!)
(わかる、俺にはわかる! RPGでもこういう洗礼あるもんな!)
遼の目に、三人組は「庁が放った公式チュートリアル敵」と映っていた。
桐生 剛志:「おい聞いてんのか? 無視か? 生意気だな」
取り巻き1:「挨拶代わりにちょっと殴っとく?」
取り巻き2:「やめろよ、庁の中だぞ。あくまで“軽く”な」
──その言葉に遼は静かに笑った。
遼:「……あー、わかったわ」
三人:「ん?」
遼:「これ、試験だろ?」
三人:「は?」
遼は親指を立て、ニカッと笑った。
「俺、こういうの知ってる! ゲームだと“チュートリアルボス”ってやつ! よーし、ちょっと暴れさせてもらうか!」
三人組:「…………」
周囲の探索者たち:「……あっ(察し)」
周囲の探索者たちは、遠巻きに見守る。
探索者D:「おい、あれ新人か?」
探索者E:「Tシャツにパーカーとか……完全に遊びに来た感あるぞ」
探索者F:「まあ、毎年恒例の新人洗礼だ。見物しとけ」
受付カウンターの黒髪眼鏡の女性職員は静かに観察していた。
彼女の目は、戦闘に巻き込まれることも、遼が試験だと思っていることも知らない。
遼は三人組を見て内心で分析する。
(……桐生、強そう……でも、試験だ……これ、絶対に庁の新人テストイベントだ!)
(よし、俺は全力で戦って英雄っぷりをアピールする! 誰も俺を止められない!)
遼の心は高揚していた。
目の前の三人は「試験用モブ」と見なされ、戦うほどに英雄気分が増していく。




