第13話 探索者研修 ― “未知数”たちの出会い
政府探索庁・新人研修センター。
壁も床も、すべて白。無機質な蛍光灯の光が、朝の冷たさを封じ込めている。
遼は固い椅子に腰を下ろし、拳を膝の上で握っていた。
(……ついに俺も、“探索者”か)
隣の席では、緊張した顔の若者たちがざわめいている。
「なぁ、本当にダンジョン行くんだよな、俺たち……?」
「行かなきゃ“国家違反”扱いだってよ。登録したら、もう兵士枠らしい」
笑い混じりの会話だが、誰も笑っていない。
国家が認める「探索者」は、もはや職業ではなく“戦力”――そう言われても不思議じゃなかった。
(守られる側じゃなく、守る側か……けど――)
遼は胸の奥で息を吸い込み、微かに笑った。
(悪くない。誰かを守れるって、ちょっと憧れてたしな)
ガチャリ。
前方の扉が開き、空気が一変する。
「静粛に」
入ってきたのは、鋭い眼差しの女性教官。灰色のスーツ、無駄のない動き。
その一言だけで教室が凍る。
「これより新人探索者研修を開始する。まずは自己紹介だ。名前とスキルを述べろ」
(……スキル、ね)
遼は無意識に視線を落とした。
スマホの探索者アプリには、未だ《スキル:???》とだけ表示されている。
「よし、前から順に」
最初に立ち上がったのは、スポーツ刈りの青年。
「俺は神田悠馬! スキルは《剣術強化》! トップ探索者になってやるから覚えとけ!」
教官の眉がわずかに動く。
だが教室は少しだけ和んだ。
(おお、明るい奴だな。ありがたい)
続いて立ち上がったのは、長い髪を束ねた少女。
「水瀬優奈です。スキルは《治癒》。……戦闘は苦手だけど、みんなの助けになれるよう頑張ります」
柔らかい声に、拍手が起きた。
そして――遼の番が来る。
「……藤堂遼。スキルは――表示されていません。“???”です」
ざわっ、と空気が揺れた。
「え、そんなのあるのか?」
「スキル不明って……ヤバくね?」
視線が突き刺さる。
ひそひそとした声。
遼は頭をかきながら、無理に笑ってみせた。
「えっと……俺もよく分かってません」
教官が冷たく眉を動かした。
「“???”か。珍しいが、存在は確認されている。続けろ」
そのとき。
「――私もです」
静かな声が響いた。
ざわつく受講生たちの間から立ち上がったのは――香坂真琴。
整った黒髪。知的で凛とした雰囲気。
「香坂真琴。スキルは“???”。詳細不明、以上です」
空気がさらに張り詰める。
「二人?」「そんな偶然あるか?」
「いや、もしかしてヤバい系じゃ……」
真琴はそんな囁きを無視して、静かに言った。
「分からないなら、証明すればいいだけです」
その言葉に、遼は思わず見とれた。
(……かっけぇ……)
教官が頷く。
「いい心構えだ。――来週の訓練ダンジョンで実力を見せてもらう。口より結果だ」
その瞬間、空気が再び引き締まる。
教官の靴音が遠ざかる中、遼は胸の中で小さく呟いた。
(証明、か……いいな、それ)
研修終了後、静かな廊下。
白い光が淡く床を照らしている。
遼はため息をつきながら歩いていた。
「やっぱ浮いたよな。みんなの視線、痛かったし……」
「気に病む必要はないわ」
背後から、落ち着いた声。
振り返ると、香坂真琴が立っていた。腕を組み、瞳がまっすぐこちらを見ている。
「分からないなら、これから作ればいいの。スキルって、結果で評価されるものだから」
「……はは、さっきの言葉そのまんまだな」
「当然よ。嘘は言わない主義なの」
その一瞬、遼は感じた。
――この人もまた、孤独の中で戦っている。
遼は少しだけ笑った。
「助かるよ。正直、今日一日でメンタル削られた」
「誰だって最初はそう。……ただ、あの副長官の顔、見た?」
真琴の声がわずかに低くなる。
「完全に“戦力管理”の顔だったよな」
「皮肉よね。“守る側”を消耗品みたいに扱うなんて」
二人、廊下を並んで歩く。
白い光に照らされる横顔が、不思議と穏やかに見えた。
「でも、まぁ……俺たち、もう“未知数”コンビだしな」
「……未知数?」
「うん、“???”だし。未知の可能性ってやつ。悪くない響きだろ?」
「……そうね」
真琴は微かに笑った。
「気に入ったわ。その言い方」
遼の心に、あたたかいものが広がる。
(あ、やはり、笑うと綺麗だ)
夜。大学寮の部屋。
ベッドの上で天井を見つめながら、遼は深呼吸した。
(……俺、“???”探索者。真琴も同じ)
天井のシミを見つめながら、静かに笑う。
(前は不安だったけど……今は違う。なんか、いける気がする)
スマホの画面を開く。
《スキル:???》
その文字列が、もう“空白”には見えなかった。
通知がひとつ。
《来週月曜日8:00 訓練ダンジョン集合》
さらにもう一件、メッセージ。
> 『来週。実戦で見せてもらうから、“未知の力”を』
差出人:香坂真琴
遼は吹き出した。
「真面目すぎるんだよなぁ……」
指を動かし、返信を打つ。
> 「了解、“相棒”。」
送信音が鳴る。
その瞬間、窓の外で風が揺れた。
(来週――証明してやる。俺たち“未知数”でも、やれるって)
夜の光が彼の瞳を照らす。
それは希望か、それとも嵐の予兆か。




