第10話 臨時会見:探索者の公式発表
夜八時。
テレビの画面は、いつものバラエティ番組を切り替えていた。緊急ニュース特番――普段は笑い声やCMで埋め尽くされる画面が、今は異様な緊張感で満ちている。アナウンサーの表情は硬く、光を抑えたスタジオの照明が、その顔に影を落としていた。
「こんばんは、臨時ニュースをお伝えします。昨日夕方、新宿駅西口で発生した黒い空間事案について、政府が緊急会見を行いました」
画面の下には速報テロップが流れ、街中の人々がスマホやテレビで情報を追う様子が映し出される。
「またあの事件か……」
若い男性の独り言が、スマホ画面の明かりに照らされて浮かぶ顔を淡く染める。
「本当に現実なのか……CGとかじゃなくて?」
不安げに眉を寄せる女性。
隣に座る子どもが小さく震えている。
ニュースの緊迫した口調と、街頭の騒ぎの少なさのギャップが、現実感をさらに希薄にさせる。
画面が切り替わり、記者クラブの会見室。
カメラが並び、マイクが揺れ、緊張した空気が部屋中を満たしていた。
壇上に立つのは、内閣官房副長官・神谷。五十代、無表情、冷たい瞳。
まるで氷のような空気をまとうその姿に、会見室全体が一瞬静まり返る。
「本日午後五時、新宿駅西口ロータリー付近において、これまでに確認されていない『空間現象』が発生しました」
神谷の声は低く、しかし力強く、確固たる重みを帯びていた。フラッシュが焚かれ、記者たちの視線が一斉に神谷に注がれる。
「それに伴い、怪物のような存在が市民を襲撃する事案が発生しました。政府としては、これを極めて重大な『異常事態』と認識しております」
「怪物とは具体的に何なのか? テロリストや兵器の可能性は?」記者Aが手を挙げる。
声は震えていなかったが、緊張感がにじむ。
神谷は淡々と答える。
「現時点で確認されている限り、従来の兵器や生物とは異質の存在です。正体は不明。ただし、国民の皆様には冷静に行動していただきたい」
ざわめきが広がる会見室。
記者Bが食い気味に尋ねる。
「現場で“探索者”と呼ばれる者が怪物に対抗したとの情報がありますが、事実でしょうか?」
神谷の表情は微動だにせず、沈黙のあとに口を開く。
「はい。その点についても触れておきます。実は政府は以前より、極めて限られた人間において『特殊適性』が確認されており、これを“探索者”と呼称してまいりました。本日、その存在が一般に露見した形となります」
会見室が一瞬にしてざわめき、記者たちのペンとマイクが舞う。冷たい目が、無言の威圧を放つ。
テレビスタジオに戻る。
キャスターとサブキャスターの表情は真剣そのものだった。
「ご覧いただいた通り、政府は“探索者”という存在を公式に認めました」
「現場で発動したと思われるスキル映像も、SNS上で拡散中です。火の玉のようなものを投げて怪物を撃退する姿が確認されました」
「今後、探索者は登録制となり、スマートフォンを通じて専用アプリが自動的に起動。本人確認のうえ、政府に登録される仕組みになるとのことです」
画面の向こうの視聴者たちは、半信半疑のまま目をこらす。
「ゲームみたい……」
女性の呟きに、隣の少年も「でも隣で人が食われてたんだよ」と静かに応える。
夜の新宿駅前。
封鎖されたロータリー、焼け焦げた車両、消えない煙。報道カメラが回る中、若い男性がインタビューに答える。
「探索者……なんかゲームみたいっすけど、現実です。マジで。隣の人が、目の前で……」
言葉が途切れる。
主婦も立ち止まり、震える手で子どもを抱きしめる。
「怖くて、眠れない……。政府は本当に守ってくれるんでしょうか……」
画面越しに見える恐怖は、視聴者の心にもそのまま伝わる。日常と非日常の境界が、今、はっきりと揺らいでいた。
再び会見室。
記者Cが問いかける。
「探索者は今後、どのような役割を担うのでしょうか?」
神谷の声は変わらず低い。
「怪物に対抗できるのは探索者のみです。ゆえに、政府の管理下で市民の安全を守る役割を担っていただきます」
記者D:「つまり、戦う義務を負うということですか?」
神谷の目がわずかに光る。
「法的整備については今後速やかに行います。繰り返しますが、これは国民全体の安全にかかわる問題であります」
その冷たい光は、守るためではなく
――利用するための光にも見えた。
会見室の空気は一層緊張に包まれる。
深夜、各家庭のテレビやスマホが静かに消される。画面を閉じる手に、わずかな震えが残る。
「現実感がない……でも、隣で人が食われたんだ」
窓の外、夜空を見上げる。
月明かりは平穏だが、都市の片隅には異常が潜んでいる。新宿の夜は、まだ終わっていない――。




