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長寿の神様

作者: 雉白書屋

 え~、なんやかんや言っても、長生きってのはめでたいもんでございます。六十で還暦、七十で古希、七十七は喜寿……とまあ、こうして節目節目にイベントを設けては、家族や友人に祝ってもらいたいものでございますな。

『長生きの何がめでたい』『お荷物だよ』『早いうちに死にたいね』『太く短く』なーんて口にする人もおりますが、ほんとのところは、誰だって長生きしたいに決まってますでしょう。

 さてさて、これはむかしむかしの話でございます。

 ある村に、とんでもねえ長寿のじいさんがおりました。村人の話によれば、なんでもずーっと昔からジジイで、齢百三十になるとか。そんなじいさんが今も毎日、畑に出ちゃあ鍬を振るってるんですから驚きですわな。

 だが、このじいさんの近所に住んでいる一人の若者は、どうにもこの長寿っぷりが気に食わねえ。だもんで、ある日とうとうじいさんに食ってかかった。


「おい、じいさん。あんた、なんでそんなに生きてんだい?」


 若いもんに譲ったらどうだい、というやっかみもやっかみだった。ただ、この若者は幼い頃に父親を病気で亡くしていたもんで、『なんであんただけが、そんなに生き永らえてるんだ』なんて思いが、ずっと燻っていたんでしょうな。

 さて、どうせ毒にも薬にもならない答えが返ってくるだろうと思っておりましたが、じいさんはにやりと笑い、こう言ったのです。


「そらあ、おれが長寿の神様に頼んだからさあ」


「長寿の神様あ? ははっ、なに言ってんだか」


 若者は鼻で笑って、じいさんの言葉を冗談と決めつけた。するとじいさんは、ゆっくりと山のほうを指さした。


「いやいや、あの山ん中にある石の祠にな、米やら魚やらをたーんと供えてお願いしたんだよ。『長生きできますように』ってな」


 なんでもあの山は昔々、姥捨て山として使われていた場所だという。多くの年寄りがそこへ捨てられたそうです。行き場を失い、頼るもんもない彼らは、最期に祈りを込めて石の祠を築き、長寿の神様を祀ったんだと。長生きは決して悪いことじゃない――そんな思いがあったのかもしれませんな。

 これを聞いた若者は、口では「へえ、そうなの」とそっけなく答えながらも、胸の内では興奮で跳び上がっていた。


 ――おれも寿命を延ばしてもらおう!


 若者はさっそく家に帰り、米に魚、野菜をありったけ背負い、息を弾ませながら山へと入っていった。若いだけに血気盛んで無鉄砲。じいさんから聞いた目印を頼りに、藪をかき分け、岩を乗り越え、ついに目的の祠へたどり着いた。

 石の祠は、枯れ葉や土ぼこりを被ってじっと佇んでいた。どこか乾いた空気を放ち、虫が這うどころか、死骸もなければ蜘蛛の巣一つさえなかった。


「えー、神様、神様、長寿の神様。おれの寿命を百年延ばしてください!」


 若者は両手をパンパンと打ち鳴らし、深々と頭を下げた。と、その瞬間、ぶわーっと風が吹きつけ、木々が一斉にざわめいた。若者は願いが届いたと確信し、大喜びで家へ帰っていった。

 ところが翌朝――。


「こ、こいつはどうなってんだ! おれの手、顔も……!」


 水桶を覗き込んだ若者は言葉を失った。髪は真っ白、顔は深い皺に覆われ、手の甲には血管とシミが浮き出ていた。見た目がすっかり老人になっちまったのだ。

 そう、“見た目”は八十のじいさんってところ。若者はまだ二十代だから、あと五十、六十年は生きるだろう。

 もしかしたら、今もまだ生きてるかもしれないね。……けれど、もし見かけても長生きの秘訣なんて聞かないほうがいい。中身もすっかり年寄りになっちまってるだろうからさ。

 若さに嫉妬と憎悪をたっぷり抱えた年寄りにね……。

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