何度ループしてもざまぁがしっくりこない
「クラリス! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
煌びやかな夜会の最中。
私の婚約者であり、王太子でもあるデイヴィッドがそう宣言した。
「君はジャスミンに陰で数々の嫌がらせをしていたようだな!? しかも挙句の果てには、ジャスミンの大事にしているネックレスまで盗むとは! 君は僕の婚約者として相応しくない! 恥を知れ!」
「クラリス様! どうかネックレスだけでも返してください! あれは、亡き祖母の形見なんです!」
デイヴィッドにしなだれかかっている男爵令嬢のジャスミンが、露骨な噓泣きをしながら私に懇願する。
さてと、この辺はさっさと飛ばしますか。
「デイヴィッド様、この茶番はジャスミン嬢の自作自演です。噓だとお思いなら、ジャスミン嬢の懐を探ってみてください。ネックレスが見付かるはずです」
「な、何を!? ……本当なのかジャスミン? ちょっと調べさせてもらうぞ」
「えっ!? いや、それは!?」
「…………あ」
ジャスミンの懐からネックレスを見付けたデイヴィッド。
「どういうことだこれは!? 君は僕を騙したのか!?」
「ち、違うんですデイヴィッド様! これはほんの出来心で……!」
「フザけるな! この罪は重いぞ! 相応の罰を覚悟しておけ!」
「それは貴様もだ、デイヴィッド」
「――! ……ち、父上」
ここで国王陛下の登場。
「こんな女狐の戯言を鵜吞みにした、貴様も同罪だ。――罰として貴様ら二人は、『山芋ヌルヌル地獄の刑』に処す」
「そ、そんな!? それだけはご勘弁を!?」
「いやああああああ!!!」
山芋ヌルヌル地獄の刑???
う~~~~~~~~~~ん。
――イマイチね。
「ルシファル! ルシファルッ!」
「はいはい、そんな大声出さなくても聞こえてるよ」
私が叫んだ途端、ピタリと周りの時間が止まり、私の前にずっと見てると目が痛くなるくらいの、超絶美形な神々しい男が現れた。
こいつの名前はルシファル。
私をこの異世界に転生させた、神様的な存在だ。
「またお気に召さなかったかい?」
「当然よ! 何よ『山芋ヌルヌル地獄の刑』って!? 昭和のバラエティー番組じゃないんだから、そんな甘っちょろいざまぁは求めてないのよ!」
「そんなこと言っても、こればっかりはランダムで、僕の意思によるものじゃないからなぁ」
「まったく! 神様なのに使えないわね!」
「神様だって万能じゃないんだよ。そもそもざまぁってそんなに大事? とりあえずバッドエンドは回避できたんだし、それでよくない?」
「全然よくないわッ! あなたは何もわかってないわね!? 悪役令嬢転生モノで一番大事なのは何だと思ってるの!?」
「さあ? 僕には見当もつかないな」
チートスキルによる無双?
――ノンノンノン。
スパダリからの溺愛?
――ノンノンノン。
「――それはね、一切容赦のない、胸がすくような『ざまぁ』よ! 悪役令嬢を虚仮にした連中に、正義の鉄槌という名の圧倒的なざまぁを下すことによって極上のカタルシスを得るッ! これこそが、悪役令嬢転生モノに全人類が求めているものなのよッ!」
「主語がデカいね」
だまらっしゃい!
あながち的外れでもない自信はあるわ。
その証拠に異世界恋愛のランキングは、恋愛要素よりもざまぁ要素が重視された作品が席巻しているもの!
これこそが、全人類がざまぁを求めているという確固たる証拠!
それこそ『シンデレラ』や『かちかち山』にもざまぁ要素はあるし、今も昔も人間はざまぁが大好きな種族なのよ!
「ああ、とはいえ、あまりにも血生臭いざまぁはノーサンキューね。私、スプラッターは苦手だから」
「注文が多いね」
「うるさいわね。私が望むだけ、何度でもループさせてくれることを条件にこの世界に転生したんだから、約束は守ってもらうわよ」
「はいはい。本来ならそれは、バッドエンドを回避する用の処置だったんだけど、君ったら初回でいきなり回避したのに、ざまぁが気に食わないからって何度もやり直すんだもんなぁ」
当然でしょ!
悪役令嬢モノの小説を年間百冊以上読破してる私にとって、この程度の冤罪ルートを回避することなど、児戯にも等しいわ!
それよりもせっかく手に入れたざまぁ厳選チャンスなんだから、思う存分活かさないと勿体ないじゃない!
「じゃあ、またいつものところまで戻すね」
ルシファルが指をパチンと鳴らすとルシファルの姿は煙のように消え、辺りの景色が逆再生映像みたいに高速で戻り出した。
そして――。
「クラリス! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
またこのシーンまで戻ったのである。
「君はジャスミンに陰で数々の嫌がらせをしていたようだな!? しかも挙句の果てには、ジャスミンの大事にしているネックレスまで盗むとは! 君は僕の婚約者として相応しくない! 恥を知れ!」
「クラリス様! どうかネックレスだけでも返してください! あれは、亡き祖母の形見なんです!」
いい加減このくだりはダルいなぁ。
もっとざまぁの直前に戻せないのかな?
「デイヴィッド様、この茶番はジャスミン嬢の自作自演です。噓だとお思いなら、ジャスミン嬢の懐を探ってみてください。ネックレスが見付かるはずです」
「な、何を!? ……本当なのかジャスミン? ちょっと調べさせてもらうぞ」
「えっ!? いや、それは!?」
「…………あ。どういうことだこれは!? 君は僕を騙したのか!?」
「ち、違うんですデイヴィッド様! これはほんの出来心で……!」
「フザけるな! この罪は重いぞ! 相応の罰を覚悟しておけ!」
「それは貴様もだ、デイヴィッド」
「――! ……ち、父上」
いつも思うけど、国王介入するの遅くない?
もっと早く助けてよ。
――さてと、とはいえここからが待ちに待ったざまぁシーン。
今度こそ、至高のざまぁを頼むわよ――。
「こんな女狐の戯言を鵜吞みにした、貴様も同罪だ。――罰として貴様ら二人は、『めかぶヌルヌル地獄の刑』に処す」
「そ、そんな!? それだけはご勘弁を!?」
「いやああああああ!!!」
「ルシファルッ!! ルシファルッッ!!!」
「だからそんなに大声出さなくても聞こえてるって」
例によって時間が止まり、ルシファルが現れた。
「何なのよさっきからのこの『ヌルヌル地獄』推しの流れは!? しかも山芋からめかぶって、罰がグレードダウンしてるじゃない!? めかぶをヌルヌルされたら、却って健康になっちゃいそうだし!」
「そんなこと僕に言われても。さっきも言ったけど、これ、ランダムだからさ」
「本当にランダムなの!? そもそも世界観もイマイチおかしいのよね! 山芋とかめかぶとか、異世界に存在するの!?」
「それは日本人である君が過ごしやすいように、日本要素が多い異世界に僕がしたんだよ」
「それはありがとうッ!」
でも、その気遣いができるんだったら、もっとざまぁにも注力してほしかった!
「さあ、もう一度よ。戻してちょうだい」
「はいはい、今度こそ君が望むざまぁがくることを祈ってるよ」
神様も神頼みってするのね。
ルシファルが指をパチンと鳴らすとルシファルの姿は煙のように消え、辺りの景色が逆再生映像みたいに高速で戻り出した。
そして――。
「クラリス! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
よし、この辺はもう飛ばそう。
「デイヴィッド様、ネックレスの件でしたら、ジャスミン嬢の懐に入ってますよ」
「な、何を!? ……本当なのかジャスミン? ちょっと調べさせてもらうぞ」
「えっ!? いや、それは!?」
「…………あ。どういうことだこれは!? 君は僕を騙したのか!?」
「ち、違うんですデイヴィッド様! これはほんの出来心で……!」
「フザけるな! この罪は重いぞ! 相応の罰を覚悟しておけ!」
「それは貴様もだ、デイヴィッド」
「――! ……ち、父上」
今度こそ見せてね、国王ちゃんのざまぁ……こくおう・ざ・ざまぁを!
「こんな女狐の戯言を鵜吞みにした、貴様も同罪だ。――罰として貴様ら二人は、『一生辺境の鉱山で強制労働の刑』に処す」
「そ、そんな!? それだけはご勘弁を!?」
「いやああああああ!!!」
……おぉ。
悪くないわね。
何だ、やればできるじゃない。
こういうのでいいのよこういうので。
辺境の鉱山で強制労働というのは、王道ながらも、それだけに古くから親しまれてきたざまぁの一つではある。
『一生』ってところもポイントが高い。
せっかくざまぁするなら、一生苦しんでもらいたいものね!
「どうだい? 今度は気に入ってくれたかい?」
「――!」
呼んでないのに、勝手に時間を止めてルシファルが現れた。
「……そうね、今までの中では一番よかったとは思うわ。及第点といったところかしら」
「じゃあ、もうループは終了ということでいいかな?」
「……」
私はルシファルの無駄に綺麗な顔をじっと見つめる。
確かにこれ以上高望みして、また『ヌルヌル地獄』ラッシュに巻き込まれたら泣くに泣けないし、この辺で妥協しておくのも、一つの手かもしれない。
……でも。
「ループを終了したら、もう二度とルシファルには会えないの?」
「そうだね。そうなったら僕はお役御免だから、君の前に現れることはないだろうね」
「……そっか」
「もしかして、僕に会えないのは寂しい?」
「――!」
ルシファルは意地悪な笑みを浮かべている。
そんな様すら絵になるのだから、美形はホントズルい。
「べ、別に! あんたなんかに会えなくても全然平気だけど、まあ、せっかくのざまぁ厳選チャンスなんだし、もう少しだけ使おっかな!」
「フフ、了解。じゃあまた戻すね。安心してくれ、時間を戻す際、君の肉体時間もその分巻き戻っている」
「え?」
そうだったの?
「だからこうしてループを続けている限り、君は一切年は取らないし、お腹は空かないし、眠くもならない。君が望む限り、永遠に僕と二人だけで過ごせるよ」
「――!」
そう言うなり、ルシファルは指をパチンと鳴らして消えた。
辺りの景色が逆再生映像みたいに高速で巻き戻る。
そして――。
「クラリス! 今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
いつものやつが始まった。
私が望む限り、か……。
ふふ、上等じゃない。
少なくとも私が飽きるまでは、このバカ王子にはざまぁ厳選に付き合ってもらうわ――。
さーて、今度はどんなざまぁが出てくるかな!
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