55.雑魚看守
寮の中を、俺は一人、気怠げに歩いていた。
まあ、出てくるのが雑魚オンリーってんだから、スリルもクソもないじゃないか。
「で、次は何で楽しませてくれるんだ? んん? ――ここの結界の主さんよぉ?」
わざとらしく、響く声で挑発する。
白馬は十中八九、この結界の主にやられたんだろう。
『ほう? それは何故じゃ?』
脳内に響くのは、同居人――もとい、元魔王の声。結界に弾かれたかと思ったが、そんなヤワなタマじゃないらしい。
『あの程度の雑魚結界で、この我を排除できるとでも思ったか? 笑止千万!』
まあ、雑魚結界ってのには同意だけどな!
『それで? 話の続きじゃ。何故、白馬が囚われたと断定した?』
「戦闘の痕跡が、まるでない」
白馬の獲物《妖刀》は、巨大な鎌だ。ひとたび振るえば、壁や床がズタズタになるはず。
だが、この廊下は綺麗なもんだ。
「つまり、抵抗する間もなく、やられたってことだろ」
『なるほどのぅ。この程度の結界術師に後れを取るとは。妖刀使いも地に落ちたものよ。これしきの輩が勇者として魔王城に乗り込んできてくれていたら、我の苦労もなかったというのに』
「おいおい、真実のナイフは人の心を抉るんだぜ?」
実際、この世界の基準なら妖刀使いは激レアな強キャラだ。
俺たち異世界組のステータスが、バグってるだけで。
「さて……監獄ってからには、お約束の看守役が――」
『――来るぞ』
ゴゴゴゴゴゴ……!
魔王の言葉と同時。廊下の奥から、地響きと共に殺気が膨れ上がる。
現れたのは、見上げるほどの巨漢。その手に棍棒を握り……って、腕が四本?
「うおっ、腕四本とかマジか。どっかの格闘チャンピオンか、ポケットに入るモンスターかよ」
ズシン……ズシン……と、四本腕の看守が俺へと迫る。
「しゅぅうう……ふしゅうぅ……ロォオオヤに……もどろぉぉおおおおおおっ!?」
「おっと、疑問形かよ。丁寧なこった」
やれやれ、と肩をすくめる。
「残念だがお断りだ。言うこと聞かせたいなら、力で来いよ。ま、100%無駄だろうけどな!」
『煽る煽る』
「事実陳列罪ってやつ? 俺、優しいから真実を教えてやってるだけだって」
「もどろおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ドッ! と床を蹴り、看守が突進してくる。
それに対して俺は――あくびを一つ。ふぁあ……。
「ねむ……。つか、今何時だ? スマホ、スマホ……っと、圏外かよ、使えねー」
「もどろろおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ゴッ!!!
凄まじい衝撃。だが、俺の体はびくともしない。
「ん? ……ああ、なんだ。今ので攻撃のつもり?」
「もど……ろろろっ!?」
看守が、その巨眼をカッと見開いて固まってる。
無理もない。俺のスマホに叩きつけられたそいつの棍棒が、真ん中からポッキリと逝ってしまっているのだから。
「どうした? ああ、なんで棍棒が壊れたか分からない、って顔してるな。やっぱおまえも脳筋か」
「ろろろ?」
「おまえが俺を殴った。でもお前が殴ったの俺じゃなくてスマホ結果、おまえの棍棒だけが壊れた。……はい、簡単な物理法則でした」
「ば、馬鹿な……ッ!」
『……普通に喋れたのか、こいつ』
魔王様の的確すぎるツッコミが脳内に響いた。
「ただのスマホで、この俺の棍棒が破壊できるわけが――!」
「ああ、わりぃわりぃ。俺の魔力で、スマホが自動強化されてんのよ」
「なっ!? 強化の術だと!? いつの間にそんな高等な術を……!」
「術ってほどのもんでもない。俺が触れたもの全部、俺から漏れ出す魔力で勝手に最強になっちまうだけだ」
『勇者は歩く戦略兵器。その身は聖武具と化し、その魔力は触れた全てを伝説級へと昇華させるのじゃ!』
「――ってわけ。どうする? 俺に触れたら、おまえ、消し飛ぶぜ?」
瞬間、看守の殺気が爆発する。
ブチ切れたそいつは、残った三本の棍棒を俺目掛けて、同時に振り下ろす!
――スカッ。
「なっ!?」
「だから、遅すぎるって言ったろ?」
振り下ろされる刹那、俺はやつとの間合いをゼロにし、三本の棍棒を全て奪い取っていた。
もちろん、俺が触れたことで、ただの棍棒は神殺しの鈍器へと超進化を遂げている。
「ほらよ、返してやる」
ポイッ、と無造作に棍棒を投げ返す。
「俺を殺るんだろ? サービスで最強にしてやったぜ。それで、殺ってみな?」
「ふ、巫山戯るなああああああッ! そこまで言うなら、やって――ウボラァアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫と共に、看守が強化された棍棒を掴んだ、その瞬間。
パァンッ!!
閃光。そして、後には何も残らなかった。
「……あれ?」
看守がいたはずの空間で、俺は首を傾げる。
……え、棍棒持っただけで消えちゃったんですけど!?
『む? 今の、攻撃ではなかったのか?』
「え、違うけど。あまりに雑魚で哀れだったから、一発くらい殴らせてやろうかなって優しさ?」
『そうか。あの棍棒には勇者の魔力が過剰に付与されていた。あの程度の雑魚妖魔では、その力に耐えきれず、触れただけで存在が消滅するわな』
「マジかいな……」
『ふむ。てっきり、あの看守を油断させ、己の武器で自爆させる高等戦術かと思ったが……違うようじゃな』
「うん。ただ武器を強くして、ハンデのつもりで貸してあげただけ……」
まさか、それで自爆するとは。
……ここの奴ら、マジで雑魚すぎるだろ。