110.
気づいたら、全員で寝ていた。
なんでだ。
咲耶はソファの端、玉姫はその隣、ももかは俺の腕を枕にして床に転がっている。
それぞれ適当な場所で寝るつもりだったはずなのに、いつの間にか全員が同じ空間に集まっていた。
まあ、いいか。
目を閉じると、意識の奥から声がした。
「くくく……」
聞き慣れた声だ。
「なんだ」
「よってきたのだ、向こうから。くくく、なかなか難儀な連中を従えたものだな、勇者よ」
アンラ・マンユ。
かつての魔王。
今は俺の中に住んでいる従魔。
意識の中で向き合うと、彼女はいつも通りそこにいた。
薄暗い空間に腰を下ろし、膝の上で手を組んで、こちらを見ている。
「難儀とはなんだ。普通に寝てるだけだろ」
「普通に寝るなら、それぞれで寝るものだろう。気づけば全員お前の周りに集まっておる。くくく、否定できまい」
否定できなかった。
「……で、なんの用だ。わざわざ出てきて」
「用というほどのことでもない」
彼女は少し間を置いた。
「なあ勇者よ。楽しいか」
「……は?」
「楽しいかどうか、聞きたくなった。それだけだ」
唐突な質問だった。
魔王が、楽しいかどうかを聞いてくる。
俺は少し考えた。
「……まあ、普通かな」
「普通、か」
「変な答えか?」
「いや」
彼女は静かに首を横に振った。
「普通、それが一番だ」
声が、少しだけやわらかくなった気がした。
「向こうでお前は、奴隷のようにこき使われておった。召喚されて、烙印を押されて、追放されて。それでも戦い続けた」
「……昔の話だ」
「昔の話でも、お前の話だ」
彼女はこちらをまっすぐに見た。
「普通の飯を食って、普通に眠って、周りに誰かがいる。それを普通と呼べるようになったのなら、上等だろう」
俺は何も言わなかった。
言葉が見つからなかったわけじゃない。
ただ、黙って聞いていたかった。
「くくく。感傷的なことを言ってしまったな」
彼女はいつもの調子に戻って、口の端を上げた。
「忘れろ、勇者。わたしは魔王だ。情けをかけたわけではない」
「わかってるよ」
「本当にわかっているのか?」
「わかってる」
少しの間があった。
「……なあ」
俺は言った。
「普通を守るために、戦おうと思う」
彼女は答えなかった。
ただ、目を細めた。
「そうだな」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
意識が浮かび上がってくる。
薄く目を開けると、見慣れた天井があった。
ももかがまだ腕を枕にして寝ている。
咲耶は寝返りを打って、こちらに背を向けていた。
玉姫は静かに寝息を立てている。
三日後、大阪へ行く。
敵がいる。
罠があるかもしれない。
何が待っているかわからない。
それでも、俺には守るものができた。
この普通が、続けばいい。
ただ、それだけだった。
【おしらせ】
※4/3
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