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継姉、父母の言葉に見えた本性

屋敷の一室、午前の陽光がレース越しに差し込む応接間。

フローラはゆったりと背もたれに身を預けながら、銀細工のティースプーンをくるくると弄んでいた。


「昨日の件だけどね、リセル」

その声は、あくまで穏やかに繕われていた。


リセルは無言で向かいのソファに腰を下ろす。背筋を正し、視線はまっすぐに母を見据えた。


「まさかあなたが子どもたちを庭に連れ出すなんて思わなかったわ。しかもあんなにはしゃいで……おかげで今朝、近所の奥様から“賑やかでお元気そうね”って言われたのよ。まるで、うちが騒がしい家みたいじゃない」


「……お庭に出たのは、子どもたちの気分転換のためです。特に問題はなかったかと」


フローラは鼻で笑う。


「あなた、まだわかってないのね。貴族の子というのは“静かに”育てるものなのよ。躾も、品格も、すべて“制御”から始まるの。騒いで許されるのは平民か田舎の子だけ」


ティーカップを唇に運びながら、フローラは続ける。


「それに……正直、あのふたり、目障りなのよね。しばらくしたら屋敷の外に出してもいいかしら。顔立ちは悪くないけど、言葉はたどたどしいし、何より空気を読まない。お客を招く場であんな子たちがうろついたら、私が笑われるじゃない」


一語一句が、リセルの心に鋭く突き刺さる。


「……それは、あの子たちのせいじゃありません。言葉が遅いのも、人を避けるのも、今まで“愛情をもって接した人がいなかったから”です」


「何? 私に責任があるとでも言いたいの?」


フローラは眉をひそめ、ティーカップをソーサーに強く置いた。


「まったく、何を言い出すのかと思えば。あなた最近変よ。絵本だの、お菓子だの……そんなことに夢中になって、まるで召使いにでもなった気分かしら?」


リセルはふと目を伏せ、そして静かに問い返した。


「お母様。……子どもが笑うことに、身分は関係あるのですか?」


「はあ? 何を言ってるの? 子どもの笑い声で、家の品位が落ちたらどうするの?」


その一言に、リセルは深く息を吐いた。


(――やっぱり、この人は“そういう人”だった)


淡い希望のかけらも、すっと胸の奥で音を立てて崩れた。



リセルは静かに執務室の扉の前に立ち、ノックの音にわずかな力を込めた。

中から応答があり、彼女は丁寧に扉を押し開ける。


「お時間をいただき、ありがとうございます。父上――いえ、公爵様」


執務机の向こうに座る、リセルの実父・ヴァレンティア公爵。

銀縁の眼鏡越しに視線を上げ、彼は短く頷いた。


「話せ。無駄話は好まん」


その言葉にひるまず、リセルは一歩前へと進む。


「セラフィオスとセラフィーのことです。おふたりは、いまも部屋の外に出ることを躊躇い、人の目を気にして暮らしています。……このままでは、いつか心を閉ざしてしまうかもしれません」


「それがどうした?」


父の口調は淡々としていた。まるで、目の前の問題が他人事のように。


「せめて、屋敷の中では――もう少しのびのびと過ごせるようにして差し上げたいのです。教育係や使用人たちにも、もう少し穏やかに接するよう伝えていただけませんか」


父は手元の書類に視線を戻しながら、冷たい声で答えた。


「なぜ私が“あれら”に気を遣わねばならんのだ。あれは――あの忌々しい女の忘れ形見だ。すでに終わった関係の“過去”に、今さら情けなどかけられるものか。それにセラフィオスはきちんと嫡男として受け入れてる、何も問題あるまい。」


リセルの胸の奥に、冷たい氷がひび割れのように広がっていく。


「……公爵様。あの子たちは、ただ“子ども”です。たったそれだけの理由で、守られるべき存在です」


「感情論で訴えるな」


父はバサリと書類を閉じた。


「感情で家を動かすな。セラフィオスが継ぐのは“仕組み”としての役割だ。育てる価値があるのは、家の看板として使えるからにすぎん。“愛”など幻想だ。貴族とは現実に従うものだ」



沈黙が落ちた。

そして、リセルはようやくはっきりと理解した。


(この人にとって、私は“娘”ではなく“投資”だった。……弟妹は、もっと軽くて、取るに足らない“荷物”なんだ)


「……失礼しました。もうこれ以上、お時間を頂戴する必要はございません」


深く一礼し、リセルは踵を返す。その背に、父の声が追い打ちのように響いた。


「お前を一緒に引き取ったのはお前の家族、祖父母や叔父に当たるものがお前もそのうち役に立つから一緒に引き取ってくれと言われたからだ、当然、持参金の値上げ要望と一緒にな。絵本だの菓子だの、くだらん遊びに熱を上げるのは勝手だがな。外で恥をかくような真似だけはするなよ。……貴族の娘としての体面くらいは、守れ。」


(……もう、この家に“親”はいない)


リセルの中で、何かが静かに決壊した。


(――はぁ!? なにあの両親!?)


屋敷の廊下を歩きながら、リセルは心の中で盛大に悪態をついていた。


(“うるさいと家の品格が下がる”? “あれら”には情けをかけるな? ……人の心ってもんがないの!? マジで毒親にも程があるんだけど!!)


冷静を装ったまま部屋を出てきたが、内心では怒りと悔しさと呆れがぐるぐると渦巻いている。


(せめて、少しくらい「子どもとして可哀想」と思う感情とかないの? あれで一応、親のつもり!? 冗談きついわ……!)


思わず立ち止まり、こめかみを押さえて小さく息を吐く。


(……もう、期待した私がバカだった。最初からわかってたじゃん、あの人たちは「家」と「自分の体面」しか見てないって)


ふと気づけば、子ども部屋の扉の前に立っていた。

その中から、微かに聞こえる子どもたちの笑い声が――風穴のように、リセルの中の苛立ちを静かに鎮めていく。


(……でも、私には……この子たちがいる)


ノブにそっと手をかける。怒りも悲しみも、扉の外に置いていくように。


(“家族”が欲しいなら、私が作ればいい。あの人たちじゃない、私たちの家族を)


扉の向こうにある、あたたかな小さな世界。その真ん中に、自分の居場所があることを確かめるように――リセルはそっと扉を開いた。


屋敷の廊下を歩くリセルの足取りは、どこか機械的だった。

まるで心が身体から少しだけ離れてしまったかのように、すべての感覚がぼやけている。


けれど、子ども部屋の扉の前に立った瞬間――その曖昧な感覚がふっと消えた。


中から微かに聞こえる、子どもたちの声。

くすくすとした笑い声。紙のめくれる音。

誰かが、絵を描いているらしい。パステルのこすれる音。


リセルは扉に手をかける前に、一度深呼吸をした。


(私は……この子たちのために戻ってきたんだ)


静かに扉を開くと、部屋の中にはあたたかな光が満ちていた。


セラフィーが床に座って、画用紙の上に小さな花の絵を描いている。

隣でセラフィオスが、一文字ずつ何かを真似して書いている。リセルが昨日見せた絵本の中の言葉だった。


ふたりとも、リセルに気づいて顔を上げた。


「おかえりなさい、お姉ちゃん!」


セラフィーが立ち上がって、スカートの裾をぎゅっと握るようにしながら駆け寄ってくる。

セラフィオスも静かに立ち上がって、けれど一歩、リセルのそばへ寄った。


リセルは二人を見て、小さく微笑む。そして、屈んで目の高さを合わせた。


「ただいま。……ふたりとも、いい子でいてくれてありがとう」


セラフィーが、絵を一枚取り出して見せてくれた。

赤と黄色のチューリップが並び、三人の手がつながっている絵。


「これ、かいたの。おねえちゃんと、いっしょのやつ」


セラフィオスが、その隣に描いた名前を指差した。


「セラフィー、ぼく、おねえちゃん――って書いたんだ。まちがってない、よね?」


リセルは一瞬だけ、涙がこみあげそうになるのを堪えて、深く頷いた。


「ええ、間違ってないわ。……ふたりとも、とっても上手」


そっと両腕を広げると、ふたりはためらいなく飛び込んできた。


その小さな体を抱きしめながら、リセルは心の中で呟く。


(この子たちのそばにいたい。この子たちの、笑顔を守りたい)


もう、躊躇はない。両親の愛を期待するのは、今日限りにする。


彼らのもとで生きるのではない――このふたりのために、生きていく。


「ねえ、お姉ちゃん……」


セラフィーが、リセルの隣でぽつりと声を落とした。

ひざに乗せたお手製のぬいぐるみを小さな手でなでながら、不安げに見上げてくる。


「……おこられたの?」


リセルは、目を瞬かせた。

思わず顔に出ていたのかもしれない。フローラとヴァレンティア公爵――あの冷たいやりとりを思い返し、微かに眉を寄せる。


「ううん、大丈夫よ。少しだけ、大人と話してきただけ」


セラフィーの頬をそっと撫でる。続いてセラフィオスも、心配そうに言葉を継いだ。


「でも……お姉ちゃん、かお……さっきより、しんけんになってる」


「うん。ちょっとだけね、心を決めてきたの」


リセルはふたりに向き直り、にっこりと笑ってみせた。

気丈な微笑み――でもその奥には、決意の炎が静かに灯っている。


「ふたりを、絶対に守る。お姉ちゃんが、ちゃんと守るからね」


その言葉に、セラフィーとセラフィオスは驚いたように目を見開いた。

だが次の瞬間、セラフィーがそっとリセルの服の裾を掴んだ。


「……まもるって、どういうこと?」


「誰にも、つらいことやかなしいことをさせないってこと。ふたりが、安心して笑っていられるように、ってことよ」


「……それって、すごいこと?」


セラフィオスの声は小さいが、まっすぐな瞳がリセルを見つめていた。


「うん。すごいこと。だからね――お姉ちゃんも、強くならなくちゃいけないの」


リセルはふたりの手を包むように取る。


「でも大丈夫。ふたりがいてくれたから、私、もう泣かないって決めたの」


セラフィーがそっと、にこりと微笑んだ。


「じゃあ……わたしも、ないたりしない」


「ぼくも……おねえちゃんをまもりたい」


その一言に、リセルは思わず胸がいっぱいになった。


「ありがとう、ふたりとも。……でも今は、守るよりも守らせて?」


そう言って、そっとふたりを引き寄せた。


小さな身体が、自分の胸にすっぽりと収まる。

かすかに香る子どものぬくもりと、命の重さ。


(この手で抱きしめられる限り、私は前に進める)


その思いを胸に、リセルは静かに目を閉じた。



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