1 私、『悪役令嬢』でした。
ローレリア王国の最高学府、王立学園。ここでは毎年卒業式の後にダンスパーティーが開かれるのが恒例となっている。華やかな祝いの席であるはずのパーティー。しかし今そこは、無実の者を陥れようとした者達に対する断罪の場となっていた。
「そしてレキシトン子爵令嬢。君は我々を催眠効果のある薬で操り、ヴェルモア伯爵令嬢をいわれなき罪で陥れようとした。もちろん、バレたらどうなるかの覚悟は出来ていたんだよね?」
「う、ウィリアム様!?」
いつもは春のような笑みを浮かべる彼だが、今日の彼の笑顔は凍てつくような冷たさだ。そうして彼は、愛する人を傷つけた者どもを容赦なく切り捨てる。
鋭い口調で断罪され、恐怖のあまりその場に崩れ落ちるレキシトン子爵令嬢。彼女は衛兵たちに有無を言わさず立ち上がらされ、どこかへと連れて行かれたのだった。
と、そこで目が覚める。急に周りが明るくなって思わず目を瞬かせると、心配げなエメラルドの瞳が私を覗き込んだ。
「オフィ! 目が覚めたんだね」
「は、はい……私……そうだ! 子猫ちゃんは?」
私はオフィーリア。ローレリア王国の中堅貴族、ヴェルモア伯爵の一人娘だ。そしてそんな私を見つめるのは婚約者ウィリアム。
闇夜のような黒髪と美しい深緑の瞳が印象的な彼は、この国有数の大貴族であるグレスター公爵家の跡取り。
しかもただ大貴族の嫡男なだけでなく、幼い頃から神童ともてはやされた秀才。我が国の王太子であるレオ殿下の学友でもある。
やや頼りない、と評価されがちなレオ殿下の手綱を握る彼は、陛下の信頼も厚い。
そんなすごい人が、どうして私と婚約してくれたのかは未だに謎。でもとにかく賢くて優しくて格好いい、そんな私の大好きな婚約者がウィリアムなのだ。
それはそれとして、今日は彼と街でデートをしていたはず。なのにどうして自分は我が家のベッドで横たわっているのか?
と、そこでおそらく半日ほど前の記憶が蘇ってきた。街歩きの最中、馬車通りに飛び出しそうな子猫を見つけた私は、咄嗟にその子猫を救おうと道に飛び出し……そこに大きな荷馬車がやってきたのだ。そこでおそらく意識を失ったのだろう。
ただ、特に体に痛むところはない。おそらくギリギリ轢かれはしなかったのだろう。そんなことを考えていたら、どこか呆れたような声が真上から降ってきた。
「ねぇオフィ? あれだけ心配させて……猫の心配?」
じっとりとした視線が私を射抜き、私はベッドに縫い付けられたような心地になる。
「ウィリアム……そ、その……心配かけてごめんなさい」
私がしおしおと謝ると、ウィリアムは仕方がないな、とばかりにひとつ大きなため息をついた。
「あの子猫なら無事だよ、飼い主が随分オフィに感謝してた。……でも本当に心配したんだよ、オフィ。お人好しは美徳だけど、君はもっと自分を大切にしたほうが良い。だいたい、君が怪我したら周りの侍女や護衛はどうなる?」
「あ! ……あの、リリーやロッシュは?」
主が馬車に轢かれかけたのだ。当然侍女や護衛はその責任を負わされる。そこまで考えていなかったことを私は恥じた。
「心配しなくても僕が説明しておいたよ。オフィのご両親も君のお人好しと無鉄砲はよくご存知だから、彼らを咎めるつもりはないと……本人たちは相当落ち込んでたけどね」
「そ、そうですよね……後で謝ります」
「そうすると良い」
お咎めなしとなったのは安心だが、心配させたのは事実だ。後で侍女のリリーや護衛騎士のロッシュ、それにお父様とお母様にも謝ろう。と、そこでまたしてもウィリアムの声のトーンが低くなった。
「ーーで? さっきまでだいぶうなされていたみたいだけど、どんな夢を見たの? 『婚約破棄』とか不穏な言葉を呟いてたけど。まさか僕と別れよう、とかしてないよね?」
そう言ってウィリアムは、グイッと身を乗り出す。怒っていようと美しい顔が近づいてドキリとしつつ、私は先程の夢を思い出し、慌てて頭を大きく振った。
「ま、まさかっ! ウィリアムと別れるなんてありえませんっ」
「本当? 何があっても?」
「ええ。何があっても」
ここで答えを間違えると大変なことになる。過去の経験でそれを学んでいる私が何度も大きく頷くと、ようやく彼が纏う冷気が和らいだ。
「ごめん、脅かして。ーーそれで何があったの? 教えてくれる?」
「あ、そうです! 私、とっても不思議な夢を見たんです……」
信じられないようなことなんですが、と前置きしつつ、私はその夢の話をし始めた。
「つまり、この世界はオフィが前世で愛読していたお話の世界で、君はその主人公として生まれ変わっていた、ということだね」
「はい……って信じてくれるんですか?」
この世界が、実は物語の世界だ。なんてなんとも珍妙な話だ。だが、ウィリアムは疑いのそぶりさえ見せなかった。
「もちろん。オフィは嘘を言う人じゃないし。それにこの世界には、理屈じゃ説明出来ないことがいっぱいあるしね」
そう言うと、彼は窓に向けてパチンと指を鳴らした。すると窓がひとりでに少しだけ開く。空気を入れ替えよう、というのだろう。
そういえば、この世界では当たり前の『魔法』も前世には存在しなかったようだった。
ふわりとそよ風が部屋を舞ったところで、ウィリアムはペンとメモを用意し、何やら書き始める。彼はさっき私が話した、『この世界が舞台の物語』の話を整理しているようだった。
「オフィの話によれば、この話は王立学園を舞台にしたラブストーリー。で、オフィは前世の記憶を持つ『ヒロイン』によって『悪役令嬢』に仕立てあげられると……」
「はい、その通りです」
ウィリアムの言葉に私は頷いた。
王立学園はローレリア王国の最高学府。多くの貴族子女は15歳からの3年間、領地経営や語学、それに魔法学などを習うのだ。
そして、私達もこの春から王立学園に通いはじめたところ。奇しくもそれは、物語が始まるのと同じ時期だった。
とそこで不意にウィリアムはペンを置いた。
「でも、最終的に『ヒロイン』の悪巧みはバレて、オフィの名誉は回復。『ヒロイン』は僻地の修道院行き。じゃあ、対処すべきはここと、ここと……」
ウィリアムは再びペンをとり、メモの数カ所に丸をつける。それは私が『悪役令嬢』にされることで、無視されたり、おかしな噂をたてられたりする部分だった。
「意外とその『ヒロイン』とやらは甘いのかな? 可愛いオフィを『悪役令嬢』だなんて言わせないから安心して?」
「ありがとう、ウィリアム。ただ実はウィリアムに助けてほしいことは別にあって……」
「ん? 助けてほしいこと?」
「はい。私……『ヒロイン』ことレキシトン子爵令嬢を救いたいんです!」
ウィリアムは唖然としたように固まった。
「え……いや、でも君はその令嬢に『悪役令嬢』に仕立て上げられて、ひどい目にあうんだろう?」
いくらなんでもお人好しすぎる。そう言いたげなウィリアムに私はなおも縋った。
「でも、彼女にだって可哀想な部分はあって……」
ウィリアムの言う通り、小説でのレキシトン子爵令嬢は正真正銘の悪役。終盤では人の心を操る違法な薬まで使っている。でもそれは悪い人にそそのかされてのことだし、同じ前世の記憶持ちとして、どうしても彼女のことは放っておけないのだ。
「たしかに、小説のとおりでも私はハッピーエンドです。でも、そのせいで彼女が不幸になるのは……私耐えられません!」
思わず瞳を潤ませて、ウィリアムに力説する。すると彼は「ハァ……」と一つため息をつく。それからツツと私の頬に手を滑らし、流れた涙を拭った。
「分かったよ。オフィが悲しむのは嫌だからね。作戦変更といこう。オフィは『悪役令嬢』にしない。そもそも『ヒロイン』にも断罪されるようなことはさせない。それで良い?」
「はい! ウィリアム、ありがとう!」
私が満面の笑みでウィリアムにお礼を言うと、彼は
「じゃ、お礼は前払いだよ?」
と言って、顎を掬い唇を重ねてくる。こんなお礼ならいくらでもあげたい私は、そっと彼の背中に手を伸ばすのだった。




