乙女達の遭遇
「あ、巴。相沢君の話聞いた?」
「はい?」
剣道場にいた巴は、遅れてやって来た女先輩から小声で話しかけられて困惑した。
「新体操部の新入生を連れてどこか行っちゃったみたいなのよ」
その話の内容に、巴がピクリと反応した。
新体操部となれば女子生徒に決まっている。そして太一は外見がアレなので、女子生徒との組み合わせがかなりよろしくない。
しかし巴が思ったのは……。
(なにかトラブルに巻き込まれた?)
太一が何かしらの騒ぎに巻き込まれ、女子生徒を連れているのでは? という信頼だ。
「少し離れます」
「分かったわ」
太一がいる場所に心当たりがある巴は、相手が女子生徒なら女の自分が多少役に立つだろうと思い、剣道場から離れることにした。
(頑張れ巴!)
なお、太一がかなりまともなことを知っている先輩は、いじらしい巴の心を見抜いており、出遅れないように気を遣ったらしい。
こういうのをおばちゃんのお節介というのだろうか。
(多分、例の小部屋にいる筈)
剣道場を離れた巴は、太一の根城とも言える小さな部屋を思い浮かべながら、部活動であちこちが騒がしくなっている校舎を歩く。
「相沢君、いますか?」
「いるいるー遠慮せずどうぞー」
そして部屋の前に辿り着いて声をかけると、予想通り太一の声が返って来た。
巴の予想内だが想定以上の光景があった。
(可愛らしい……)
巴は思わず、レオタードを着ている西洋のお姫様のようなルミに、そんな感想を抱いてしまう。
(わ、かっこいい)
一方のルミは剣道着姿の凛々しい和美人である巴に驚き、そこらの男にはない気品を感じていた。
「初めまして。西川巴です」
「あ、初めまして! 大野ルミです!」
「巴ちゃんは俺と同じクラスの委員長。ルミちゃんは小学校の時の友達なんだよねー」
下級生に丁寧な挨拶をする巴に、ルミは慌てて頭を下げ自己紹介をする。
更に何が楽しいのか、へらへら顔のチャラ男が補足したことで、二人の乙女は何となく事情を察した。
「それで、なにかあったのですか?」
「いやあ。ハーフの子がいるって聞いて、ひょっとしてルミちゃん? と思ったらドンピシャだったんだよ。それで携帯に残ってる昔の写真を見て、昔を懐かしんでたーみたいな?」
「昔の写真? 子供の時の相沢君?」
「そそ。多分母さん、いや、父さん? どっちかが撮った写真。見る?」
「……見たいです」
単なる練習用とは思えないレオタード姿のルミと、チャラさを極めた太一が二人で人気のない部屋にいても、巴はいかがわしいことが起こっていたとは思わなかった。
短い付き合いだが巴は太一の人柄を多少は理解しているつもりだし、ここでルミに手を出すようなら、巴は彼の自宅でとっくに襲われているだろう。
それよりも巴は太一の昔の写真が気になってしまい、他のことは一旦置いて太一に近寄り携帯を覗き込んでしまう。
(距離感近いんだけどお兄ちゃんの彼女⁉ それなら二番目彼女は私!)
なお儚い妖精のようなルミは、まるで抱き着くような距離感の男女に焦りながらも、薄い世界の爆発した倫理に達していた。
(っていうか清楚な乙女とか大和撫子風なのに、人妻感出てるんですけど! これが年季の違い⁉ でもお肌は負けてないんだから!)
ついでにこの妖精、若々しくもどこかしっとりとした艶を感じさせる巴に慄きながらも闘志を燃やしている。
異性のことになるとエンジンがフル稼働する人間は、古今東西どこにでもいるものらしい。
(……可愛い)
一方の巴は闘志ではなく愛らしさを感じていた。
携帯に移る太一は小学校低学年だろうか。半袖半ズボン。野球帽を被り鼻に絆創膏を貼っている姿は、万人がイメージするやんちゃ坊主そのものだ。
そしてまだ黒髪で、筋骨隆々には程遠い時期の太一は目が大きく、今現在の姿とはかけ離れた容姿をしていた。
「ちょーっと恥ずかしいわー。きゃー」
「でもお兄ちゃんは昔からかっこいいよぉ」
「そう?」
「うん」
「ちょっとそれに対して異論はあるけど、ルミちゃんが昔から可愛いのは間違いないなー。ほら、言う通りっしょ」
「も、もうぅー!」
昔の自分を見て羞恥を感じた太一が気持ち悪い声を出すと、甘え切った子猫の如きルミが自分のイメージをそのまま伝える。そんなルミだったが、太一が携帯を操作して幼き日の彼女の写真を見せると、白かった頬を赤らめて抗議した。
(か、可愛い……)
このやり取りに巻き込まれた巴は、またしても同じ感想を抱く。
ただ相手が太一ではなく、今にも彼をポカポカと叩きそうな小動物のルミだ。どうやらこの大和撫子、凛とした外見に反して可愛いものが好きらしい。
「と、ところでお兄ちゃんと西川先輩はどんな関係なのかなーって」
ここでルミが話題を変えつつも牽制のジャブを放つ!
「仲のいい友達だよー。ね、巴ちゃん」
「そ、そうですね」
ルミの反応にニヤニヤ笑っていた太一が女性に対して友達と言えば、途端に怪しい単語に聞こえてしまう。実際、巴の反応は若干戸惑ったような反応を見せ、裏を読み過ぎる者は彼女が弱みを握られているのではと疑っただろう。
(ぜーったい惚れてるって! 友達って言われて嬉しそうだけど、なにか足りないって感じじゃん! ルミには分かる!)
その点で述べるとルミは非常に素晴らしい観察眼を持っていた。
なにせ巴本人が誤魔化している感情を見抜き、戸惑っている理由を正確に把握していた。
(どの席を狙ってるか知らないけど、ルミはお妾さん狙いだからよろしく! 同じなら同盟!)
どうやらルミという少女は儚くも逞しいようで、あやふやな感情に振り回されている巴と違い、はっきりとした人生設計を持っているようだ。
呑気をしているチャラ男の人生がどうなるのだろうか。