チャラ男に幼馴染は存在するのか
学生だろうがなんだろうが、人なら絶対に避けては通れない話題は異性のことである。
そして新学期は新たなイケメンや美女がやって来る季節なため、春から夏頃はずーっとその類の話に満ちていると言っていい。
「ハーフの子、見た?」
「見た見た。新体操入るんだろ?」
そんな春夏学園新入生で特に注目を浴びている女子生徒の内、北欧人とのハーフがいる。
名を大野ルミ。
少々小柄だったが気の強そうなくっきりとした目、輝く青い瞳。短く切り揃えたプラチナブロンドは天然の物で、どこぞの派手に染めているチャラ男にはない自然さがある。
更にすらりとした手足と輝くような肌を持ち、まるで絵本や物語から抜け出してきたお姫様のようだ。
「ルミってば、早速超有名人じゃん。いよっ超美少女!」
「街を歩いてたら変なのも寄ってくるのよ。もううんざり」
友人に揶揄われたルミはよく言えばはきはきとした。悪く言えば性格がキツそうな口調であしらう。
「アイドルのスカウトとか?」
「度々ね」
友人の言葉にルミが頷いた。
他愛のない話をしているこの二人、春夏学園に入学する前は他県で学生生活を送っていたのだが、ルミの方は若干事情が異なる。
彼女は幼少期に春夏学園の周囲で生活していたため、若干ながら土地勘や……思い出がある。辛く、そして甘酸っぱい思い出が。
「それで、憧れの人はいそう?」
「話すんじゃなかった……」
ニヤリと笑った友人に、ルミはげんなりとしたが、脳裏には太陽の様な人が浮かんでいた。
◆
子供とは残酷なものだ。
確固たる悪意ではなく無邪気なまま人と違う容姿、特徴を持った者を差別していじめの対象にしてしまう。
『うわっ触っちゃった! ばい菌パスー!』
『げっ⁉ やめろよー! タッチ!』
『ばい菌バリアー!』
ルミの周りもそうだった。
ハーフなのだが明らかに異国の血の方が濃いルミは格好の標的となった。その中には、当時から既に美少女だったルミの気を引こうとした者達もいるが、やり方が最悪だったと言わざるを得ない。
結果的に孤立したルミは……。
『正義の味方見参! 泣いてる子がいるってことは悪い奴だな!』
屋台で売っているお面を被った、よく分からない少年に助けられた。
『な、なんだよお前!』
『帰れよ!』
『帰れー!』
『うっせえ! 女の子が泣いてたら助けてあげなさいってパパとママが言ってたんだ! 止めないとパパに言いつけるぞ!』
急に空気をぶち壊した同年代の少年が、金持ちのボンボンにしか許されない言葉を発して仁王立ちになる。
『どりゃあああああああ!』
『うわっ⁉』
『なんだよこいつ!』
『ふざけんな!』
更にお面の少年が威嚇するように手を広げて走ると、ルミを虐めていた少年達は慌てて逃げ出した。
『わっはっはっはっ! 正義はかーつ! ってな訳で君は囚われのお姫様ね!』
やたらとハイテンションな少年は高笑いをすると、ルミへ向き直って一方的な役割の押し付けを行う。
『ルミ……ルミはお姫様?』
『女の子は皆お姫様! これはパパとママじゃなくて俺の言葉ね!』
事態を全く把握できていないルミは、言われたことを繰り返しているだけだ。しかし、少年がお面を外して満面の笑みを浮かべると、ようやく少しずつ飲み込めた。
それからは全てが変わった。
なぜか虐めていた子供達と親が揃って謝罪しに来たこともあったが、ルミは一つ年上だった少年をお兄ちゃんと呼んでくっ付き、騒がしい毎日を繰り広げることになる。
しかしそれも長くは続かなかった。
親の都合で遠くに引っ越し、帰国子女やハーフの子供が多い学校に通うことになったルミの記憶は流石に薄れた。そのため、ただお兄ちゃんと呼んでいた少年の名も分からないままこの地に戻り、懐かしき人を何とか探そうとしているが現実的に不可能に近かった。
◆
時は現代に戻る。
(やっぱり無理なのかな……)
一目でも兄と慕った人間に会いたいルミは、新体操部に入部していた。
ここで多くの男子生徒は、妖精の様なルミがレオタードを着用するのではと夢を持ったが、そんなものを校内の練習で使う訳もない。彼女は運動しやすい服装であり、所詮は浅い夢である。
と言いたいところだがここは薄い世界。
ルミは青いレオタードを身に纏って練習しているものだから、チラチラと男子生徒が様子を窺っていた。
だからこそ、少しの用事でルミが練習場を離れると、男子生徒が寄って来た。
「あの、大野さん。昔この辺りの小学校に通ってたよね。俺のこと覚えてるかな?」
「っ⁉」
ルミにとって憧れの人なら良かった。しかし話しかけてきた別クラスの男子生徒は、彼女の嫌な記憶をこれでもかと刺激して、びくりと体を震わせてしまう。
それは幼少時、ルミのことが気になっていたのに虐めていた男子生徒であり、彼女は声すら漏らせない恐怖に襲われた。
そして脅せば言うことを聞かせられる弱い人間だと思わせた場合、大抵は碌なことにならない。ルミはまさに、飢えた狼の前にいる柔らかな肉なのだ。
「うぇーい。なーんか記憶を刺激されちゃったなあ」
男子生徒の目つきが鋭くなって薄い世界が厚くなる前に、弱い人間にとって恐怖の象徴がやって来た。
突然、トイレから出てきた屈強なチャラ男が、ニヤニヤと笑いながらルミと男子生徒に近づいて来たではないか。
「あ、相沢さん⁉」
「ルミちゃん、すっげえ気分悪そうだからさ。また今度にしてくんね?」
「は、はいいい!」
ある程度この周囲に住んでいて、しかも相沢家の影響力を受ける寸前だった経験は、弱い人間にトラウマを刻み込んでいる。
チャラ男こと太一にそう告げられた男子生徒は、自分が監視されているのだと思い込み、脱兎という言葉が相応しい逃げっぷりを披露した。
「ルミちゃんおひさー。十年以上ぶりくらい? 俺俺。相沢太一。また会ったらお姫様抱っこするからって言ってた馬鹿太一。新体操部にハーフの子が入ったって聞いて、ひょーっとしてルミちゃんじゃないかなあって思って来たらドンピシャ」
その約束はよく覚えていた。
当時の記憶が刺激されていたルミは、色褪せていた光景が途端に鮮明なものとなり、目の前の巨漢とかつての兄貴分が重なる。
「お、お兄ちゃん?」
この日、大野ルミは変わり果てた兄貴分と再会してしまった。
彼女の抱いていた夢は……打ち砕かれ……?
(やっぱり……)
否。ルミの心にあったのは納得だ。
彼が幼い時、誇らしげに見せていたキャラクターのポスターとそう変わらない姿。そう、太一は子供の頃からかなり風変りだったのだ。
「お兄ちゃぁん……!」
甘ったるい声が漏れる。
この美少女。普段は気が強いくせに憧れの兄貴分といる時だけは子猫になるタイプだった。
薄い世界においてお約束の幼馴染みだが、チャラ男の幼馴染は存在するのか。それは永遠の謎である。
それはそうと、構成段階じゃレオタードではなく普通の体操着だったので、薄い世界への理解が浅すぎる作者になるところでした。
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