チャラ男、野球部員とマネージャーの絆を守れ!
大野友樹は野球の将来を担う逸材である。
多種多様な変化球と素晴らしい球速、更にはコントロールまで兼ね揃えているピッチャーの彼は、完全試合を達成したことが複数ある。こうなればプロ野球のスカウトも活発に行われ、雑誌の取材だって申し込まれる。
その上、好青年で凛々しい顔立ちともなれば人気が出ない訳もなく、一部掲示板ではドラフトで獲得できれば優勝間違いなしと浮かれていた。尤も彼らは、友樹が近所に住む幼馴染の恋人までいることを知れば、掌を返して涙を流すが。
「友君お疲れ様ー!」
「おーっす由美。あんがと」
友樹の恋人、田口由美がタオルを持って駆けている。
野球部のマネージャーである彼女は小柄ながら、明るい笑顔と大きな瞳が特徴的で、よく向日葵に例えられる。
そして先にも述べた通り、実家が近所だったため付き合いは長く、春夏学園でついに恋人として結ばれることになった。
「お熱いねー」
グラウンドで練習している野球部。もっと言えば仲睦まじい恋人の様子を、ニヤニヤと笑いながら見ている不審者がいた。
丁度目の部分から上は影で隠れているが、首から下の肉体はシャツをパンパンに押し上げており、体だけは鍛えていることが分かる。
その不審者が、まるで獲物を見定めているかのようにじっと見ていた。
◆
それから数日。
(友君凄いなあー。プロのスカウトさんから声を掛けられるなんて)
買い物をしていた由美は、恋人の活躍に感嘆の声を漏らす。
友樹は野球界でも上位の球団からスカウトが派遣されて、色々と詳しいこと話し合いが行われているのだ。
幼い時は仲良く遊び、成長してから自然に友樹とくっ付いた由美は、恋人がどれだけ野球に熱中しているかを知っているので、我がことのように喜んでいた。
そんな由美に愚かな悪意が忍び寄る。
「田口さん、少しよろしいですか?」
「はい?」
由美は買い物からの帰路、突然見知らぬ中年男性に声を掛けられ首を傾げた。
「この写真のことでお話が」
小柄で頭皮が薄く、眼鏡をしている男の携帯端末には夜に友樹の家から出てくる由美の姿が映っていた。
この男、友樹の活躍を取材していた記者なのだが、彼と由美の関係性に気が付いてよからぬことを企んだらしい。
「あの、さっきの写真は……一緒にご飯を食べただけで……」
公園に連れてこられた由美は、友樹がかなりデリケートな時期に誤解を招いてしまう写真を撮られたのではないかと思い、背筋に汗が浮かんでいた。
「大野君に興味がある球団の監督さんですけど、不純異性交遊にかなり厳しくてですね。夜に女の子が出入りしてたとなると、大野君は必要ないと思われる可能性はありますね」
由美の顔が真っ青になる。
彼女は単に友樹の家で食事しただけだが、自分が原因で友樹の道が閉ざされてしまうのは、何としても避けねばならなかった。
「そうですねえ。もし私とも夜に遊んでくれるというのなら、写真を消してもいいですが」
にこやかな顔で記者が提案したが、ここから先の長ったらしいやり取りは唐突にぶった切られた。
「うぇーい。不、純、異、性、交、遊。ぷぷ。頭、昭、和。発想が、雑。ぷぷぷ。断言するけど友樹ってば、由美ちゃんと野球を選ぶことになったら由美ちゃん選ぶし」
区切った言葉の端端から嘲笑が溢れている太一が木の影からぬらりと現れたが、こんな大男がどうやって隠れていたのだろうか。
「俺ってばタイムスリップしちゃった? 今は確か令和の筈なんだけど、ひょっとしてプロ野球はまだ水飲むの禁止? サバイバル訓練ってのに憧れて、アメリカで体験した時に水断ちしたことあるけどあれマジでしんどかったなあ」
太一はよく分からないことを言いながら、記者と由美の間に割り込んだ。これには男が挟まることを極端に嫌う極一部界隈も満足するに違いない。
チャラ男とは悪漢と乙女の間に挟まれる存在なのだ。
「し、失礼する」
明らかに危険な香りを漂わせているチャラ男に、記者は慌てて退散しようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「これなーんだ」
『そうですねえ。もし私とも夜に遊んでくれるというのなら、写真を消してもいいですが』
太一の掌でプラプラ揺れる携帯端末で、先程の動画と音声が垂れ流されていた。由美を写真で脅そうとしていた記者は、逆に証拠を確保されてしまったのだ。
しかし、言葉の内容自体は際どいが決定的かと言われれば首を傾げてしまう。だから太一は次の行動が欲しかったのだ。
「わ、わ、渡せ!」
頭がいっぱいになった記者は太一に掴みかかり……。
「いたっ⁉ や、やめろよ! 誰かー! 誰かー!」
太一が素晴らしい手さばきで録画を再開すると、携帯端末に収められたのは鬼気迫る表情で襲い掛かってくる加害者、更には殴られた……ように見えつつ助けを呼ぶ被害者の図だった。
◆
後はそれ程語る必要ないだろう。
逮捕やらなんやら。由美の御礼と話。友樹とのあれこれ全てが蛇足に過ぎない。
「うぇーい。二人の結婚式で映す写真ゲットー」
チャラ男の携帯端末には、にこやかな顔で触れ合っている未来の絶対エースと恋人の姿があった。それでいいのだ。
どうしてチャラ男が唐突に現れたかを、チャラ男だからで済ませられるのは便利。これがあらゆるチャラ男の積み重ねてきた実績ってやつですな。
それはそうと恋人のイチャイチャを撮影するチャラ男の鑑。あ、薄いのが丸々カットされるんですから、そりゃこの文量っすよね(*'ω'*)
こういうのでいいんだよと思ってくださったら、ブックマーク、下の☆で評価していただけると作者が泣いて喜びます!